第五十四話:駄々をこねる科学者
村の住人達が隠れている洞窟に案内された俺とマーガッソは、シーハルの見てきたことを村の代表と共に聞いていた。フィーネリアという少女は洞窟の奥で治療を受けている。
「すると、港町は他国の軍艦に襲われていたというのか。でもそれと魔猿の襲撃に何の関係が?」
状況が良く理解できずに不思議がる村の代表に、シーハルは黙って首を振っていた。が、マーガッソにはおおよその事情が推測できたようだった。
「たぶんだが魔猿はその敵軍に使役されているんじゃないのか? どう思う、マーサ。俺は嫌な予感がしてならないんだが」
「魔猿については俺もそう思う。しかし、他国の軍が関わっているとなれば実際に見てみないことには何とも言えないな」
「じゃあ今から偵察してくるか」
「早まるな、マーガッソ。偵察なんぞいかなくてもだ丈夫だ」
「アレか」
「ああ、アレだ」
俺とマーガッソの会話に村の代表もシーハルもついていけないようだった。
「アレとは、何でございましょうか?」
「見ればわかる」
不思議そうに見合った村の代表とシーハルを見て、マーガッソは「ククククッ」と笑っていた。俺は立ち上がると、うつむき加減で左の三本指を額に当て、右手を天に向けて突き出した。
「我は求める。かの地にあまねく偏在し英霊精霊よ、我が意識に同調せよ。我が意を汲み取りてその存在を示せ。暴け、晒せ、顕現せよ。距離を超え、在りのままを示せ。光の精霊よ、この地へと降り立ち我が望みを叶えよ」
詠唱が終わって一拍を置いて三次元立体映像が投影される。映像には港に停泊している軍艦が映し出され、その後すぐ近くの倉庫と見られる建屋の中へと移動していく。
そして、腕を組んで椅子に座る男が兵士から報告を受けている様子が映し出された。 それを見て固まっていた代表が驚きの声を上げる。
「おぉ! こんな魔法があったとは。しかし、これは……」
代表を驚かせることに成功し、少しだけ気分がいい。しかし、何度か見たことがあるマーガッソの表情に変化はなかった。
「見たことがない兵装だな。言葉もまったく分からん。分かるか? マーサ」
「ああ、何とかな。こいつらは西の大陸のロイエンタール帝国軍だ」
そう説明し、俺は映像の兵士の会話を聞きはじめた。マーガッソたちも言葉は分からないようだが、映像に見入っている。
『――猿共が消えただと?』
『ハッ』
『まあいい、たかが三頭だ。それで、食料の調達は終わったのか?』
『ハッ、二つの村から集められるだけ集めたとの報告を受けております』
『猿共のエサもか』
『住人の死体を集めましたので、十日ほどはもつと思われますが、その後はどういたしましょうか?』
『捕えた町の住人をエサにすればいい。が、若い女だけは残せよ』
『逃げた住人の捜索はどうなされますか?』
『生き残りの捜索は続けさせろ。本隊が来るまでまだ時間がかかるからな。猿とはいえ貴重な戦力だ。飢えさせるわけにはいかん――』
俺は会話の内容をかいつまんで説明していった。村の代表とシーハルは怒りをあらわにし、はじめの内は呑気に聞いていたマーガッソの表情も険しいものへと変わっていった。
「どうする、このままだとここも嗅ぎつけられるぞ。洞窟ごと結界で隠すか?」
その問いかけに、村の代表の表情が険しくなった。
「言い難いのですが、我々には食料がありません。このままここに隠れていてもいずれは……」
「ならば俺の国に一時避難するか?」
「そうさせてもらえるというのなら有り難いのですが…… でもどうやって? それに、避難しても住む場所が」
「そんなことは気にする必要ないぞ。これでもコイツは一国の王だからな」
昌憲が国王と聞いて、村の代表はアワアワと口を動かして驚いている。
「本来は秘密にしておきたかったんだが、この島の東部に俺の国への転移ゲートがあるんだ。陽が暮れてから移動するぞ」
そんな状態の村の代表に構わず、少し勿体ぶった言い方で転移ゲートの存在を告げてみた。こんな時に不謹慎だとは自覚しているが、俺は驚く村の代表を見て少しだけ気分を良くしていたりする。
それはさておき、夜になるまでは時間があった。だからファンタジア王国の説明をし、捕えられているらしい島の住人をどうするかについて話し合った。
