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第三十九話:異世界攻略第二幕終章~大陸一の巨大企業へ~


 アルガスト王国で俺が楽しんでいる間にラキもクロトも十分すぎる働きをしてくれたようだ。その成果如実に表れたのはシルベスト王国での店舗展開が進み三陽が過ぎたころだった。


 あまりに成果が上がったものだから、一つの問題が浮き彫りになっていた。それは、製品需要の増大に生産能力が追いつかなくなってきたのだ。贅沢な悩みだがこれに対処しなくてはならない。


「早く手を打たないとマズいことになるな」


 今現在は何とか各店舗からの要求に応えられているが、このままではじきに対応できなくなることが目に見えていた。その問題を解決するには大陸の北方に活路を求めるしかないだろう。


 大陸中央のエルト共和国とその西のシルベスト王国、東のターリャ王国の北方に隣接する三国のさらに北。そこには面積だけなら大陸一を誇るシリアンティムル帝国が覇を唱えていた。シリアンティムル帝国はいくつもの小国を属国としており、各属国には自治権が認められている。


 帝都は大陸の最北にあって、質実剛健を美徳とする武門の国である。国を治める貴族に腐敗はほとんど無く、貧しい国土にあってもなお、規律ある治世が成されていた。


 しかし、国土の貧しさはいかんともし難いようで、帝国民は主に林業やそれを加工する家具工房、産出量の多い鉄鋼業などに従事している。


 大陸が戦乱にあったときは主力の鉄鋼業が好調であったが、平和な今となっては武器の生産から農具や歯車などの機械部品、日用品に使う金具などの製造にシフトしていた。しかし、その需要だけでは国家を支えるには厳しく、林業や僅かな農産物を加えてなんとか国家としての体裁を保っている。


 製造拠点を求めているマサヤグループにとって、シリアンティムル帝国の環境は理想的だったのである。シリアンティムル帝国は貧しいながらも広大な土地を有しており、木材や鉄は近場でいくらでも調達できるのだ。これほど理想的な土地があろうか? というのが彼の地に目を付けた理由だ。



 ◇◇◇



 シリアンティムル帝国二十五代皇帝キルヒスハル・エルス・ディ・ミーア三世は、帝国宰相ライハイスハル公爵ら重鎮を集めて帝国の行く末を左右するほどに重要な会議を開いていた。質素ではあるが格調の高さが傍目からも分かる巨大な円卓を、皇帝と重鎮たちが重い表情で囲んでいる。


「皆に参集してもらったのは言うまでも無いことであるが、現在我が帝国は衰退の一途を辿っておる。このまま何も手を打たねば近い将来必ずや滅びの時を迎えるであろう。皆の忌憚無き意見を聞きたい」


 皇帝の問いかけに、集まった重鎮達は返す言葉が無い。誰もが皇帝が求めるものが何であるかは重々承知している。しかし、その求めに応じることが出来る者は誰一人としていなかった。会議場を静寂が支配することしばし、このままでは何もはじまらないと考えた宰相ライハイスハルがその静寂を破った。


「皆も知っての通り、我が帝国が衰退の一途を辿るは、先々代皇帝即位のころより続く寒冷域の南下と鉄鋼の需要減にある。農作物の収穫は年々減少し、今や我が帝国の自給率は五割を割り込んだ。鉄鋼業はこのところ回復の兆しを見せはじめているが、税収は減る一方だ。この苦境を乗り越えるためにも皆の知恵を借りたい」


 しかし、場には重苦しい空気が充満したままである。誰一人声を発せぬまま時間だけが過ぎていった。痺れを切らした皇帝キルヒスハルが席を立とうと肘掛に手をついたとき、一人の男が思い立ったように発言したのである。


「陛下、口に出すのも憚られる戯言でありますが……」

「良い、申してみよゾーゲンジル外務大臣」

「ハッ、数日前になりますが、ひとりの遣いが私のもとに参りまして、宰相殿との面会を求めたのでございますが、その内容がふざけたものでしたので追い払った次第で」

「その者はなんの申しておったのだ」

「ハッ、その者はネーザイカール地区の使用権を譲って欲しい。ついては宰相殿に面会したいと」

「譲ってくれとは増徴はなはだしいな。で、その者はなんという者の遣いか?」

「ハッ、マサヤグループ総帥マーサの遣いだと申しておりましたゆえ、報告した次第で」

「あの大商会マサヤグループか。ライハイスハル、その話は聞き及んでおるか?」

「はい、確かにゾーゲンジル殿より」


 皇帝キルヒスハルは、目を閉じて眉間にしわを寄せ、少し考えた後口を開いた。


「宰相ライハイスハルに命ずる。マサヤグループ総帥マーサに面会して用件を聞き出せ。用件が我が帝国に仇成すものであった場合は交渉を以てこれを覆し帝国に益成すよう差し向けさせよ。我が帝国に益成すものであった場合は全面的に協力せよ」

