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第五話:サバイバル生活~森の恵み~


「ん――っ、ふぅ」


 頂点に達した太陽が発する暴力的な光と熱のエネルギーに叩き起こされた俺は、大きな伸びをしながら上半身を起こし、意識を覚醒させる。太陽の位置からすると四時間ほど眠っていたようだ。


 ザックの位置まで這い寄ると、持ってきた水筒と携帯食の乾パンを取り出し、軽い昼食をとった。乾パンは日本ではあまり食べられなくなって久しいが、日持ちが良くかさばらないのでお気に入りなのだ。薄味でしつこくなく、小麦本来の味が楽しめるのもいい。


 そんなことはさておき、気長に黒狼と向き合う事を決心した俺は、今いるこの場所を拠点としてしばらくこの辺りで生活していこうと考えた。しばらくと言っても半月程度ではあるが、相手が人とは違いその意思が読めないのであくまでも予定だ。


「まぁ、ダメだったらもう少し延ばしてもいいんだがな」


 持ってきた皮のザックには小鍋やカップなどの携帯用の調理用具は入っているが、拠点とするためのテントなどの簡易住居や、普通の大きさの鍋やフライパンなどは入っていない。そうとなればやることは簡単で、アトロに通信を送り、撥水加工が施されたくすんだ草色の布製小型テントと、小型の吊り鍋、まな板を転送してもらった。


 オリハルコンの槍を使って周りの草を刈り、テントと簡易的なかまどを設置するスペースを作る。草を刈ったあと特有の青臭い匂いが辺りに漂うが、なんだか新しい生活が始まる新鮮さを感じ、不快ではなかった。


 それが終わるとテントを張り、手ごろな大きさの石を集めてかまどを作った。ここら辺り一帯が草原なので石を探すのには手間取ったが、かまどを作るためには必要だった。


 作業が終わると、ザックの中からレンガの半分ほどの大きさの黒い直方体を取り出し、魔力を送り込んだ。この黒い直方体は、仮眠する前に使った光と音と熱と匂いを外側に向かってのみ遮断する結界を展開する、言わば魔道具でだ。


 これで心置きなくこの場を離れ、狩りや野草などの食糧集めができるだろう。常日頃から鍛えているだけあって、四時間の睡眠で体力もほとんど回復していた。


「さて、と」


 オリハルコンの槍を持ち、サバイバルナイフを腰に装備した。結界から出ると南の大森林に向かったのだった。覇者の剣は結界の中に置いて来てある。それは、狩猟をする際には槍や弓、ナイフなどのほうが剣よりも適しているし、何より森の中で剣は使いにくい。


 単純に肉だけを求めるのであれば、遠目が効き移動しやすい平原の方が狩りをしやすいだろう。しかし森には、平原にはない野草や木の実、果実、キノコが自生していて、当然だが様々な獣や魔獣も生息している。


 ここに留まるのが短期ならば、当座のカロリーさえ補給できればいい。平原で獣を狩ればことは済むが、黒狼を騎獣にするためにある程度滞在するとなれば、栄養価を考える必要があった。完璧な肉体を保つためには食生活をおろそかにできない。


 そう考えれば、食材の豊富な森へ向かうのが道理だろう。もちろん豊富な食材を使って美味いものを食いたいという願望もあった。


「食は健康的な生活の基本だからな。美味いものを食って英気を養わんと」


 草原を森のふちにそって東へと歩いていく。西でも良かったのだがなんとなく東を選んだ。草原近くの森は背の高い木と背の低い木がまばらに生えていて、背の高い雑草も多い。そのまま分け入れば歩くのにも苦労するだろうし、何より見通しが効かない。


 そう思って獣道を探していた。しばらく歩くと目論み通り獣道を見つけ、森の中へと分け入った。食材を確保することが目的だからあまり奥へと分け入るつもりはない。


 だからだろうか森の中には木漏れ日が所々に射していて、視界はすこぶるよかった。森の中は草原と比べれば涼しく、木々の香りも心地いい。がさがさと落ち葉を踏みしめる音と、鳥や獣の鳴き声だけが聞こえていた。


「これは確か……」


 獣道の脇の朽ちた倒木に、数本の天狗茸に似た茶色のキノコが生えていた。コートの内ポケットからスマートフォン型の端末を取り出すと、キノコを撮影し、屋敷にいるアトロへと通信を繋ぐ。


「アトロ、調べてほしいものがある。今から送る映像に映るキノコは食べられるのか?」


『今すぐに知りたいですか?』

「ああ、不要なものを持ち歩きたくない」

『少々お待ちを』


 結論を言うとこのキノコは食べられるそうだ。しかもかなり美味いらしい。初食材ゲットに浮かれていたところに、アトロはさらなる情報をもたらしてくれた。


『そのキノコはハンターギルドに持っていけばかなりの高値で売れますの。その大きさですと一本小銀貨二、三枚です。余ったら干して乾物にしておくと保存も効いて宜しゅうございます』

