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第四十七話:異世界攻略第二幕エピローグ~科学者の試練~


 リシュティル王国とイフェタ魔導王国間の和平条約調印式は両国の国境上に臨時の会場を設営して執り行われたようだ。すでに両国の国境からは、睨み合っていた兵士たちが引き上げているらしい。


 俺は両国の和平を取り持つ役目を果たした実績を手土産としたが、調印式の場には行かなかった。調印式は両国国王の署名を以って無事に終了し、立会人は帝国皇帝が務めたようだ。こうして二国間の和平が成立したのである。


 そして約一年の時間が過ぎていった。この一年で俺を取り巻く環境は大きな変化を見せている。


 調印式が執り行われるより前に、元リシュティル王国軍最高司令官のリンゲイル男爵と王国軍の兵士たち二万五千は、帝国内に設置された大型の転移ゲートを使って山向こうの地へと移動していた。


 そして、マサヤの建築部門で働く社員と五十体に及ぶIALAの指揮の下、小隊ごとに分かれて住宅建設の基礎を学びながら、自分たちの住居の建設に取り掛かったのである。


 住居建設は時間と共にその効率とスピードを上げていき、予定の一年を待たずして全ての兵士が住まう住居が完成した。これは、兵士たち自身が家族の住居を建てているということで手抜きなく真剣に建設を進められたことと、アトロが作成した建設マニュアルによる効率向上効果が非常に大きかった。


 兵士たちが住居の建設に汗を流していた期間、リンゲイルは上司となるクロトから徹底的な性格の矯正と、軍事に関わる再教育を受けていた。


 建国後、リンゲイルは直近の部下たちに『俺はこの世の地獄というものをはじめて理解したよ、クロト様には何があっても逆らうな』と、常々語るようになったという。


 一方、帝国に建設されたマサヤの一大製造拠点は調印式から一陽ほど後に完成し、稼働をはじめていた。これによってマサヤ製品の品薄感は解消され、大陸中にマサヤ製品が供給されはじめた。


 マサヤには大量の資金が供給されるようになり、建国に必要な物資の調達に大きな役割をはたしていた。また、拠点を中心にして形成されたマサヤシティも順調に発展を遂げている。


 拠点が使用する部品の下請けや、十万を超える住民が生活するための物資を販売する周辺産業が発達し、歓楽街や商店街などもその規模を大きくしていった。


 その結果、マサヤシティの人口は二十万を超えるほどまでに増加していたのだ。帝国はマサヤシティからもたらされる税金で、なんとか財政危機を脱している。


 しかし、高々一都市からの税金が増えただけでは、未だに財政難であることに変わりはなく、第二のマサヤシティとなる拠点を創ってくれと、しつこい誘いが入っていた。


 そして、物語の主人公である俺は、この間に二十二歳となったのだが、どうでもいいお話なので割愛する。


 この一年間、俺は建国のための準備として大陸中の各国家を訪れ、山向こうに建国することを各国家の中心人物たちに公表し、根回しを進めていき、大きなトラブルや拒絶されることも無く終えることができた。


 しかし、建国まであと三陽と迫ったとある日に、俺にとっては最大の問題となる事件が勃発したのである。それは各国回りを終えてマサヤ本社へと帰り着いた翌日だった。総帥室でくつろいでいた俺に、アトロが何気なしに言った一言。


「そろそろ王妃となる方を選定する必要がありますの」


 俺はこの台詞を聞いて一分ほど固まっていた気がする。俺最大の弱点、それは酒でなく女性である。女性が嫌いな訳ではない。話せない訳でもない。


 女性との恋愛、これに免疫が無いのであるが苦手なのだ。もちろんまだ若い男であるから性的な欲求は普通にある。しかし、こと恋愛になると話が違ってくる。


 地球にいたころにも同年代の女性に求愛されたことは一度や二度ではない。しかし俺はその度にことごとく求愛してきた女性から逃げ出していきた。どう接していいかわからないのだ。


 そんな俺が恋愛をすっ飛ばして妃を得る。これは俺にとって究極の試練だった。


「ななななななぜ王妃が必要なのだ。俺にはそんなもの必要ない!」


 震える声で盛大にどもりながらも何とか発した精一杯の抵抗だった。このとき俺はひどくうろたえ、しかもテンパっていた。


 顔から血の気が引いていくのがはっきりと分かった。商店も定まらず、手足も僅かに震えている自覚できる。しかし、アトロはそんな俺を見て微笑を浮かべやがった。うろたえてテンパっている俺にも容赦することはない。