「ハッ、勅命、受けましてございまする」



 ◇◇◇



 新たな製造拠点の確保へ向けて即座に行動を起こすことになった。帝国へ遣いを送り、帝国宰相との面談を求めたのである。しかし、その要求は一度あっさりと門前払いにされてしまった。ところがその数日後、今度は帝国宰相側から面会したいと連絡があったのだ。


「なにか問題でも起こったのか?」


 とにかくこれはチャンスだ。そう思って体裁を整えるためにクロトと数名の護衛を引き連れて帝国へと乗り込み、帝国の宰相を務めるライハイスハル公爵に直談判した。


 この頃になるとマサヤの名声は大陸中に届いており、ライハイスハル公爵との交渉はスムーズに進んでいった。マサヤの巨大製造拠点をネーザイカール地区に築きたいという申し出は、もろ手を挙げて歓迎されることになった。


 たかが一メーカーの製造拠点を作るだけで、もろ手を挙げて歓迎されるとは大げさなと考えるかもしれないが、ライハイスハル公爵に提案したその規模は、一つの街を凌ぐほどに巨大なものであり、その周辺産業まで考えると、一都市が形成されるほどだった。


「この計画は確実なんだろうな」

「それはもちろん」

「ならばよし。帝国はマサヤを歓迎しよう」


 交渉の結果要求は受け入れられ、帝国本土と属国の境界付近に広がる広大な荒地が、帝国により無料で貸し与えられることになった。帝国にとってマサヤの製造拠点を招き入れることは、それほどに魅力的なものだったのだろう。


 一万人規模の職人やその他従業員の雇用、彼らが連れてくる家族や周辺産業の発達を考えると、十万人規模の小都市が形成されることになる。そこからもたらされる税金だけでも無視できない莫大な金額になるはずだ。


 さらに、周辺産業が発達するということは、マサヤ以外にも大量の雇用が確保できる。それは現在帝国で職にあぶれている者たちにとって何よりの吉報となるだろう。


 もちろん製造拠点の建設はマサヤが全額負担するが、すでにマサヤの手持ち資金は拠点を建設しても釣りが来るほどに膨らんでいるのだ。


「クロトとラキが頑張ってくれたからな」


 この時点で、マサヤグループは大陸最大のメーカーであり商会に成長していた。その規模は五十を超える製造拠点と三千を超える小売店、流通基地や各国の管理事務所などを合わせると二十万人規模の巨大企業である。


 僅か一年半でこれほどの規模にまでマサヤグループを成長させることが出来たのは、大胆すぎる成長戦略もさることながら、アトロやクロトの力によるところが非常に大きく、また、懇意にしているジーニャ商会や、各国の有力者たちの協力を得られたことが、その大きな要因だろう。


 それはさておき、俺はライハイスハルとの交渉を終えると即座に拠点の建設予定地を下見し、すぐさま建設に着手したのだった。シリアンティムル帝国の巨大製造拠点の完成予定は半年後である。



 帝国のライハイスハル公爵との交渉を終えて約二陽、俺がこの世界に転移して一年半が経過したころ、マサヤ本社ビルの総帥室にはグループの重役たちが顔をそろえ、とある問題について議論していた。


「ぬしさま、シルベストの各店舗から商品が足りないから早く送ってくれって催促が入ってるよ」

「ラキ営業統括部長、ここでは総帥と呼んでくれとあれほど」

「分かったよ、ぬしさま」


 まったく分かっていないラキであるが、彼女はリリルリーリたちと広報部隊として芸能活動を続ける傍ら、マサヤグループ営業部門の責任者として二役を任されていた。


「総帥だ……それはいいとしてクロト専務、製造部門からの回答はどうなっている」

「分かっておられるでしょうに。すでに三交代制を敷いていますが一杯一杯です」


 クロトは秘書官の任を解かれ、製造部門と警備部門の責任者として二役をこなしていた。


「マーサ、製造部門の強化は待ったなしの状況ですの。このままですと計画に支障をきたすどころか、とん挫する可能性も出てきますが」

「ええい! 総帥と呼べと言っているだろう。 まぁいい。すでに新たな製造拠点の建設予定地は決まっているし、建設も進んでいる」

「それは分かっております。職人は確保できそうですの?」

「…………」


 アトロは転移してきた屋敷を拠点に進められてきた計画に目途が立ったところで、IALAたちに計画の推進を任せ、俺と行動を共にするようになっていた。彼女のマサヤグループ内での地位は副総帥であり、秘書的な仕事も一手に引き受けている。


