第五十一話:科学者と冒険者たち
冒険者ギルドに冒険者救援制度ができたことが告知された。
併せて、依頼の成功報酬と獲物や薬草類、鉱物などの買い取り額などから一パーセントが徴収差っ引かれることも告知されたが、金額が微額であることが幸いして大きな混乱は起こらなかった。
それでも、制度に納得できない冒険者も僅かながら存在したが、その場合は徴収をしない代わりに救援も行わないということで納得してもらっている。
アルガスト王国でハンターとして活動していたノーリッツェは当時の仲間三名と共にファンタジアへと移住してきていた。当然のごとく冒険者登録し、現在は冒険者として共に移住した仲間と共に活動している。ノーリッツェたちは全員独身で、男三人女一人の若いチームである。
「救援制度って、私たちみたいな低ランクのチームでも利用することあるのかしら。もちろんそんな目には遭いたくないけど」
「俺たちEランク冒険者は単独行動なら活動範囲は草原域だけだが、チームでなら森に入ってもいいんだ」
「王都近辺という制限はあるがな」
「森には危険な魔獣も多い。それに迷う可能性だってある」
「森に入らなきゃいいじゃない」
「しかしなぁ~、草原の薬草とか獣だけじゃ稼ぎが少ないんだよな」
「私は今のままで十分だよ。アルガストにいたときよりも稼げてるし」
「確かにそうだけどさ、こう、欲ってもんが出てくるよな」
「そういう奴がレベルを考えずに森に入って命を落とすんだ」
チームリーダーを務めるノーリッツェはそう言って一度は仲間に釘を刺した。が、稼ぎが増えたことと将来のためを考えて一軒家を購入したことで、蓄えに余裕がないことも事実だった。
「だけど、王都周辺の比較的安全な範囲だったら大丈夫なんじゃないか?」
「そうね、あんまり深く森に入らないなら……」
ノーリッツェは考える。毎陽数十人の冒険者が命を落としていることは知っていた。とは言っても冒険に出て命を落とすのは一パーセント以下であり、しかもそのほとんどが分不相応な地域に侵入していたことは伝え聞いている。王都周辺の比較的安全な森、彼女が言うように深い所まで入り込まなければ問題ない。
「活動範囲を王都周辺の森まで広げてみるか」
王都周辺の森の浅いところは比較的安全だと言われている。これは、王都の安全を考えて、IALAたちが強い魔獣を追い払ったり駆逐してきたりした結果だった。
時折強い魔獣が舞い戻ってくることもあるが、クロトと専任のIALA率いる魔獣専門の駆逐部隊が随時監視及び巡回を行っているため、比較的安全な地域になっているのだ。とはいってもレベルEの冒険者が単独行動するのは危険な場所である。
ノーリッツェたちは王都周辺の森で採取できる薬草や、弱い魔獣や獣の常時依頼を掲示板で確認し、その買い取り額の高さに驚いていた。
「草原と森とではこれほど違うのか」
「何何、ポルカ茸一つで小銀貨五枚、枯れ松草一株小銀貨三枚、根無し草一株小銀貨十枚」
「行きましょう。すぐ行きましょう」
現在の稼ぎに満足していたシルヴィーネでさえ、森に生える薬草類の買い取り価格に目の色を変えている。
「そう慌てるな。準備をしっかり整えたうえで明日の早朝出発しよう」
すぐにでも出発したい衝動に駆られている仲間たちを戒めたノーリッツェは、仲間たちと共に森に入るための入念な準備を行ったのだった。
準備を終え、王都周辺の森に向けて日の出前に出発したノーリッツェたちは、正午よりだいぶ前に森の入り口へと辿り着いた。乗ってきた馬を、彼らにとっては高額だった結界魔道具で隠し、ノーリッツェたちは森へと分け入った。そして、そう苦労することも無く、早速お宝を発見したのである。
「ねぇ、これってポルカ茸じゃない?」
「まてまて、傷を付けるとポルカ茸は僅かに甘い香りがするはずだ。ポルカモドキと間違えやすいから香りで判断すると書いてある」
ノーリッツェはポルカ茸と思しき一本を手に取ると、傘の部分を少しだけ傷つけた。
「間違いない。ポルカ茸だ」
ほんのりと漂う甘い香りにノーリッツェたちは色めきたった。十数本ではあるが群生しているポルカ茸を発見したのだ。数えてみると十四本、これだけで小銀貨七十枚ほどの価値があるのだからノーリッツェたちの反応はしごく当然のものだ。
幸先よくポルカ茸を手に入れたノーリッツェたちであったが、その後は結構苦労していた。それでも草原域でで活動するよりも、倍近い成果を上げていたのだ。
「今日はこれくらいにしておこう。成果としては予想より少し少ないけど、十分な稼ぎになるからな」
「そうね、ノーリッツェの言うとおりだわ」
「もう少し手に入ると思ったんだがな~」
