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第四十六話:ぶちあげた科学者


 リンゲイル男爵が発した暴言に対し、実際に映像を見せることで納得させようと考えた。俺はうつむき加減で左の三本指を額に当て、右手を天に向けて突き出す。詠唱をいかにカッコ良く見せるか熟考した末のパフォーマンスだ。


「我は求める。かの地にあまねく偏在し英霊精霊よ、我が意識に同調せよ。我が意を汲み取りて、その存在を示せ。暴け、晒せ、顕現せよ。距離を超え、在りのままを示せ。光の精霊よ、この地へと降り立ち我が望みを叶えん」


 実際には今回の場合は遠見のみで過去見は使用していない。言い換えるならば、衛星軌道上からの映像をリアルタイムで、小型探査機を使って投影しようとしている科学チートだ。


 もちろん俺はトリガーをアトロに送っているだけであり、機器の操作はアトロが行っている。そんなことはさておいて指をパチリと鳴らすと、今回は二次元の映像がテーブルの少し上に投影される。その映像はリシュティル王城を真上から見たものだった。


「おお、これは我がリシュティル王城か……」


 今まで項垂れていた国王が、鳴らした指の音を切っ掛けに、投影された映像に顔を向けると、大きな声を上げた。そして、王城が映った映像はその高度を上げていく。そこまではドローンによる映像に酷似していた。


 しかし、高度は上昇し続け、やがて王城が小さな点になったところで、今度は南に向けて流れるように走りはじめる。


 イフェタの山岳地帯から南南西に進路を取ると、エルト共和国、アルガスト王国を超えたところで進路を南に取り、カシール大平原から最果ての森を抜けて、映像は一万メートル級の山々がそびえる巨大山脈に差し掛かった。


 映し出される映像に見入っている国王や重臣たちのゴクリとツバを飲み込む音が聞こえる。ライハイスハルもその他の者たちと変わらない反応を見せている。


 幅の広い大山脈地帯を抜けた向こうには広大な森林が映し出された。


「山向こうにも森が、信じられん……」


 とはリーディスハイル伯の台詞である。


 今度は森がズームアップされ、風で木の葉が揺れる様子まで確認できるようになった。


 そこからさらに南へ、視点が高速移動しはじめる。流れる深緑色の森が突然途切れた先、そこには緑の草原が広がっていた。原には野獣の群れも確認できる。そしてしばらく草原が続いたその先に、満々と水をたたえた巨大な湖が映し出された。


 映像はそこからさらに南下し、しばらく湖面が続いたかと思うと、突然西へと進路を変える。そしてしばらく進んだところで湖面が途絶え、そこには区画整理された道路と住居用の土地、広大な土地にまばらに建ついくつかの建物が映し出されたのだった。


「こんな土地が山向こうに在ったとは……」


 そう言ったリーディスハイルも他の重臣たちも身を乗り出すようにして映し出された映像に見入っている。国王もリンゲイルもそれは同じだった。


「皆様方、これが我々が開墾した土地になります。現リシュティル国軍兵士たちにはこの土地に家を建て暮らしてもらう事になります」


 すでにポーズを解いていた俺は重臣たちに語りかける。その言葉に早速反応したのはリンゲイルだった。


「確かに……この土地で暮らせるなら兵とその家族も満ち足りた生活を送れるだろう。しかし! 我が兵士たちに新たな家を建てるほどの余裕はは無い。土地だけあっても金が無ければ家は建てられんではないか」


 リンゲイルには、先ほどまでの怒りも俺をあざける雰囲気もなくなっていた。そして、兵士たちの先行きを想う無念さ滲ませているようだ。そんなリンゲイルを諭すように語りかける。


「リンゲイル男爵、金の心配は無用です。家の建材費は我々が全て負担しますから。兵士たちには一旦大工仕事の教育受けてもらって小隊単位で各家族の家を建てることを仕事にしてもらいます。全軍を以って取り掛かれば一年ほどで全ての住居は完成するでしょう。その間は単身赴任してもらう事になりますが、生活費は帝国からの補助を約束してもらっています。額はそれほど多くありませんから生活は苦しくなると思いますが、一年我慢すればその後は満ち足りた生活を送れるはずです」

