第四十九話:科学者と友人たちのとある日常
俺とリーガハル、それにアルガスト王国第二王子であるマーガッソは、Aランクの依頼をこなすために、幾つかある外の大陸に設置された転移ゲートへと騎獣と共に転移してきていた。ターゲットは単体Cランク群体Aランクの魔獣で、依頼数は四体である。
結界に覆われたゲートの外に出ると、指笛を吹いて黒狼ハティを召喚した。
さすがにハティをファンタジア国内で生活させることはできないので、ハティは通常カシール大平原にいるのだ。一年近くハティと疎遠になっていた俺だったが、冒険者ギルドを興したおりに一旦カシール大平原へと出向いて関係を深めなおしていた。
ハティの方は一年経っていたにもかかわらず、俺のことを忘れてはいなかった。それどころか、久しぶりに自分の主人に会えた嬉しさからか、恐ろしく手荒い歓迎を受けた。
「気軽にハティに近づくなよ、お前たちの馬もな。油断すると喰われるからな」
ハティは俺のことは自分の上位者と認めているが、リーガハルやマーガッソ、彼らの騎獣については自分の下位者、または餌だとしか思っていない。
何度か行動を共にしているので、俺が同行していればいきなり襲われたりすることはないが、下手に近づくとどうなるか分からないのだ。
彼らが初めてハティと行動を共にした時などは、彼らの騎獣がハティを恐れてとんだ騒ぎになったことはいい思い出となっている。今でも彼らの騎獣たちは一定距離以上ハティへと近づこうとはしない。
「俺の二角馬がこれほど恐れるとは、お前の騎獣もとんだ化け物だな」
「黒狼を騎獣にしていること自体が規格外だ。気にする必要はないだろう、王子殿下」
「俺のことは名前で呼べと言っているだろうリーガハル、今は一介の冒険者だ。それに、新興国とはいえマーサは一国の王だからな。マーサだけ呼び捨てで俺のことを殿下呼ばわりはないだろう?」
付き合いが長い――とは言っても二年程度だが――かつての同僚対しては気軽に呼び捨てができるリーガハルだったが、かつて自分が活動していた国の王子であるマーガッソに対しては中々割り切れないようだ。
もちろん俺に対しても公の場であればリーガハルは畏まるが、冒険者として活動している時は昔と同じように接してくれる。
「そんなことより、今回の獲物なんだが」
「どうしたリーガハル?」
はた目から見てわりとお気楽な印象を受けるマーガッソや俺に対し、まじめなリーガハルは今回の依頼である魔獣狩りについて、既にハンターモードに入っていた。
もちろん俺はお気楽そうに見えるかもしれないが、慎重さを欠くことはない。今回の依頼を受けるにあたっても、すでに魔物の生息地や特徴、行動パターンから弱点に至るまで掌握済みである。
ハティの首をワシャワシャと乱暴に撫でながら聞いてきた俺に、リーガハルは考えていたことを話しはじめた。
「銀リャマは単独でいることは少なくて群れで行動するはずなんだが、ハティで群れを分断して狩るのか?」
格下とみている男に名前を呼ばれたハティは、俺に撫でられている長くて太い首を曲げて振り返り、リーガハルに鋭い眼光を放った。
しかし、俺が未だに首を撫でているため、リーガハルに襲いかかることはない。ちなみに銀リャマとは俺の命名で、リャマを巨大化したような魔獣であり、しかし、体毛は白銀の直毛に覆われていて非常に美しいのだ。
「そのつもりだが、なにか問題でもあるのか?」
「いや、銀リャマは単体Cランクということになっているが、数値的にはBに近いはずだ。お前はいいとしても俺や殿下では一撃で倒せない」
「何だ何だ、戦う前から恐れているのか?」
強がって見せるマーガッソにチャチャを入れられてもリーガハルの表情は真剣そのものだ。リーガハルは今まで俺と行動を共にすることが多かったが、今回ほどの強敵を相手にしたことは無かった。
群れの数は少ないとはいえ、銀リャマは一体で見ればかつて大量に狩った魔羊とはけた違いに強い。一体相手に時間をかければリーガハルやマーガッソ一人でも負けることはないだろうが、四体となれば話は違ってくるのだ。
