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第三十五話:シルベスト王国を攻略せよ~主役はマサヤ歌劇団~


 五十名に及ぶ武装集団の夜襲を難なく返り討ちにした俺とクロト率いる護衛部隊。これでようやくアトロからの報告が聞ける。賊共の死体と流れ出た血の事後処理をクロトに一任した俺は、岩陰――とは言っても深夜なので影は射していない――でアトロとの通信を再開した。


『敵は排除した。報告を聞かせてくれ』

『見ていました。犠牲が出なくて何よりですの。侯爵についての調査結果ですが――』


 アトロの報告によると、スターシア商会の幹部とヘッセンサーヴェスト侯爵執事の会話、及び、その執事とヘッセンサーヴェストが会話をしている様子が確認できたということだった。


 ただし、どちらの会話もヒソヒソ話であるため、音量が極めて小さく聞き取りにくいとの事だった。俺は即座にその様子を撮影した動画を携帯端末にダウンロードして確認をはじめる。


『なるほど、これで夜襲の首謀者がスターシア商会と侯爵である証拠はつかめたが、聞き取り難過ぎるな…… アトロ、音声を増幅した上でノイズフィルターを通してくれないか』


 動画と共に録音されていた音声は、神経強化された俺やアトロの耳には会話の内容が聞き取れるが、この世界の者では、よほど神経強化に優れた者でない限り、会話の音量が小さく、また、ノイズに隠れてしまっている。聞き取れるレベルではなかった。


 アトロは即座に動画ファイルの音声部分を増幅してノイズフィルターに通し、俺が視聴できるようにサーバー上にアップロードしてくれた。


『いい仕事だアトロ。これで交渉を有利に進められるよ』


 アトロによって補正された動画を携帯端末で確認し、満足した表情で頷いたのである。あとは交渉の手順を組み立てて、その時のために準備をするだけだった。


『引き続き情報の洗い出しを進めてくれ。また連絡する』

『了解。マーサ』


 アトロとの通信を終えた俺が馬車に戻ったころには、死体の処理がすでに終わっており、クロトも尋問を終えて戻って来ていた。馬車の周りに溜まっていた賊共の血は全て処理されており、つい半刻ほど前にここで血生臭い戦闘が行われたことなど分からなくなっている。


「何か聞き出せたか?」

「侯爵につながることは何も。執事の名前すら聞いていないようです」

「それは正確な情報だろうな?」

「ええ、脳波を監視しながら尋問しましたから間違いありません」


 クロトがどれだけむごい尋問をしていたのか、俺は想像しようとも思わなかった。きっと、賊のリーダーはこの世の地獄を味わったことだろう。


「さすがは侯爵といったところか。頭は悪くないらしい……が、アトロから有益な情報を仕入れることが出来た。交渉は問題ないだろう」

「申し訳ありません」

「なに、謝ることは無いさ。お前は最善を尽くした」

「そう言っていただけると助かります」

「ところで、捕えた賊はどうした?」

「捕縛したまま放置してありますが。殺しますか?」

「いいさ、放っておけ。のたれ死ぬも生きながらえるも奴らの力次第。俺には関係ない」

「禍根を生みませんか?」

「俺たちの実力は身に染みているはずだ。気にする必要は無いし、たとえ悪さをしてきたとしてもまた返り討ちにすればいいさ。それに、奴らは金にしか興味がないだろうし、お前の尋問を受けたのなら精神崩壊していてもおかしくないしな。正気だったとしても再度歯向かう気は起こさんだろう」

「主殿がそう仰るのであれば……」


 クロトは心配そうな顔をしているが、戦意を失った者にわざわざとどめを刺すような趣味はない。


 襲撃の一夜が明け、移動を再開した俺たち一団は、トラブルに見舞われることなく予定通り陽が沈む前に王都に到着した。シルベスト王国有数の高級ホテルで一泊し、翌朝王宮へ向けて馬車を進めたのである。


 ラキたちIALAを除いたこの世界の住人である販売員たちは、はじめて泊まる高級ホテルに王宮での公演の事も忘れていたく感動しているようだった。俺は喜ぶ販売員たちの様子を見て、彼女たちの緊張が良い具合にほぐれていることを確認し、このホテルを選んで正解だったと安堵したのである。


