第五十六話:科学者の救出作戦~前篇~
「作戦は速度が命だ。余計なことを考えるな。与えられた役割に全力を注げ。行くぞ!」
孤島への転移を終え、ハティに騎乗したまま部隊の先頭で号令をかけた。そのまま西へ向かって走り出す。
その後にはアルガスト王国とシリアンティムル帝国の騎士団の騎馬が続き、アトロの親衛騎士団の騎馬とファンタジア王国軍の騎馬がさらにその後に続いた。
アトロの親衛騎士団の中にはIARAが配属されている。彼女らIALAの役目は魔猿の撃滅である。俺を乗せて闇夜を疾走するハティは、後続の部隊を遥か後方に引き離していた。これは、俺とハティが先行して敵軍に切り込んでかく乱することが主目的だ。
当初の作戦では、作戦にはせ参じてくれたアルガスト王国とシリアンティムル帝国の騎士団を尊重して先頭を任せる予定だった。しかし、捕えられた住人と味方の犠牲を減らし、短時間で目的を達成することを第一に考えれば、自分とハティの戦闘能力を最も有効に働かせることが重要だと考えなおした。
先手を取って敵をかく乱して優位に立つことは有効な戦法だ。さらに、魔猿など足元にも及ばないハティの威圧感は敵に大きな恐怖感を与える。
恐怖を覚えた兵士が本来の力を発揮することはできない。よって、ハティができるだけ目立つように、敵の戦意を削ぐように派手に大暴れすることが重要になる。
自軍の部隊を引き離し、島の港町が一望できる丘の頂上でハティを止めた。 深夜だということもあって町の東側入り口を見張る敵兵は少ない。張りには魔猿が二匹付き従っているが俺とハティの敵ではないだろう。
「派手なのを一発お見舞いするとしようか」
当初の予定で島の住人を救出し終えた最後に、敵の軍艦を破壊しようと考えていた魔法を初撃に使うことにした。それは音と光を最もまき散らす魔法、太陽の一部を召喚することである。魔力が高い者にはポピュラーな攻撃魔法であるが、深夜の時間帯に目立つことを考えれば非常に有効な手段だ。
出来るだけド派手な爆発を引き起こすべく、極度に圧縮された太陽表面の水素ガスをさらに圧縮して町の上空に召喚し、大量の空気を混ぜ込んで膨張させた。
誰も聞くものがいない状況なので詠唱は行っていないが、膨張し酸素が供給された水素ガスが大爆発を起こし、鼓膜が破れるほどの轟音と爆風、強烈な光が町の上空から降り注ぐ。
町を破壊してしまっては本末転倒だ。捕えられてい住人に被害が及ぶといけないので、屋根が吹き飛ばないほどの威力になるように高高度で爆発させた。それでも敵を慌てさせるには十分だったようで、町の中央通りには寝入っていた敵兵が慌てて飛び出してきた。
「さて、ひと暴れするぞ、ハティ」
ハティにその言葉が理解できるはずはない。しかし、俺の意気込みは伝わったようで鼻息が荒い。そんなハティを駆り、街へと突入していった。
◇◇◇
マサヤシティでアトロの下僕となり、隠密部隊として活動しているライカールは、部下たちと共に港町に潜伏していた。彼ら隠密部隊の役目は捕えられた住民の一時的な保護と監視役の無力化である。
住民の救出と護送を担当する部隊は、かつてリシュティル王国に仕え、今はファンタジア王国に移住した兵の中からアトロが引き抜いた精鋭で構成されている。クロト専属の騎士隊は、ファンタジアで魔物駆除の任にあたっているため今回の作戦には参加していない。
アトロに知らされていた通り、町の上空で発生した爆発を合図としてライカールたちが動き出した。町の住人は倉庫や集会所などに分散して捕えられており、隠密部隊がそれぞれ昌憲が引き起こす爆発を合図に作戦行動を開始することになっている。
前述のとおり、彼ら隠密部隊の役割は監視役の無力化と住民の一時的保護だ。したがって、救出を担当する騎士隊が到着するまで住民たちを敵から守りとおす必要がある。それは、騎士隊が監視役を無力化してその後に住人を救出した場合、護送の際に足の遅い者。
言い換えれば、病気などで歩けない者や老人や子供や妊婦のような、どう考えても足が遅い者たちを無事に護送することが困難だと考えられたからである。
