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第四十二話:科学者の魔導工学


 翌日俺は、イフェタ魔導王国魔工業協会の会長を務めるシルバーミント伯爵に指定された場所へと馬車で向かっていた。

 シルバーミント伯爵は、面会を終えた日の午後、同国のヘイゼルハーベスタント・ディシ・メルト国王のもとへと出向いて非公式謁見の打診をしてくれている。


 その様子をシルバーミントに張り付けた小型探査機で確認した俺は、馬車の中で国王に張り付けたもう一機の小型探査機で録画した動画を再生していた。


 場面は国王のもとからシルバーミントが去った後である。


『マサヤの総帥マーサか……僅か二年ほどで今や大陸一とも言われるマサヤグループを築き上げた手腕、画期的な魔工技術を我が国にもたらした知識。ぜひとも会ってみたいが、どう思う?』

『調べによりますと、マーサなる人物、竜種を単独で討伐するほどの武力を持ち、陛下が仰られる通りの知識人にございます。さらに、人としての器も大きく、人格者として名が通っております。性格は負けず嫌いで、少々……いや、多少……いや、かなり独特な……いや、そうとう風変りな感性の持ち主だとか』

『……稀有の武人であり、知識人であり、そこそこの人格者だが、変わり者だということか』

『左様で』

『ふふふ、面白そうな男じゃないか。リシュティルのクソ野郎共との和平を勧めるとは気に食わんが、面会の段取りを調整しておけ』

『ハッ』


 共に動画を見ていたアトロが、吹き出しそうになっていた。確かに俺のストライクゾーンは少しズレているかもしれないがそんなに可笑しいか?


「かなりの言われ様ですね。マーサ」

「ふん、気にするまでもないさ。とりあえず話は通ったみたいだしな」


 本来、今回の来訪は探りを入れるだけのつもりだった。しかし、シルバーミントに接触し、国王に探りを入れた結果は和平の交渉までできそうな雰囲気だった。


 国王は少なくとも話の分からない男ではない。馬車のなかで塾考した結果、下手な小細工なしに和平交渉を試みたほうかいい結果が出るかもしれない。


 それからしばらくして馬車は魔工業協会本部に到着した。協会本部は王都の外れにあり、二階建のかなりの敷地面積を有する高い塀に囲まれた施設だった。通行証を馬車の窓から門衛に見せ、門を潜ったその先にある玄関前で、馬車を下りるシルバーミントと出くわす。


「ちょうど良かったようだ、昼食まではまだ時間がある。まずは施設を案内しよう」

「会長自らの案内とは、大層なもてなし痛み入ります」

「はははっ、気にせんでもいい」


 建屋の外は綺麗に整えられた石造りであったが、内部は白壁になっており、照明や内装の雰囲気はエルト共和国の魔工業ギルドとはまた違った趣だった。


 魔工業ギルドが近代化した役所に近いとすれば、魔工業協会は古びた病院の雰囲気だった。ただし、魔工業ギルドと違って、ここの職員は決められた制服ではなく、洋装のようなきっちりしたものでもなく、どちらかといえば和装に近いひらひらとした民族衣装であるが、統一感はなく各々自由な服装であった。


 俺とアトロはシルバーミントによって建屋の裏にある実験棟や加工棟、設計棟や試作棟、鍛冶棟など様々な施設を案内してもらい、見学していった。


 どの棟も歴史を感じさせる古さであるが、作業にあたる作業員や研究員たちが忙しそうに動き回っているのが印象的だった。


 シルバーミントによると、研究員は作業員よりも権限が上であり、肩部に丸い銀色の肩章をつけている。作業員には肩章がない。


 しかしただの作業員といえど、魔工業協会の職員への道はイフェタ魔導王国きっての狭き門であり、ここで働く者たちは皆大きな誇りを持って職務についているとの事だった。


 そして、彼らがせわしなく動き回っているのは、俺が魔工業ギルドに登録した新魔道技術の検証実験や、応用製品の試作やら何やらで、人手が足りないほどの忙しいからなのだそうだ。そんな話を聞き、魔工業協会の職員たちに活気をもたらせたことで少しだけ嬉しくなった。


