第三十話:魔導ランプの行く末~怪我の功名~
クロトやラキにマサヤを任せ、魔導ランプを製造していた工房にストップをかけた俺は、急いで屋敷へと戻り、地下の実験室へと籠って新生魔導ランプの開発に没頭していた。
なお、現在魔導ランプは店頭から姿を消しているが、ラキやリリルリーリには魔女娘スタイルの継続を指示している。ジーニャ商会の店舗で活動予定のIALARW四体にも同様の指示を出した。
「問題は本体のコストだよな」
今までの魔力回路に押しボタンスイッチを取り付けることで、何も対策を取らなければコスト的には今までよりも高いものになってしまう。
現時点では、現状の機能を維持したまま魔力回路のコストを下げることは難しい。ならば、ランプ本体をコストの安いものへと換えればいい。
具体的には、魔力光源を使っている本体部分を油を使った旧来のランプに置き換えるのである。燃料として定期的に油を補充する必要が出てくるが、それは今でも必要なことだ。本体に旧来の油式ランプを使用すれば、今まで使っていた魔力回路も大幅に簡略化できるので、一石二鳥である。
新生魔導ランプの仕様が決まれば後は早かった。
数種類の意匠の異なる図面を一日足らずで描きあげた俺は、この世界に持ち込んだ工作機械を駆使して試作品の制作に取り掛かったのである。
アトロに無理を言ってIALARWまでも投入し、三日で四パターンほどのサンプルと当座の商品を、合わせて五十セット作り上げ、今まで魔導ランプを作らせていた工房へと出向き、新たな部品の供給と特急料金を上乗せしてまで制作を急がせたのだった。
マサヤ二号店におけるデモンストレーションでのアクシデントからここまでに要した日数は、わずか五日だった。
俺は当座の商品となる新生魔導ランプを持って、ジーニャ商会の二店舗とマサヤ二号店を周っていった。マサヤ二号店では、ラキがなにやら主張していたが、俺はそれを相手にせず、重要な用事があるからと言って店を飛び出している。
そして最後のサンプル一つを持って、ジーニャ商会本店のファンヴァストのもとへと出向いたのである。いつものように遠慮することなく会長室へと突撃する。当然のようにドアをノックすることなどはなかった。
「邪魔するぞ」
予告なく唐突にガチャリと開け放たれたドアと、そこから飛び込むように乱入してきた俺に、めずらしく執務机で書類に目を通していたファンヴァストは目を丸くして凝視してきた。突撃するにはマズいタイミングだったか。
「まったく、いつもいつも唐突ですな」
それでもファンヴァストは嫌な顔もせずに俺を迎え入れた。新生魔導ランプを彼に渡し、7さっそく新機能と価格の話をはじめたのだった。
「――というわけだ。これなら売れるだろ?」
「そうですなぁ、明るさは多少落ちても使いやすさと価格を考えれば売れるでしょうな」
「だろ」
「ところで、マーサ殿の耳にも届いているかと思いますが、あの、なんでしたかのぉ……」
「あのじゃ分からん。なんのことだ」
「あれ、あれ、マーサ殿が派遣なされたあの……そうそう、めんこい娘どもが着とる服ですわ」
「ああ、あの衣装か。それがどうした」
「マーサ殿、あの服で商売してみてはいかがですかな?」
状況がつかめない俺は、首をかしげてファンヴァストの提案を咀嚼している。そしてはたと思い出し、閃いた。魔導ランプに執着するあまり、完全に失念していた事柄と新たな戦略を。
俺が魔導ランプを普及させたい理由は、何度も繰り返すが、この世界をより幻想的なファンタジー世界に変えていきたいからである。フードつきローブもその一環で売りに出したはずだ。
フードつきローブに関しては、ある程度売れていたので気にも留めていなかったが、目的を果たすためには、なにも魔導ランプの拡販に頼る必要などないのである。
それはつまり、俺のイメージにある衣服や物を拡販しても目標を達成できるということに他ならない。イメージに無い物であっても、地球から持ち込んだ膨大なデータベースを基にすれば、いくらでも商品を作ることが出来るだろう。それらしい服、持ち物、道具、建物などなど売れるアイテムは腐るほどあるのだ。
「やろう、今すぐやろう」
「おお、おお、乗って下さいますか」
「ところで、なぜあの衣装を売ろうと思ったんだ?」