 俺たちが宿泊したホテルが面する大通りはシルベスト王国王都の商業地にあり、豊かな国だけあって立ち並ぶ商店や通りには人があふれ、賑わいを見せていた。


 馬車は石畳で舗装された大通りをゆっくりと進み、販売員たちは窓を開けて賑わう商店の様子を、キラキラと瞳を輝かせて眺めている。ファンヴァストも完全に観光モードであり、何度もここには来たことがあるだろうに車窓から見える人波を見て楽しんでいるようだ。


 公演が終わって交渉がはじまれば彼女たちは暇になるので、特別ボーナスでも出してクロトに護衛を任せ、王都観光を兼ねたショッピングでもさせようと俺は考えている。


 そうこうしているうちに、王宮へと通じる大門に到着した俺たち一団は、門衛の兵士に国王の召喚状を提示して、馬車に乗車したまま護衛を残し王宮内へと入場した。護衛たちは、門衛によって護衛専用の待機場所へと案内されたが、クロトだけは秘書官として俺に同行している。


 王宮は大陸一の大国と言うだけあって、その敷地は広大であり、宮殿が彼方に小さく見えていた。大門から宮殿へと続く道は白くて平らな石を敷き詰めてあり、凹凸がほとんどない非常になめらかなものだった。


 その道を馬に乗った案内役の兵士二名に先導されてしばらく進むと、円形の広場があり、中央には巨大な噴水を備えた泉が設けられていた。ちょうどその噴水が大門と宮殿の中間であり、俺の見立てでは大門から宮殿までの距離は一キロメートル強だった。


 馬車は巨大な石造りの宮殿正面まで来ると右に曲がり、来客専用の駐車小屋へと入場したのである。


 馬車から降りた俺たちは、駐車小屋で待ち受けていた別の案内係に連れられてロビーのような休憩スペースに通され、そこでしばらく待っていると、さらに別の者に大部屋へと案内された。


 大部屋には五十名ほどが座れる白く豪華で巨大な長テーブルがあり、そこには既に昼食が用意され、給仕を担当するメイドが十名ほど待ち受けていた。出された料理はいずれも美味であり、給仕も丁寧で俺たちが王宮には歓迎されていることが伺い知れる。


 昼食の後、俺たちは待機するための大部屋へと通され、公演を行う販売員たちは衣装に着替えるために、隣接する別の部屋へと移動していった。


 このときのラキの張り切りようは、見ているこちらが圧倒されそうなほどだった。ラキにとっては、どれほど身分が高い観客が相手だろうと緊張するということは無いようである。


「あの娘は肝が据わっておるのう」

「俺が見込んだ優秀な部下だからな」


 俺はファンヴァストとその秘書官、それにクロトと共に王宮の案内役とたわいもない会話をして公演の時間が来るのを待っていた。その間に会話をしながらも脳内で公演終了から交渉に至るまでの詰めを行っていたのである。当然、あの後アトロからもたらされた別の情報も網羅している。


 そしていよいよ公演の時間となった。俺とファンヴァストは先に会場となる謁見の間の隅へと通されており、与えられた椅子に座って販売員たちが登場するのを待っている。


 謁見の間は、奥の壇上に玉座があり、そこには国王のセレブリニアスが今や遅しと公演を待ちわびているようだ。玉座の後背には后や王子王女が並んで座っており、その脇には宮殿の上層部が十数名立っていた。


 俺の事前調査によると、宰相、軍務大臣、財務大臣、にルディーバルシスト公爵とヘッセンサーヴェスト侯爵、その他十名ほどの貴族が並んでいた。俺とファンヴァストの位置は入り口大扉の横の方である。クロトとファンヴァストの書記官はその後ろに立っており、四人の両脇には監視の兵士が二名ずつ付けられていた。