「――もちろん助けるさ。でも今は時期じゃない」
「お前の話だと、あと十日間ほど余裕があったな」
「ああ、早いに越したことはないが、助けるにも準備が必要だからな」
「それは分かる。だが、公に事を起こして国際問題にならないか?」
「それは違うぞ」
「何が違うというんだ?」
「よく考えてみろ、マーガッソ。この島は俺たちが済む大陸と西の大陸の中間地点だ」
マーガッソは何か閃いたように手のひらを拳で叩き、俺はニヤリと口の端を上げる。
「そうか、そういうことか。あいつらはロイエンタールの先遣部隊」
「そうだ、奴らは俺たちの大陸に攻め入るつもりなんだ。おそらくこの島はその中継基地になるのさ」
「ならば事を急ぐ必要があるな。マーサ、住民の移送はお前に任せた。俺は一刻も早く国に帰ってこの事実を親父に報告する。親父には他国に一報を入れさせるからお前は対策を考えておいてくれ」
そう言うや否や、マーガッソは洞窟を飛び出していった。言えた柄じゃないが、呆れた行動力だ。
「仕方がない奴だな。しかし」
一抹の不安に駆られた俺は、その対策を講じておくことにした。
『アトロ、聞いての通りだ。あいつの報告だけじゃ説得力が足りないだろうから、各国の王に俺の名前で通信を送ってくれ、証拠映像つきでな』
『了解、マーサ』
その後、夜になるまで待ち、村の住人を引き連れてファンタジアへと帰還したのである。
連れてきた島の住人は、開発が終わったばかりの区画に案内した。シーハルは、フィーネリアの看病をするそうである。そして、城に戻った昌憲はリリルリーリの寝顔を見た後で、アトロにクロトを交えて対策を話し合った。
「主様、島を占拠している敵軍の殲滅は私にお任せください」
「いいだろう」
「マーサ。アルガスト王国とシリアンティムル帝国が自国の騎士団を派遣したいと打診が来ていますが」
「規模は?」
「合わせて二百名弱ですの」
マーガッソよりもたらされた情報は、直ちに父王サルガッソによって大陸の王たちに伝えらたようだ。アルガスト王国とシリアンティムル帝国は直ちに反応したのがその証拠だ。
「断ってもいいんだが、両国の顔を立てる必要もあるな。敵軍の兵数は?」
「五百強ですが」
「その程度なら両国の騎士隊と合わせてうちから二個中隊も送り込めば圧倒できるか。三十体弱の魔猿はどうするつもりだ?」
「どうするも何も、軍所属の妹たちを数体投入すれば問題ありません」
クロトが言う妹たちとはIALAのことだが、ファンタジア王国軍には切り札として休眠させずにいた彼女らを、特務部隊として十体ほど組み込んでいる。
ほとんどのIALAはすでに休眠させてあるが、もしもの時のために彼女らをクロトに預けていたのだった。彼女らIALAは素性を隠して目立たないように王国軍に紛れ込ませているのだ。
「そういうことでしたら住人の救出は私の騎士隊にあたらせましょう。式典やリリィ様の警護ばかりでは彼らも退屈でしょうから」
「それでは俺が活躍できないじゃないか」
当然のように訴えると、アトロにジト目で睨まれた。クロトは無表情だ。
「まさか、国王自らお出になると。マーサ、貴方は何を考えておいでですの」
「ええい黙れ黙れ! 住人の救出は俺がやるんだ」
ダダをこねてみたが、アトロは呆れ顔だった。ここ最近は出産が近いリリルリーリのそばにずっと付き添っているのだ。冒険者活動から遠ざかっている俺はこの機会を逃がしたくない。
「マーサ、子供のようなことを言ってないで貴方はご自身の立場を考えて行動すべきですの。それに、住人の救出は騎士隊の士気向上にもってこいです。彼らのことも考えてあげてください」
「むぅ、なら軍艦の破壊を俺にやらせろ」
「マーサ! リリィ様のご出産はどうなさるつもりですの?」
「クッ」
さすがの俺も、この一言にはまいった。が、諦めきれないのから最後のあがきに出る。
「クロト、出撃準備にはどれくらいかかる」
俺に対して割と従順なクロトに話を振ってみた。彼女なら打開策を示してくれるかもしれない。
「王国軍が結成されて初めての戦いですから、王国軍だけでしたら五日もあれば。アルガスト王国とシリアンティムル帝国の騎士団を迎えるとなると七日ほどでしょうか」
