第五十八話:科学者会議場に乗り込む
二千人を超える孤島の住民を無事救出した俺たちは、転移先として選ばれていたファンタジア王国王都北部の拡張地区に転移していた。そこは拡張地区というだけあって、区画整理はされているが家屋などの建物はまだ数えるくらいしか建っていない。
しかし、移送されてくる孤島住民のために、大きなテントが幾つも設営され、孤島住民の受け入れ体制は既に整えてあった。
孤島住民たちは、当座の食糧と水を渡されたのち、兵士たちに案内されて既にテントで体を休めている。体力が弱り切っている年寄りや子供などは、胃に優しい流動食も用意されていた。
怪我をした騎士や兵士などは、それぞれ集められて手当てを受けている。怪我の無かった者たちは、道ばたや空き地で思い思いに体を休めていた。シリアンティムル帝国とアルガスト王国の騎士たちもそれに混じっているそんな騎士らを眺めながら、作戦の結果を確認するためにアトロから報告を受けていた。
「――戦死者が一名、重傷者が二十二名ですの」
「分かった。全住民を救出して戦死者が一名だったということは、戦果としては満足すべきなんだろうな」
「その口ぶりだと満足はしてないようですね。顔にも出てますの」
「そう言うお前はどうなんだ?」
「既にクロトには伝えましたの。鍛え上げなさいと」
「はははっ、兵たちも災難だな」
「それはそうと、ラキからの報告では少々面倒なことになっているようですの」
「対策会議か?」
「ええ――」
アトロの報告によれば、ラキが代理として出席していたロイエンタール帝国を迎え撃つための対策会議が揉めに揉めているそうだ。敵の上陸地点は予測がついており、各国代表もその地で迎え撃つという所までは同じ考えであるが、問題は大陸連合軍の主導権をどの国が握るかということで会議が紛糾しているらしい。
上陸地点と考えられているシルベスト王国は、人口も多く豊かな国であるが、兵力は多くなく、兵の錬度も低い。軍事力的には北方のシリアンティムル帝国と南方のアルガスト王国が突出しており、そのどちらかが主導権をとったほうが合理的である。
会議ではこの三国が主導権を譲らず、紛糾しているらしい。
戦地になるであろうシルベスト王国が主導権持ちたがるのは、当然と言えば当然なのだが、軍事的には弱小国であるシルベスト王国軍では大陸連合軍を纏め上げることはできないだろう。防衛戦に積極的なシリアンティムル帝国軍にしても、アルガスト王国軍にしても、連合軍を指揮した経験など有るはずがない。
どの国が主体になって連合軍を纏め上げるかは重要なことであるが、それよりもには気がかりなことがあった。兵の錬度で考えるならば、平和な期間が長かったこともあり、連合軍の不利は否めない。ラキからの情報によれば兵数に関しては、大陸各国の兵を集めても現時点では五万に満たないそうだ。
対するロイエンタール帝国軍は六万を超えるはずだ。たとえ大陸連合軍がひとりの指揮官のもとにまとまったとしても、兵の錬度でも兵数でも負けているのだ。何も対策を講じなければロイエンタール帝国軍に蹂躙されるのは目に見えていた。主導権争いなどやっている場合ではない。
「アトロ、明日は会議場に乗り込むぞ。島の住民と帝国と王国の騎士隊についてはクロトに一任しておいてくれ。俺は一旦寝る」
「リリィ様にはお会いにならないので?」
「そんなことはないさ」
俺は王城に転移すると、シャワーを浴びてリリルリーリと息子が眠る寝室へと戻ってきた。育児室のベッドですやすやと眠る息子の顔と妻を見て和んだ俺は、自室のベッドに潜り込んで眠りに落ちたのである。
翌朝、日の出と共に起きだしてきた俺は、育児室に顔を出すと会議場に乗り込むまでの時間を家族三人で過ごした。軽い朝食ののち、アトロと共に会議場に転移で乗り込んだのである。
会議場の円卓で再開を待っていた各国の代表は、突如転移で現れた俺とアトロに驚いていた。会議場の面々は殆どの者が俺やアトロに面識があるので、騒ぎになることはなかった。しかめっ面で開始を待っていたラキの表情が明るくなる。