「そろそろ昼食の時間だ。職員食堂でよければご一緒するが、それとも昼食は外になされるか?」

「わざわざ外出するまでもないでしょう。ご一緒しますよ」

「ならば込み合う前に頂くとしよう」


 まだ誰もいない広い食堂で早めの昼食を済ませた俺たちは、会長室に案内されてお茶を飲みつつ歓談して午後の始業を待った。そして始業の鐘が鳴ると、試作棟へと向かったのである。


 何でも、試作したとある魔道具が、どうしてもうまく動作しないので見てほしいということだった。


 試作棟の中に入ると、大き目のフロアが木製の視線より低い衝立でいくつかに仕切られており、その中で作業員がせわしなく動いている様子がうかがえた。チラチラと垣間見える作業員の表情は情熱に満ちており、皆が誇りを持って仕事にあたっていることが何となくではあるが実感できた。


 俺たちははシルバーミントに連れられてそのなかの一エリアへと通される。中では、五名の作業員が一つの魔道具を前にしてああでも無いこうでも無いと激論を交わしていた。


 議論の中心にいるのは銀の肩章をつけた小人族の男性で、眉のあたりで切りそろえたクリーム色の髪とすべすべの白い肌が、まるで昭和初期の小学生を思わせた。


「議論中のところ申し訳ないが、解決の糸口はつかめたかね?」


 議論に熱中して俺たちが入ってきたことに気づいていなかった作業員たちが一斉に振り向いた。


「ああ会長、ダメです。さっぱりですわ」


 議論の中心にいた小人族の男がシルバーミントに難しい顔で答えた。しかし、彼の顔は少し綻んでいる。


「そうか」

「そちらさんは?」

「ふふふ、紹介しておこう。この方はマサヤのマーサ殿だ。今日は不具合の原因についてアドバイスをしてもらおうと思ってな。わざわざ来ていただいたところだ」


 少し得意げに俺を紹介したシルバーミントに、小人族の男が驚いている。


「おお……貴方が。お目にかかれるとは光栄です。貴方が魔工業ギルドを通して我が国にもたらした魔工技術は実に興味深い。ああ、私はこの魔道具の試作主任をしているミューゼルタントです」

「これはお若い……平沢昌憲。マーサと呼んでくれ」

「こう見えても四十なんですよ。我々小人族は若く見えるんです」

「これは失礼しました」

「では、早速見て頂けますかな? ミューゼルタント君説明して差し上げろ」


 うなずいた俺に小人族のミューゼルタントが魔道具の説明をはじめようとした。しかし、俺はそれより早く感想を口にしたのだった。


 問題の魔道具は、外枠を外されて内部がむき出しになっており、幾つかの部品が取り外されていた。それでもすぐにその魔道具が何であるかが分かったからだ。


「なるほど、この魔道具は製氷機だな。これでは上手く動作すまい。一旦氷ができた後すぐに溶けるのだろう?」


 俺の指摘を聞き、シルバーミントやミューゼルタントは目を大きく見開いて驚いていた。図星だったのだろう。


「ああ、たぶん説明は要らないと思う。これはこの部品の特性が生み出す基本的な性質が原因なんだ。俺も経験したことがあるが、あることが盲点になっていてな。そこを作り直せば解決するんだ」

「それは……もったいぶらないで具体的に頼むよ」


 そう言ってゴクリとつばを飲み込んだミューゼルタント。シルバーミント、その他の作業員もうなずいていた。全員の視線が俺に集中する。


「別にもったいぶっている訳ではないが……そうだな、不具合の説明をはじめる前に、この部品の本質を説明しておこう。その方が理解しやすい――」


 ミューゼルタントたちが試作していたのは、気体が等温圧縮と断熱膨張を繰り返すことで、低温部分から高温部分に熱輸送を行うことができる低温生成機を応用した製氷機だった。


 地球で採用されている冷蔵庫の原理とは若干異なるが、逆スターリングサイクルやGMサイクルを応用した低温生成原理を利用している。


 これは俺がが保冷庫の魔道具として低温生成原理と共に魔工業ギルドに登録した技術だ。彼らはこの技術を応用して更なる低温を生成し、製氷機として魔道具化しようとしていたのである。


