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第五十話:トレードオフに悩む科学者が出した結論


 時には単独で、時にはハティと共に、時にはチームを組んでほぼ毎日狩りや冒険に出かけていた俺だったが、妻であるリリルリーリの妊娠が発覚して半年、出産を二陽後に控えた現在、あることに悩んでいた。


「マーサ様。マーサ様は最近そうやって考え込まれることが多いようですが、どうなさいましたの?」

「ん? 心配かけてすまないリリィ、大したことじゃないんだよ」


 寝室でお腹の大きくなったリリルリーリにそう言った俺だったが、ここ最近こうやって考え込むことが多くなっていた。それは、異世界で存在感を知らしめた上で成り上がり、冒険をするという目的を達成したことによる、燃え尽き症候群のようなものではない。


 もっと本質的なもの、緊張感のある冒険がいまだに出来ていないことにあった。これは俺の慎重すぎる性格に起因することだが、下調べをして危険を取り除けば取り除くほどに薄れていくスリルのようなものである。


 この関係がトレードオフにあることは疑いようがない。慎重に慎重を重ねて調査したあとで万全の準備をしてしまえば、何が起こるか分からないといった緊張感が薄れるのは当然だ。


 たしかに、ディスプレイ越しに見た情報と、実際に自分の目で見た光景や現実とでは迫力も違うし新鮮さもある。時にはアクシデントが起こることもあった。


 しかし、冒険を重ねるにつれて当初のような充実感を味わえなくなってきたのだ。 ありていに言えば、安全な冒険に飽きてきたのである。


 しかし、慎重さを欠いてスリルを求め、命を落としてしまうのは本末転倒だろう。そしてこんなことを考えていれば、思考の袋小路に迷い込むことは当然の結末だと思う。


 さらに話は変わるが、外の大陸にある強国の動きが、きな臭いことになっているという情報がアトロよりもたらされていた。


 この情報が俺の気分をさらに落ち込ませていたのだ。俺がこの世界に転移してきて、大陸外の調査も並行して行っていた。そして分かった事実は、俺たちがいる大陸とは別の大陸に、文明を持った国家が存在しているということだった。


 その国家は、一つの大陸を統一した強大な国家であり、俺の望むファンタジーな世界観とはかけ離れた軍事大国である。正直言ってあまり係わりたくない相手だ。その国家については不干渉でいようと考えていた。


 大陸の商会が細々と外側の大陸と交易を行っている程度であるが、大陸外に国家があることは知られている。その、外側の大陸に存在する強国が、きな臭い動きをしているというのだ。


 具体的には、巨大な船を多数造船しているのである。もし、その国家がこの大陸に攻め込んでくれば、不干渉でいることは出来ないだろうし、せっかく変わりかけてきたこの大陸の文化が一変する恐れさえある。


 俺はこの世界に自分の夢を叶えるために来たのであって、戦争をするために来たのではない。しかし、もし攻め込んでこられたなら対応しなくてはならない。ただちに攻め込んでくる可能性は低いだろうが、対策をしておく必要があることは明白だった。


 俺が起こした国家ファンタジアは発展の最中、それもまだ序盤であり、国力としては小国に過ぎない。ファンタジアは外輪山に囲まれた巨大な要塞のような国家であり、攻め込まれることはまず無いだろう。


 しかし、可能性としては低いだろうが、一旦侵入を許してしまえばどうなるか分からない。そしてそれよりも、その他のこの大陸に存在する国家が心配だった。


 もし大船団を組んで攻め込まれれば、大戦になることは避けようがなく、進んだ文明を持つ外側の大陸の軍事力は脅威でしかない。


「マーサ様はまた考え込んで……」


 大きなお腹を抱えて心配そうにしているリリルリーリ。


「どうもいかんな、少し外の空気にあたってくるよ」


 そう言って寝室を出た俺は、この二つの懸案事項に対応すべく、再び思考の海に沈んでいった。きな臭い動きをしていることは確かだが、今すぐ攻め込んでくることは考えにくい。 しかし準備はしておくべきだろう。そう考え、翌日アトロに件の軍事強国の監視強化と、とある対策について指令を出したのだった。


