表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/74

第五十二話:科学者と隣国の王子


 マダラ狼に襲われたランクEの冒険者チームを助けた俺は、彼らの安全を考えて王都まで行動を共にすることにした。冒険者たちは体力と魔力を使い果たしており、まともに立つこともできなかったからだ。


 今はまだ朝だが、昼を周るまでしばらく休んで体力と魔力の回復に努める必要がありそうだった。俺一人で四人とその騎獣を王都まで転送するのは疲れる。


 かといってアトロに頼むのも公私混同だと叱られる可能性が高い。ハティを呼ぶのも同族を殺した後なので何となく気が引けた。だから俺は彼らの体力が回復するのを待って、彼らの騎獣に同乗して王都まで戻ろうと考えたのである。


「その様子だとしばらくは動けそうにないな。この辺りは草原域で比較的安全だがランクDまでの魔獣は生息している。昼過ぎまで結界の中で休め」

「陛下はどうなされるので?」

「このまま見捨てるわけにもいかん。付き合うよ」

「そんなっ、我々ごときを陛下にお守りしてもらうなんて、恐れ多すぎます」

「そうでもないぞ。このままお前たちを置いて帰って、もし無事に帰還できなかったら俺のメンツにかかわるんだ。お前たちを転送することもできるが、馬と合わせて全員となると俺が疲れる」

「お心遣い、感謝いたします……」


 ノーリッツェたちは涙を浮かべて感激しているようだった。俺はノーリッツェたちを結界の中に残してハティを召喚した。そして、魔力の気配を探りながら辺りを哨戒することにした。


 ハティは俺を背に乗せてファンタジアの大草原を気持ちよく走っている。俺がハティを狩り以外で召喚することは珍しく、ハティにとって俺を乗せて全力疾走することはめったにない。大概はリーガハルが同行しているので、彼の騎獣に合わせて走ってるからだ。


 しばらく草原を哨戒した俺が、脅威となる魔獣の気配を察知することはなかった。 安全は確認できたが、王都近辺の平原域にランクCの魔獣が出現したことが気になり、魔獣駆逐活動を指揮しているはずのクロトに通信をつなぐ。


『クロト、聞こえるか』

『――ご用でしょうか主殿』

『ああ、たいしたことじゃないんだが、王都北寄りの草原にマダラ狼が出てな、冒険者が襲われた。どう考える?』

『主殿、貴方は何をしておいでなのですか? 国王ともあろうお方がそのような場所で』


 クロトの口調が呆れたものへと変わる。


『仕事をしているんだが』

『また冒険者ごっこですか』

『ごっことは何だ、ごっことは』

『主殿が冒険者ギルドで活動していることは存じ上げておりますが、もう少し政務をですね』

『ええい、これは重要な仕事なんだ。政務ごときアトロに任せておけば十分じゃないか』

『左様でございますか』


 額に青筋を立てたクロトの顔を思い浮かべた俺は、彼女に通信をつないだことを少しだけ後悔したが、まだ彼女の考えを聞いていないことを思いだした。


『で、どう考える』

『しょうがないですね、主殿は。昨晩一匹のCランク魔獣を南方面に取り逃がしたと報告を受けています。おそらくその個体ではありませんか?』

『なるほど、助かったよ』


 唐突にブツリと切れた通信に、クロトらしいなと思わず苦笑いする。しかい、魔獣出現の理由が明らかになったことに一安心したのだった。


 Cランクの魔獣を、単体とはいえ王都近辺まで侵入を許したことはクロトたちのミスになるが、もっと凶悪な多くの魔獣を王都近辺から遠ざけるという大任にあたっている彼女や国軍の兵士たちに、俺は感謝こそすれ、そのミスを咎めるようなことは考えていない。


 王都近辺の草原から脅威が消え去ったことを確認した俺は、もう少しハティの好きにさせようと、予定の時間が来るまで草原を疾走していた。


 そして結界の近くでハティを送還し、ノーリッツェたちの様子を見るために結界の中へと入る。彼らにハティを見せびらかしたいとも考えたが、疲れ切っている彼らに余計なショックを与えるのもマズイかと思った。テントから聞こえる話し声に少し安心した俺は、中を覗き込む。


