第四十三話:科学者と猫耳
陽が沈み街灯が照らす夜道を通って、シルバーミント伯爵の馬車でイフェタ魔導王国王城に来城した俺とアトロ。
イフェタはさすが魔導王国というだけあって、王城周辺の夜道には高価な魔導ランプが街灯として使われている。シルバーミントによると、先代国王が自らの財産で街灯を設置したそうだ。窓から漏れる魔導ランプの灯りによって浮かび上がったイフェタ魔導王国王城は、ことに幻想的な雰囲気だった。
馬車は城門を潜ると、どこにも止まることなく王城の裏手へと回り込んだ。そして、アトロを伴った俺はシルバーミント伯に誘われるように王城へと入ったのである。
謁見は公式の謁見の間で行われるのではなく、国王専用の密談に用いられる小部屋で行われるそうだ。王城の裏手から魔導ランプが照らす廊下を歩き、近衛二人が守る階段を下りた先の最奥にその部屋はあった。ドアの前まで歩いたシルバーミントがノックする。
「陛下、マーサ殿を連れて参りました」
「入れ」
ドア越しに聞こえてきた許しの声にシルバーミントがドアを開けると、そこには小さな丸テーブルがあり、その奥に国王らしき男が座っていた。後背には二人の近衛が控えている。
小部屋はひときわ明るい魔導ランプで照らされており、調度品や家具などは中央の丸テーブルと椅子以外にはない。これは、危険物を仕掛けられたり、侵入者の隠れ場をなくすためであろう。
国王らしき男は見た目五十過ぎで、豪奢な金髪の上からはちょこんと猫耳が覗いている。その容貌は立派な顎鬚と相まって威厳があり、王者を感じさせるに十分なものだった。せわしなく動く猫耳さえ見なければだが……。
「予がイフェタ魔導王国国王ヘイゼルハーベスタントである。非公式の謁見ゆえ形式ばった挨拶は無用。話すがよい」
「こちらがマサヤ総帥のマーサ殿、お連れの方が副総帥のアトロ嬢でございます」
シルバーミントに紹介された俺は両手を顔の前で組み、腰を折って頭を下げた。この所作はイフェタの作法にのっとった、目上の者に対する礼である。
「今宵は謁見を賜り、喜びこの上なく申し上げます。シルバーミント伯爵ご紹介の通り、私はマサヤを預かる平沢俺ともうします。皆にはマーサと呼ばれております。挨拶は無用との陛下のお言葉に甘え、早速でございますが本題に移らせていただきたく申し上げます」
「あい分かった。着席を許す。そこの椅子を使うがよい」
ヘイゼルハーベスタントの機嫌を損ねないように、細心の注意を払って行動している。確かに彼は形式ばった挨拶は無用と発言したが、挨拶が無用だとは言っていないのだ。
よって王族に対するときに必要な、最低限の挨拶をしたのである。ヘイゼルハーベスタントの許しを得、相対する椅子に俺とシルバーミントが腰を下ろした。
椅子はまだ一脚空いているが、アトロは俺の後背に立ち、座ろうとしない。彼女はシルバーミントに紹介されはしたが、俺の従者としての立場を間違えることなどないのだ。
今回の謁見では、国王ヘイゼルハーベスタントの人柄を調査することがかねてからの目的だったが、魔工業協会に入り浸っている間に、気を利かせたアトロが国王の人柄を調査していた。
それによると、ヘイゼルハーベスタントはかなりの人格者であり、筋を通して実利を示せば和平交渉に問題なしと俺は結論付けたのである。この非公式謁見でリシュティルとイフェタの和平交渉行うつもりだ。
「では本題に移らせていただきましょう――」
リシュティルとイフェタの和平成立に向けて、あらかじめ練っておいた構想と、和平によって得られるイフェタの国益を理論立てて説明していった。もちろん、リシュティルとイフェタの間にある永年の確執についても最大限考慮した上での和平案である。
「なるほど、マサヤが両国の間に立って鉄鋼資源と木材の流通を差配する訳だな」
「左様にございます陛下」
「確かにそれで我がイフェタの資源不足は解消されよう。しかし、それだけでは和平には程遠いぞ」
「陛下の仰ることもご尤も。陛下の懸念点はリシュティルの兵力にあるかと察しますが」
「分かっておるではないか」