「そんなことを考えていたのか――」
心配そうにしているというより、どう対処するのかの方に興味があるリーガハルに作戦案を披露した。マーガッソもその案を聞いて俄然やる気が出てきたようだ。
「これほど楽しい狩りができるのもお前とチームを組んだ特権だな」
「しかも稼ぎが良い。まぁ、殿下とマーサにとってははした金だろうが俺にとっては大金だ」
「そうでもないぞ、俺は王子という身分だが自由にできる金は少ない」
今回の依頼では成功すれば一頭あたり小金貨で三百枚程度の報酬が得られる。日本円に換算すると三百万円弱の報酬だ。俺にとっては、はした金もはした金だが、確かに平民のリーガハルにとっては大金だろう。
王子であるマーガッソは本人が言うとおり、自領を持たず公金を自由にできない。しかも仕事に積極的でないこともあって、自由にできる財産は少ない。今までにハンターとして随分儲けたはずだが、そのほとんどを高級な装備などに費やしていた。
俺は、リーガハルとマーガッソに頼られていることが嬉しかった。だから、タイミングさえ合えばこうして三人で依頼を受けている。
はっきり言ってしまえば、俺にとってこの程度の依頼は単独でも楽勝なのだ。しかし、気の合った仲間と共に狩りや冒険に出かけることは楽しくて仕方が無いことだった。強敵と戦いたいときは単独で行動するか、ハティと共に狩りや冒険に出かければいいのだから。
「そろそろ行こうか」
俺の合図を切っ掛けに三人はそれぞれの騎獣に跨って荒野を駆けはじめた。目的地は転送ゲートから一刻ほど走った草原である。
荒れ果てた荒野の中央にぽつんと存在するこの大陸の転移ゲート――結界により外から見ることはできない――から出発した三人と三頭は、早朝の荒野を駆け抜け、昼前には目的の草原へと辿り着いた。
リーガハルとマーガッソは俺が開発した結界魔道具を草原に設置して、その中に騎獣を隠した。そして、草原を風上に向かって俺とハティを先頭に歩きはじめた。
その視線の遥か先には幾群かの小規模な集団を形成し、美しい白銀の体毛を輝かせた銀リャマが確認できる。それは、銀リャマの全高が四メートルと高いからだが、竜種ほどの屈強さは持ち合わせているわけではない。
「手はず通りにいくぞ」
「了解だ、マーサ」
後ろを歩くマーガッソに合図を送った俺が、ハティと共に身を屈めて先行する。そして、狙いを付けた銀リャマの群れに百メートル強に迫ったところで一旦停止した。
草陰の中から確認した銀リャマの数は八頭。リーガハルやマーガッソの位置と群れの状況を確認して飛び出す機会を伺う。
マーガッソは草陰に潜んで機会をうかがっているはずだ。冒険者ギルドで計測した彼の戦闘能力値は千八百五十。この数値は俺やIALAを除けば大陸一である。
対して、銀リャマの戦闘能力値は二千四百程度。この数値は武器を持った上位のCランク冒険者――数値的目安は戦闘能力値で千程度――が一対一でかろうじて倒せる戦闘能力値であり、かつてマーガッソがチームで相手にしていた赤魔牛より、単体ならば少し弱い。
しかし、戦闘能力値千八百を超えるマーガッソであっても一撃で倒すことはできないだろう。Bランク下位のリーガハルに至ってはかなり苦戦をする可能性さえあるのだ。
しかし、二人ともBランクの冒険者でありハンターとしての豊富な経験を持つ。苦戦はするだろうが倒せない魔獣ではない。戦う相手が単独であればだが。
飛び出す機会を伺っていた俺は、群れが少しばらけたのを好機と見て駆けはじめた。 すぐ後ろではハティが同等の加速を見せてついて来ている。
俺は群れの正面、ハティは俺を飛び越えて群れの中央へと飛び込み、一頭の長い首へと噛みついた。ハティが飛び込んできたことで、残りの銀リャマは一斉に四方に逃げ去ろうとするが、俺は真正面にいた一頭の首を覇者の剣で切り飛ばした。
槍で急所を突き刺した方が報酬は高くなるが、報酬には拘っていないので最近はお気に入りの覇者の剣を使用している。そこから炎の魔法を放ち、銀リャマの進路をマーガッソたちの待つ風下へと誘導したのである。
