第四十一話:投げかけられた難題
ライハイスハル帝国宰相から難題を預かった俺は、本社ビルの総裁室で一人その解決策を考えていた。
二万五千人の兵士とその家族を食わせていける仕事のあてはついている。問題は帝国の属国であるリシュティル王国と、その隣国であるイフェタ魔導王国の和平だ。
そもそも、なぜ両国の和平の橋渡し役という厄介極まりない仕事を引き受けたのか?
それは、両国の和平がマサヤへの大きな利益をもたらす可能性が高いからである。両国が小競合いを続ければ、必然的に金は小競合いへと流れ、マサヤへは入ってこない。それよりは、和平を成し遂げて発展してもらった方が、両国からマサヤへの金の流れが大きくなるはずだ。
さらに、鉄鋼資源を欲しているイフェタ魔道王国と産出国リシュティルの間に入り、貿易を仲立ちすれば大きな利益を得ることができる。そして、二国間の和平を取り持った人物としての箔。それは英雄になりたい俺にとっては捨て難いものだったのだ。
というのは本音も混じっているが建前だ。本当の理由は魔導王国という名前に引かれたからである。この世界の魔法がどんな種類のものなのか。それを知るには最も適した国だろう。
話を戻すと、俺の考えている解決案においては、和平が成らなければリシュティル兵とその家族を食わせる仕事も与えることが出来なくなる。確執がある国家同士の和平を取り付けることは簡単ではない。両国に大きな利がある提案が出来れば実現の可能性が見えてくるが、現状でそれは難しい。
リシュティルの王家を取り潰せば確執は消えるだろうが、そんな条件は帝国が飲まないだろう。このまま考えても埒が明かないと思った俺は、イフェタ魔導王国についての概要を調べてみることにした。
現状では難しくても、糸口さえつかめれば打開できる可能性があると考えたからである。携帯端末を取り出してアトロがまとめてくれているデータを呼び出す。
「これがイフェタ魔導王国か……」
イフェタ魔導王国は、その名が示す通り魔導技術の推進を国策としている。主要産業は当然ながら魔工業であり、魔道具の生産量は大陸随一である。マサヤで制作されている魔道具を全て足しても、イフェタで生産される魔道具の数量には全く及ばないのだ。
国民には魔力が強い者が多く、猫耳犬耳をもつ者や、小人族が数多く暮らす国でもある。言わば俺が望むファンタジー世界に最も近い環境の国だった。あとは文化がどうなっているのかが問題なのだ。
大陸においてイフェタ魔導王国だけが他国とは別の言語を使用しているが、俺とアトロ、IALAたちはすでにその言語をマスターしているので問題にはならない。
俺がこの世界に転移してきた当初、大陸に分布する知的生命体の外見的調査をしていたが、そのときに最も興味を持ったのが猫耳犬耳をもつ者や、小人族だった。
興味はあったがその前にやるべきことが山積していたのだ。というか、いかに幻想的な種族であってもその文化が頂けなかった。だからアトロに調査を任せてそのままにしておいたが、彼女はきっちりと仕事を成し遂げていたようだ。
俺は端末のページをめくって猫耳の正体を再度確かめた。それによると、猫耳や犬耳は魔力の察知器官が発達したもので、音を聞くための耳とは別に存在しているらしい。
これらの猫耳犬耳は、イフェタ特有の遺伝的なものであり、生まれつき魔力が強い者にしか発現せず、高魔力保持者のステータスのようなものだった。
さらにページをめくっていくと、小人族についての特徴がまとめられており、小人族は成人で身長一メートル前後、猫耳や犬耳を持つ者と同様に魔力が高いとある。
また、手指が小さいという特長を生かして、細工や組み立てが得意だとも書いてある。 しかし、これらのデータに関しては今回の和平案を考える糸口にはなり得なかった。
「一度行ってみるか」
小売店や工房の買収、帝国での新拠点立ち上げが一段落ついていることもあり、俺はイフェタ魔導王国に自ら乗り込んで和平へのカギを見出そうと考えた。思い立ったら即座に行動に移すのみ。ただし、事前調査は十分にだ。
『アトロ、イフェタ魔導王国について詳細を知りたい。概要は既に読んだから今までの調査データから、歴史、人物、産業、宗教、有力者に関して詳細な報告が欲しい。まとめてくれるか?』
『了解、マーサ』
『総統だと言っているだろう。まぁいい、なるべく早く頼む』
『分かりましたの。なるべく早くですね、マーサ』
『…………』
