第四十八話:異世界攻略第三幕プロローグ~科学者の冒険~
月日は流れ、ファンタジア魔導王国が建国されて一年が過ぎようとしていた。俺が二十三歳、正妃リリルリーリが二十歳である。
建国当時十五万ほどだった国民は、移民の受け入れによって倍の三十万人を超えるほどまでに増加していた。住みやすい住居や環境は勿論のこと、進んだ教育制度や、頑張った者が報われる社会が評判になった結果である。
念願だった自由にできる国家ができたことにより、かねてから考えていたていた組織とその仕組みを創り上げていた。そしてその組織とは、大陸には無かった冒険者ギルドである。俺にとっての異世界ファンタジーといえば冒険者ギルドが無くては語れないのだ。テンプレ展開こそ正義。それの何が悪い。
当然、冒険者ギルドにはランク制度や依頼受注制度などを盛り込み、依頼内容や魔獣や獣などもランク付けがなされるようになった。というか俺はこれがやりたかったんだ。
ファンタジア魔導王国を建国した地は、高い外輪山に囲まれた、いわば外の世界から隔離された土地だ。生態系は大陸のものとは少々異なり、生息する魔獣や獣、植物などは独自の進化を遂げていた。
冒険者ギルドに所属した冒険者たちは、外輪山に沿う森に分け入ってそれらの魔獣や獣、植物や鉱物などの調査と、狩りや採取をメインに活動している。
冒険者の大半は元リシュティル王国の兵士たちであるが、大陸でハンターとして活動していた者も数多い。傭兵からの鞍替え組もいる。
冒険の需要が最果ての森周辺くらいしかない大陸には、最南の国アルガスト王国とギルド立国のエルト共和国に出張所を設置するのみである。
大陸でハンター活動を行っているハンターが、ファンタジアで冒険者ギルドに加盟することももちろん可能であり、そうしているハンターも多い。ファンタジアにも大陸各ギルドの支部や出張所があり、冒険者ギルドとは連携を取り合っている。
ハンター活動や護衛などの傭兵活動の場合、基本的には地産地消だ。例えば冒険者ギルドのみに所属している者が大陸で狩りを行た成果は、大陸のハンターギルドに卸さなければならず、しっかりと税金や手数料が差し引かれるが、冒険者としての成績は冒険者ギルドカードに記録され、加算される仕組になっている。
ハンターギルド加盟者は、そのままファンタジアにおいて狩猟活動可能であり、ハンターギルドカードも冒険者ギルドで使用できる。
ただし、冒険者ギルドに加盟しない限り成績やランク付けは行われず、ハンターギルドのみの加盟者は自己責任で活動を行うことになる。
しかし、ファンタジアで狩猟活動や傭兵活動を行う者は、今となってはそのほとんどが冒険者ギルドに加盟していた。通商ギルドや魔工業ギルドは、大陸の他の国家と同じ扱いであり、ファンタジアにも支部が設けられている。
当然ではあるが冒険者ギルドを設立した俺自身も、一個の冒険者として加盟済みであり、その会員ナンバーは一番だった。冒険者ギルドの運営は他の者に任せ、強引に暇を作ってはアトロの目を盗んで冒険者として活動している。
一方、俺とリリルリーリの新婚生活がはじまった当初は、それはもうぎこちない夫婦関係だった。アトロ曰く『ママゴトを見ているよう』だったらしい。しかもそのぎこちない関係は、半年以上続いていた。
最近になってようやく普通の新婚カップルと呼べるような関係になっていると自負しているが、それでもプライベートな場で二人揃って人前に出ると、顔が赤いと指摘されることがある。
もちろん公式の場ではそのような恥ずかしい姿をさらすことは少ないが、近しい者たちとのプライベートな空間になるとまだまだ恥ずかしいのだ。皆俺たちの反応を面白がってちょっかいをかけてくる。
そんな夫婦関係ではあるが、俺はリリルリーリから陽が落ちた時間帯の寝室で、衝撃的な事実を宣告されたのだった。寝室に入ってきたリリルリーリは、ベッドに座る俺に赤面しながらうつむき加減で切り出した。しかも、うつむき加減ではあるが、なぜか嬉しそうだ。
「マーサ様、お伝えしたいことがあります」
「どうしたリリィ?」
「…………」
「赤ちゃんが」
「まさか! できたのか?」
「はい。アトロさんが間違いって」
俺はお腹をさすって嬉しそうにうつむいたリリルリーリに、すぐには祝福の言葉を返すことができなかった。しかし、この湧き上がるような嬉しさはなんだろう。
遺伝子的な問題は俺が手術を受けることで既に解消していた。そして、いかな女性に対して奥手な俺であっても、夫婦としてやることはやっていたのだ。