「サンキューなアトロ。助かったよ」


 アトロからの情報を聞いて嬉々としてキノコを採取しまくった。何せ群生しているのだ。小銀貨二、三枚といえば日本円にして二、三千円である。量もかさばらないことだし、みすみす見逃す手は無い。


ちなみに、今アトロと行った通信は魔法によるものではなく、静止軌道上に浮かんでいる探査装置を介た電波での無線通信だ。無線が使えれば、魔法が使えないような状況に陥っても連絡が取れるので保険になる。


 ファンタジーの世界感をぶち壊している。なんてなんてことを抜かす輩にこのキノコは絶対に食わしてやらん。


 そんなことは置いておいて、一旦通信を終えた後も食べられそうな野草や木の実、果物やキノコを見つけてはアトロに調べてもらい、次々に食材を入手していった。


 そして運よく、耳の短いウサギと言ったら分かりやすいだろうか、ウサギとネズミを合わせたような体長五十センチほどの小動物を出会いがしらに槍で仕留めた。


「ついついしとめちまったが、食えるかどうかはアトロに聞けばいいか」


 その直後、仕留めた獣を追っていたのだろう中型の獣が音もなく姿を現す。足の短いしなやかそうな体つき、金色に近い明るい茶系の体毛、体長は二メートルほどで、特有の黒い斑点は無いがネコ科の肉食獣ヒョウに似ている。


 ネコ科の動物はさすがに食う気にはなれなかった。食わないのなら殺す必要はないだろう。


 俺は驚かせるために大げさに魔力を解放し、威嚇を続ける獣に向かって、主義に反するが無詠唱で魔法をぶっ放した。大気を圧縮し、それをはじけるように膨張させて拳銃の発射音に似た甲高く響く大きな音を鳴り響かせたのだ。


 ヒョウに似た獣はその強烈な音に驚き、脱兎のごとく逃げ去って行く。覚悟を決めて異世界に来た以上、敵対する人や獣を殺すことに罪悪感や戸惑いは無い。 しかし、不必要な殺生をするつもりもなかった。アトロに問い合わせたら、さっきしとめた獣は美味いそうだ。それを聞いても食う気にはなれなかった。


 静けさが戻った森の中、仕留めた獣の首を落として血抜きをし、内臓を処分する。おそらく内臓も上手く調理すれば美味いのだろうが、この世界の食糧事情に詳しくないうちは自重した方が良いと考えた。


「この気持ち悪さにも慣れんといかんよな。これも必要な経験だ」


 動物を捌くのは初めての経験で精神的にキツイものがあったが、躊躇することなく作業を進めていった。


 とりあえず食材はこれで十分だろうと、調達を止めて来た道を引き返す。背に担いだ麻袋は既に膨らんでいて、右手に持った獣を合わせると、獣道を二時間ほど歩いただけだったが十分な食材を調達できたことに満足している。


 テントまで戻って一旦荷物を置いて再び森に戻ると、薪となる枯れ木や枯れ枝を集め、それをかまどに投入し、調理に取り掛かる。


 獣の皮をはぎ、肉を切り分ける。そしてかまどの枯れ枝に魔法で火をつけると、残った骨をその炎で軽い焼き目がつくまであぶり、鍋に水と共に入れて煮立ててダシを取る。


「うんうん、いい匂いがしてきた」


 骨とその回りに残った肉をあぶっておくことで香りのいいダシが取れるのだ。ダシをとっている間に野草やキノコを水洗いし、適当な大きさに切っておいた。近くに飲料に適した水場は無かったので、水は魔法で探査した地下水を転移させて利用している。


 大量に手に入れたキノコは軽く水洗いしたのち、今日食べる分以外は乾物にするためにテントの上に干しておいた。最後に切り分けた肉を適量薄くスライスし、下ごしらえの完了だ。下ごしらえした材料はテントに入れて陽が当たらないようにする。


 ダシが出るまではまだ時間がかかると思い、草原に寝転がって頭の後ろで手を組んで枕にし、青空を眺める。陽はまだ高く、日没までにはまだ時間があった。


 数百メートル向こうには、姿までは識別できないが黒っぽい獣の大群が草原を移動している。


 おそらくこの辺りの肉食獣の餌になっている草食獣だろう。そんなことを考えている間にも、空には恐ろしく巨大な飛竜が飛び交い、ここが地球ではない剣と魔法の異世界だと実感できた。