 もうひとつの冒険の緊張感については、俺の性格上どうしようもないことなので、けっきょくこれといった打開案が出ることはなかった。


 そこで俺は、現在冒険者ギルドで問題になっている事柄について首を突っ込むことにした。本来は冒険者ギルドの幹部連中に対応を任せる予定だったが、狩りや冒険に充実感を感じられなくなってきたこともあり、はっきり言えば暇になったのだ。


 こんなことをアトロに聞かれれば、まず間違いなく「そんなに暇ならもっとまつりごとに参加してください」と嫌みを言われることは間違いないだろう。


 そうならないためにも俺はとりあえず冒険者ギルド本部に赴くと、ギルド長室へと足を運んだ。


「よう、調子はどうだ? トリッシリーツェ」


 トリッシリーツェは、マーガッソの推薦でアルガスト王国のハンターギルド支部から引き抜いた男である。歳は五十手前で口調は丁寧だが、ズケズケとものを言う色黒の男である。


「これはこれはマーサ陛下。わたくしの調子はようございますが」

「例の問題か?」

「左様で」


 例の問題とは、冒険者の死亡率についてである。冒険者ギルドが発足して一年強。発足当初、慣れないうちは止むを得ないと考えていたことであるが、今になっても死亡率が下がらないのだ。


「先陽の死者数は?」

「二十八名になります。ギルド発足以降累計で四百名を超えました」

「死者数でハンターギルドの五倍弱か……死亡率だと悲惨な数字だな」


 一年強で四百名の死亡者数といえば四パーセント弱である。冒険者になった者の内、二十五人に一人が命を落としたことになるのだ。


「左様でございます。我々も何とかしたいと考えておりますが」

「いい対策が無いんだな?」

「皆考えてはいるのですが」


 暗い顔をするトリッシリーツェに、俺が切り出した。


「俺に良い考えがあるんだが、聞く気はあるか?」

「聞く気はあるかと仰られましても、また強引にお決めになるのでございましょう? 正直に申せばわたくし共に実現できる方法であれば良いのですが」

「ズケズケとものを言う。まぁ、そうだからお前さんをギルド長に据えたんだがな。まぁいい、聞いてもらおうか――」


 俺がトリッシリーツェに提案したというか強引に押し通したのは、冒険者が窮地に陥った時に駆けつける救援隊員の制度だった。


 制度の概要を説明すると、冒険者には各々救援隊員呼び出し用の小型発信器のようなものを義務として携行させる。冒険者は、危機に遭遇したとき、あるいは遭遇しそうなときにその通信機を使って信号を出す。その信号を受け取った救援隊員が駆けつけるという制度である。


 救援隊員はCランク上位以上の冒険者と、クロトが選抜した国軍の軍人をあてる。最後の切り札として、数名のIALAも隊員登録しておく。


 通信機は、脅威の相手が魔獣の場合はその戦闘能力値を測定して同時に隊員に知らせるようになっており、信号を受信した隊員は支給された使い捨ての転移魔道具を使って早い者勝ちで救援に向かうことになる。


 遭難した時などは、周囲に戦闘能力値の測定ができる魔獣が居ないので、救援隊員のランクは関係なしに受注できる仕組みだ。転移魔道具が使用された時に救援隊員の戦闘能力値が測定され、戦闘能力値が一人で足りない場合は救援信号が継続する仕組みになっている。


 また、脅威となる魔獣のランクが受注しようとした救援隊員よりも大きく上回る場合は、自動的に受注できないようになっている。当然だが救援は無料ではなく、救援後に助け出された冒険者に金銭の支払い義務が生じる。


 したがって冒険者はむやみにこの制度を利用することはないが、自分の命が危ない時は遠慮なく使用するように通達する。細かいことは省略するが、以上が俺が考えた救援制度の概要である。