「チャンスは明日もあるんだから、今日はもう引き上げましょう」
「そうだな」
ノーリッツェたちは森を出て結界が張ってある場所まで戻ると、当初の予定通りその中で夜を明かすことにしたのである。明日の収穫を夢見て。
◇◇◇
一方その頃、王都北方の魔獣駆逐活動を視察に来ていたクロトは、部下であるアーセルハイデル王国騎士隊長兼王国軍北部防衛司令官に報告を受けていた。
「王都北部西地区の魔獣駆逐は無事完了しましたが、単体Cランクの魔獣マダラ狼が一頭、北東方面に逃走しました」
「マダラ狼と言えば戦闘能力値で二千弱ですか……その程度の魔獣一頭でしたら問題はないでしょう。部隊の被害は?」
「ハッ、重症者が三名出ましたが、死者は出ておりません」
「それは何よりです。こうやって定期的に危険魔獣を追い払わないと王都に侵入されますからね。それに、低ランクの冒険者も安心して活動できません」
アーセルハイデルは王国騎士として本来であれば城勤めや、要人の護衛がその責務なのであるが、リシュティル王国から連れてきた兵士たちの一部を預かっていた。
王国軍の主要任務は国土の防衛、すなわち魔獣から国民を守る事にある。王国軍の本体は、クロトによって徹底的な矯正を受けた元リシュティル王国のリンゲイル男爵がまとめている。
しかし、国民はまだ少ないが広大な国土を有する王国軍の守備範囲は広く、リンゲイルひとりで全軍を指揮するには荷が勝ち過ぎていた。王国軍最高司令長官を務めるクロトは、王国軍を南方防衛軍、北方防衛軍、王国軍本体の三つに分けて国土防衛の任にあたらせている。
「我がファンタジア王国は敵国に対する防衛には向いていても、国内の脅威である魔獣に対しては我々で当たるしかありませんからな。はじめのうちはたかが魔獣と侮っていた者もおりましたが、魔獣の強さを知ってからは兵士も職務に気合が入っております。部隊発足当初に多数の死者を出したときはどうなるかと思われましたが、クロト様の陣頭指揮と、任務の際に倒した魔獣を売り上げた一部が功績に応じて還元されるものですから、兵士たちの士気も強くなっております」
「ほとんどの兵士が魔獣の脅威が少ないリシュティルの出です。魔獣を侮るのも仕方がないことでしょう。功績に応じた褒賞は国王陛下の発案です。兵士にはそのことを良く聞かせて陛下への忠誠心を徹底させなさい」
「ハッ、クロト様ご命じのままに」
◇◇◇
結界の中で一夜を過ごしたノーリッツェたちは、そのまま陽が高くなるのを結界の中で待っていた。それは、夜から早朝にかけて森に入ることがいかに危険かを、先輩の冒険者に教わっていたからだ。
夜の森は視界が狭くなり、魔獣の接近に気づきにくくなることと、夜行性の危険な魔獣が多く徘徊しているからである。十分に陽の位置が高くなったところでノーリッツェたちは結界を出た。そして、もうすぐ森へ辿り着こうかと言うそのとき、北方から巨大な何かが近づいていることに気が付いた。
「あ、あれは」
目が良いシルヴィーネが近づいてくる何かに気づき、その姿を確認して固まってしまった。
「どうした?」
「マダラ狼」
シルヴィーネの視線の向く先を凝視したノーリッツェが力なくつぶやいた。
「どうしてこんな所にCランクの魔獣が……あれは王国の北方にしか生息していないはず」
ノーリッツェはシルヴィーネと同様に固まりかけたが、仲間たちに発破をかける。結界からは離れすぎてもう戻ることは出来ない。
「応戦するぞ、密集して槍を構えろ! シルヴィーネは俺たちの中央で防御障壁の詠唱を頼む」
槍を構え、防御のための密集陣形を取ったノーリッツェたちの中央でシルヴィーネが障壁魔法の詠唱をはじめた。その詠唱がかろうじて終わったその直後、全高二メートル、全長四メートル弱の金色に近い茶色に漆黒のマダラ模様が特徴の魔獣、マダラ狼が飛び掛かってきた。
マダラ狼はノーリッツェが下から振り上げた槍を躱すと、すれ違いざまに前足を振りかざしてきた。その鋭い爪がシルヴィーネの張る障壁を僅かに突き破ってノーリッツェの腕をかすめた。
「クッ、なんてスピードと威力だ」
マダラ狼の戦闘能力値は二千弱。対してノーリッツェたちは戦闘能力値で五百前後だ。熟練のハンターや冒険者ならば武器を持った状態で、自分の戦闘能力値の二倍強までの魔獣と単独で渡り合うことができる。
三~五人でチームを組んだ場合でその五割増し程度、つまり三倍の千五百程度までが対等に渡り合えるラインだ。したがって、ノーリッツェたちの四倍弱の戦闘能力値をもつマダラ狼は、ノーリッツェたちではどうしようもない強敵だ。