「それは本当か! そこまでしてくれるのか……分かった。兵たちをそなたに預けることに同意しよう。しかし、私はこれからどうして行けばいいのだ」


 兵士たちの将来が確約されたことで、リンゲイルの表情は憑き物がとれたように晴れやかになった。しかし、その直後に今度は自身の身の振り方が分からなくなってしまったようだ。


 ライハイスハルは、リンゲイルのことを想いのままにコロコロと表情を変える正直な男だと言っていた。そしてこうとも言っていたのだ。


 『想いに正直で、考えたことはすぐに口と顔に出す非常に分かりやすいが面倒な男』


 そんな彼を見ていて武装解除後のリンゲイルの処遇について思い出していた。ライハイスハルと俺が決めたリンゲイルについての処遇。


 もちろん彼本人の意思を尊重することが前提であるが、身の振り方については二通りの道を提示するつもりでいた。しかし、これを伝えるのはライハイスハルの仕事である。その意味を込めてライハイスハルに視線で合図を送った。


「リンゲイル男爵、貴君の身の振り方については考えがある。聞きたいかね?」


 そう言われて顔を上げたリンゲイル。その表情には少しだけ希望の光が灯っているようだった。


「私に何をせよと申される」

「貴君が取る道は二つ。一つは帝国軍の師団長として帝国軍人の道を選ぶか、もう一つの道、兵士たちと共にマーサ殿の開拓した土地に移住して彼らをまとめるかだ」

「まだ私は軍人としての道を歩めるのか……」


 リンゲイルはそう言って涙を流しはじめた。そして、意を決したように宣言する。


「私は彼らと共にいく。祖国を捨てることになるが止むを得ん」


 リンゲイルが兵たちには慕われているという事は分かっていた。もちろん指導者として彼が問題児であることは承知の上なのだが、そこは上司としてクロトを付けることで補おうと考えている。教育を担当することになる彼女には気の毒なことだが。いや、彼女に教育されるリンゲイルの身を案じるべきだろうか。


「ならばリンゲイル男爵、貴卿に命じる。マーサ殿が開拓した山向こうの地へと赴き、二万五千の兵とその家族を先導せよ」

「ハッ」


 リンゲイルは長い一礼をして席に着いた。俺はこれを見てやれやれ面倒なことにならずに済んだと、肩の荷が下りたようにその内心で安堵していた。


 重臣たちにも既に緊張感や驚きはなく、皆晴れやかな顔をしているが、国王だけはライハイスハルとリンゲイルのやり取りの途中から、思い出したように悔しそうな顔に戻っていた。


 兵力を取り上げられ、今までいがみ合ってきたイフェタとの和平を勝手に決められてしまったのだからその内心も推し量ることが出来るが、国王ともあろう者が臣下たちの前でいつまでもその表情を表に出すことは感心できるものではない。


 リンゲイルが渋々ではあるが納得したことで、交渉の場は終了の雰囲気が漂いはじめたのであるが、一人だけ思案顔に戻ったの重臣がいた。リーディスハイル伯爵だ。


「ライハイスハル宰相閣下、それとマーサ殿、一つお聞きしたい。リンゲイル男爵と二万五千の兵が赴く地はどの国家に所属しているのでしょうか? 帝国領となるのですかな?」


 この答えをライハイスハルと彼を通して皇帝にだけは告げていた。


「マーサ殿、答えぬわけにはいかぬようだぞ」

「……そうでございますね」


 リーディスハイルめ、空気が読める奴だと思っていたが考え違いだったか。妙に鋭い所といい、場の雰囲気に流されないことといい、要注意人物として覚えておこう。


 本来は期を見て大々的に公表するつもりだった。しかし、今の雰囲気と俺の立場からすると答えないわけにはいかないだろう。描いていた筋書きと違うが、結果が変わらねば問題はない。


