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第五十三話:襲われた島


 Bランク冒険者として主に大陸外で活動しているシーハルは、かつて経験したことが無い窮地に立たされていた。彼ほどの高レベル冒険者になると、緊急避難用の転移魔道具を携帯するのは常識である。緊急避難用の転移魔道具は非常に高価で一般の冒険者にはなかなか手が届かない。


 当然シーハルも救援用の転移魔道具や救援信号発信魔道具とは別に、緊急避難用の転移魔道具は携帯している。しかし、彼のおかれた状況と助けたいと思う心が、それを使って一人で逃げ出すことを許さなかった。



 ◇◇◇



 大陸の西側に位置する孤島。


 昌憲たちが暮らす大陸と、その西側の大陸の中間点にあたるその孤島でシーハルは活動していた。シーハルは冒険者活動を行う内に、島の住人と親密な関係を築き上げていった。


 島の住人に情が移ったシーハルは、冒険で入手した薬草や魔獣などを時おり格安で住人に分け与えていた。そんな経緯があって、シーハルは島の住人から慕われるようになっていた。


 頼まれていた薬草を持って三日ぶりに島に訪れたシーハルは、何者かに蹂躙された集落に自分の目を疑うしかなかった。木造の家屋は破壊され、そこらじゅうに住人の無残な遺体が放置されている。生きている村人が一人もいない。そう思ったときに生き残った住人に呼び止められた。


「シーハルさん――」


 集落から少し離れた山裾の洞窟に住人達は避難していた。シーハルは呼び止められた少女フィーネリアに案内されてその洞窟に足を運んだのだった。そして、生き残った集落の代表から事の経緯を詳しく聞かされていた。


「はい、襲ってきたのは黒い毛に覆われた巨大な猿のような三体の魔獣です」

「私が見てきた感じでは、備蓄していた食料が全てなくなっていました」


 フィーネリアは襲撃時、たまたま狩りに出ていたそうで、魔獣は見ていないそうだ。住人を先に逃がして、状況を確かめているときにシーハルを見つけたらしい。


「話をまとめると、村は人型の魔獣に襲われ、食料を奪われたというのか。魔猿など島では見かけたことはないが」


 シーハルはこの島内に生息する魔獣については熟知するほどになっていた。この島に人型の魔獣などいないのだ。彼が知る人型の魔獣は魔猿くらいだった。


 居るはずのない魔獣が集団で襲ってきた。大陸と陸続きなら分かるが、ここは島だ。魔猿は空を飛べるはずもなければ、魔獣に転移能力があるなど聞いたことが無い。


 となると、人為的な思惑が働いていると考えるのが自然なことだった。しかし、この島には住民を襲ってまで手に入れたくなるような資源などはない。


 シーハルには冒険者ギルドの魔獣図鑑で魔猿を見かけた記憶があった。生息地域は西側の大陸南部地方。そこはランクA以上の冒険者のみが行くことを許される地域だ。


 現状ではファンタジア魔導王国国王マーサくらいしか転移が認められていない。西側の大陸には軍事国家があって、接触を禁じられている。ここまで思い出したシーハルは、魔猿の出現と西側の大陸に存在する軍事国家が、なにがしかの関係を持っている可能性にたどり着いた。


「魔猿はどの方角から来たか分かるか?」

「西の方角です」


 代表の答えを聞いたシーハルは自分の考えを確認すべく、様子を見に行くことにした。


「分かった。ちょっと様子を見てくる。お前たちはここを動かない方が良い。入り口を隠してじっとしていてくれ」


 そう言って洞窟を出ようとした時、フィーネリアが立ち上がった。


「私も行きます」


 フィーネリアは見た目は十六ほどの可愛い少女だが、狩りを仕事にしている一人前のハンターだ。シーハルとは何度も共に狩りをしていた実力者だった。


「いいだろう。だが、目的は様子を見るだけだ」

「分かりました」


 二人は森に隠された洞窟を出て、襲われた村まで戻ってきた。


「おかしいわ、遺体がなくなっている」

「確かに変だな。しかし今は西の港を確認するのが先だ」


 二人は村を抜け、丘を越えた向こうにある港町が見える位置まで歩いた。そして、丘の頂点を超えた位置にある大岩の陰から見た港の様子に息をのんだ。


「なんてこと!」


 砲撃を受けたのか、港町からは煙が上がり、一部の建物が無残な姿をさらしている。 港には巨大な船が二隻停泊しており、その船の前方には大砲らしきものが見えた。しかし、シーハルとフィーネリアにはそれが何なのか分からない。