 当然であるが帯剣は許されていないので、トレードマークとなっている覇者の剣は余剰次元に隠している。


 さほど待つことなく大扉が開かれると、様々な色彩に彩られた魔女娘スタイルの販売員たちがラキを先頭にして入場してきた。


 彼女たちは広間の中央に二列で整列すると、膝をついて頭を垂れた。その一連の動きは日頃から訓練――通常は跪かないが――しているだけあって、見事に調和している。


「おお、おお、よくぞ参った。面を上げてその顔を見せてくれ」


 国王の許しが出たことでラキが顔を上げる。そして、一拍を置いて残りのメンバーが一斉に顔をあげた。


「国王さま、われらマサヤ歌劇団による歌と踊りを存分にご堪能くださいませ」


 最近では、ラキは自分たちのことを歌劇団と称しているが、芝居を行っている訳ではない。クロトによると、単に語呂がよく呼びやすいからそう呼んでいるだけらしい。


 スクッとラキが立ち上がり、遅れて立ち上がった販売員たちが広間に等間隔に広がると、右手を天に掲げたラキがパチリと指を鳴らした。


 同時にどこからともなく音楽が奏でられる。楽隊もいないのに音楽が奏でられている不思議な状況に、国王たち観客は不思議そうにしていたが、次第に、その独特の音色と聞いたことも無い異国情緒あふれるメロディーに、国王たちの表情が明るくなっていった。


 このカラクリの正体は、インビジブルシールドを展開して、人の目では見えないようになっている小型探査機から奏でられるカラオケなのだが、ラキは歌劇団員たちに魔法であると説明している。しかも、音楽を奏でる小型探査機はラキたちを四方から取り囲むように配置されており、臨場感溢れるステレオ演奏となっていた。


 奏でられているメロディーは二十一世紀の地球で流行したものなので、この世界の住人が聴いたことがないのは当然である。


 音楽がはじまると同時に歌劇団員たちがダンスをはじめ、中央にいるラキとその横に出てきたリリルリーリがデュエットで歌いはじめたのであるが、その透き通った声質と独特のメロディーに国王たちは聴き入ってしまっていた。


 俺たちの横にいる監視の兵までもが、仕事を忘れてラキたちの歌に聴き入り、ダンスに見入っている。 異世界――地球――で人気を博していたポップなメロディーと軽快なダンスは、この世界の人々にはあまりにも新鮮であり、また、衝撃的だったようだ。


 そして一曲目が終わると、セレブリニアス国王が立ち上がって興奮した面持ちで大きな拍手をラキたちに送った。それに続けて後背に控える観客たちも、称賛――聞き取れないが――と拍手を送っている。十分な拍手と賞賛を貰って機嫌がよくなったのだろう。ラキは決めのポーズを解いてセレブリニアス国王に語りかけた。


「国王さま、私たちの歌と踊りにはまだ続きがあります。ご覧になられますか」


 本来は一曲だけの予定だったのだが、機嫌を良くしたラキが調子に乗った形だ。しかし、その問いかけに国王は興奮気味に喜色満面で応えた。横の方で宰相が少し渋い顔をしているが、それほど嫌そうではなく、あきらめ顔である。


「良きに計らえ。予はまだ聴いていたい」


 こうして続けられたラキたちの公演は、半刻ほど予定をオーバーして終了したのだった。


 もともとここに集まった連中は、宰相を除いてほとんどが暇を持て余している存在なので、終わると思っていた彼女たちの公演に続きがあったことに大層喜んでいた。


 まともな仕事をしている宰相だけが中座したが、国王をはじめとした王侯貴族たちは一名を除いて存分に公演を満喫したのだった。座していた者たちは再度立ち上がり、一曲目よりも大きな拍手と喝さいを長時間送り続けていた。いわゆるスタンディングオベーションである。


「見事な余興だった。これほどの歌と踊りは予もはじめてである。何か褒美をとらせようぞ」


 ここからが俺の時間だ。


 都合が良いことにセレブリニアス国王が褒美をくれるそうである。歌と踊りが終わって跪くラキたちの横まで歩いた俺が、同じように跪き口上を述べる。


「国王様に申し上げます。今宵は我がマサヤ歌劇団の公演をご覧じあそばせられましたこと、恐悦至極に存じますれば、褒美まで賜れりし幸せ、我が最大の喜びと存じ上げます」

「よいよい、楽に致せ」

「ハッ」

「そちがマサヤの代表であるか?」

「ハッ、マサヤ代表を務めます平沢昌憲と申します。皆にはマーサと呼ばれております」

「そうかそうか、そちが英雄マーサだったか。予は十分に満足した。欲しいものを申せ」

「では、僭越ながら申し上げます――」


 こうして、俺のマサヤ進出作戦の幕が上がったのである。

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