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第四十五話:科学者の役割


 帝国の属国リシュティル王国と隣国のイフェタ魔導王国の和平を取り持つためのに、帝国宰相ライハイスハル公爵と話し合った日から五日が過ぎた。


 その五日を使ってすでに十分な根回しと下準備を進めていた。日の出前にリシュティル王国へ馬車を飛ばして王都でライハイスハルと合流すると、護衛の騎士が守る彼の馬車に乗り込み、先に昼食を済ませて王城へと向かう。


 今回の交渉にアトロは連れて来ておらず、マサヤ側からは俺一人だ。王城は地球でいう所の西洋の古城といったイメージがぴったりと当てはまる佇まいで、王都の奥まったところにひっそりと存在していた。


 王都から王城までの道中は人通りも少なく、活気が見られない。その様子はリシュティル王国の国情を物語っているようだった。


「今日の交渉では手筈通り私が主導権を握る。根回しは既に済んでいるからな。マーサ殿の出番は終盤だ。手筈通りに頼むぞ」

「心得ています。宰相閣下」


 今回の交渉で俺が相手にするのは、リシュティル王国軍最高司令官リンゲイル男爵である。国王は取るに足らない相手らしいので、ライハイスハル一人で十分だということだった。彼曰く、ごねるようなら一喝すればそれで済むような男だそうである。


 俺とライハイスハルを乗せた馬車は、昼過ぎに護衛の騎士が乗る馬に先導される形でリシュティル王城へと入城した。


 リシュティル国王より身分が高い帝国宰相の来訪とあって、リシュティル国王と同国宰相リーディスハイル伯爵が二人を出迎え、城内へと案内される。リシュティル国王はふくよかな体つきの三十前ほどの男で、その見た目からは知性も威圧感も感じることは無かった。


 リーディスハイル伯は五十手前の苦労人といった感じで、眼に下にはクマがあり、黒髪にはかなりの白髪が混ざっていた。俺はライハイスハルの付き人的扱いだが今は我慢しておく。


 一旦VIP専用の応接の間へと通され、しばしの歓談と休憩を挟んで交渉が行われる会議場へと案内さる。そしていよいよ交渉がはじまった。


 会議場の中央には二十人ほどが座れる長円形の大きなテーブルがあり、そこには既にリシュティル国王とその重臣たちが着席していた。


 会議場に入ると、ライハイスハルは部屋の最奥にあたる上座へと案内され、俺はその後方で立ったまま控える形になった。


 俺の身分はあくまでも平民の商人であり、ライハイスハルやリシュティル国王と公の場で同じテーブルに着くことは許されない。


 ライハイスハルはテーブルの上座に着くと同時に早速用件を切り出した。


「諸卿に告げる。今から私が話す言葉は皇帝陛下により賜りし御言葉であり、勅命である。何人たりともこれに不服を申すこと叶わぬと心得よ」


 事前にライハイスハルの根回しが済んでいるのだろう、国王とリンゲイル男爵以外は心得ていると言わんばかりに頷いているが、状況が飲み込めない国王はキョロキョロと視線を重臣たちに彷徨わせていた。


 何も知らされていないリンゲイルは三十過ぎでたくましい体格をしており、如何にも武官といった感じの風体だったが、我関せずと傍観者を決め込んでいる。


「それでは申し渡す。これは勅命である。リシュティル王国はイフェタ魔導王国と和平の約を締結すべし。和平の妨げあらば、これを排除せよ。以上だ」


 ライハイスハルが言い渡した勅命に、リシュティル国王が思わず立ち上がった。リンゲイル男爵は目を丸くしている。


「なっ、何と申された。それは真に皇帝陛下の言にあるか」


 国王は何とも分かりやすい反応を見せる。その顔は紅潮し、怒りに打ち震えていた。


「勅命と言ったはずだ。反論は許されぬ」

「しかし、予はイフェタとだけは和平などしとうない! どうすれば良いかも分からぬ」

「ええい、不服は許されぬと申しつけたであろう。リシュティル国王」


 何とも身勝手で情けない反論であるが、いくら愚王といえど身分による力関係は理解しているようだった。紅潮していた国王の顔からは血の気が引き、次第に蒼白になっていく。そして国王は、力なく項垂れるように腰を下ろした。