 それはさておき、大陸全土を対象に実施した募集における魔工職人の応募が少ない。とは言っても数百人規模の応募はあるのだが。その理由は分かっている。マサヤが不人気なのではなくて、大陸に存在する魔工職人の絶対数がすでに足りていないからだ。


 マサヤが大陸全土にその勢力を拡大すると同時に、製品を製造する工房も数を増やしていったが、魔工職人の数にも限りがあって、増え続ける製品需要にとうとう供給が追い付かなくなってきた。魔工職人不足を打開するために、様々な方策をいくつか考えてその実現性の可否を検討しているが、これといった打開策はまだ見いだせていない。


「IALAを投入するのは不味いよな? アトロ」

「全個体を投入すれば恐らく問題は解決しますが、当初からの計画がストップしますの」

「そうだよなぁ……しょうがない。拠点を建設する間に新人を教育するか」

「誰が教育するんですの? 当社の魔工職人たちはすでに生産対応で手一杯ですよ」

「そこなんだよな~」


 俺もある程度の経営学を学んではいるが、職人不足という問題は早々克服できるとは思えなかった。しかし、考えあぐねているばかりでは先に進むことは出来ないし、何も解決しない。


 シリアンティムル帝国の巨大製造拠点はあと約三陽で稼動できる状態になる。よってそれまでに魔工職人を育て、その数を増やさなければならないことは不可欠だった。


 ならば早いうちに手を打っておかないと、後の計画に支障をきたすことは目に見えている。今までの魔工職人の在り方を変えて行くしかないのかもしれない。


「仕方がない。現在うちで働いている魔工職人の配置転換を考えるか。クロト、各工房から二、三人ずつ教師役をリストアップしてくれ」

「どのようにするおつもりで?」

「ああ、募集する人員を魔工職人以外にも広げる。そしてその人員に職人になってもらう」

「魔力の強弱は問わないということですか?」

「良く分かっているなクロト、その通りだ。魔力が必要な仕事とそうでない仕事を分けようと思う」


 魔工職人は一定値以上の魔力保持者でないと務まらない。それは、魔道具の製造工程に魔力を使用する工程があるからでり、魔道具工房で働く魔工職人の数には限りがあるのだ。


 魔力をそれほど持たない通常の職人たちに魔力を必要としない工程を任せ、魔工職人は魔力を使う工程のみを任せることで、魔工職人の不足を補おうと考えた。それはいわゆる工程の分業化だった。


 当然、今まですべての行程に関わっていた魔工職人からの反発もあるだろうが、そうでもしないと増え続ける製品需要に製造が追いつかないのだ。


 魔工職人の不満は待遇を良くすることで解消すれば、さほど問題にはなるまい。れでも魔工職人の頭数が足りないという問題は残るので、魔力が基準値に達している者は将来の魔工職人として教育していくべきだろう。


 さらに教育役となった魔工職人には、魔力を使わない工程を担当する通常の職人の教育も必要になってくる。教育役の魔工職人の待遇は、通常の魔工職人よりもさらに上げる必要があるだろう。


「アトロ、話のとおりだ。募集する職人の職種をクロトと詰めて早速募集をかけてくれ」

「了解、マーサ」

「総帥だ」

「ねぇねぇぬしさま。わたしたちも何かやった方が良いかな?」

「総帥だと何度言えば……悪いがラキたちはしばらく営業活動を控えてくれないか」


 ついつい本音が出てしまい、頬を膨らませ唇を突き出してむくれて見せるラキ。


「そう怒らないでくれ。何もするなと言ってはいない。ラキたちにしか出来ない役割を考えてある」

「営業をする代わりに代理店を周って当分の間製品の入荷量を抑えてくれるよう、代理店を説得してもらいたい。なんなら彼らを歌と踊りで接待してもいいぞ。これはお前たちにしかできない重要な役目なんだ。なっ、やってくれるか?」


 むくれていたラキは、彼女たちにしかできない歌と踊りで接待するという重要な役目と聞いて、とたんに機嫌を直して喜色を浮かべた。


「分かったよ、ぬしさま。わたしたちが説得して回るんだね」

「総帥だ。ファンヴァストのジーニャ商会は俺が説得するから、ラキはそれ以外の代理店を回ってくれ」


 こうしてマサヤの成長計画の最終章の幕が上がったのである。


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