表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/74

第三十六話:シルベスト王国を攻略せよ~科学者のペテン~


 ラキたちマサヤ歌劇団の歌と踊りに大いに満足した国王から褒美が与えられることになった。俺はこれを好機と見て、マサヤのシルベスト王国内営業権を褒美として獲得すべく交渉を開始したのである。


「予は十分に満足した。欲しいものを申せ」

「僭越ながら申し上げます。その前に、彼女たちをくつろげる場所に下げてもよろしいでしょうか」

「よいよい、大義てあった。下がることを許す」


 国王の許しを得てラキたちがいそいそと謁見の間から退場したタイミングを見計らい、話を続ける。


「それでは私どもの希望を申し上げます。私どもが所望致しますのは、シルベスト王国内での営業権にございます」


 国王は俺が望んだ褒美の内容を聞き、不思議そうに首をかしげた。


「営業権とはこれいかに。予はそちの所の品を使うておるぞ?」

「その品は私どもが代理店として契約しておりますジーニャ商会経由、またはシルベスト王国国内の商会がエルト共和国にて買い求めた品にございます」


 国王は俺の説明に「ウムウム」と頷いている。そしてヘッセンサーヴェスト侯爵の顔を探して見つけると、安心したような顔で問いかけた。


「そうだったか。ヘッセンサーヴェストはどう思うか」

「恐れながら申し上げますれば、その要求は如何ばかりか度が過ぎておりまする。聞くところによればマサヤは大陸全土を相手に商売するほどの規模があり、我が国に進出しますれば我が国の商人たちが立ち行かなくなる恐れがありまする」

「ふむ、宰相はどう思うか」


 国王は宰相が中座したことに気づいていない。すかさず玉座の後背に控えていた近衛騎士が国王に耳打ちをする。


「そうだったか、あ奴は忙しい身ゆえ仕方あるまい……ならば、ルディーバルシストはどう思うか」

「恐れ多くも申し上げまする。ヘッセンサーヴェスト侯の心配は尤もなれど、我が国の商人がその程度の事で立ち行かなくなるとは思えませぬ。マサヤの進出はかえって国内を豊かにする利の方が多き事かと愚考する次第で」


 ルディーバルシスト公爵の見解を黙って聞いていたヘッセンサーヴェスト侯爵の顔色がみるみる紅潮していく。そして、とうとう口を出してきた。


「何を仰るルディーバルシスト公。陛下、そのような戯言、お聞きになさいませぬよう」

「これはこれは侯爵殿、随分な焦り様。マサヤが進出することで貴公に何か不都合でも? 聞けばマサヤは来訪のおりに夜襲を受けられたと耳にしておるが、まさか貴公の……」

「ルディーバルシスト公! 我を侮辱なされるか!!」

「ほう、そのようなことは誓って無いと――」


 しかしルディーバルシスト公爵も負けてはいないようですかさず反撃に出た。この反撃が二人の言い争いをエスカレートさせていった。俺は自分が言い出した要望が想定外の言い争いを呼び込んだことで、しばらくはその成り行きを観察することにした。


 ヘッセンサーヴェスト侯爵とルディーバルシスト公爵の言い争いが思わぬ方向に発展していく中俺は、これを好機と見るべきか、それとも作戦の足かせと見るべきか慎重に思考を重ねていった。


 もともと公演の後、ルディーバルシスト公爵の権力を頼って侯爵との交渉の場を設けてもらう腹づもりでいた。ヘッセンサーヴェスト侯爵とルディーバルシスト公爵は犬猿の仲であることは確かだ。


 より身分の高いルディーバルシスト公爵の権力を使えば、ヘッセンサーヴェスト侯爵との交渉までは持ち込める計算だったのである。しかし、今の状況は公の面前でヘッセンサーヴェスト侯爵にマサヤ襲撃の嫌疑が投げかけられたに等しい。


 普段暇を持て余している王侯貴族は、このような話が何よりの楽しみであることは古今東西を問わず、この世界でも通用する可能性が高い。


 現に、国王やその他の王侯貴族たちは二人の言い争いを興味深そうに聞いている。ならば、この状況を利用しないのは愚策ではないのか? それとも、出過ぎた真似をして王侯貴族の不興を買ってしまわないか?俺は慎重に検討を重ねた結果、打って出ることにした。


『アトロ、至急頼まれて欲しいことがある。夜襲の様子を記録した動画の血生臭い部分をカットしてくれ。それから、スターシア商会の幹部とヘッセンサーヴェスト侯爵執事の会話、侯爵と執事の会話、侯爵執事と武装集団の接触の様子を五分程度にまとめてくれ。最後に、ラキに預けてある小型探査機でその映像を投影したい。トリガーは俺が出すからそれに合わせて上映を頼む』