そして二日ののち、イフェタ魔導王国について小型探査装置で知り得る限りの情報を入手した俺は、その情報を頭に叩き込みつつアトロと共にイフェタへと向かったのである。
イフェタ魔導王国はエルト共和国の北東で僅かに隣接しており、国土の大部分を山岳地帯と丘陵地が占めている。隣接国ではあるが、馬車での移動は三日ほどかかる計算だ。
特に急ぐ必要もないので、馬車の中でアトロがまとめてくれたデータを頭に叩き込んでいる。エルト共和国を抜けてイフェタに入った二日目の朝、野営地を出発した俺の視界には丘陵地一面に広がる果樹園が捕えられていた。果樹園の木々には小粒で赤みを帯びた果実がたわわに実っている。
この果実から作った果実酒がもう一つのイフェタの特産だった。俺は馬車の中で昨日見ていた携帯端末の情報と、視界に広がる果樹園を間近にして言いようのない不安感を覚えた。得てして、このような不安は実現するのが世の常だろう。
「何か心配事でもありますの?」
「いや、何でもないんだ……」
「そうは見えませんが」
「…………」
心配している内容が恥ずかしすぎてアトロに言い出すことが出来なかった。 自分の弱いところはできるだけ見せたくないのだ。何のことだか分からない諸氏は気にしなくてもいい。
そんなことはさておき、イフェタに入って二日目の夕方、俺とアトロを乗せた馬車は王都に到着した。王都に入って思ったことは、イフェタの民の髪の色の多彩さである。
男の方はほとんどが黒か茶色で他国とそれほど変わりないが、女の場合は水色や薄緑、ピンクに赤や青など非常にカラフルだ。アトロの調査によると、髪や目の色は魔力の強い者ほど色彩に富み、なんでも幼少期に好きになった色に変わっていくそうだ。
道行く人々を興味深そうに眺める俺を乗せた馬車は、そのまま王都にあるイフェタマサヤの本店へと向かい、俺とアトロは手厚いなもてなしを受けることになった。
店長をはじめ従業員一同が店頭に並び、頭を垂れて俺たちを出迎えてくれた。残念ながらその中に猫耳や犬耳、小人族の者はいなかったが。
見た目初老に差し掛かった感じの人当たりの良さそうな店長に聞けば、営業を早めに切り上げて俺たちの来店を待っていたそうだ。やり手の経営者が聞けば、無駄な事をして営業を止めるなと咎めるか怒鳴り散らしたりするかもしれないが、俺は店長と従業員の労をねぎらって感謝の意を示した。
ここは地球ではなく異世界であり、文化と価値観が違うのは当然なのだから。
取り敢えず店長から製品の売れ行きを聞くために店の中へと入り、応接室へと向かう。そこはVIPへのデモスペースも兼ねており、マサヤ印の高級魔道具が棚の上に陳列してあった。部屋の造りも豪華なものとなっており、VIPが来店しない限りは使われることは無い。
「で、製品の売れ行きはどうだ?」
「はい、順調も何も人気商品などは入荷したその日に完売になるほどで、その他の商品も飛ぶように売れております」
「そうか、それは良かった」
「ですが……」
言いよどむ店長に視線で催促する。
「はい、売れるのはいいのですが、イフェタ魔道具工房関係者のお客様も多く、ラキ営業部長には気にせず売りなさいと言われておりますが、どうしたものかと」
「ラキの言うとおりだ。同業者のことなど気にせずにどんどん売りつけてやれ」
同業者だからと言って製品を売らないようにしたところで、マサヤの魔道具はいたる所に流通しているのだから、金さえあれば誰でも入手できる。今さら魔導技術の流出を気にしたところで、どうにもならないのだ。ならば、買ってもらえるものは誰にだって売っていこうというのが俺の考えだった。
「もう一つお願いがあるのですが」
「なんだ? 言ってくれ」
「はい、商品の入荷量をもう少し増やしてほしいのですが」
店長の要望は魔道具に限らず、日用雑貨や衣類に関しても入荷薄感が強く、客の需要に応えきれていないというものだった。この要望には、もう少しだけ待ってくれとしか答えようがなかった。
「ところで、例の人物との面会の件は大丈夫だろうな?」
「はい、先方も総帥の来訪を心待ちにしているようでございます」
「そうか、安心したよ」
店長の報告を聞き、明日の面会の確認を終えた俺は、このあと場所を変えて従業員一同による盛大な歓迎会に招かれた。当然嫌な予感は的中し、飲めない酒を前に苦しい言い訳に終始するしかなかったのは苦い思い出だ。
それでも、酒の入った従業員たちの本音が聞けたことには十分に満足し、予約してあった高級ホテルで眠りについたのだった。
