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第四話:攻略の始まり~相棒を求めて~


 森が終りを告げ、広大な草原が広がっている。遥か地平線まで続く草原の東方には朝陽が顔を出し、広大な森とその後方にそびえ立つ巨大な山脈を照らしていた。


 拠点から転移してきた先は、まさに異世界の大自然だった。


「くぅー、いよいよ冒険の始まりだ。待ってろよ!!」


 それが誰に向けた言葉であるのかは、俺にも分からない。これから始まる冒険への期待から、そう叫ばずにはいられなかった。


「さて、最初の目的地はこの大陸最南端の国にあるハンターギルドだ。だがその前にやることがある」


 そう一人ごちて周囲の気配を探る。とはいっても生物の気や鳴き声を探っているのではない。自らの魔力を周囲に薄く拡散させ、それに干渉する魔力を探っているのだ。言わば魔力レーダーである。


 なぜそんなことをしているのか?


 何も安全を確保するために、外敵が近くにいるのかを確認している訳ではない。当面の目標はハンターギルドに加入し、ハンターとして活動することだ。しかし、ただ単純に加入するわけにはいかなかった。


 加入するからには、インパクトをもって俺の力を認めさせたい。そのためには、討伐困難と言われる魔獣をしとめ、それを手土産にするのがベストだろう。


「いや、マストだな」


 以前にアトロがしとめた茶毛竜と呼ばれる魔獣は、ハンターギルドに衝撃を走らせたらしい。だからより目立つためには、それ以上の魔獣をしとめて持参する必要があるだろう。しかし、今探しているのはしとめるべき魔獣ではない。


 茶毛竜は全高四メートルほどの肉食恐竜に似た魔獣だが、それを超える大物をしとめ、ハンターギルドに引きずっていこうと考えている。


 そのためには獲物を運搬するための手段が必要なのだ。しかしだ、ただ運搬するだけならば空間魔法を使って亜空間に獲物を収め、運べば合理的だ。


「しかし、それじゃぁインパクトに欠けるよな」


 ならば、一般的には手なづけられないような強い騎獣を従え、それに獲物を運搬させればよい。そう、俺は今騎獣にすべき魔獣を探しているのだ。


 この世界の一般的な騎獣は、馬に似た体高二メートル弱、全長三メートル強の哺乳類だ。地球の馬よりは顔が短くがっしりとした体格だが、そのまま馬と呼んでも差し支えない。


 さらにその上位種として、頭部に二本の角をもつ馬型の魔獣を騎獣にしている猛者も確認しているが、それを超える騎獣を手に入れたい。


 そう考えて山脈の北側に位置する森と草原の上位種の中から、小型探査機を使って騎獣に適した強い社会性を持つ魔獣をピックアップしておいた。


「いた」


 草原の西のほうにかすかな反応があった。朝陽を背に受け走り出す。


 常時身体強化魔法をその身に使用しているだけあって、その速度は全力を出さなくとも時速百キロメートルを余裕で超えることができた。


 魔力レーダーの反応は西方二十キロメートルほど。全力走ではない今の速度で走り続けても十分ほどの距離だ。時折足に草が絡みつくが、身体強化が掛かっているおかげで苦も無く走り続けることができている。れよりも今気になっていることは、朝露のせいで靴の中がぐちょぐちょになって気持ち悪い事だった。


 そんなことはさておいて、走りはじめて十分ほどで目的の魔獣を視界に捉えた。 その姿は漆黒の毛並みにシャープで精悍な顔つき、四肢は細くも無く太くも無く力強い印象を受ける。隆起した分厚い胸板のその上には、ピンと立った耳をこちらに向けた狼の顔があった。


「スゲぇ。めちゃくちゃカッコいいじゃん」


 全高は三メートルを超え、体高は約二メートル、体長にたってはその美しい尾を含めなくても五メートルを超えている。速度を落として正面十メートルほどまで近寄り、槍とザックを背から下ろした俺を三メートル超の高さからうなり声を上げ見下ろしていた。


 明らかに威嚇しているが、すぐに襲ってくる気は無いようで、こちらの様子を伺っている。敵意は無いという意思を込めて視線を外し、胡坐をかいてその場に座り込む。もちろんその他の全神経と魔力を漆黒の巨狼に向けている。


 黒狼は視線を外されたことにより威嚇を止め、十メートルほどの距離を置いて伺うように俺の周りを歩き回っている。


 今俺の周りを歩いている漆黒の巨狼を騎獣に選んだのには理由があった。個体の強さだけで言うならば、黒狼よりも強い種は確認が取れている。しかしそれは、体格的に騎獣とするには向かない種だったり、気性が荒すぎたり社会性が無かったりした。