 単純な考え方をすれば極地域の冷気を空間転移で常に供給してやっても低温は作れるが、転移に使用する魔力エネルギーが莫大になり、とても魔道具としては使えない効率の悪さになる。


 気体の圧縮膨張は、二つの魔力生成器の反発吸着原理を応用した低周波発生器の振動を、薄肉の中空管に閉じ込めた気体に伝えることで発生する低周波の音波を利用している。この音波を中空管を共鳴させることで増幅し、低温生成器内部で気体が圧縮膨張を繰り返すようにしているのだ。


 ミューゼルタントたちが犯した失敗は、かつて俺も経験した高温部からの熱の逆流によって起こる圧力変化に伴う共振周波数の変化と、低温部への熱の逆流により起こっている。使われている部品の動作原理を説明したところで、問題部分の指摘と、その解決策提示することにした。


「まず第一にこの中空管の共振周波数を高温時に合わせる必要がある。そして、中空管は銅ではなくて熱伝導率が低い鉄で作るんだ。さらに、管路のこことここに金属メッシュを重ね合わせた蓄熱器と蓄冷器をかましてやれば熱の逆流が防げるんだ。メッシュは銅の細い針金で編むと良い。低周波発生器はよくできていると思うからそれで上手くいくはずだ」


 ミューゼルタントは俺の説明を食い入るように聞いてはメモをとっていた。シルバーミントもさすがは魔工業協会会長というだけあって説明を理解しているようだった。


「マーサ殿、霞が晴れたような気分だ。まさか中空管の共鳴が収まる原因が熱の逆流にあったとは盲点だったよ」

「俺も同じ過ちを犯したからな。管壁を伝わる熱ではなく、封入した気体の振動流が原因だから見ることが出来ないんだ」


 説明を聞き終えたミューゼルタントはしばらく興奮が冷めやらぬ様子だったが、同じく説明を聞いて興奮していた部下の作業員たちに、中空管の再試作と蓄熱器、蓄冷器の試作を指示していた。


 作業員たちは目を輝かせ、はやる気持ちを抑えられないように、どこかに行ってしまったのである。


 その後シルバーミントに連れられて他のエリアを周り、幾つかの試作品を見ては、そのつど問題点や改善すべき点を指摘していった。そして、時間はあっという間に流れ、気が付けば外はとうに陽が沈んでいた。


 その時間になっても魔道具を試作する作業員たちは、作業の手を止めようとはしていなかった。その他の棟からも明かりが漏れていることから、シルバーミントが忙しくて人手が足りないといっていたことは真実なのだろう。


「どうですかなマーサ殿。これから食事でも? 今日のお礼もかねて馳走したい。それに、魔道具談議もまだまだ物足りない」

「魔道具談議、望むところです。シルバーミント伯」


 魔道具談議と聞いて、夕食をご馳走されることよりも、そのことの方が嬉しかった。郊外にある貴族御用達の高級食堂で、郷土料理に舌鼓を打ちながら魔道具談議に花を咲かせたのだった。


 翌日、シルバーミントから国王との非公式謁見が三日後だと聞いた俺は、その間の三日を魔工業協会に入り浸って過ごしていた。


 もちろんシルバーミントはほとんどの時間を俺と共にしている。彼と話し込んでみて分かったことは、伯爵という高位の身分にあるが根っからの魔工技術者であり、こと魔工技術の議論においては俺に引けを取らないほどに我を忘れて熱中する人種だということだ。


 十分に満足に足る議論を四日に渡って行ったシルバーミントからは、他人行儀な口調が消え、俺もまた、彼に対して友人に接するような態度を非公式な場ではとるようになっていた。アトロは夕食後から別行動を取り、イフェタ魔導王国の調査を独自に進めている。


 そしていよいよ、アトロと共に国王との非公式謁見の場に赴くことになった。もちろん案内役はシルバーミントが務め、謁見にも同席することになっている。


 俺はアトロと合流して夕刻にシルバーミントの屋敷を訪れると、夕食をご馳走になってから彼の馬車に乗り換えて夜の王城へと向かったのだった。

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