「今からお話しする内容は皇帝陛下も既にご存じであり、皆さまにはおあらかじめ知らせしておきますが、一年後をめどに大陸中に大々的に公表する予定です。したがいまして、今から私がお話しする内容はこの場だけの話として心に留め置くことお約束ください」


 俺は全員を見渡して最後にライハイスハルを見た。ライハイスハルは心得たと言わんばかりにうなずいている。


「大恩あるマーサ殿の願いだ。皇帝陛下も既にお認めであらせられる。今からマーサ殿が話される内容は 口外無用と心得よ」


 そう告げたライハイスハルに、重臣たちは無言でうなすいていた。 国王だけは変わらぬ仏頂面だが、ライハイスハルがなんとかしてくれるだろう。


「マーサ殿、皆も理解しているようだ」


 機転を利かしてくれたライハイスハルに感謝しつつ俺は一歩前に出る。そして、一度全員を見渡すと大きく深呼吸した。


「大陸の最南に在り、高き山々に囲まれし彼の地を領土とするファンタジア魔導王国の建国をここに宣言する。我はファンタジア魔導王国国王、マサノリ・ティル・ヒラサワ・ファンタジアである。公式発表と即位式は一年後であるが諸卿に告げる。それまではこの事実、如何なること在ろうと内密にさたし」


 俺は今までの口調をガラリと変えてファンタジア魔導王国の建国と、自身の改名及び国王即位を宣言したのである。名前に付け加えたた「ティル」は男性王を意味する。


 この世界に転移して二年強、マサヤを成長させ、名声を上げていくその裏で着々と準備を進めていた計画が、自分の国を建国し、その頂点に君臨することだった。


 目的はもちろん自分が望む幻想的なファンタジー社会を構築するためだが、建国後は面倒な政務をアトロたちに任せ、形式上の国王を務める傍ら一個の冒険者として活動したいと考えている。


 この世界、この惑星で俺が活動した範囲はまだこの大陸のみなのだ。地球での地位と実績を捨ててまでこの世界に転移してきた真の目的を果たすためには、今いるこの大陸を飛び出し、外の大陸や島々を冒険しないでなんとるする。自分の国を創ることはその足がかりでしかない。


 予期せぬアクシデントがあって順調とは言えなかったが、多数のIALAを使って建国の準備はかなりの進捗を見せている。


 例え少数といえど、この世界の人間に対して公にするタイミングが早まってしまったが、まだ大多数の人間は知らないことであり、時期を見て大々的に公表すればそれでいいと俺は考えた。


 それは置いておくとして、ライハイスハルは平然と俺の横に立っているが、リシュティル重臣たちは国王を含めて椅子から転げ落ちんとするように驚きを顕わにした。どよめきすら上がることはない。


 今まででただの大商人だと思い込んでいた男が、建国と国王即位を表明したのだから皆が驚いたことにもうなずけるが、俺は重臣たちが見せたこの反応にしてやったりの気分だった。一年後には大陸中に驚きの声が上がるだろうことを想えば、今からその瞬間を想像し、また、待ち遠しくもあった。


「聞いての通りである。マサヤ総帥マーサ殿は一年後の即位式を以って、ファンタジア魔導王国国王マサノリ・ティル・ヒラサワ・ファンタジア陛下となられる。しかし、このことは口外無用ゆえ、今後一年の間、この事実が公表されるまではマーサ殿に対し、今まで通りに接することを命じるものである」


 未だに驚き冷めやらぬ国王と重臣たちの中、リンゲイルだけは感動しているようだった。また武門の家として生きていけるとでも思っているのだろう。クロトのしごきで彼の考えがどう変わるかまでは分からないが、今は彼の希望を打ち砕くこともあるまいと黙っておくことにした。


 一呼吸おいてライハイスハルが交渉の終了を告げた。


 ライハイスハルは王城に数日滞在し、ファンタジア魔導王国建国を外言しないように国王を脅しつけ、さらにイフェタとの和平条約本交渉と同調印式へ同行するそうである。


 それを聞いた俺は、やるべき仕事は終わったとリシュティル王国王城を後にし、エルト共和国マサヤ本社への帰途に就いたのだった。

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