「調子はどうだ?」


 振り向いたノーリッツェたちの表情からは、まだ疲れが抜けきっていないと実感できた。


「私はもうだいぶ回復しましたが、シルヴィーネがまだ……あと少し休ませれば、何とか王都までなら大丈夫だと思います」

「そのようだな。もう少し待とうか」


 眠っているシルヴィーネは、ときおり顔をしかめて苦しそうにしていた。


「ここでは息が詰まるだろう外の空気でも吸ってきたらどうだ?」


 比較的元気そうなノーリッツェが「分かりました」と言って、テントの外に出て行った。しばらくして戻ってくると、何かを言いたそうにしてもじもじしている。


「何か言いたいことがあるのか?」

「こんな時にぶしつけなお願いですが、あのマダラ狼ですが、はもう処理なされたのですか? できれば毛皮を見たいのですが、我々のような駆け出しにはいい思い出というか、励みになりますので」

「あれならそのまま何もしていないぞ」

「えっ? ああ、帰りに取りにいかれるのですね」

「いや、あのまま捨て置くつもりだ」

「そんな。なんて勿体ない」

「そう思うならやるぞ、あんたは元気なようだから、今から行ってはぎ取ってくればいい」

「ですが、あれは陛下の……。分かりました。我々ではぎ取ってきますので、陛下がお持ち帰りください。おい、行くぞ」


 そう言ってノーリッツェは比較的元気そうなもう一人の男と、ザックを担いで急ぎテントを出て行った。半刻ほどが過ぎたころ、シルヴィーネが目を覚ましたのと時を同じくしてノーリッツェが戻ってきた。


「陛下、マダラ狼の牙と毛皮です。助けて頂いたお礼といっては少ないですが、はぎ取って参りました。お持ち帰りください」


 丁寧に折り畳んで縄で縛られた毛皮と、その上に乗せられた二本の大きな牙をノーリッツェは差し出した。


「いらんいらん、せっかく取ってきたんだ。おまえたちで分けろ」

「そんなことはできませんよ。これだけで小金貨七十枚にはなります」

「いらんと言っているだろうが。それとも何か? 国王であるこの俺にそんなはした金を受け取れとでもいうのか?」


 狩りの成果を働きに応じて分配することは、ハンターや冒険者の間では絶対のルールだ。だからノーリッツェは戸惑っているのだろう。しかし今回の場合そのルールは適用されない。なぜかって? それは俺が受け取りを拒んだからだ。


 いらんと言っているものを分配する必要などないのである。


「そこまで渋るか。賞賛すべき心がけだが、もう少し柔軟になれ。相手が受け取りを拒んだ場合に分配ルールは適用されん」


 俺は救援の成功報酬についても受け取るつもりはない。救援活動については無償奉仕と決めている。これは、国王としてのメンツの問題もあるが、それよりも好きでやっているボランティアに近いものだからだ。


「分かりました。これを励みにいつかはランクCの魔獣を狩れるように精進いたします」


 そう言ってノーリッツェたちは深々と頭を下げた。シルヴィーネが起きたことで、俺はノーリッツェたちを連れだって王都へと帰還した。


 ノーリッツェたち男三人は自分の馬で、まだ辛そうにしていたシルヴィーネは、俺に支えられる形で彼女の馬に騎乗していた。急ぐ必要は無いので、並足程度のゆっくりとした速度で走らせている。


「あのっ、お妃のリリルリーリさまはお元気なのでしょうか」

「ああ、リリィなら元気にしているぞ」

「最近は王宮のテラスにもお姿をお見せにならないですから、心配しておりました」

「もうだいぶお腹も大きくなってきたからな。主治医に止められてるんだ」

「そうだったのですか、お元気な殿下か姫さまを期待しております」

「民がそう言っていると知ればリリィも喜ぶだろう」

「ところで、マーサ陛下はなぜリリルリーリさまをお妃になされたのですか?」


 女とはどうしてこんな質問ばかりしてくるのだろうか。


「り、リリィとは知り合いだったんだ」

「えっ!? では恋愛結婚だったのですか?」


 王族の婚姻で恋愛結婚は珍しい。それは置いておくとしても、話を濁してしまえばよかったものを、テンパって正直に答えてしまった。


「そっ、それはだな――」


 ノーリッツェたちを無事に王都の冒険者ギルド本部に送り届けた俺は、こうして初の救援依頼を完遂したのだった。


 その後は、一日平均二回ほどの救援依頼が高ランク冒険者や、軍部に入るようになった。その結果、冒険者の死者数は救援制度が開始される以前の五分の一以下に激減したのである。