 などなど思いに耽っていたが、ふと、思い出したように通信を繋ぐ。


「アトロ、聞こえるか?」

『……なんですの? マーサ』

「ああ、大事なことを言い忘れていたよ。例の計画をそろそろはじめてくれ」

『了解ですの。IALAを起動いたしましょう』


 と、アトロに用事を伝えた所で腹の虫が盛大に鳴り響く。空腹は最高の調味料だとは言うが、どうしても我慢できなかった。


「仕方が無い。先に肉でもつまむか」


 ダシを取るにはまだ少し時間が掛かる。だからついさっき切り分けた肉を少しだけ焼いて食うことにした。


 小枝をナイフで削って長さ五十センチほどの串を作る。厚さ三センチほどに肉を切り分けて串に刺し、持ってきている塩コショウを少量かけ、かまどの火にかざして遠火で炙る。


 ジュウジュウと旨そうな音を立てて肉が焼けていく。香ばしい肉の匂いが鼻腔をくすぐり、否が応でも食欲を増強させるが、ここは我慢のしどころだった。


 寄生虫や有害なウィルスがいると怖いから完全に火が通るまで焼く必要がある。空腹に負けて病を貰うなどあってはならない事だろう。


「ここが踏ん張りどころだ、俺の腹の虫よ、もう少しだけ我慢してくれ」


 ご馳走を前に待てをくらったパブロフの犬状態の昌憲であったが、何とか耐え、ほどなく肉が焼き上がる。その肉にかぶりついた。


「あちっ!」


 冷ましもせずに慌てて肉にかぶりいたら口の端を火傷してしまった。 しかし、そんなことを忘れさせるほどに美味い肉だった。


 完全に火が通るほどに焼いたにもかかわらず、ジューシーでとても美味い。しかも臭みがない。遠火で炙ったおかげで、表面がパリッと焼けて中の水分蒸発を防いだのだ。肉は臭みも無く歯ごたえがあり、硬すぎず柔らかすぎず食感も良い。


 話は逸れるが、もともと俺はサシが多めに入った高級和牛を美味いとは感じない方だった。いくら柔らかく甘みがあろうが、油は油であり、カロリーとしてはいいが体には良くないし、何より脂っこ過ぎて後口が悪い。


 ましてや体を鍛えている身だ。動物由来の油は避けたかった。そんなこともあって、脂肪の少ない筋肉質な肉が俺の大好物だ。


 そういう脂肪の少ない肉は、火を通すと得てして固くなり過ぎる傾向にあるが、この肉は焼いても固くなり過ぎず、歯切れが良くてしかも美味い。


「これならコショウとか香辛料が無くても美味いだろうな……」


 少しだけ肉をつまみ空腹感を和らげた所で、もうそろそろいいかとダシを取っていた骨を鍋から取り出す。そして下ごしらえの済んだ肉や野菜、キノコを鍋に放り込んで煮込んでいった。


 そのあいだに小枝を削って箸を作っておく。鍋から旨そうな匂いが漂ってくると、最後に塩と少しのコショウで味をつけてひと煮立ちさせ、野草と肉とキノコの鍋が出来上がった。鍋をかまどから下ろし、行儀は悪いが鍋からそのまま箸で摘んでハフハフと頂く。


 もともと俺は、異世界に渡るための研究と、戦うすべを身につけるための鍛練に重きを置いて地球で過ごしてきた。だから料理のレパートリーは非常に少ない。骨を使ったダシの取り方はアトロに習ったばかりだ。


 料理は人心を掴む絶大なる手段であることは間違いはない。幸い地球のウェブデータは、そのほぼ全てをアーカイブ化して屋敷のデータサーバに保存してある。そこから検索すればレシピは幾らでも手に入るのだ。


「料理のほうは実践あるのみか」


 包丁さばきとかの調理技術は心もとないが、訓練すれば済む。それがダメなら現地の調理人にレシピを伝授すればいい。


 食べながらそんなことを考えていたら、現時点で基本的に簡単な味付けをして、焼く、炒める、煮る、茹でる程度の事しかできないが、新鮮な食材で作ったこの鍋料理が不味いはずがなかった。さらに、こうやって野外で鍋料理を食うというのはことのほか美味いもので、多めに作ったにも関わらず瞬く間に完食してしまう。


「いやぁ美味かった。素人料理でこれだけ美味く感じるのはアウトドアだからなのか?」


 気がつけば、いつの間にか西の空が赤く染まっている。鍋料理を食って汗をかいたこともあるが、気温も幾分下がってきたようで、そよぐ風が何とも気持ちいい。


 テントから少し離れた草原の斜面に草原に腰を下ろし、陽が沈み星が出るまで空を眺めていたが、心地よい満腹感と黒狼と力比べをした疲れから誘うような睡魔に襲われた。そのままテントに入ると気を失うように眠りに就いたのだった。


 明日もあの黒狼と力比べだ。何としても従えてやる。その熱い思いを胸に秘めて。

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