第三十三話:シルベスト王国を攻略せよ~科学者と満ち足りた大国
プチ冒険でリフレッシュした俺は、総勢五十名を越えるマサヤ関係者を引き連れてキャラバンを組み、エルト共和国の西にある大国、シルベスト王国へと向っていた。目的は、同国へマサヤが進出するための営業権を勝ち取ること。
シルベスト王国はターリア川が海に流れ出る河口を有し、暑すぎず寒すぎず一年の気温変化が少なく、かつターリア川からもたらされる豊かな土壌とが相まって、大陸一の農産国であり、その他の産業も発展した豊かな国だ。
その豊かな産業や農産物を背景に、王侯貴族たちはこの世の栄華を満喫しているのであるが、国が豊かすぎる分貴族らの腐敗が進行していた。中には善政をしく貴族もいるが、大半の貴族が何がしかやましい事に手を染めている。
シルベスト王国の税率は他の周辺諸国とそれほど変わらない。貧しい国と比べれば安いくらいだ。それでも、国民などから納められる税金の総額は他国の追随を許さず、腐敗と金にまみれた治世にあっても、国民の不満は少ないという、恐ろしく特殊で恵まれた国家である。
そして、豊かで腐敗が進んだ治世は極端なまでに保守的なものとなっており、それがシルベスト王国へのマサヤ進出を阻んでいた。
しかし、シルベスト王国にはマサヤの製品が数多く流通している。それはシルベスト王国で商いを営む商人たちが、マサヤの製品を大量に持ち込んでいるからだった。
彼らは人気があるマサヤの商品で暴利を得ているのだ。それでも、製品が売れているのであれば、わざわざ無理をして進出することを考えないでいいと思うかもしれないが、直売のメリットは捨てがたく、なんとしてもマサヤをシルベスト王国に進出させたいと考えている。
シルベスト王国をどう攻略するつもりでいるのか、それは数日前のファンヴァストとの話に遡らなければならない。
『あの話は受けないとダメか』
『シルベストで商売をしたいと言うたのはお前さんだろうに』
あの話とは、ラキやリリルリーリ、その他のデモンストレーションを担当する販売員やIALARWを、シルベスト王国に連れて行くということである。
シルベスト王国での営業権利を獲得するための交渉に、なぜ彼女たちを連れて行かなければならないのか?
その理由は、現在彼女たちが置かれている極めて特殊な状況にあった。アトロに用意させた製品拡販宣伝用の衣装が人気を呼び、マサヤの製品として売りに出されている。その後を追うように、宣伝を行う彼女たちにも脚光が浴びせられていった。
今やラキを筆頭とするマサヤの製品宣伝要員は、どこぞのアイドルグループ並の人気を博するに至っているのだ。最近では店内の宣伝活動だけに留まらず、劇場や大きな公園などで営業をするまでになっている。
彼女たちのリーダーを務めるラキが、調子に乗って地球のアイドルグループ並に本格的な歌や踊りを交えたステージを演出する営業には多くの観客が集まり、その客層は若い男どころか、彼女らに憧れる多くの少女にまで広がりを見せていた。
ラキはあくまでも製品宣伝が目的だと言い張っているが、彼女がアイドル活動をしたくてやっていることが見え見えである。
『でもなんで急に向こうから』
『お前さんのところの踊り子どもの評判よ。とうとうシルベストの国王までもが飛びつきおった』
最近ではその営業が評判になり、老若男女問わず彼女たちの人気は凄まじいものになっているのだ。そしてその評判がシルベスト王国にまで広がり、国王直々の公演要請がルディーバルシスト公爵からファンヴァストを通じてもたらされたのである。
その依頼はシルベスト王国への進出を狙っていた俺にとっては絶好の機会なのでであるが、アトロからもたらされたもう一つの情報が、彼女たちのシルベスト行きをためらわせる結果になっていた。
その情報とは、俺たちがシルベストへと来ることを快く思っていない連中の動きである。
それは、シルベスト王国最大の商会であるスターシア商会と、同国の商業権を監督する立場にあるヘッセンサーヴェスト侯爵に張り付けてあった小型探査機からの情報なのだが、国王の動きを知ったヘッセンサーヴェストの執事が武装集団とコンタクトをとったというものだった。