しかし、ノーリッツェたちは必死の連携でマダラ狼の攻撃を凌いでいた。これは魔法障壁を張れるシルヴィーネが仲間にいたことと、ノーリッツェが指示した防御陣形のたまものだった。
「大丈夫か? シルヴィーネ」
「ダメ、もう限界に近いわ」
体中から血を流し、必死に槍を振るうノーリッツェたちの中央で、シルヴィーネが必死の形相で答えた。 四人とも既に限界である。
「ついてなかったな。俺たちの命運もここまでか」
「待ってノーリッツェ、まだ最後の手段があるわ」
ノーリッツェはマダラ狼に集中するあまり、先日ギルドで受け取った救援要請通信機の存在を忘れていたのだ。シルヴィーネに言われて救援要請通信機のことを思い出したノーリッツェが叫ぶ。
「シルヴィーネ、俺たちは手がふさがっているから要請は出せない。お前から要請を出してくれ」
「分かったわ、少しの間障壁が弱まるから」
「ああ、何とか凌いでみる」
シルヴィーネは腰に着けたポーチから長さ十五センチ直径二センチほどの黒くて丸い棒を取り出した。そしてその棒になけなしの魔力を注ぎ込んだ。魔力を注がれたその棒は、その瞬間から淡く輝き出す。
「大丈夫、上手くいったみたい。でも、障壁はもうあまり持ちそうもないわ」
「何とか凌いでみせるさ。お前たちも頑張ってくれ」
「…………」
仲間二人の男は槍を構えるだけで精いっぱいで、もう声も出せないようだった。ノーリッツェももうほとんど余力を残していない。しかし、救援要請通信機が放つ魔力と光にマダラ狼が様子を伺いはじめたことがノーリッツェたちにとっての幸運だった。
時間にすれば一分程度だったが、そのわずかな時間が彼らの命を救うことになった。ノーリッツェたちとマダラ狼の中央に突然それは現れた。
空間が引き裂かれ、黒い十字の闇が出現すると、そこから一人の男が現れた。 その黒づくめの男を見たとたん、ノーリッツェたちは力尽きたかのようにその場に座り込んだ。
「待たせたか? おめでとう、あんたらが救援要請第一号だ」
場の状況も考えずにそう言った黒づくめの男は、腰に差していた剣を抜くと、一振りでマダラ狼の首を切り飛ばした。首を落とされ、血しぶきを上げて倒れていくマダラ狼を見ながら、ノーリッツェは高レベル冒険者の圧倒的な強さを思い知っていた。
他の仲間たちも同様だ。自分たちがあれほど苦戦し、絶望までした魔獣をまるで気にすることも無く虫けらを踏みつぶすかのように切り倒してしまったのだから。
さらに、シルヴィーネに至っては黒づくめの男を見る目が、疲れ果ててはいるが、運命の男に出会ったような嬉しさと衝撃を合わせたような表情に変わっていた。
「大丈夫だったか?」
逆光の向こうからそう言った黒づくめの男が、腰を落としてノーリッツェに手を差し出した。 それを見たシルヴィーネの表情が驚愕のものへと変わる。今まで逆光でよく見えなかった男の顔が、はっきりと確認できたからだ。
「あ、貴方様は……マーサ国王陛下。陛下がどうしてこんなところに」
黒づくめの男が国王昌憲だと気付いたのはシルヴィーネだった。彼女は、マサヤ歌劇団に所属していたリリルリーリの大ファンである。そして、そのリリルリーリを娶ったファンタジア王国国王の顔もよく知っており、昌憲に対しての憧れも強かった。
「あんたは俺の顔を知っていたか。確かに俺は国王だが、一個の冒険者でもある。ここへは救援信号を受け取って出向いたまでだ。不満か?」
ノーリッツェたちは、疲れ切った体のことなど忘れてその場に平伏する。シルヴィーネは平伏しがらも、感激のあまり声を出すことができない。
「不満など滅相もございません。まさか国王陛下が救援に駆けつけて下さるとは思ってもいませんでした。どうか、どうか我々の無礼をお許しください」
昌憲は、差し出した手をそのままに、ノーリッツェへと語りかける。
「顔を上げてくれないか? それから、俺の差し出したこの手を取ってくれ」
僅かに顔を上げて俺の顔を確認したノーリッツェは、再度草原に顔をうずめた。
「め、滅相もございません。我々のような下々の者に、陛下のお手を煩わせるなど」
畏まって平伏してくれるノーリッツェたちに、昌憲は嬉しさと寂しさを同時に感じていた。しかし、このままでは埒が明かないと考えた昌憲は強権を発動する。
「ならば、ファンタジア魔導王国国王として命ずる。予の手を取って立ち上がれ、救援が終わってギルドに到着するまでは、予を一個の冒険者として付き合え」
国王にこうまで命じられれば、ノーリッツェたちに逆らう術はない。僅かに顔を上げたノーリッツェは、俺に手を引かれて立ち上がったのである。そして昌憲は、他の三人にも同じように手を差し伸べたのだった。