 窮地に陥った冒険者全員を救うことは出来ないだろうし、救援に駆け付けた冒険者が命を落とす場合も出てくるだろうが、死者数は減るはずだ。


「なるほど、さすがは陛下。この案は助ける側助けられる側、どちらにも有益ですな」

「そうだろう」


 そして俺も、当然のように救援隊員登録をするつもりでいる。冒険者が危機に陥った時にさっそうと現れてこれを助ける。国王のすることではないが、俺にはうってつけの仕事なのだ。


「当然陛下も登録なさるおつもりでしょう? アトロ様やクロト様がお嘆きになる様が目に浮かぶようです」

「そう言うなトリッシリーツェ、渋られはしたが彼女らも了承済みだ」


 トリッシリーツェに冒険者救援制度の概要を説明した俺は、日をおいてトリッシリーツェおよびギルド幹部、そして一部の高ランク冒険者と制度の詳細を詰めていった。


 それからしばらくして、専用の小型通信魔道具や転移用魔道具を大急ぎで制作し、ほぼ全ての冒険者に支給したのである。


 魔道具の制作にかかった費用は、冒険者ギルドに支払われる成功報酬の一部で賄われることになった。成功報酬が僅かに減ることになるが、冒険者の命を守るための魔道具なので、拒絶するものもほとんどいなかったのだ。


 ごく一部のプライドが高くてケチな冒険者がこの制度に拒絶の意を示したが、彼らには救援用の通信魔道具を支給しないことで成功報酬の減額をしないこととした。


 冒険者救援制度は、まだ詳細を詰める必要が残っていたが、俺がギルド長に提案をして二十日を待たずにスタートすることになった。


 制度開始時は、遠征している冒険者やギルドにあまり顔を出さの意冒険者もいるので、小型通信魔道具を受け取っていない者も多いが、開始したその日の内から冒険者の危機を知らせる通信が救援隊員のもとに入るようになったのである。


 救援に向かう救援隊員の第一号は当然のごとく俺だ。俺がトリッシリーツェとギルドに来ていたリーガハルと三名で救援制度の細部を詰めていた時のことだ。当然ながらBランク冒険者であるリーガハルも救援隊員登録を完了している。トリッシリーツェは戦闘能力値敵には一般人なので登録していない。


「マーサ、このままだと制度を悪用する不届き者が出るかもしれんぞ。助ける側だが――」


 リーガハルが心配していたのは、助ける側が助けられる側を見殺しにする可能性があるということだった。それは救援に失敗して信号を出した冒険者が死亡してしまった時でも、救援に向かった者には一定額の報酬が支払われることになっていることを悪用される可能性があるということだった。


 もちろん救援に失敗した時の報酬額は成功したときよりも格段に少ない。現行制度では、救援に向かった側が転移後に安全なところに隠れ、救援信号を出した冒険者の死亡を確認したのちに失敗したとして逃げ帰っても、それを確認する方法が無く、危険料としてある程度の報酬が支払われることになっていたからだ。


 実際には転移の手助けをしている小型探査機によって救援の一部始終が記録されるので、不正をしても発覚してしまうのであるが、小型探査機の存在を公にしていないため、リーガハルの言うことは尤もなことだった。


 これは、俺があらかじめ答えを知っていたから気付かなかったことであり、小型探査機によって記録されているということを知らない探索者が不正をすることまで考えが及ばなかったのだ。


「お前が言うことも、尤もだな」


 不正を働こうとする不届き者が出ないように、救援に失敗した場合は、危険料としての報酬が出ないように制度を改めることにした。救援隊員登録者が減ることも考えられるが、その程度の事で辞退する者に期待しても仕方がないということで、トリッシリーツェとリーガハルは納得したのだった。


 そしてその直後、次の議題に移ろうとしたときに俺とリーガハルが所持している転移魔道具が救援信号を受信した。


「おっと、さっそくの救援信号だ。次の議題は明日にしよう。救援第一号は俺が貰った」


 そう宣言した俺は、開発者特権で作った使い捨てではない転移専用魔道具を使って、冒険者ギルドから忽然とその姿を消したのだった。

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