『なぁ爺さん』
『会長と呼ばんか、馬鹿者が』
『スターシア商会ってやばい奴らと繋がってんのか?』
『そういう噂は絶えんのう』
スターシア商会とヘッセンサーヴェストは蜜月関係にあり、旧来から深い癒着が見られることからも、ラキたちをシルベスト王国に連れて行けば一悶着ありそうなのは想像に難くない。
公演を行うラキや四体のIALA、たとえ武装集団に襲撃されようとも返り討ちにしてしまうことは目に見えているので心配する必要はない。
しかし、リリルリーリやその他の販売員たちはこの世界の人間なので、襲撃を受ければ守り抜く必要があった。襲撃があった場合、相手の構成人数が不明である以上、いくら俺やIALARWたちが強いといえど、リリルリーリたちこの世界の販売員全員を守り通すには限度がある。
『しかしのぅ。これだけ護衛を引き連れとれば手出しはできんじゃろ』
『俺は油断しない主義なんでな』
しかし、危険だからと言ってシルベスト王国に進出する絶好の機会である国王の公演要請を断るのは、あまりにも惜しすぎる。少々迷ったが、結局はリリルリーリたち販売員を守る万全の準備をした上でシルベスト王国に乗り込んだのだ。それが、五十名を超える一団を形成した原因である。
公演を行うラキを含めたIALAと販売員は合わせて十八名、それに俺と秘書官を務めるクロトになぜかファンヴァストとその側近、残りの三十名はクロト率いる護衛部隊である。
馬車は俺とファンバストが乗る一台と、ラキやリリルリーリたちが乗る過剰なまでの防衛機能付き大型馬車二台、その周りを三十名の護衛が固める構成になっていた。
さらに、アトロに頼んでこの世界に散らばっている小型探査機のうち三分の一をスターシア商会やヘッセンサーヴェスト、それに武装集団や公演を行う王宮に至る経路に配置し、万全の態勢を整えた。もちろんアトロや他のIALARWも、もしもの時は転移してくる手はずになっている。
エルト共和国とシルベスト王国はターリア川をその国境としており、そこに架かる橋の両端には両国の兵士が通行人を見張っている。通常の商人や旅人が通過するのにパスポートなどは必要ないが、武装した者たちが同行している場合は通行証が必要になる。
橋を渡り終える直前で、俺は馬車の窓からシルベスト王国の国王により発行された通行証を兵士に見せてシルベスト王国へと入国したのである。
◇◇◇
そのころ大型馬車の中では、王宮での公演に向けて張り切っているラキとリリルリーリが、他の販売員たちとの会話に花を咲かせていた。
「ラキ店長、ついに国境を越えたみたいですよ。いよいよですね」
「リリィは嬉しそうだね。でも王宮まではまだ三日もあるから今からそんなに気合い入れてちゃ疲れちゃうよ。でもまぁ、ぬしさまと一緒に旅ができるから、リリィはお仕事以外でも頑張らないとダメだからね」
「そ、それは……」
リリルリーリもアイドル活動を存外気に入って楽しんでいる様子である。が、ラキの冷やかしにリリルリーリは頬を染めるばかりだった。
秘書官でもあり、護衛の責任者でもあるクロトは昌憲が乗る馬車の御者席で、周りを固める護衛たちを指揮している。護衛の任にあたっている彼女直属の精鋭部隊の隊長であるアーセルハイデルは、数年ぶりに巡ってくるであろう命を懸けた戦いを前に、一団の最後尾を駆る馬上で神経を研ぎ澄ましていた。
もともとアーセルハイデルは北方の帝国に属する小国の騎士隊長だった。現在彼につき従っている部隊員はそのころからの部下たちである。
アーセルハイデルが仕えていたセイシェル国は、貧しいながらも王の善政により国民は不平の無い生活を送っていたのであるが、国王が病によって急逝したことによって、世継ぎがいなかったこともあり隣国に併合されてしまう。併合した国の愚王に辟易したアーセルハイデルたち元セイシェル騎士隊は、国を離れて傭兵へとその身を落としていた。
傭兵となってからは、つまらない仕事の連続だった。いや、連続というのは少し語弊があるだろう。