 船からは大きな木箱が陸揚げされていて、周囲には黒い鎧を着た大勢の兵士があわただしく動いていた。内地寄りの入り口には十数名の兵士が見張っている。


「何だあの船は、大きな魔道具らしきものを積んでいるが、町には入れそうにない。一旦戻ろう」

「ええ」


 二人は来た道を戻り、洞窟へと一旦戻ることにした。嫌な予感が当たってしまった。それに、住人の遺体がなくなっていたことも気になる。


 そう考えたシーハルは、一刻も早く住人達にこのことを知らせて対策を話し合おうと考えた。そして、襲われた村までたどり着いたとき、北側の道から一頭の馬が駆けてきたのである。その後方には巨大な一体の魔獣が追って来ていた。


「マズイ!」


 そうシーハルが直感した時にはすでに遅かった。シーハルたちの目前まで駆けてきた馬から瀕死の男が転げ落ちる。


「たすけ……」


 馬から転げ落ち、助けを求めてきた男だったが、シーハルはそれに取り合っている余裕がなかった。


「魔猿だ。フィーネリア逃げろ!」


 とっさに槍を構えたシーハルに、魔猿が飛び掛かる。体長三メートルを超える巨大な魔猿の腕がシーハルめがけて振り下ろされた。シーハルはとっさにその攻撃を避けたが、後ろにいたフィーネリアの脇腹に魔袁の爪が掠った。


「クッ!」


 五メートルほど吹き飛ばされたフィーネリアの脇腹が赤く染まっていく。


「フィーネリア!」


 フィーネリアはあまりの衝撃で動けないようだったが、幸い意識は失っていない。シーハルは体勢を立て直し必死に応戦を試みるが、魔猿動きはあまりにも早く強力だった。かろうじて直撃は回避しているが、攻撃を入れる隙が見いだせない。


「フィーネリアッ、逃げろ!」


 フィーネリアは必死に這いずって逃げようとしている。少しでも離れてシーハルの邪魔にならないようにするためだろう。そう考えたシーハルだったが、魔猿の強さは彼の予想をはるかに上回っていた。


 とてもじゃないが倒すことなど出来そうもない。それでも、フィーネリアを見捨てて逃げることは彼にはできなかった。このままでは二人とも助からない可能性が高いと理解しているが、シーハルはフィーネリアに惚れていたのだ。


 何とかしてフィーネリアを連れて逃げ出したい。このまま可能な限り粘ってフィーネリアの回復を待つか? それとも、恥を忍んで救援信号を送るか。しかし、Bランクの自分が倒せない魔獣を同じBランクの救援者が倒せるとは考えにくいし、迷惑をかけたくない。


「――ッ!」


 魔猿の攻撃が僅かに掠り、シーハルの腕から血が噴き出した。それでも、諦めずに応戦を続けたが、そんなシーハルを絶望に突き落とす光景が彼の視界に飛び込んできた。


 馬が駆けてきた方角、この島の北に位置する村へと続く道に、二体の魔猿が見えたのである。まだ距離はあるが、フィーネリアはまだ走れそうにないし、魔猿も逃げさせてくれそうにない。


 フィーネリアを生かすことを考えれば、シーハルが選べる選択肢は一つしかないし、躊躇する余裕もなかった。シーハルは魔猿の攻撃を大きくバックステップで躱すと、腰に装備している救援信号魔道具に魔力を送ったのである。



 ◇◇◇


 転移用魔道具を使った俺の視界が回復したとき、そこには大型の魔獣と戦う冒険者の姿があった。冒険者は息も絶え絶えながらも、槍を構えて大きな猿型の魔獣と対峙している。そして、その向こうには同型の魔獣が二体近づいていた。


「待たせたな。相手は魔猿が三体か」


 俺が意識的に垂れ流している魔力を感じてだろうが、冒険者と対峙している魔猿は俺とマーガッソに意識を向けている。俺の視覚野には三千六百という魔猿の戦闘能力値が映し出されていた。


「マーガッソ、気を抜くなよ。魔猿はBランク高位の魔獣だ。赤魔牛より攻撃力は若干劣るが、頭が良くて動きが早い」

「分かっている、マーサ。こいつは俺が相手にするから残りの二体を頼む」

「了解だ」



 ◇◇◇



 今まで救援を出したと思われる冒険者が相手にしていた魔猿にマーガッソが槍を向ける。冒険者は視線を魔猿に固定し、いまだに槍を構え戦う姿勢を崩してはいが、限界のようだ。