「リシュティルの兵力に関しましては、マサヤが抑え込みます」
この発言を受けてシルバーミントの両目が見開かれた。国王ヘイゼルハーベスタントも驚きを隠そうとはしなかった。
「いかなマサヤが大陸有数の商会であろうと、リシュティルの兵力を抑え込めるなど」
ヘイゼルハーベスタントが発した疑問に俺は自信を持って返答する。
「陛下、何も武力で抑え込むのではありません。現時点では公表されておりませんが、帝国皇帝よりリシュティルの兵士二万五千について、マサヤから仕事を世話するように打診が来ております。その際はリシュティルからの出国も可であると」
「何と! しかしなぜ兵力を削ぐようなことを……二万五千といえばリシュティルの全兵力に近いではないか」
「陛下、彼らも困窮しているのです。二万五千の兵士に食わせるあてが無いと」
「そういうことか。それならばそちの言も分からんでもない……しかし、それだけではまだ足りんぞ」
なるほど、さすがは一国の王だなと思った。一見欲深い王のように感じられるが、リシュティル対しての根深い禍根は相当なものなのだろう。
それら禍根を覆せる国益が無くては、そうそう和平など結べるものではないというのが、ヘイゼルハーベスタントの考えなのだろう。しかし、俺もそこまでは読めていた。
「陛下、我々もそれだけで和平が成るとは考えておりません。詳しくは和平後の交渉になりますが、我々が有する魔工技術の独占権。もちろん我々だけはその技術を今後も使用しますが、我々以外では、魔工業ギルドなぞ通さず貴国のみにその魔工技術をお伝えする準備がございます」
「ほう、まだ公表しておらぬ技術があると申すか」
ヘイゼルハーベスタントがいぶかしむような視線を投げかけてきた。この視線を受けても動じること無く、逆に、いかにも自信ありげに返答する。
「左様で。しかも一つのみではございません」
「しかし、その言葉のみでは信用できぬ。我を含めて臣下も納得できるような言質でなければな」
「では、時間の都合もありますゆえ一つだけこの場で説明させてもらいましょうか?」
その言葉にヘイゼルハーベスタントの表情が変わった。ルバーミントもすでに魔工技術者の顔になっている。俺は二人の表情の変化を見て、満足げに懐から数枚の図面を取り出した。
「これは! マーサ殿、映像通信機ではないですか」
思わず声を上げたシルバーミントがその図面を手に取った。ヘイゼルハーベスタントは興奮を抑えられない伯爵に呆れ顔だ。
「これ! わきまえんかシルバーミント」
シルバーミントは図面はテーブルに戻したが、王の叱責にもかかわらず興奮の面持ちで図面を食い入るように見ている。
「マーサよ、伯の顔を見ればこの技術の価値が分かるが、これを本当に我が国に開示するというか」
「この映像通信機だけではございません。もう二つか三つほど開示いたしましょう」
「そちの言い分はあい分かった。だが、どれほどの価値があるか、説明を聞くまでは決められぬ」
「では――」
俺は映像通信機の原理を説明するとともに、その利用方法まで詳しく解説していった。その中でもヘイゼルハーベスタントが最も興味を示したのが、映像通信機を使った公共放送である。
演劇や歌謡などは舞台で観覧するのがこの世界の常識だ。しかし、受信専用の映像通信機を普及させれば、金に余裕のある者ならば舞台に通わなくてもそれらを視聴できるのだ。俺は映像通信機のテレビ的な使い方を二人に説明したのだった。
余談ではあるが、ディスプレイはガラスを細工した透明の球体であり、幻想的なファンタジー世界にこだわった俺らしい意匠になっている。当然、平面ディスプレイにも出来るのだが、そんな野暮なことは俺の矜持が許さなかった。というかこんなチャンスを逃す俺ではないのだ。
そんなことはさておき、映像通信機の製造技術が進みコストが下がれば、極めて大きな需要が見込めるし、高価なままでも貴族や裕福な家庭には普及するだろう。さらに、政治的にも国の考えを国内外問わず発信できる意味は非常に大きい。