『了解マーサ。二分で仕上げます』


 謁見の間、俺は中央にひとり跪き畏まっていたが、言い争うルディーバルシスト公爵とヘッセンサーヴェスト侯爵の言葉が切れるタイミングを見計らって打って出た。


「議論中恐れ入ります」


 言い争うルディーバルシスト公爵とヘッセンサーヴェスト侯爵の様子を、よほど暇なのだろう興味津々の面持ちで見守っていた国王やその他王侯貴族たちが、議論に割って入った俺に注目する。


「発言の許可を頂きたく、国王陛下に申し上げます」

「許す。良きに計らえ」


 国王の許しを得た俺が立ち上がる。そして壇上の王国貴族ら重鎮たちを見渡すと、右腕を腹の前で折り、気障なお辞儀をしてみせた。


「では、お集まりの皆様に一つ余興をお見せ致しましょう。一部この場にそぐわない不快なものが含まれるかもしれませんが、ご容赦いただきたく」

「良い良い。早う見せよ」


 国王は余興と聞いて喜色を浮かべている。俺はうつむき加減で左の三本指を額に当て、右手を天に向けて突き出した。


「我は求める。かの地にあまねく偏在し英霊精霊よ、我が意識に同調せよ。我が意を汲み取りてその存在を示せ。暴け、晒せ、顕現せよ。時を越え、距離を超え、在りのままを示せ。光の精霊よ、時の精霊よ、この地へと降り立ち我が望みを叶えよ」


 しなくてもいい即興で考えた詠唱を終えた俺は、天に突き出した指をパチリと鳴らす。その音を合図にアトロが小型探査機から、編集済みの映像を投影した。


 それは奥行がある等身大の三次元立体映像だった。同時に映像に同調した音声が再生される。完全に観客と化した国王や貴族たちからはどよめきが上がり、映し出された映像にくぎ付けになった。


 映像はスターシア商会の幹部がヘッセンサーヴェスト侯爵の執事と話している様子からはじまり、執事と侯爵、執事と武装集団、俺たちへの夜襲の順で再生されていった。


 音声は増幅されたうえでノイズが取り除かれ、クリアなものとなっていた。俺はポーズを決めながらも、心の中でアトロに喝采を送っていた。


 映像が進むにつれてヘッセンサーヴェスト侯爵の顔色が蒼白なものへと変わり、ルディーバルシスト公爵は嫌らしい笑みをその顔に湛えたのである。ルディーバルシスト公爵は映像の投影が終わると同時に、わざとらしい顔を作って攻勢に出た。


「これはどういうことですかな? ヘッセンサーヴェスト侯」

「こ、こ、このようなまやかしは事実ではない!」


 顔面を蒼白にしたまま、事実無根であると主張するヘッセンサーヴェスト侯爵。その様子を見ていた国王が不機嫌そうな顔で正直な感想を口にした。


「なぜそのように慌てておる。法務大臣、どう思うか」


 国王の口調は、その顔と同様に不機嫌そのものだった。


「国王陛下、恐れながら申し上げます。今見たものがもしも事実であるならば、ヘッセンサーヴェスト侯爵は我が国の法に基づき処罰されなければなりませぬ。しかし、これだけでは幻かどうかの判断もつきかねますれば、取調べと調査が必要かと存じ上げまする。侯爵は一時その身分と権限を預かりの上、自領にて謹慎なさるがよろしいかと」


 法務大臣は一応ヘッセンサーヴェスト侯爵に気を使ったのだろう。調査の必要性と、自領で謹慎するという逃げ道を用意したが、ルディーバルシスト公爵はそれに異論を唱える。


「法務大臣、それでは甘いのではないか? 一時拘束してでも身の潔白を証明させるべきである!」


 ルディーバルシスト公爵はこの好機を逃してなるものかと唾を飛ばしながら訴えかけた。そして、しばし黙考した法務大臣が俺に問いかけてきた。


「マーサ殿、貴殿に問いたい。今のは見たことも無い魔法のようであるが、説明してもらえるかな」

「分かりましたお答えしましょう。今皆様方がご覧になった映像は遠見の魔法と過去見の魔法を合わせた私オリジナルの魔法にございます」

「幻影ではないのであるな?」

「もちろん事実にございますが」


 もちろん俺の魔法だという発言は真実ではない。科学というチートを使ったペテンである。そして、ペテンではあるが法務大臣にそれを知るすべなど存在しないし、映像は事実である。