 昌憲が二体の魔猿に向けて走り出したことを横目で確認したマーガッソは、眼前の魔猿の注意が彼に向いた一瞬をついて、いまだに槍を構える冒険者の前に躍り出た。


「下がれ!」

「すまん」


 冒険者は、這って魔猿から遠ざかろうとしている少女の方へと走った。それを確認したマーガッソは、最大の身体強化で魔猿との間を詰める。


 そして、突き出した槍先が魔猿の首をかすめた。ように見えたが、魔猿の首からは、勢いよく鮮血が噴き出している。マーガッソは、回避行動に出た魔猿に合わせて槍先を変化させ、魔猿の頸動脈を切り裂いていたのだ。


 強敵と戦う場合は、相手の出方を伺う慎重さも重要であるが、目の前の魔猿は冒険者との戦いである程度消耗しているはずだと考えたマーガッソは、初手から持てる力の全てを一撃に注ぎ込んだのである。


 魔猿は首から血を吹き出しながらも、マーガッソへの攻撃を止めようとしないが、その動きは次第に精彩を欠いていった。マーガッソが魔猿の攻撃を数回躱して体勢を立て直した時には、魔猿の動きは首からの大量出血によって止まりかけていた。


 そして、槍を構えるマーガッソが、魔猿に攻撃を追加する必要はもうなかったのである。マーガッソを睨みつけながらも、魔猿の目からは次第に力が失われ、ついには膝をついてバタリと倒れ込んだのだった。


「ふう」


 マーガッソが魔猿の死を感じ取ったとき、三十メートルほど離れたところでは、すでに昌憲によって二体の魔猿が切り倒されていた。


 昌憲は一撃のもとに首を切り飛ばした魔猿を時空の彼方へと消し去ると、マーガッソが倒した魔猿も同様に消し去ったのである。



 ◇◇◇



 シーハルは、フィーネリアのところまで駆け寄ると、彼女を抱き起して戦いの様子に意識を向けた。しかし、その時には既に魔猿の首からは血が噴き出ており、その数十メートル向こうでは二体の魔猿の首が吹き飛んだところだった。


 自分があれだけ窮地に追い込まれた魔猿を、こうも容易く倒してしまった二人の冒険者に、シーハルも抱き起されたフィーネリアも目を丸くするしかできない。


 そして、シーハルは救援にきてくれた二人の冒険者の顔を見て青ざめていった。一人はアルガスト王国のマーガッソ王子、もう一人は自国のマーサ国王だとすぐに分かったからだ。


 二人が冒険者ランクの上位一位二位だということはシーハルも知っていたし、救援活動に参加していることも救援者ランキングを見て知っていた。しかし、いくらなんでもその二人が救援にきてくれるとは、思ってもいなかったのである。


 マーサ国王は王妃の出産が近いこともあって、ここ最近は冒険者活動を自粛しているともっぱらの噂になっていた。それがどうしてと疑問に思ったシーハルだったが、今はそんなことを聞くべきではないと、二人に向かって頭を下げた。



 ◇◇◇



「大丈夫だったか? 大丈夫なら顔を上げてくれ」


 少女を抱き支え、頭を下げている冒険者の顔には見覚えがあった。Bランクの冒険者でシーハルという名だったはずだ。


「大丈夫でございます、陛下。それにマーガッソ殿下。此度は私どもの窮地をお救い頂き、感謝の念に堪えませぬ」

「今は一個の冒険者だ。畏まらなくていい」


 俺と、いつの間にか隣に来ていたマーガッソをシーハルは知っているようだった。


「そうだぞ、俺もマーサも上位の冒険者として当然の義務を果たしているだけだ。顔を上げろ」


 俺たちを王族だと言って畏まるシーハルに、フィーネリアはシーハルと俺たち二人と交互に見てパクパクと口を動かし、驚いている。


「そちらのお嬢さんも俺たちのことは気にしなくていいからな。確かにこいつは国王で俺は王子だが、今はそこのシーハルだったか、そいつと同じ冒険者だからな」

「なぜ、私ごときの名前を殿下が?」

「Bランク冒険者の顔と名前くらいは覚えているさ、Bランクは三十人くらいしかいないし、救援者ランキングでも下の方だったが見かけたしな」

「そうだぞ、しかし、今はなぜこんな所に魔猿が出現したかの方が気になる。そちらのお嬢さんと転移ゲートまで転送してやるから話はそこで聞こう」

「陛下、この娘は大陸の住人ではありません」

「そうだったのか。冒険者らしい恰好だからてっきり」

「詳しことは島の住人が隠れている洞窟でお話しします。ここからはそう遠くないので」

「歩けるか? そっちの娘は?」

「フィーネリアと申します。私はまだ……」

「もうだいぶ回復しましたから大丈夫です陛下、フィーネリアは私が背負っていきます」


 フィーネリアを背負ったシーハルに連れられて、俺とマーガッソは島の住人が隠れてるという洞窟へと向かったのだった。

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