しかも、一旦そういう関係になってからは、俺の体力とそれまでため込んできた欲望が爆発し、リリルリーリにはキツかったかもしれないが、これも妃の務めであると、けなげに頑張ってくれている。彼女は実にいい妃だ。
もちろん、リリルリーリには最先端医療を用いたケアを心がけている。彼女付きのIARAによって報告を受けていたアトロからは、俺の行き過ぎた行為に対しての警告が発せられ続けていた。つまり、今でも俺は精力絶倫なのだ。
「ですから、今日から半年はその……」
「なんだ?」
「その、夜のお務めは」
「…………」
リリルリーリの言葉の意味をようやく理解した俺の落胆はいかばかりか。ついさっきまでの喜びが半分は吹き飛んだ気がした。
「半年もお預けなのか」
「でも、赤ちゃんを授かったのですから、父親になるのですよ。マーサ様なら我慢できるはずです」
「うん、そうだよな。よーし」
俺は、続くであろう「パパ頑張っちゃうぞ」の言葉をなんとか飲み込んで、自分に禁欲を言い聞かせていた。それでも、リリルリーリが身ごもったことは嬉しくて、その感情は次第に大きくなっていった。
数日後の建国記念日に式典の最後で王妃リリルリーリ・ヒラサワ・ファンタジアの懐妊が国民へと発表された。当然のごとく建国記念日は国民の休日と定められており、ついでに王妃の懐妊が発表されたとあっては、国内は祝賀ムードにつつまれていった。
王城前の広場はお祭り状態となり、当初から出店などで見せていた賑わいが、より一層大きいものとなったのである。
それから一陽ほどが過ぎた。
リリルリーリの妊娠が判明してからは、今まで以上に積極的な活動をするようになっていた。何に積極的だったかといえば、それはかねてからの目標だった冒険者としての活動だ。
国王が国政をないがしろにして冒険に明け暮れているというのは、はたから見ればどう考えても愚王にしか見えないだろうが、政務はそのほとんどをアトロに一任しており、俺は重要案件の判断を行ったり、たまにある来賓や謁見、式典に出席する程度なので冒険に出る余裕はあるのだ。
長期間城を空けるような冒険に出るときであっても、いざとなれば転移魔法で即座に戻ることができるから問題は起こっていないと俺は考えていた。
のであるが、アトロはそう思ってはいなかった。政務や来賓に関しては俺が考えている通り大きな問題はない。しかし、身ごもった王妃をほったらかしにして何日も城を空けるとは何事かと言われてしまえば反論する余地はない。
五日間も城を空けて冒険に行っていた俺にアトロが詰め寄ってきた。
「マーサ、いくら子作りができないからといって五日も城を空けるなんて、貴方は何を考えてますの? リリィ様のことをもっと考えて城でおとなしくしていやがりませ」
「な、そんな言い方しなくていいじゃないか」
「いいえ言わせていただきますの。いいですかマーサ。リリィ様ははじめてご懐妊したことで不安なのです。せめて夜だけでも一緒にいてあげてください。それともなんですか? マーサ、貴方はマスターベーションを覚えたばかりの中学生と同じだというのですか?」
あまりにもズケズケと真実を突いてくるアトロに、怒りを覚えるよりもタジタジになるしかなかった。冒険をしていたいのは昔からの夢であり、この世界に来た目的なのだから仕方がないとは間違っても言える雰囲気ではない。
妻であるリリルリーリのことを一番に考えるべきなのは分かっている。しかしだ。リリルリーリを抱けないことがこれほど辛いものだとは思わなかった。
妊娠が発覚するまでは何があっても、夜になるとリリルリーリを抱くために城に帰っていたのだから言い訳のしようもないが。
それでも俺はリリルリーリへの配慮を怠っていたことに気づくことができた。
「そうだな、俺が悪かったよ」
「ではマーサ、体の汚れを落としたらすぐにでもリリィ様のところに行ってあげて下さい」
俺は汗と泥で汚れた体を風呂で落とすと、リリルリーリがいる寝室へと向かったのである。五日ぶりに寝室へと戻り、リリルリーリに泣き付かれてしまった俺は、どうすればいい? とパニックに陥りかけたが、何とか彼女をあやして落ち着かせることができた。
よほど不安だったんだなと反省し、この日以来俺は、よほどのことが無い限り夜は毎日城へと戻るようにした。そして長期間城を空けることも無くなったのである。
しかしそんなことがあってからも、俺が冒険に出かけなくなることだけはなかった。今日も今日とて、朝から自らが設立した冒険者ギルド本部へと足を運んでいる。
「よう、お前さんも毎日精が出るな。今日はどこに行くんだ?」
「ははは、あんたも気が早いな。依頼を見てから決めるよ」
「何言ってやがる。お前さん、また外の大陸だろ? 只ひとりのSクラス冒険者マーサ様よう」