「必要不必要ではありませんの。絶対なのです。新しく国ができる。しかもその国は将来有望で強国になることは間違いない。さらに国王は若くて独身。これだけの条件が揃っていれば、ともすれば大陸中の全国家から王妃候補が送り込まれてくることは確実ですの。マーサにこれを捌けますか? それとも全員を妃にしますか?」


 俺は反論するどころか、さらに困窮を深めた。アトロの脅迫を聞いてすでに生きた心地がしていない。


 腕を組み、ズイと顔を寄せて微笑を浮かべるアトロに俺は体を仰け反らせた。



「まったく、甲斐性なしもここまでくると救いようがありませんの。いいことを教えて差し上げましょう。王妃候補が大量に押し寄せる前に正妃を一人決めてしまうのです。それが一番楽な方法ですの。それでも今度は側室候補が来るでしょうけど、二~三人娶れば騒ぎも収まります」


 最大限落としておいて少しだけ上げる。アトロは狼狽が激しい俺の気持ちを上手くコントロールしたのかもしれない。が、簡単に妃を娶るなど出来ようはずがないだろう。


「アトロ、どうしても王妃を選ばないとダメか?」

「どうしてもです」

「あと一年、いや、せめて半年、覚悟を決める時間をくれないだろうか」

「ダメです」

「そんな殺生なこと言わないでくれよ。なっ」

「ダ・メ・で・すッ」

「そこを何とか」

「何度言ってもダメなものはダメです。往生際が悪すぎますの。マーサ。あきらめてください」


 もはや逃れる術はない。と、観念しかけた俺だったが、まだ抵抗の余地は残っている。とっさに思いついた科学的根拠を拠り所に、最後の抵抗を試みた。


「そんなことをいうが、この世界の女生と俺とでは遺伝的に子をなすことができない。よって婚姻は不可能だ」

「マーサ、言い逃れをしても無駄ですの。遺伝子的には地球人とこの世界の人間で大きな差はありません。貴方に簡単な手術を受けてもらうだけで子供は作れます。いい加減観念しやがりませ」


 科学的な反論をされてはもうどうしようもない。がっくりと項垂れる俺を尻目に、アトロはなぜか勝ち誇った顔だった。


 そんなこんなで王妃となる女性を選ぶことになったわけだが、その選定の日は正に人生最大の修羅場になった。


 アトロは十日ほどの時間で、ジーニャ商会のファンヴァスト会長の伝手や、マサヤの上客、マサヤ社員やその家族などから、ラキの協力も得て百名を超える候補を選定し、その中から正妃候補としてふさわしい十名ほどの女性を選抜していたのだ。


 そしてついに訪れた審判の日。選抜された女性たちには、マサヤ総帥である俺の花嫁候補として同意を得たうえで集まってもらったらしい。


 一人一時間ずつ、丸一日をかけて神経をすり減らす極限状態の中、青くなったり赤くなったりしながらお見合いを行ったのである。お見合い終了後、俺は正に抜け殻状態になり、そのまま三日ほど寝込んでしまったほどだ。


 実のところを言えば、精神疲労は一日で抜け、二日間は仮病を使っていたのだが、四日目の朝にアトロに見破られて叩き起こされたというのが事の顛末である。


 叩き起こされた俺はといえば、アトロとラキに詰め寄られた末に、一人の女性を正妃として選んだ。その女性には、早速その事実と俺が建国して国王になる、すなわち王妃となることが伝えられ、卒倒されてしまったが、ラキとアトロによるケアと励ましの末に立ち直ったのだった。俺はほとんど何もできなかった。


 王妃となる女性は、建国の日までの時間を使って徹底的に王妃としての振る舞い方や教養と、俺の操縦方法を教え込まれるそうだ。


 こうして逃げ道を失い、完全に外堀を埋められてしまった俺は、ファンタジア魔導王国建国の日を迎えるに至ったのである。


 建国初期の国民となる元リシュティル王国の兵士とその家族十万人は、すでに移住を完了しており、新居での生活をはじめていた。彼らの生活を支えるための施設や商店、マサヤ製品を製造する工房などで働く人々もマサヤグループの人員で賄われ、その家族と合わせて五万人ほども加わっている。