「マーサ殿、その言いようでは聞き飛ばしておりましたか――」
ファンヴァストによると、魔導ランプを拡販するためにジーニャ商会に派遣させていたIALARWが着用していた衣服に関する問い合わせが、ここ数日ひっきりなしに入っているらしい。
俺はこの話しを聞いて、あれだけこだわっていた魔導ランプの販売よりも、衣類の販売に力を入れるべきだと考え方を変えていた。
要はこの世界を幻想的なファンタジー世界に変えていく切っ掛けさえつかめればいいのである。その手段は別に魔導ランプでなくてもいいのだ。もちろん、せっかく開発した魔導ランプを売らないと言う訳ではない。
この、巡ってきたチャンスを逃さない嗅覚、より成功率が高い方策への変わり身の早さも、俺が今まで成功してきた要因だと自負している。
衣服に関する問い合わせが入っているのは、マサヤ二号店に関しても同様だった。ラキはそのことを俺に報告しようとしていたのである。
さらに実際は、それだけにとどまらず、ラキやリリルリーリを巻き込んだもう少しややこしい事態に発展していたのであるが、それは別のお話。
このファンヴァストとのたわいもない会話を切っ掛けに、大陸の情勢と俺の置かれた環境は、大きく急激に変化していくことになる。女性の購入意欲とは恐ろしいもので、マサヤ製の新しい衣類は売れに売れまくったのだ。それに合わせて他の製品も驚異的に売り上げを伸ばしていった。
現在のマサヤ製品の売れ行きや魔工業ギルドに登録した技術料収入の勢いを考えれば、時間と共に資金が転がり込んでくることが確実なので、今後の資金難を心配する必要は無い。
衣類の販売が軌道に乗ってからのマサヤの勢いには、凄まじいものがあった。商売が軌道に乗れば、その規模に合わせた資金が転がり込んでくる。
さらに、魔工業ギルドから支払われる技術料やマサヤの既存店舗、ジーニャ商会に卸す魔道具などの既存の資金源からも、潤沢な資金が供給され続けた。
マサヤはその資金を基に、エルト共和国内外を問わず小売店舗や工房を買収したり、フランチャイズ化したり、新設したりして増やし続け、その事業規模を破竹の勢いで拡大していったのである。
この事業拡大にあたっては、俺やクロト、ラキなども奔走したのであるが、アトロに無理を言ってもう一つの計画を多少遅らせる覚悟で、大量のIARARWIALARWを投入していた。
そうせねばとても人員が足りなかったのである。さらに、マサヤ傘下に入った小売店舗の店長を集め、日本式の接客術を叩き込んだこともマサヤ製品の売り上げ増に大きく貢献していた。
俺がこの世界に転移して一年弱、エルト共和国に来てから半年ほどが過ぎたころには、マサヤは様々な製品を手掛ける総合メーカーとして、また多くの店舗を有する大商会としての確固たる地位を築き上げていた。
「一部の小売店から陳情が来ていますが」
「何の陳情だ? クロト」
「大店の嫌がらせです」
「懲りない連中だ。あいつらを回して黙らせてしまえ」
「かしこまりました」
もちろん全ての事業が順調に進んだわけではない。今まで無かった品物が大陸中に拡散し、金の動きが変わり、人が動いた。その結果、既得権益を有していた有力者の妨害や、事業が行き詰まった工房や商会からの嫌がらせなどが相次いだのである。
しかし、俺は妨害や嫌がらせを受けても、直接暴力を振るわれたり破壊行動を起こされたりしないかぎり、反撃したりすることは無かった。
嫌がらせをしてくる連中には、逆に新たな仕事や金儲けの道筋を示し、なおかつ彼らのほとんどを傘下に引き入れてしまったのだ。もちろん、嫌がらせなどせずにじり貧にあえぐ事業者などにも同様に新たな道筋を示した。
しかし、暴力や破壊行動によって妨害を企てた連中には、新たに創設されたクロト直属の精鋭部隊によって相応の報いを受けさせ、二度とマサヤに刃向わないように仕向けている。
ちなみにクロトは、マサヤの拡大がはじまるのと時を同じくして、一号店と富裕街自宅の管理を別のIALARWに任せ、俺の秘書官として行動を共にするようになっていた。
そしてクロト直属の精鋭部隊は、戦闘能力の高さと隠密性、さらに彼女に対する絶対的忠誠心を兼ね備えており、たとえ総帥の俺であっても直接動かすことは出来ないほどだった。
彼らがなぜそこまで彼女に忠誠を誓うのか?