たまに入る仕事は全てがつまらないものだった。それでも生活のために仕事をこなしてきたが、騎士であったころの充実感を得られたことなど一度も無かったのだ。
そんな時に出会ったのが、彼らが忠誠を誓うことになったクロトなのである。彼女がアーセルハイデルに与えた第一印象は強烈だった。
『そんな所で腐っているぐらいなら、私のために命を賭けてみませんか。私の僕になりなさい』
誰がこんな台詞を吐く女、それも線の細い弱々しい女の指図など受けるだろうか? しかもその仕草は、顎を逸らし上から人を見下ろすようなものだったのだ。
しかし、その女の顔からアーセルハイデルは視線を外すことができなかった。微動だにできない。恐ろしいまでの強制力と魔力を秘めた女の視線は、アーセルハイデルの深層意識を完全に支配していたのである。
弱々しく見えるその細腕に携えられた反りをもつ細身の片刃剣。女から一瞬でも視線を外せば即座に首が飛ぶ。そう感じさせる存在感。
しかし、アーセルハイデルは騎士隊長だったころの意地を見せた。強制力に打ち勝って目にもとまらぬ速さで剣を抜き、女に切りかかっていった。が、その結果は呆気ないものだった。気がつけば振り上げた大剣はその根元から鋭利に切断されており、女の剣が首筋にあてがわれていた。
『私に切りかかることができるとは益々気に入りました。もう一度言います。私の騎士になってその命を賭けなさい』
気がつけばアーセルハイデルは頭を垂れて女に跪いていたのである。忠誠を尽くすべき主君を失い、傭兵の地位に落ちぶれてからは生きていく目的を見失っていた。
しかし、この女を主君とあおげば、またあの頃の輝かしい日々が戻ってくる。そう心から思わせるほど女は強く、また、絶対的な存在感を示していた。アーセルハイデルは、この時からクロトの騎士として、彼女に絶対の忠誠を誓うことになったのである。
◇◇◇
キャラバンがシルベスト王国に入国してからも、俺は先頭を行く超高級馬車の中で男だけの花の無い会話をしていた。
「ところでだ爺さん。ヘッセンサーヴェスト侯とルディーバルシスト公は水と油だと聞いているが、国王とヘッセンサーヴェスト侯の関係はどうなんだ?」
「会長と呼ばんかい、たわけが。よく調べたもんだが、ヘッセンサーヴェスト侯爵とルディーバルシスト公爵についてはお前さんの言うとおりだ。ヘッセンサーヴェスト侯爵と国王の関係は良くも悪くもないわい」
「すると、ヘッセンサーヴェスト侯にこの国での営業権を認可させるには、国王次第ということだな?」
「そういうことになるかのぅ、ルディーバルシスト公爵の力だけではちと足りん」
シルベスト王国の商業権をヘッセンサーヴェスト侯爵が握っている以上、スターシア商会を通じてヘッセンサーヴェストに疎まれている俺たちが、この国で商業権を勝ち取ることは困難に思える。
その困難を打破するためにはどうすればいいか? いかな俺でも、そう簡単にヘッセンサーヴェストを失脚に追い込むことは難しい。
張り付けてある小型探査機の情報から、ヘッセンサーヴェストを失脚させるに至る証拠を押さえることが出来れば話は早いのであるが、仮にも侯爵を名乗る男、そうそう尻尾は見せない。
ヘッセンサーヴェストは、ほとんどの指示を執事を通して出している。仮に執事がヘッセンサーヴェストに命じられて行う悪事を証拠付きで暴いたところで、執事にその全責任を押し付けてしまうだろうことは明白だった。
ならば、国王からの命令でゴリ押しするしか方法がないように思える。しかしそれは賭けでしかない。もっと確実な方法はないのか? 俺はは考えあぐねていた。
この世界では超高速な運行を続ける馬車の中で、必死になって交渉成功の道筋を探り続ける。残された時間は今日を含めて三日。いや、準備を考えると二日と考えた方が良い。
いつもの穏やかな表情でマサヤ印の超高級馬車の旅を満喫するファンヴァストと、その向かいに座って苦悩する俺の対照的な光景は、陽が傾き西の空が赤く染まりはじめても終わることがなかった。