「ライハイスハル帝国宰相閣下、よろしいか」

「申してみよ」


 間を置かずに、ライハイスハルの許しを得たリーディスハイル伯爵が立ち上がる。


「和平のためには双方飲むべき条件がありましょう。イフェタはどのような要求を?」

「イフェタがリシュティルに望むは木材と鉄鋼の輸入、それに兵力の削減である。まず木材と鉄鋼について――」


 ライハイスハルは俺が取り交わしてきた和平案の詳細を説明していった。このとき、両国間の貿易を仲介する商人として俺が紹介された。そしてリシュティル国軍の縮小に話が差し掛かった時、とうとうリンゲイル男爵が口を開いた。


「宰相閣下、我が王国の兵力を削減せよという話だが、その規模は?」

「兵力にして二万五千である」


 ちゅうちょすることなく答えたライハイスハルに、この要求を知らされているであろう重臣たちが動じることはなかった。しかし、リンゲイルはその数字を聞いて一旦目を丸くすると、明らかに狼狽した様子で大声を上げる。


「なっ、何と申された。二万五千ですと!」

「その通りだ。リシュティル王国軍兵二万五千を武装解除せよ」

「ふざけないで頂きたい! それでは我が軍のほぼ全兵力ではないか」


 己の身分を忘れたかのように食ってかかったリンゲイル男爵。しかし、ライハイスハルは冷静にこれを戒める。


「出過ぎるな、リンゲイル男爵」

「されど宰相閣下、不測の事態に対応する兵士がおらねば……我が王国が滅びても構わぬと仰られるか!」


 戒められ、リンゲイルの口調は力ないものへと変化したが、次第に怒りが込み上げてきたように語尾が上がっていった。それでもライハイスハルは、諭すように語りかける。


「そうはならんのだ。もしイフェタが約を破り、かような事態に陥れば帝国が全力を以って彼らを攻め滅ぼす」

「しかし、それでは兵たちが食いあぶれ、路頭に迷うばかりか代々我が王国の軍務を司ってきた祖先に申し開きができぬ」

「リンゲイル男爵、貴君の家の事情など国益と比ぶべくも無かろう。兵たちが食いあぶれると言ったな。リシュティルに兵たちを養い続ける余裕はすでにない。新たに兵たちの食いぶちを探さねば国家としての体裁も崩れようぞ」

「宰相閣下は我が家柄を侮辱なさるか!」


 リンゲイルはどうしても納得できないのであろう、二万五千の兵を維持するだけの余裕がないことを棚に上げ、一段と声を荒げて噛みついた。これを受け、ライハイスハルも反撃するように声を荒げる。


「リンゲイル男爵! 貴君の方こそ勅命に意見するなど、皇帝陛下にたてつくつもりか」

「ぬぐぐぐぐっ……」


 よほど頭にきているのだろう、拳を固く握りしめ、体を震わせて歯を食いしばっていたリンゲイルだったが、ふと何か思い出したかのように再び口を開く。


「宰相閣下に伺いたい。兵の食いぶちにはあてがあると申されたが、兵役を解かれた二万五千の兵士とその家族、これをどうなさるおつもりか」

「二万五千の兵と家族には新しい仕事を既に用意してある」

「それはどのような仕事か。この場で返答頂きたい」


 まだ怒りが収まらないのだろう、リンゲイルは口調こそ丁寧なものの、その質問は身分が上位の者に対する言葉ではなかった。


 しかし、兵たちの身を案じるだけの度量は持ち合わせているようだ。ライハイスハルはこの無礼な発言を戒めなかった。身分差を考えれば、本来それだけで不敬罪に問えるところだが、余計なことで時間を食いたくないのだろう。リンゲイルが根っからの悪人ではないことも分かっていたのだ。