もちろんその数は二頭。ここまでお膳立てすれば、あとはマーガッソとリーガハルがそれぞれ一頭ずつ相手にすればいい。
飛び込みざまに一頭しとめて二頭をマーガッソたちの方に追いやった俺は、別の方向へと逃げた銀リャマを追って再び走り出した。
俺が一頭、ハティが一頭、マーガッソとリーガハルが一頭ずつ、合わせて依頼数の四頭に足りているが、俺はもう一頭狩ろうとしていた。
なぜもう一頭しとめる必要があるのか? それは、ハティは既にしとめた一頭を喰らいはじめているからだ。俺とハティで狩りをする場合、相手が一頭ならばその優先権は俺にあるが、複数を狩る場合はしとめた者に優先権が発生する。
だからハティは自分でしとめた銀リャマを喰らっているのだ。俺は銀リャマに追いつくと、後ろからその首を切り落とした。これで俺の仕事は完了である。
連れの二人が気になって戦いの様子を確認してみると、何故か戦闘能力値が低いリーガハルの方が先にとどめをさしたようで、銀リャマをしとめていた。
意外なことに、マーガッソが苦戦していたのだ。俺はその理由を知るべく、歩み寄りながら彼と銀リャマの戦いを観察した。 そして、苦戦の理由がすぐに分かった。
「ずいぶん苦戦してるじゃないか、リーガハルはもうしとめ終わったぞ」
「からかうな、これは苦戦しているんじゃない。獲物に傷を付けたくないんだ。――っと」
危なくなったら手助けするつもりでいたが、獲物を出来るだけ傷つけずに倒そうとしているマーガッソを見て苦笑を浮かべるしかなかった。一国の王子ともあろう者が、それほど金に余裕がないのかと。
マーガッソの近くで戦っていたリーガハルも、俺たちを見て苦笑している。俺は倒した二頭の銀リャマを切り飛ばした頭部もろとも亜空に収納すると、いまだに食事を続けているハティを横目に、草原に腰を下ろしてそよぐ風に打たれていた。
俺たちがいる大陸よりは極に近いこの場所では、陽が既に頂に達したにもかかわらず、心地よい陽射しを感じることができる。
そして、しばらく時が経過したのち遠くから雄叫びが上がった。マーガッソが銀リャマをしとめたようだ。ハティはすでに食事を終えて俺の横に座り込んでいた。
「帰るか」
そう言ってハティの背を叩いた俺は、立ち上がったハティに跨るとマーガッソたちの方へと向かったのだった。
「ハァ、ハァ、ハァ……どうだ、この銀リャマの綺麗な姿は」
両手を膝について、息を切らしながらも自慢げにそう言ったマーガッソに、すでにしとめた銀リャマを収納し終えていたリーガハルが苦笑していた。
「どうだと言われてもな。ヘロヘロじゃないか、みっともない」
「何だと……マーサてめぇ、こうなったのもお前が俺に売りつけたこの異次元収納鞄が原因だろうが、大金貨百枚はボッタクリだ」
「ボッタクリもなにも、お前が売ってくれとしつこいから売っただけだろうが、平民のリーガハルはすでに元手を回収してるぞ」
「俺は立場上リーガハルみたいに依頼をこなせないんだ。そこんとこ分かってるよな、マーサ」
「言い訳はそれだけか?」
「クッ……」
ハティの上からマーガッソを見下ろすかたちでそう言った俺は、すでに帰る準備を済ませたリーガハルと共に彼らの騎獣を隠してある結界へと向かったのである。
一人残されたマーガッソは、悔しそうにザックから折りたたまれた異次元収納鞄を取り出すと、その中から広い布を取り出した。
そして、しとめた銀リャマを布で包むと、異次元収納鞄に魔力を通して布ごと収めたのである。そんなマーガッソではあるが、本心から悔しがっている訳ではないようだ。
この異次元収納鞄はもちろん俺が開発した魔道具であり、収納しようとするモノを魔力繊維で編み上げた布で包むことで収納可能にした代物である。
詳しい原理は割愛するが、余剰次元的概念を持たないこの世界の住人が余剰次元にモノを収納するにはこうするしか無かったのだ。
こうして依頼を達成した俺たち三人は、冒険者ギルド本部への帰途へと就いたのだった。