隠密部隊は監視を無力化した後に、住民を守りながら、それら足の遅い者たちに転移用の魔道具を渡し、転移による脱出をさせなければならない。転移用の魔道具は、魔力の高い者たちを前提に作られているため、魔力の弱い一般の住人では使えなかったし、使う必要もあまり無かったのだが、急遽IALAに改造させていた。
ただし、それほど需要がある魔道具ではないため、在庫が六百ほどしかなく、住人全員には行き渡らせることができない。転移用魔道具が十分にあれば、危険な救出作戦を採用する必要はなかったのだが、そう都合よくはいかなかったのである。
「突入するぞ」
昼よりも明るく照らされた町の一角、港町で最も大きな建物である集会所の門に立つ二人の監視は、目も開けられないほどの光と轟音でその場にうずくまっていた。家屋の陰に髪を隠していたライカールと部下数名は、集会所の門の前でうずくまる監視の頭部にナイフを突き立てて絶命させると、門を蹴破って中へと突入した。
中にとらわれていた住人たちは、あまりの轟音と窓から差し込む明かりに、あるものは悲鳴を上げ、あるものは頭を抱えてうずくまり、あるものは呆然としていた。ただ一つ言えたことは、十分な食料を与えられていないことと、眠れないのだろう、憔悴しきっている者が多かった。
ライカールがそんな住人に向かって叫ぶ。
「静かにしろー!! 俺たちはお前たちを助けに来た。もう一度言う、俺たちはお前たちを助けに来た」
ライカールの叫びに、住人達が一斉に振り向き、そして、一部の者から歓声が上がる。
「静かにしろ! いいか、俺たちは西の大陸の者だ。お前たちを安全な西の大陸まで連れて行く。代表がいるなら前に出ろ」
◇◇◇
ロイエンタール帝国軍先遣隊長ヴァルラムは深夜、港の倉庫に仮設した先遣部隊本営で、本国に状況を報告するための書類をまとめていた。木製の質素な机で、ランプの薄暗い明かりに照らされる少し白髪の混じった短い黒髪に片肘をついた手をあて、報告用の原稿にペンを走らせるヴァルラムは、どことなくイライラしているようだった。
そんなヴァルラムを、倉庫の隙間から侵入してきた閃光と、壁や屋根を強烈に揺さぶる轟音が襲った。状況を確認しようと倉庫の外に出ようとしたヴァルラムに先んじ、港側の出入り口から側近の士官が駆け込んできた。
「――す。ほう―― ます。そ――」
鼓膜が悲鳴を上げているため、必死の形相で報告しようとしている側近の言葉が聞き取れない。
「聞き取れない。大きな声でゆっくり話せ!」
ヴァルラムも大声でゆっくりと命じたのだが、部下の方もその命令を良く聞き取ることができなかった。しかし、口の動きと合わせてヴァルラムの命令を理解した部下が、大声でゆっくりと再報告する。
「閣下、上空に巨大な火の玉が出現。その後爆発いたしました」
少しずつ耳の状態が回復してきたヴァルラムは、何とか部下の報告を理解することができた。爆発の原因が、自然のものなのか、あるいは敵襲なのか? それをまずは把握する必要があった。しかし、ヴァルラムは最悪の事態を考えて、すぐさま部下に命令を下す。
「状況の把握を最優先させよ! 捕虜共の様子を確認せよ。猿共をいつでも出られるようにしておけ」
ヴァルラムは要所だけを簡潔に命じ、部下はそれを理解して走り去っていく。その後すぐに、起きだしてきた士官がヴァルラムのもとに集まってきた。
「状況を把握しつつ、兵を集合させよ! そして敵襲に備えよ」
士官たちに命を下したヴァルラムは、少しでも早く状況を確認しようと倉庫の外に出た。外では、既に魔猿が集められており、士官の怒号が聞こえている。それを横目に、ヴァルラムは中央通りが見える位置まで歩いた。そして、一人の兵士が彼のもとに駆け寄ってきた。
「も、申し上げます閣下!」
「何事だ」
「敵襲です!」
「詳しく報告せよ」
「ハッ、伝令によると――」
◇◇◇
町の代表に状況を説明し終えたライカールは、部下たちに捕虜の仕分けを命じていた。転移用魔道具を分配するためだ。転移用魔道具を渡す基準は、東の転移ゲートまで歩けるか歩けないか。