Sクラス冒険者のマーサこと俺が、ファンタジア魔導王国国王であることに気づいている者は多くはない。俺の顔までは知らない者が多いこともあるが、竜討の英雄マーサが国王であることは知っていても、Sクラス冒険者マーサと竜討の英雄マーサが同一人物であるというのは、大半の者からしてみれば噂に過ぎないからである。
もちろんギルド職員や高クラス冒険者はのほとんどは知っていることであるが、自由に行動したかった俺は、公の場以外では一個の冒険者として接するように厳命している。
その甲斐もあって、冒険者ギルドの職員や高クラス冒険者などは、時間もかかったが気安く話をするようになっていった。
俺はもともと、英雄として目立ちたい、ちやほやされたいと常々考えて今まで行動してきた。しかし、国王となった今では、目立って賞賛される事よりも、恐れおののかれることの方が圧倒的に多いと身を以って経験してしまったのだ。
俺は今、気軽に話しかけてきた赤い髪の大男、C+クラスの冒険者シーガイガルと、いつものようにたわいもない会話をしながら依頼が張り出されている掲示板へと向う。
ここで、俺が考えた冒険者のクラスについて少しだけ語ろう。
クラスは基本となる「戦闘能力値」に「冒険者としての知識」と「実績」「戦闘技能」を加味されて決定される。クラスはF~Sまでの七クラスであり、各クラスは-無印+の三段階だ。
冒険者ギルドへ加盟する際に、魔力と筋力を基にした戦闘能力値が測定され、その後に知識と戦闘技能が冒険者ギルドに配備されたIALAによってテストされる。実績は冒険者になってから加算されるので、加入時はゼロからのスタートとなる。
駆け出しのFクラスは王都周辺でしか活動することは許されない。Eクラスでは王都から離れた草原域までが活動範囲になり、D及びCクラスが外輪山に沿う森に入ることを許される。
BクラスとAクラスは大陸から転移ゲートを使って外の島や大陸出ることが許されている。当然、持ち込まれる依頼にもランクがあり、相応のクラスがないと受注することはできない。
これらは単独行動の場合に適用される規則であり、チームを組んで行動する場合はその限りではないが、大陸外への移動は特例を除いてBクラス以上の者に限定されている。また、依頼に貼りだされていない魔獣や獣、薬草などの買い取りはギルドの査定基準に基づいて行われている。
各クラスの構成比率はおおよそであるが、Sが俺ただ一人、Aは存在せず、Bが三十名、Cが二百名、Dが二千名、EとFがそれぞれ五千名程度であり、CクラスとDクラスの間に大きな壁があった。ゆえにCクラスの冒険者ともなれば、エリートと言って差し支えない高クラスなのだ。
俺がシーガイガルと掲示板を眺めていると、声をかけてくる金髪の大男がいた。
「よう、今日も早いなマーサ。良い依頼はあったか?」
「おう、来たかリーガハル。Aランク依頼が一つだけある。依頼主はシルベスト王宮だ」
「どれどれ」
アルガスト王国でハンターとして行動を共にしていたリーガハルは、元いたチームを離れ、ファンタジアへと家族を引き連れて移住していた。
移住後はさっそく冒険者ギルドに加入し、俺との再会を果たしたのち、B-クラス冒険者として時折行動を共にしていたのである。
そして、俺と行動を共にする人物がもう一人いた。
「すまん、待たせたな」
依頼票をはぎ取って内容を確認している俺とリーガハルに掛けられた声の主。それは、かつて狩猟祭で競い合った男からのものだった。
「来たか、マーガッソ。今日はコイツを狩りに行くぞ」
そう言って俺が依頼票を渡したのは、アルガスト王国の第二王子マーガッソだった。 マーガッソは、俺が冒険者ギルドを開設したと知るや否やファンタジアを訪れ、冒険者ギルドに加入していた。そこにリーガハルが加わってちょくちょく三名でチームを組み、現在に至っている。
アルガスト王国王位継承権第二位のマーガッソは、当然移住などしていないが、冒険者ギルド本部に繋がる転移ゲートを要求してきたのだ。もちろんたんまりとカネを要求してやったさ。
まぁそれは置いておくとしてだ。本来は政務で忙しいはずのマーガッソは政に関わりたくないらしく、なんやかやと理由を付けてはBクラス冒険者として俺らと共に行動している。
もちろん、マーガッソは頻繁に冒険者活動を行えるわけではない。しかし暇を見つけてはここに来ている。兄王子や父王からは呆れられ、父王からは羨ましがられているらしい。
それはいいとして、込み合う前の早朝に冒険者ギルド本部へと集まった俺たち三人は、大陸の外に繋がる転移ゲートへと向かったのである。