「ぬしさま、きてくれたんだ」
「面倒を押し付けてすまなかったな、ラキ」
俺の顔を見て笑顔を取り戻したラキの頭を撫でて謝った。ラキが座っていた席に入れ替わりで着席すると、集まっていた代表たちを見渡した。
ラキとアトロは俺の後ろに控えている。落ち着きを取り戻した各国の代表たちだったが、昨日までの激論の疲れからか、それともラキからもたらされたロイエンタール帝国の情報、つまり自分たちが圧倒的に不利な状況にある事実からか、場の雰囲気は非常に重いものだった。
「マーサ殿、緒戦の報告を聞きたい」
マーガッソを後ろに控えさせたアルガスト王国国王サルガッソが、重い口を開いた。集まった面々の視線が俺に集中している。そんな中、俺はおもむろに立ち上がる。
「孤島での緒戦には完勝したと報告しておこう。すでに結果を聞いておられる諸氏もいることと思うが概要を説明させていただこう」
結果を知っていた者も知らなかった者も、一様に安堵しているようだ。
「ファンタジア及びシリアンティムル帝国アルガスト王国連合軍の戦死者は一名。要救助対象者は全員救出を完了した。彼らは我がファンタジアに身を寄せている。敵戦力の内、大きな脅威と認められた魔猿兵は殲滅、島内兵力は半減以下まで追い込むことができた」
この報告を受けて会場内からは、喜色が滲んだどよめきが上がった。しかし俺は代表たちの気を引き締めるべく、いや、危機感をあおるように話を続ける。
「しかし! これは敵戦力のごく一部にすぎない。ご存じのとおり、敵戦力は戦艦三百隻余、兵数は六万を超える。襲来時期は早ければ一陽後、二陽を超えることはないと考えられる。さらに――」
俺は敵戦力の脅威度を、兵士の錬度、戦艦に搭載された艦砲の威力、魔猿の戦闘能力と数について数値化して説明していった。その説明を進める中で、俺はことさら敵の脅威度を強調したのだ。いかに大陸連合側が不利であるか、敵戦力が圧倒的であるかを。
これは、暗に主導権争いをやっているような場合ではないということを各国代表に知らしめるためでもあった。もちろん、敵を過小評価して惨劇を招くことがないようにとの思惑も含まれている。
説得力を持たせるために、映像を交えて敵戦力を説明したこともあって、各国代表はその脅威度に驚愕するよりも、絶望感を抱いているように見えた。これは、俺にとっては好都合なことであり、最初から狙っていた演出でもある。
理由は、俺がこの戦の主導権を握りたかったからに他ならない。主導権を握らなければ、せっかく提案しようと考えている戦略や作戦が採用されない可能性が高い。説明に用いた映像には、俺たちが魔猿を圧倒する場面などはカットして、ファンタジア騎士隊が苦戦している様子などを強調して用いていたりもする。
この場で俺たちが活躍する映像を見せ、代表たちが安易な希望を持つことを防ぎたかったのだ。実に口惜しいことではあるが。
説明を終えて着席したが、その耳には静寂しか聞こえてこない。代表たちは重苦しい顔でうつむき加減だ。その様子を見て、うまくいきそうだと内心ほくそ笑んでいた。
重苦しい会議場の状況に、耐えかねたようにサルガッソが口を開く。
「マーサ殿、敵戦力に関しては良く分かった。しかし、このままでは大陸がロイエンタール帝国に飲み込まれてしまう結末しか見えてこない。貴殿の顔を見るからには何か秘策があるのだろう?」
「いかに竜討の英雄マーサといえども厳しいのではないか?」
サルガッソの問いかけに呼応するように、シリアンティムル帝国皇帝クリストハル十五世が問いかけをかぶせていた。サルガッソはキッとクリストハルを睨みつける。
「まぁまぁ、今はいがみ合いをしている時ではない。お二方が懸念されることも理解している」
さっきまでの熱の入った力強い口ぶりから、余裕のある自然体でそう答えた。
「ほう、秘策があるというのだな」
そう言ったサルガッソに、俺はニヤリと笑みを浮かべて話を続けた。
「秘策と呼べるかどうか分からんが、負けるつもりはない。よく聞いてほしい――」