「では、証明できますかな」

「分かりました。証明して御覧ぜましょう」


 二度目の詠唱は陳腐になると考えた俺が、無言で指をパチリと鳴らす。すると、先ほどと同じように立体映像が投影された。今度の映像には法務大臣が映っており、仕事帰りの馬車の中で宰相に対する陰口をたたいている場面が再生された。


「分かった分かったもう良い。頼むから止めてくれ」


 俺はこのとき、当たり障りのないシーンを再生していた。法務大臣を陥れてしまっては収拾がつかなくなってしまうからだ。


 陰口程度ならば、相手には嫌われるだろうが、王族に対するものなどではない限り問題視されることは無い。それでも映像を見せた効果は絶大で、法務大臣は完全にヘッセンサーヴェスト侯爵に関する映像を証拠として採用せざるを得なくなったようだ。


「法務大臣、今のは真実であるか」

「ハッ、国王陛下。真に恥ずかしながら事実であり、マーサ殿の魔法が幻影でないことの証明でもあります」


 法務大臣が身を以って映像の信ぴょう性を証明したことで、割と呑気にヘッセンサーヴェスト侯爵の証拠映像を楽しんでいた貴族たちに緊張が走った。


 それは、下手に俺を刺激すると自分の悪事が暴かれると悟ったからだろう。この場に集まった侯爵を除く貴族全員が、ヘッセンサーヴェスト侯爵が行った悪事の証人になったのである。既に彼を擁護しようとする存在は、この場には誰一人としていなかった。


 再生された証拠映像の真贋が法務大臣によって確かめられたことにより、ヘッセンサーヴェスト侯爵は反論の余地もなくがっくりと肩を落としてその場にうずくまってしまった。


 いくらシルベスト王国の王侯貴族が腐敗していようと、ここまではっきりとした証拠を、これだけのメンバーの前でさらけ出せば言い逃れはできない。国王によって拘束を命じられたヘッセンサーヴェスト侯爵は、近衛騎士に両肩を担がれて謁見の間を退場したのだった。


 国王が退席したことによって、いつの間にか戻って来ていた宰相により謁見の終了が告げられた。


 俺は、ヘッセンサーヴェスト侯爵のルディバルシスト代役を買って出たルディバルシスト公爵と営業権の交渉を行うことになり、ファンヴァストと共に謁見の間を後にしたのである。


 思わぬ展開から最良の結果を導き出した俺であるが、このときは喜びよりも安堵の感情のほうが大きかった。それは、いくら腐っていようと王侯貴族だらけの謁見の間で、一人の大貴族を失脚させるという大仕事を成し遂げたからに他ならない。


 あまり身分を気にしない出来た貴族や王族相手ならば気楽に対応できるが、シルベスト王国の王侯貴族は選民意識の固まりそのもののようだ。いっそのこと全員と敵対して全滅させようかとも思ったが、それでは大いなる混乱を招き、かえって俺の目論見が遠のく結果になるだろう。



 その夜はどっと疲れが出た俺だったが、翌日にはルディバルシスト公爵を相手にマサヤ進出の交渉の場に赴いた。交渉の席にはファンヴァストとクロトのみを同行させており、その他の関係者には一日の休暇を与えている。


 対してシルベスト王国側の出席者は、ルディバルシスト公爵とヘッセンサーヴェスト侯爵の下で実質的に営業権の管理を行っていた高級官僚だった。


 ただし、高級官僚といっても汚職とコネによってその地位についている貴族であり、実質的な仕事は彼の部下たちが行っていることは既に調査済みだった。


 だからと言って、ヘッセンサーヴェスト侯爵には気の毒であるが、彼の汚職を暴いたりする心づもりはない。 それは下手な正義感から一部の者にだけにそんなことをしても、混乱を招くだけだからである。


 尤も、取調べによってヘッセンサーヴェスト侯爵の口から彼の名前が出てくる可能性は高いのであるが、そんなことまで心配してもはじまらないと、交渉をはじめたのだった。


 そして交渉の結果は、ルディバルシスト公爵の力によって今日のシナリオはマサヤ進出の方向で既に決められていたこともあり、俺は相槌を打ちながら書類にサインしていくだけだった。


 多少チートな方法を使ったが、思いもよらなかった展開とアトロのフォローによって侯爵が失脚し、マサヤのシルベスト王国進出計画は、成功という形で事実上の決着を見せた。


 俺は呆気なく終わった交渉の席を後にし、余った時間を使って久しぶりの余暇を満喫し、同じく王都で観光やショッピングを楽しんだラキたちを引き連れてエルト共和国へと戻ったのである。


 こうしてマサヤはシルベスト王国へと進出し、その勢力圏を一段と広げていくことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