「リンゲイル卿、そう焦るでない。先ほど紹介したマサヤの総帥マーサ殿が二万五千の兵とその家族を引き受けて下さる。詳しくはマーサ殿がこの場で説明する」


 ライハイスハルはそう言って俺に頷きかけた。


 俺はライハイスハルの横まで歩み寄ると、集まった重臣たちを見渡す。国王はいまだに我ここに在らずといった感じで項垂れたままだが、気にせず語りはじめる。


「先ほどライハイスハル帝国宰相閣下にご紹介いただいたマサヤ総帥を務めます平沢昌憲と申します。皆さまにはマーサと申した方が分かりやすいでしょうか。それでは説明させていただきましょう――」


 二万五千人の兵士とその家族合わせて十万人を超える人間の受け入れ案を示し、当面の仕事内容や待遇、その後の身の振り方などを説明していった。集まった重臣たちはその説明を真剣な表情で聞いている。それはリンゲイルも同様だった。


「――以上でございます」


 説明を終え、重臣たちを再度見渡した俺に対して、リーディスハイルが口を開く。


「受け入れ案の大筋は理解した。しかし、帝国本土にもリシュティル国内にもそのような大人数が移住できる土地など無いと考えるが、マサヤタウンを拡張するとでもいうのか? そうだとすれば貴君の言う仕事は無理があると思うが」


 彼の疑問は当然だろう。しかし、俺が動じることは無い。すでに詳細を聞き及んでいるライハイスハル以外は、不思議そうな顔をしている。


「説明いたしましょう。ライハイスハル宰相閣下と皇帝陛下は既にご存じでございますが、彼らの仕事場は既に用意してあります。そして彼らとその家族にはその地へと移住をしてもらう事になります」


 この返答に再びリーディスハイルが疑問を呈する。


「移住と申されたが、それは帝国以外の土地か?」

「そうです。これは先ほども申しましたように皇帝陛下の許しを既に得ていることでございますが、彼らには私たちが開墾した土地へと移り住んで頂くことになります」

「開墾した土地とは? この大陸には開墾を必要とする土地は北部の厳寒域か、南部の大森林以外には無いと考えるが。それ以外の土地ならば既に噂が聞こえておらねばおかしい」


 リーディスハイルをはじめとした重臣たちは、ますます不思議そうにしており、リンゲイル男爵は渋かった表情ますます渋いものへと変えていた。


「そこまで申されるならばお答えしましょう。これは和平条約締結の折に大々的に公表するつもりでおりますので、その時まではご内密にお願いいたします」

「もったいぶるでない。移住の地が分からねば話は進められぬぞ」

「ならば申しましょう。移住の地は大陸の南にそびえる巨大山脈の向こう。大陸最南端の地になります」

「な……それを信じよと申すか」

「左様にございますが」

「あの山の向こうに土地があるなど聞いたことも無い。それに、どうやって行き来するのか」

「その疑問も当然でございましょう。ご説明させていただきます――」


 巨大山脈の向こうにどれほどの土地があり、また、どうやって山脈を越えるのかを順序立てて説明していく。


「確かにマーサ殿は稀代の魔導師と聞き及んでおるが」


 今まで黙って説明を聞いていたリンゲイルが、リーディスハイルの発言に割って入るようにテーブルを叩いた。そして声を荒げる。


「ええい、今まで黙って聞いておればそのような世迷言をよくもヌケヌケと。そのような戯言を申す者に我が兵士たちを預けられると思うか!」

「これはこれはリンゲイル男爵もひどいことを仰る。世迷言? 戯言? そう申されるならばご覧頂きましょうか」


 リーディスハイルは傍若無人な振る舞いを続けるリンゲイルに、呆れtりるようだ。下を向き首を振っている。が、俺はリンゲイルが見せた予想通りの反応を見てライハイスハルに目配せをすると、彼が頷いたのを確認して示し合わせていた行動に出た。


 それはかつてシルベスト王宮で実演した遠見と過去見の魔法である。もちろん実際は魔法などではなくカラクリがあるのだが、そんなことなどおくびにも出しはしないで無意味な詠唱をはじめたのだった。

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