それは彼らのほとんどが、俺から指示を受けたクロトにより、傭兵ギルドで退屈な仕事に甘んじている猛者どもの中から選りすぐられた精鋭であり、その際に一度はクロトと刃を交えた経験を持っているからである。すなわち、彼らのクロトに対する忠誠心は彼女の人間離れした絶対的な強さと、その美貌によるところが大きいのだった。
そんなこともあり、一躍この世界の表舞台へと躍り出た俺であるが、今も変わらずファンヴァストとの交流は継続しており、その関係は当初以上に親密で、かつ、友好的なものになっていた。
ジーニャ商会本店に勤める者たちは、無断で出入りする俺に対して普通に挨拶し、俺も自然に挨拶を返す。俺の事を知らない人間がその光景を見れば、何の違和感も覚えないはずである。
暇を見つけては、と言うよりも、強引に理由を作ってジーニャ商会本店の会長室に出入りする俺に、今日もファンヴァストはお気に入りのお茶を勧める。
「お前さんも忙しいだろうに、ワシの相手などせんでも他にやることがあろう」
「そう邪険にするなよ、爺さん」
「まだ爺さんと呼ばれる歳ではないわ。会長と呼べと言うておるだろうが」
この頃になると、二人の会話は互いに地を出したものとなっており、話の内容や注文の付け方にも、一切の遠慮が無くなっていた。ファンヴァストの口調が豹変しているのがその証拠である。
いくらファンヴァストが大陸有数の大商会会長であろうが、わざわざ歳の離れた初老に差し掛かった男の部屋に入り浸るのには、当然ながら理由があった。
ファンヴァストは大商会の会長だけあって、その情報網は俺にとって欠かせないものとなっていたのだ。表面的な情報ならばアトロが操る小型探査機で、ある程度収集できるが、より詳しい情報、人脈の繋がりや相関関係などは、彼からもたらされるものに頼らざるを得ないのである。
「ところで爺さん」
「会長と呼ばんか」
「あの話は受けないとダメか」
「シルベストで商売をしたいと言うたのはお前さんだろうに」
俺の事業計画は確かに成功し、その母体であるマサヤグループは店舗数や工房数などの構成人員においても、資金面においても、人脈や流通ルートにおいても、拡大の一途をたどってきたが、いまだに手が届いていない地域があった。
それは、大陸中央部西方に位置する大陸最大の人口を誇る大国、シルベスト王国とその属国である。マサヤ一号店までわざわざ出向いて、マサヤ印の超高級馬車を一番に購入していったルディーバルシスト公爵の住まう国だ。
マサヤグループは、既に大陸有数の企業規模にまで発展し、現在もその成長を続けている。しかし、俺が立てた計画ではさらなる成長が不可欠だった。
一国くらいマサヤグループが進出できない国があったところで、問題は無いように思えるが、シルベスト王国をたかが一国と侮ってはいけない。それはシルベスト王国が大陸最大の大国であり、かつ、最も豊かで金のある国だからである。
俺は、マサヤグループを成長させ、大金を儲けるためだけにこの計画を進めている訳ではない。当初からの目的は、この世界をより幻想的なファンタジー世界にすることと、莫大な資金を必要とするもう一つのとある計画を成功させることである。
さらに、まだまだ先になるであろうが、この大陸を飛び出して冒険することが残っている。大陸外の冒険は取り敢えず横に置いても、大陸一豊かな国を攻略することは必択の選択肢なのだ。
俺は今、大陸最後の砦となったシルベスト王国の攻略に向けて動き出そうとしている。だがその前に、俺の忍耐はもう限界に達していたのである。