ロイエンタール帝国軍への対応策を、俺は自信をみなぎらせるように説明していった。地球で学者をやっていた時に、論文の発表や資金集めのために気難しい役人相手へのプレゼンテーションを数多く経験しているのだ。一筋縄ではいかないような堅物であろうと言いくるめる自信はある。
さらに、一旦各国の代表をとことんまで落胆させてから、完璧に見える対応策で安心させる。ようするに、いったん下げておいて爆上げすることで俺は主導権を握ったのだった。
もともと俺はこの世界にワクワクするような冒険するために来たのであって、戦争をしに来たわけではない。だから積極的に他国を侵略しようとか、属国にしようなどということは考えていない。
もちろんこの世界に来た目的には、いい意味で目立って成り上がっていくという想いも含まれている。そのためには他国との戦争をおこして完勝し、自国民の英雄になるという選択肢もあるだろうが、多くの人間を不幸に陥れてまで自分のエゴを押し通すつもりはなかった。
しかし、敵からの侵略に対してまで平和的な解決の道を選択するほど俺はお人よしではない。攻めてくるのならば返り討ちにするのみ。その戦いは当然自分が主導権を握り、己が力を内外に見せつけなければならない。
「マーサ殿の戦略は理解した。我がアルガスト王国はマーサ殿の考えに乗ろうと考えるが、各々方はどう考えるか? 迷っている時間は無いと考えるが」
会議の発起人であるサルガッソの問いかけに、各国代表はうなずくしかなかった。
「ご理解感謝する。さて、作戦の詳細を早急に詰める必要がある。詳細は、実務者会議を戦地となるであろうシルベスト王国内に於いて詰めたほうが効率的と考えるが」
「致し方あるまい」
シルベスト王国宰相の了承を得た俺は、余計な議論が蒸し返されぬよう、会議の終了を告げたのだった。こうしてまんまと策略に乗ってしまった大陸各国の代表者たちは、国内をまとめるために帰国していった。
ファンタジア王国の参謀及び作戦会議のまとめ役として、アトロをシルベスト王国に派遣すると、自分はラキを連れて王城へと戻ったのである。
アトロにはあらかじめ作戦を伝えてあるし、なによりも妻と息子と過ごす時間を作りたかったというのが彼女を派遣した理由である。
ラキを連れ戻したのは、彼女の機嫌がそうとうナナメになっていることを実感していたのと、彼女とリリルリーリが非常に仲がよく、また、その子供、つまり自分の息子にも会わせててやりたいと俺が考えたからからだった。
転移を使って昼過ぎに城に戻った俺は、昼食もとらずに妻のもとへと向かう。もちろんラキも一緒だ。
「やっほー、久しぶりだねリリィ」
「来て下さったのですね。ラキ店長」
俺の後ろからヒョッコリと顔を出したラキを見て、リリルリーリが嬉しそうに返事をしていた。リリルリーリは自分を拾ってくれたラキに対して、今でも恩義を感じているようで、今でもかつての呼び方で呼んでいるのだ。
「わぁー、可愛いなー。ねぇねぇぬしさま、名前は決まっているの?」
「もちろんさ。この子の名は健だ。可愛がってほしいが、あまり甘やかすなよ」
この名は、すこやかに育ってほしいというリリルリーリの願いから俺が名づけたものだ。
「ぬしさま、リリィ、ケンさまを抱いてもいいかな?」
リリルリーリは抱いていた健をそっとラキに渡した。
「起こさないように気を付けてね」
すやすやと腕の中で眠る健を、ラキはうっとりと見つめている。
「可愛いなぁ」
久しぶりの心和む光景に、俺は束の間の安らぎを得た気がした。決戦の日までは、まだ一陽から二陽の時間があるとはいえ、その準備を手抜くわけにはいかない。
ほとんどのことは、アトロやクロトたちに任せるつもりでいるが、最終的な判断や肝となる技術などにはどうしても俺が絡む必要必要がある。それでも、この時期を出来るだけ妻子と共に過ごしたいのだ。だから可能なかぎりをアトロたちに任せるつもりだ。
ラキの腕の中でスヤスヤと眠る健と、俺と一緒になって覗き込むリリルリーリに、心の中で誓いを立てるのだった。
絶対に幸せにすると。