 人を乗せて走ることができ、力持ちで足が速く、強い社会性を持つことが騎獣の絶対条件だ。人に懐きやすく、怯えにくく、落ち着いた性格をしていれば尚よい。そういった種の生息は数種類確認が取れているが、俺が求める騎獣はその上で戦闘能力が高く、騎乗した時に見栄えが良いものでなければならない。


 今接触を試みている黒狼は人に懐きやすいとはとても言い難いが、強い社会性を持つことが確認できているし、戦闘能力も力強さも足の速さも申し分ない。


 こんな時のために開発した戦闘能力の目安――漏れ出る魔力と体格から読み取った筋力をパラメータとする――を計測する装置が、警告を意味するオレンジ色の数値を視覚野に表示している。


「戦闘能力値一万二千か」


 黒狼の戦闘能力値一万二千に対して、俺の戦闘能力値は身体強化を施した上で一万程度である。


 数値的には黒狼のほうが上だが、武器が使える人間と使えない魔獣とでは、本気の殺し合いになった場合は人間に分があると言えた。しかし、俺はわざわざ黒狼を殺しに来たわけではない。武器を使うわけにはいかなかった。


 どうしてもこの黒狼を騎獣として従えたい。そう思ったのは、なにより重要な事で強調しておくが、見た目が最高にカッコよかったからだ。


 それはまさに俺が望み、求めた存在だった。黒狼は求める騎獣として最良のチョイスだが、先に示した戦闘能力値から見ても、容易に騎獣とすることは出来ないだろう。


 そもそも彼ら黒狼にとって、人間種は食料であり敵でもある。例えば単独で行動している人間ならば、それがいかに強かろうともただの食糧であり、例えば騎士団や軍隊のような多人数で攻撃してくる人間ならば、それは殲滅すべき敵であるはずだ。


 しかし今、黒狼のすぐ傍で俺は敵意を見せずに胡坐をかいて座っている。もしここで俺が怯えを見せたり逃げ出したりすれば、黒狼は反射的に襲い掛かって来るだろう。


「まさに根競べだな」


 恐怖心がないか? と問われれば、それは間違いなく否である。しかしここで恐怖心を表に出すことなどできない。その瞬間に、この黒狼を騎獣にすることは夢と消えるからだ。


 今、俺の周りをノシノシと歩いている黒狼は、この辺り一帯に生息する複数の群れを纏め上げる存在であり、ボスの中のボスであることは調べがついている。強さや賢さ、それに体格は黒狼の中でも飛びぬけていた。


 何も知らない人が見れば、この光景は絶望的なものだろう。しかし、俺には絶対の自信があった。それは、俺には科学の力というチートな奥の手が存在しているからだ。いや、だからと言って楽勝なんてことはこれっぽっちも考えちゃいない。


 武器を使いただ勝つことだけを考えれば、それほど難しいことではないことは既に分かっている。しかし、騎獣にするためには黒狼に傷を負わせることは出来ない。


 魔力による圧力と腕力のみで力を示さねばならなかった。そういう意味では、奥の手も含めて五分の勝負だろう。だからもし、騎獣化できないようであるならばその時は諦めて武器を使おう。俺はそう考えている。



 しばらくは様子を伺っていた黒狼だったが、俺が全く動かなかったからか、距離を少しずつではあるが縮めてきた。時間をかけて触れる位置まで近づいた黒狼は、クンクンと俺の匂いを嗅ぎはじめる。


「どうした? 俺は敵じゃないぞ」


 そしてとうとうちょっかいを出しはじめた。初めのうちは前足で軽く触れる程度。それが次第にエスカレートしていく。


 ある程度まで自由にさせておいたが、そろそろ俺も動かねばなるまい。身体強化の出力を極限まで上げ、黒狼の体を触り、そしてじゃれ合いにもつれ込んだ。


 体長五メートル超の黒狼と二メートルに満たない俺とでは体格に差がありすぎる。しかしだ、主に前足や顔を使ってじゃれ付いてくる黒狼に対し、俺は体全体を使ってじゃれ返すことができる。


「凄い力だな。でも俺のほうが器用に動けるぞ」


 最初のうちは黒狼が主導権を握っていたそのじゃれ合いの主導権は、時間と共に俺へと移って行った。じゃれ合いがはじまってから三十分ほど経過した今では、地に体躯を横たえた黒狼に対して、俺のほうが上から攻めている。


 順調に事が運んでいるようだが、しかしこの時俺は焦りを感じはじめていた。その理由は、既に奥の手を何度か使っていることもあるが、疲れ知らずの黒狼に対して俺の息が上がってきたからだった。


「お前の体力は底なしか? 俺はもう疲れたぞ」


 身体強化魔法によって、体力の消耗は極限まで抑えられているはずだった。しかし、現実とは厳しいもので、その予測は裏切られる事になった。


 そもそも、俺の体に埋め込まれた余剰次元干渉装置、つまりは魔力の源になっている装置のエネルギー源は水素そのものだ。


 体内の水分に含まれる水素の質量を供給装置でそのままエネルギーに変換し、余剰次元干渉装置に送り込んでいるのだ。これは、かの有名な公式”E=mc2”に基づいたものである。