 冒険者が救援をためらって救援が遅れたり、救援に駆けつけても既に手遅れだったり、慣れない救援者が救援に失敗して救援者自身が死亡したりするケースもあったが、救援制度はその成果と共に冒険者へと受け入れられた。高レベル冒険者たちは、救援者数や救援成功回数を競い合うようになっていったのである。



 リリルリーリの出産が迫ったある日、アルガスト王国第二王子マーガッソがファンタジア王城に遊びに来ていた。


「最近ギルドに顔を出さなくなったと思えば、あれか?」

「ああ、もうすぐ出産なんだ」

「予定日はいつだ?」

「五日後の予定だが」


 王城の奥まった所にある、中庭が見下ろせるテラスで、昼下がりの暖かい陽光を浴びながら二人はくつろいでいた。


「そうとなれば、しばらくは冒険者活動は休みになるな」

「ああ、よほどのことが無い限りな」

「ふふふっ、その間にお前に差をつけてやる」

「ふん、復帰すればすぐに追い抜いてやるさ」


 冒険者ランク一位の俺と、同じく二位のマーガッソは、高ランク冒険者の例にもれず救援者ランキングでも上位で競り合っていた。さすがに王族である俺たち二人が、救援者ランキングでトップを独走することはなかったが。


 俺の場合はリリルリーリの出産が近づいたことで、ここ最近は冒険者活動から遠ざかっていた。マーガッソはもともと、俺ほど自由な時間が取りにくいことが冒険者活動を行う枷になっていた。こんな俺たちだったが、それでも救援者ランキングのトップ十に名を連ねているのである。


「あら、マーガッソ様は今日もおいでなのですね」

「ああ、せっかくの水入らずを邪魔して悪いな。もうそろそろ引き上げるよ」


 白いマタニティドレスの上からでも分かる大きなお腹を大事そうに抱えたリリルリーリが、付き人のIALAに付き添われてテラスに下りてきた。


「リリィ、体の調子はいいのか?」

「ええ、最近はマーサ様がいつもお近くにおられますから」


 嬉しそうにそう語ったリリルリーリの顔が少し赤くなった。


「ハイハイ、邪魔者は消えるとしますか。ん?」


 マーガッソが気を利かせて退散しようとしたその時、救援を乞うシグナルが鳴り響いた。


「ちょうどいい、救援に行ってくる」

「そうか、悪いな」


 マーガッソは二人に手を振って救援へと向かおうとしたが、救援用転移魔道具に魔力を流し込んでも彼の体は転送されなかった。魔道具の小さな光玉は救援を乞う赤色から、橙に変わっている。


「これはどういうことだ、何故転移しない?」


 魔道具を開発したのは俺。だから理由がすぐに分かった。


「光玉が橙に光ってないか?」

「ああ、橙色だ」

「ヤバいな、それは相手がお前より強いということだ」


 俺に次いで戦闘能力値が高いマーガッソでも叶わない相手、すなわち、救援信号を出した冒険者がランクBの上位以上の魔物に襲われている可能性が高いということだ。


 こんな場合は他の冒険者が救援要請を追加で受諾し、敵よりも戦力が上になれば転移魔法が発動する。俺は乞うような視線をリリルリーリに投げかけた。


「ええ、分かっていますよ。私は大丈夫です。マーサ様、行ってらっしゃいませ」

「すまないリリィ。すぐに片づけて戻ってくる」


 リリルリーリの許しを得た俺は、その場で装備を召喚すると、マーガッソに合図を送った。


「マーガッソ、どうやら二人で行く必要がありそうだ」


 黙ってうなずいたマーガッソを見て、俺は転移用魔道具に魔力を送ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