と、その利用価値に大きな興味を示したヘイゼルハーベスタントに対して、シルバーミントはディスプレイに映像を結ぶ技術に関心しきりだった。
この世界にも通信機は存在している。れは音声のみを伝える通信機であり、いわば電話のようなものだが、音を魔力波に変換して発信し、遠隔地で受信した魔力波を増幅して音に変換する仕組みになっていた。
これは言わば一次元の発想であり、映像の場合は二方向からとらえた光を魔力波に変換した上で合成して発信し、遠隔地で受信した魔力波を分解して二方向から光に変換してディスプレイで像を結ぶのだ。実際は音も同時に送受信するので三次元的に考えてもよい。
「二次元的発想ですか。どうも我々はマーサ殿のような発想が出来ていないらしい。これは凄い技術ですぞ。どうりで再現できなかった訳だ」
「さすがにすでに調査済みでしたか」
「新しい魔道具が売りに出され、それがイフェタ製でなければ調査するのは当然の事でしょう」
シルバーミントが再現できなかったと言ったのは、マサヤで購入した映像通信機を調査して同じような魔道具の試作を試みたが、再現できなかったということである。
彼曰く、光を二方向から照射しているところまではすぐに理解できたが、発信する前に合成して受信後に分離するという工程が分からなかったらしい。
「陛下、満足していただけたでしょうか?」
興奮冷めやらぬシルバーミントはそっとしておくことにした俺は、ヘイゼルハーベスタントに伺いを立てた。シルバーミントへ呆れ顔を見せていたヘイゼルハーベスタントは、催促とも取れる俺の発言に、その顔を笑顔に変えたのだった。
「あい分かった。リシュティル対しての和平、交渉の席につこう」
ヘイゼルハーベスタントは交渉の席につくと言っているが、交渉自体は俺とリシュティル側で行われる。両国の代表が交渉の席で顔を合わせるときには、すでに交渉はまとまっているのだ。
二国間の交渉とはそういうものであり、全ては交渉を任される言わば交渉請負人の仕事だ。交渉の席では、世間話でもしながら条文を確認し、そこに両国の代表がサインするだけなのだ。
少し話が逸れるが、俺が何故ここまで面倒な仕事を引き受けたのか。
それは、帝国の重鎮とイフェタ国王への影響力を強めるためだった。今までいがみ合ってきた二国に、交渉のみで和平をもたらしたという実績は、今後のマサヤの発展と、現在進めている計画には大きなアドバンテージをもたらすことは疑いようがないものである。
さらに、国を動かすほどの交渉力が俺にあると知れ渡れば、後の交渉事にも役立つことこの上ないのだ。
もう一つの理由は、和平成立により両国の発展を促し、マサヤ製品の売り上げを伸ばすことにある。小競合いに回っている金の一部でも国民に還元されれば、その金のさらに一部がマサヤに流れるのは道理だろう。しかも国力が回復して発展していけば、マサヤの売り上げもそれに応じて増えるはずなのだ。
イフェタ魔導王国国王ヘイゼルハーベスタントから、リシュティルとの和平交渉に関する合意を取り付けた俺は、観光の予定を切り上げてエルト共和国のマサヤ本社への帰途についたのだった。
◇◇◇
昌憲たちが去り、小部屋に残ったヘイゼルハーベスタントは近衛二人を下がらせて、側近を呼びつけた。入れ替わるように小部屋に現れたこの側近は、ヘイゼルハーベスタントが幼少のころからの教育役であり、今でも頭が上がらない存在だ。
「陛下、どのような御仁でしたかな? マーサなる者は」
「若い見かけによらず、なかなかの交渉術よ。さらに頭も切れる。シルバーミントめはしきりに感心しておったぞ。予も驚いたがな」
「左様でございましたか。で、リシュティルとの和平は受けるおつもりで?」
「ああ、マーサめはリシュティルの兵力を無力化し、リシュティルの資源と我が国に有益な技術をもたらすとまで言いおった。事実であれば受けぬわけにはいくまい」
「信用に値するので?」
「そこは間違いあるまい。が、一応監視の隠者を付けておけ」
「はっ、ご命じのままに」
「我が国に欲しいのう、あの男」
「それは叶わぬ願いにございましょうな」