 ファンタジア魔導王国は、これら約十五万人の国民が住まう国として、はじまりを迎えようとしている。


 外輪山に囲まれた国土の中央にある巨大な湖の西側、その湖畔には港が作られ、いずれは漁港として使われる予定だ。港からは大きな道路が真西へと延び、その両脇に様々な区画が計画的に割り振られている。


 今はまだ閑散とした王都だが、すでに十五万の国民となる人々が生活をはじめており、商業区画などは既に賑わいを見せはじめていた。港から西へ延びる大通りの先には大きな公園が造られていて、そこからさらに西へとその道は伸びている。


 公園からさらに西に行った果てに、俺の居城となる王城が建設されていた。西洋の巨城をモデルに建設された王城は、白い石材を俺特製の漆喰で固めた白壁に、蒼色の三角屋根が冠せられた本体の周りを、幾つもの尖り屋根を持つ鉛筆状の塔で覆われていた。


 その王城の裏手には、俺と共に地球から転移してきた屋敷が渡り廊下で連結されている。王城の正面には高い塀と巨大な門、水が張られた堀を挟んで大きな広場があり、その両脇には、白い巨石を円柱状に切り出した柱が並ぶ神殿を模した造りの、迎賓館と式典を行うための建物が、ほぼ同じ外観で建てられていた。広場の中ほどには、中央に巨大な噴水を備えた池に水が湛えられている。


 建国式典が行われる今日、その広場には正装をした兵士が整列し、その家族や他の国民たちが集まっていた。広場の南に建つ式事殿内部では、俺に招待され大陸全土から集まった王族や要人たちが、思い思いに話をしている。


 今日は婚姻の儀に引き続いて国王即位式が執り行われ、最後に俺が国王としてファンタジア魔導王国の建国を宣言して式典の終了となる。もちろん、式典の後には盛大なパーティーと祭りが催され、多忙な一日を送ることになっている。



 婚姻の儀と国王即位式がとどこおりなく終わり、俺は広場を見渡せる神殿二階の踊り場に立った。その横には、純白のドレスを纏ったリリルリーリが真っ赤に赤面しながらも、宝石がちりばめられたプラチナ製のティアラを頭に載せて見上げる兵士と民衆に手を振っている。


 そう、俺の妻すなわち王妃に選ばれたのは、ラキと共にアイドル活動をしていたリリルリーリだった。アトロによって選抜された妃候補は、ラキによる半ば強引な推薦を受けたリリルリーリを含めて十名。


 俺がその全ての妃候補と一時間ほどの見合いを行ったのは前述の通りだが、その中で最もぎこちなかったのがリリルリーリとの見合いだった。


 他の妃候補たちは、マサヤ総帥の俺に対して懸命のアピールを繰り返していたが、かねてより純粋に俺に対して好意を抱いていたらしいリリルリーリだけは、必死になってというよりかは、やっとの思いで自分の想いを俺に伝えてきたのだ。


 もともと、リリルリーリは好きな異性を前にすると完全に舞い上がってしまう性格らしく、俺はさらに重症だが、そんな俺たち二人がお見合いの時に交わした言葉は「す、好きです」「ああ」これだけだった。


 一時間のお見合いで共に一言だけだったのだ。他の候補者たちはアトロが選抜しただけあって上手く俺をリードしてくれたが、俺はただ聞かれたことを答えただけだった。もちろん緊張しまくっていたおかげで、ちゃんと答えられた自信はない。


 そして、お見合いが終わった後、俺が選んだのがリリルリーリだった。隠れて見ていたらしいアトロによれば、リリルリーリとのお見合いが最も俺が赤面し、テンパっていたらしい。


 しかし、彼女が一緒にいて一番苦にならなかったのだ。そんな経緯で妃に選ばれたリリルリーリは、これまた前述の通り、アトロとラキによって徹底的に王妃としての振る舞い方や教養と、俺の操縦方法を教え込まれたようだ。


 神殿の踊り場からリリルリーリとともに民衆を見下ろし、光学迷彩で隠された小さな拡声器に向かって口を開く。


「今日の良き日に集いし我が国民たちよ。我が名はマサノリ・ヒラサワ・ティル・ファンタジアである。ここにファンタジア魔導王国の建国を宣言する」


 こうして俺は、まだ少ない国民の前でファンタジア魔導王国の建国を宣言し、その王位に就いたのである。

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