迷っている時間はないし、特定の人物を贔屓することもしない。私情をはさまないように、すがる住民を無視して機械的に仕分ける様は、家畜の選別にも似て残酷に見える。徒歩組に選別されて難色を示す者は、代表や町の有力者になだめさせていた。
「魔道具は行き渡ったようだな。今から使い方を説明する――」
◇◇◇
町の中央通りには、いたる所から兵が飛び出していた。町の入り口で、閃光と爆音に視力と方向感覚を失った魔猿二頭を瞬殺し、そのまま中央通りへとなだれ込んでいく。
ハティに騎乗したまま町の中に突入したが、飛び掛かって噛みつかせるようなことはしない。ひたすら敵兵に突進しては、彼らを突き飛ばすようにハティに指示を出した。いちいち噛み殺していくよりも、そのほうが敵の混乱を煽ることができるからだ。
俺はただ、ハティの首元の体毛を掴んで指示を出すことに専念している。ハティに弾き飛ばされた敵兵は、ある者は空高く舞い上がり、ある者は建物の壁に激突し、ある者は兵士を巻き込んで吹き飛ばされた。
敵兵の生死に構う余裕などない。敵兵の生死に気を使う必要性も感じない。戦争とはそういうものでだ。自分にそう言い聞かせ、突き進んでいった。
通りを突き進んでいく中、何人の敵兵を殺したのか把握などしていない。もしかしたら一人も死んでいないかもしれないが、そんなことはどうでもいい。狙いは敵軍を混乱におとしいれつつ敵兵の戦意をくじくことと、魔猿をさそい出すことだった。
敵兵を吹き飛ばしながら中央通りを突き進むハティの足は遅いが、敵兵はあきらかに混乱していた。
◇◇◇
部下たちの報告を聞いて状況を理解しつつあったヴァルラムは、状況を打開しようと集合した兵に指示を飛ばす。兵士は半数も集合できていないが、それを待っている時間はない。
「第一部隊は猿共を連れて向かってくる魔獣に当たれ。第二部隊は捕虜共の脱出を阻止しろ」
その命に、兵士たちが動き出した。第二部隊は中央通りには入らず、北に逸れて捕虜たちの方角へと走り去っていった。 魔猿を引き連れた第一部隊は町の中央通りを東へと進んで行く。
ヴァルラムもその後方に続いた。中央通りからは、兵士が港に向かって走ってくるが、魔猿を引き連れて行軍する第一部隊を確認すると、その後背について行軍に加わっていく。
そして、港から数百メートル進んだところで、巨大な魔獣と、それに跨る男が姿を現したのである。その後方からは猛スピードで迫り来る敵兵らしき姿と、そのさらに後方には通りを埋め尽くす軍勢も確認できた。
「何だあの魔獣は?」
「魔狼だと思われますが、あの大きさは…… それに、敵軍も迫っています」
暗くて体色すら確認できないが、月明かりを背に映し出された魔獣と、それに騎乗する姿は、ヴァルラムやその部下に不気味さを与えるに十分であった。
しかし、いくら不気味だからといって手をこまねいて見ているわけにもいかない。ぐずぐずしていれば敵軍が追いついてくる。敵軍の素性は気になるところだが、今は一刻も早く眼前に迫った巨大な魔獣を無力化し、後方に迫る敵軍に対応する必要があるとヴァルラムは考えた。
「猿共を全て前に出せ。力の出し惜しみをするな」
魔猿がヴァルラムたちの前に出る。そして、ゆっくりと歩いてくる狼型の巨大な魔獣と、その魔獣からっ飛び降りて横を歩く男へと意識を向けた。
その瞬間、スイッチが入ったかのように巨狼と横の男に、先頭の魔猿二頭が突進していく。が、一頭は巨狼に頭をかみ砕かれ、もう一頭は男の剣でその首を飛ばされてしまったのである。
「嘘……だろ……」
一瞬で絶命した二頭の魔猿を見て、ヴァルラムは自分の眼を疑うことしかできなかった。一頭が巨狼に瞬殺されたことは理解できた。しかし、明らかに人間であろう男が、魔猿の首を一刀のもとに切り飛ばすことなど想像の埒外だったのである。
そんなことが出来る人間など聞いたことがなかった。ロイエンタール帝国最強とうたわれた現皇帝ならば或いは、と一瞬考えたが、目の前の男が皇帝であるはずはなかった。
「出し惜しみをするなぁ!! 同時に当たらせろ」