翌日、久しぶりに十分な時間熟睡できた俺は、遅い朝食をとって面会の相手である貴族の屋敷へと向かった。その貴族は魔工技術の専門家であり、イフェタの魔工業協会――魔工業ギルドとは別組織――の会長でもある、シルバーミント伯爵という男である。
王都郊外の歴史観溢れる、言い方を変えれば古めかしい高級住宅地の一角にシルバーミントの屋敷はあった。その造りは、周囲の屋敷同様ツタの這う時代を重ねたであろう佇まいだった。
シルバーミントの執事によって屋敷の中へと誘導された俺とアトロは、そのまま応接間へと案内される。応接間は、屋敷の外観と同様に歴史を感じさせる造りであり、壁の上部には歴代の当主だろう肖像画が掛けられていた。
アトロと共にソファに座って出されたお茶を飲みながら待っていると、さほど間を置くことなくシルバーミントは現れた。
シルバーミントはカワイイ犬耳を持つ、ナイスミドルだった。オールバックにした白髪交じりの黒髪と、ピンと立った犬耳のアンバランスさが絶妙である。俺とアトロはシルバーミントを確認すると即座に腰を上げた。
「これはこれは、よくお越しくださった。ようこそ魔導の国イフェタへ、マーサ殿。そちらは……」
「こちらこそ、面談の機会を作っていただいて感謝しています。彼女は当グループの副総帥を務めるアトロという者です」
「ほう! マーサ殿もお若いが、それほどの若さで副総帥とは驚きましたな。それにお美しい」
「まぁ、お上手ですこと。シルバーミント様」
「ささっ、お掛けくだされ」
アトロは美しいと賛美されて、いつもとは違う話し方で照れて見せている。その様子からは、帝国で僕にした男を犬呼ばわりしている様子など想像すらできない。 彼女の、こういうTPOをわきまえたふるまいは完璧なのだ。
「貴国の利を害する魔道具を作る者として疎まれていると思っていましたが、イフェタへ入っても何事もなく驚いております」
「マーサ殿を疎むなどとんでもない。利を害するどころか、我々は貴君がもたらした魔導技術の恩恵を存分に享受しておりますぞ」
「そう言っていただけると有り難いです」
俺が魔工業ギルドに登録した魔導技術によって、イフェタの魔道具産業は飛躍的に進化し、活性化しているらしい。魔工業ギルドを通じてマサヤに入金される金額の多くは、イフェタからもたらされているのだ。こういうことがあるから嫌な思いをしてまで会員になって技術を登録したのだ。
「今日は伯爵に折り入った願いがあって参りました。初対面でいきなりお願いを申し上げるのは心苦しいのですが――」
俺はイフェタとリシュティルが和平を結ぶことを帝国が望んでいるということを率直に話した。それは、事前調査でシルバーミントが主戦派ではないこが分かっていたからであり、人格者であるということも調べがついていたからである。
さらに、イフェタ国王に非公式に謁見したいと申し出たのだった。イフェタでは国王が主戦派の筆頭であり、国王を納得させないかぎり和平はならないことが分かっていたからである。
シルバーミントは魔工業協会の会長を務めるだけあって、国王とも古くからの付き合いがあり、彼の了解を得られれば国王との謁見の機会は得られるだろうと言う目論見があった。
「分かり申した。国王陛下も生粋の魔導技術研究者であられる。マーサ殿とも話が合おう」
「助かります。帝国からこの話を打診された時はどうなることかと考えていましたから」
「はははははっ、そうかそうか、英雄殿でも悩むとがあるのか。ところで、イフェタにはどれほど滞在なさる?」
「はい、十日ほど滞在しようと考えていますが」
「ならば、ぜひとも魔工業協会に顔を出してくだされ。マーサ殿の話を聞きたがっている者も多いですからな」
「そういうことなら、ぜひ――」
俺はこのとき、国王との謁見の見通しが立ったことに安堵していた。主戦派筆頭の国王と話をしてみないことには、和平への道筋など見えようはずがない。 交渉はその先、リシュティルの代表も交えた会談の場を設けてからである。
シルバーミントとの話で分かったことは、懸念していた文化的なイメージが俺にとっていい方向に傾いたということだった。それは現代的に進んでいるということではなく、俺の渇望する幻想的な文化を根付かせる余地が残されているということだ。
有意義な話ができ、シルバーミントと明日の再会を約束した俺は、意気揚々と彼の屋敷を後にしたのだった。