「出産予定日は四日後だよな。アトロ」
「そうですが、それが何か?」
「それなら大丈夫じゃないか。三日もあればリリィも赤子も落ち着くだろう?」
「マーサ、貴方という人は……。毎晩必ず戻ると約束してくださいますか?」
「ああ必ずだ」
「仕方ありませんね。戦艦でも軍艦でも派手に吹き飛ばしやがりませですの」
呆れ顔で首を振ったアトロだったが、最後は観念したかのように許可を出してくれた。
「よしっ、軍艦は絶対俺が破壊するからなっ。クロト」
「かしこまりました」
「アルガストとシリアンティムルの顔も立てる必要があるか。クロト、騎士団はお前に任せるよ」
「かしこまりました主様。彼らを前衛に出して王国軍からは二個中隊を出撃させましょう」
アトロに許しをもらって気分がよくなった俺は、クロトに指示を出してリリィの元へと向かったのだった。
◇◇◇
昌憲たちの住む大陸から遥か西方に、西側の大陸と呼ばれている大陸がある。
そこには、強大な軍事国家ロイエンタール帝国が存在していた。ロイエンタール帝国は皇帝エリンギーニによって統治されている帝国であるが、その覇権は西の大陸全土に及んでいた。
もともと、ロイエンタールは西側の大陸にある小国だった。そこに王子として生を受けたエリンギーニは、一代で西の大陸を制覇するに至ったのだ。
ロイエンタール帝国と昌憲たちがいる大陸との交流は、大きな港をもつシルベスト王国の商会の一部が細々と交易をしている程度だ。昌憲がアトロにクロトを交えて島の住人を救出する計画を練っていたころ、西の大陸東部、ロイエンタール帝国の首都にある宮殿で、年齢的には初老に差し掛かってはいるが未だ若々しいエリンギーニは報告を受けていた。
「東方進出計画の進捗を報告せよ」
「は、東の大陸との中間地点にある孤島を制圧しました」
「軍艦の建造はどの程度進んでおるか」
「は、来陽の末には三百隻が完成いたします。すでに物資の現地調達および運搬もはじめました」
宮殿の中央、皇帝の間と呼ばれる豪華な一室で、白髪が目立っているが屈強そうな男から報告を受けていたエリンギーニは、机の上に置かれた一本の槍に視線を落としていた。
「引き続き準備を進めよ。この槍に使われている素材について何か報告はあるか」
「は、今のところ新しい報告は受けておりませぬ」
「まあよいか、これはついでだからな。それよりもだ、船の建造を急がせよ――」
◇◇◇
リリルリーリの出産予定日を明日に控えた昼過ぎ、俺は王城の廊下を落ち着きのない表情で歩いていた。
寝室の横にある休憩室のドアの前をもう何往復しただろうか。腕を組んで廊下を歩き、チラチラとドアに視線を投げてはドアの前を通り過ぎ、数メートル歩いたかと思えは戻るを繰り返していた。
そのドアの向こう。部屋の中ではリリルリーリが頑張っている。しかし俺は何もすることができない。
アトロから告げられた予定日より一日早かったが十分に誤差の範囲内だった。部屋の中からは時折、リリルリーリのいきむ声が聞こえている。
その声が、子供が生まれる期待と、親になる不安と、リリルリーリと赤子の無事を願う緊張と、この場から逃げ出したいと思う気持ちと、出産に立ち会いたい、彼女を励ましたいという願望とをかき混ぜていた。
『生まれそうか?』
『まだ時間がかかりますの。そんなところでうろつかず、部屋でお待ちなさい。マーサ』
『でも、苦しそうじゃないか』
『出産とはこういうものです』
この世界では、夫が妻の出産に立ち会うという文化は無い。無いどころかタブーである。当然、リリルリーリはこの世界の人間であり、この世界のしきたりしか知らないため、俺が出産に立ち会うことはできないのだ。
だから俺はこうして廊下を歩き回っている。出産に立ち会う時ほど感動的な場面はないと、地球にいたころに先輩科学者から聞いていたのだ。だからそんなしきたりなどファンタジアでは通用しないとアトロに詰め寄ってみたが「郷に入っては郷に従えですの」と、突っぱねられてしまっていたのだ。
そして、俺にとっては特に長く感じる時間が経過した夕刻、部屋の中から元気な産声が聞こえてきた。即座に俺はドアノブに手を掛けた。
それと同時にクロトからの緊急通信が入ったのだった。
『主様――』