 いかにこの世界が容易に余剰次元に干渉できるとしても、魔法を使うためには魔力が必要であり、魔力はエネルギーと等価であって、それはエネルギー保存則に支配されている。


 つまり、魔法を行使するという事はエネルギーを使う事であり、そのエネルギーは仕事として消費される。そして仕事の効率が百パーセントになることは、物理的にあり得ないのだ。


 確かに、俺の体に張り巡らせてある魔力繊維の魔力伝導効率は百パーセントに近い。 しかし、それによって行使された身体強化魔法は、俺の肉体を介して黒狼へと伝わっている。


 そして肉体を介して伝えられる時に、かなりのロスが発生しているのだ。ロスが発生すればどうなるか? それは熱エネルギーとなって体外に放出される。その時に俺の肉体も当然温められてしまう。そしてその熱は俺の体力を奪っていくのである。


「くそッ、このままじゃマズイな」


 奥の手を使うことで、力では僅かに上回っているが、黒狼にこれほど体力があるとは思っていなかった。


「だけど、これくらいのことじゃ諦めないぞ」


 地球において、俺は多大な功績を成功という形で残している。しかしその成功の裏には、それ以上の失敗も経験しているのだ。


 そんな俺がこれくらいのことで音を上げることなどあり得ない。その自信は慎重すぎるほどに繰り返してきた思考実験と、それに基づいた万が一の時のための下準備に裏打ちされていた。


「まさか使うことになるとは思ってもみなかったが……」


 使い時は今しかないと、両手首の白銀に輝くブレスレッドに魔力を流し込んだ。その瞬間、腕力が飛躍的に上昇していく。


 そう、両手首に装備していたブレスレットは身体強化専用のブースターだ。奥の手第二段である。既に使っている奥の手第一弾は、魔力そのもののブースト作用だった。


 これはエネルギー変換路に最初から組み込んでいたもので、一時間程度の連続使用ならば安全性も確認してあった。しかし、ブースターというものは総じて効果時間が短く、リスキーなものだ。


 その例にもれず、腕輪型のブースターもその効果時間は一分強であり、急速に体力を消耗するリスクがあった。


「でも、リスクを負わなきゃ打開できないか」


 焦る気持ちをその意思で強引に抑え込み、勝負に出る。地に背をつけている黒狼の首筋にしがみ付いた。そこから体を回転して強引に黒狼を伏せの体勢に持っていった。頭部に両手を回して強固に固定し、起き上がろうとする黒狼の動きを上から制御する。


 残された時間は一分しかない。その間に黒狼を腕力で制圧しなくてはならない。そんな思いで気合を入れなおし、全力で黒狼を押さえつける。


「どうだ、参ったか!」


 そして時が過ぎ、ブースターの効果が弱まったのを感じ取ると、押さえつける力をフワリと弱め、黒狼の体から離れて座り込んだ。


 その瞬間、黒狼は立ち上がり、まだ遊び足りないと言いたげに俺の体を鼻先で押してくるが、既に俺の体力は尽きかけている。


「おいおい、まだお前は遊び足りないのか。俺はもう限界だよ」


 俺はそう言って、尚も押してくる黒狼の首筋を乱暴にワシャワシャと撫でる。そして黒狼はというと、体力を使い果たした俺に飽きたようにその場から離れてしまった。


「まぁ、はじめからいきなり上手くはいかないよな……」


 走り去っていく黒狼を見送るしかない不甲斐なさが心にしみる。完璧な計画を立てたつもりだったが黒狼の体力は予想のはるか上を行っていた。


 しかしだ。まだ完全に失敗したわけではない。黒狼は俺を敵認定しなかったのだから。


 そう考えて傷心しかけた気分を切り替え、じゃれ合いという名の力比べによって押し倒された雑草の上に大の字で体を投げ出した。光と音と熱と匂いを外側に向かってのみ遮断する結界を張ってひと眠りすることにしよう。


 今日の所は目的を達成するに至らなかったが、たった一回の失敗で諦めるような性分ではない。ファーストコンタクトで黒狼を騎獣にすることには失敗したが、まだ次の機会が巡ってくることを待てばいい。


 それというのも、小型探査機で観察していた時に分かったことだが、群れの上下関係が入れ替わるときは、本気で噛みついたりして命を懸けて戦うという事を、黒狼はしていなかった。


 何度も何度も力比べをし、次第に上下関係が形成されていくのである。本当はスマートに一回で決めたかったが、気持ちを切り替えて根気よく黒狼と向き合っていこうと、俺はこの時薄れゆく意識の中で決心したのだった。


「うだうだ考えるのはヤメだヤメ。また明日……頑張れば……いいさ……」

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