表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/74

第三話:いざ冒険に行かん


 異世界に転移して十日弱、当面使用することになるであろう武器の制作と、魔法の確認を終えた俺は、管制室で調査と解析を続けているアトロのもとに向かった。


「調査の進捗状況を教えてくれ」

「マーサ、また目の下にクマができてますの。根を詰めるのはいいですが、もう少し体を労わりやがれです」

「いやぁ、つい夢中になって作業してたから……次からは気をつけるよ」

「調査の方は順調に進んでますの。大気、地質、重力、それに国家構成、言語、文化、文明レベル、通貨、人種などなど。何から報告しますか?」

「順に概要を教えてくれたら助かるよ」

「では、――」


 アトロの報告を要約すると、惑星の大きさは地球とほぼ同等、重力は地球の九八%、大気成分と気圧は地球とほぼ同じだった。国家はこの大陸に大小合わせて一七で、一国を除いて君主制、言語は大まかに分けて二つ。


 文明レベルは地球で言えば西洋の十七世紀後半。通貨は金本位制で人種は雑多であるという事だった。他の大陸についてはまだ調査中らしい。


「どんな人種がいるんだ?」


 その問いを受けてアトロがモニターに映し出したのは、北欧系とアジア系の混血のような女性、アフリカとアジア系の中間のような男性、線の細い低身長の女性、それに、猫耳の女性、犬耳の男性だった。猫耳の女性も犬耳の男性も殆ど地球人と変わらないが、耳は猫や犬のそれだ。


「ねっ、猫耳! それにホビットも、エルフとかドワーフはいないのか?」

「そういった種族は今の所見つかってませんの」


 それでも俺は歓喜していた。


 獣人が存在し、ホビットっぽい種族まで確認できた。それだけでもこの地に来た甲斐がある。まさか想像上の、それもまずは居ないであろうと思っていた獣人の存在を知り、俺の探究心が疼かずにはいられようか。


 ホビットのような低身長種の存在ならば分かる。しかし、遺伝子的にかけ離れた、地球上では自然交配不可能な種族同士の混血である。


 いや、もしかしたら犬猫がそれぞれ進化をした可能性も否定できないが、耳以外の骨格はどう見ても霊長類のそれだ。


「アトロ、優先度は低だが一つ注文がある。獣人の遺伝子情報の取得とX線透過映像を撮影しておいてくれ」


 分からないことがあれば研究せずにはいられない。こういう科学者らしいこともまた、俺の性分なのだ。他人に迷惑をかけない限り、自分の欲求には正直に従うべきだ。


「それからな。この世界の種族が魔法を使うことは既に調査済みなんだが、魔法についての文化やレベル。それに魔法を使う獣、魔獣とでも呼ぼうか、それの調査も並行して進めてくれ。それが終わったら冒険者ギルドみたいな組織があるかどうかも調べてくれると嬉しい」

「了解しましたの。マーサ」

「ああ、それからもう一つ。代表的な言語の翻訳は可能か?」

「ええ、既にライブラリに加えてありますの。発音及び辞書機能も完成しているので、すぐにでも読めます」

「ありがとう」


 俺はそう礼を言って、自室がある五階へとエレベーターを使って上がって行った。健康のために全ての階は階段で繋がっているが、さすがに疲れているので今回はエレベーターを使うことにした。


 部屋に着いた俺は、机に備え付けられた端末から言語ライブラリーを開き、確認したところで睡眠をとることにした。これからしばらくは言語学習に時間を割かなければならない。しかし、徹夜明けのボーっとした頭ではさすがにやる気が起きなかった。床に就き、これから始まる冒険に心躍らせながら深い眠りについたのだった。



 翌日から言語学習を始めた俺は、アトロにも協力してもらいながら、全ての会話を現地語で行うことにより、発音の練習と単語及び文法の習得を並行して行っている。


 異世界に転移して二か月が過ぎたころには、かなり自然な会話が行えるまでに上達していた。そして、この二か月は言語学習ばかりを行っていたわけではない。


 魔法の練習や剣技、格闘技の特訓もアトロを相手に続けているし、世界情勢などの知識も頭に叩き込んでいる。この世界の主な病原ウィルスに対するワクチンの製造と投与もこの期間に済ませた。


 嬉しいニュースもあった。


 名称こそ冒険者ギルドではなかったが、ギルド国家が存在しており、通商、魔工業、傭兵、そしてハンターギルドが存在していたのだ。


 さらに、安全を考えて屋敷の近くだけだが、何回かは外に出ての調査なども行っていた。本心を言えば、早く山を越えて異世界を冒険してみたいし、人々と触れ合い話がしてみたい、といった願望もあるが、今はまだ早い。


 アトロは俺のことを『何事にもできるだけ手抜きをしない病的なまでに完璧主義で、石橋をたたいて壊してしまいそうな、どこまでも慎重な性格』と評しているが、俺がそんな性格だからなのか、今でも活動範囲は屋敷の周辺に留まっていた。


 今日も俺は覇者の剣を振りながら剣技のトレーニングを行っている。


「アトロのやつ、もうそろそろ帰ってきても良い頃合いだな」


 そう一人ごち、滴る汗を拭うことなく覇者の剣を正眼に構え、呼吸を落ち着かせた。


 ヒューマノイドではあるが、外見はどこから見ても可愛い美少女であるアトロは、今、幾らかの貨幣を稼ぎ、買い物をするために山を越えて異世界の都市へと出向いている。


 戦闘能力にしても魔法にしても言葉に関してもアトロは完璧だ。だから安全を考え、彼女が単独で調査をしているわけだが……。


 本音を言えばアトロに同行したかった。いや、俺が同行するのではなく、アトロを連れて山を越えたかった。しかし、冷静に反論されてしまったのだ。


『危険ですの。自粛しやがりませ』


 もし、アトロが何らかのアクシデントで自立行動不能に陥ってしまったとしても、俺が転移魔法を使って回収し、修理すればそれで済む。


 しかし、もしも俺が死亡してしまった場合はそれができない。だから、準備が完璧に終わるまでは俺が山を越えることは無い。


 アトロのAIは俺が組んだものだ。だからその思考パターンは、俺の慎重な性格にある程度倣ったものとなっている。


 そして間もなく、アトロが帰還してきた。


「ただ今戻りましたの」

「うん、うんっ! どうだった、早く異世界の感想を聞かせてくれ」


 帰ってきたアトロに駆け寄り、両手を掴み、ブンブンと上下に振りながら、せがむように報告を求めた。そんな俺を見たアトロは、優しく微笑んで子供を諭すように言ったのだ。


「はいはい、焦らなくても私は逃げませんの。ここでは何ですからモニターがある管制室でお話ししましょう」


 管制室に下りたアトロは、照明をつけると早速サンプルとして購入してきた短剣や衣類、薬、加工食品、それに一枚のカードと残った貨幣をテーブルに並べた。


「これが入手してきたサンプルですの」


 俺はテーブルに広げられたサンプルの中から一枚の銅でできたカードを拾い上げると、書かれている文字を読んでいる。


「こ、これはギルドカードだな!」

「ハンターギルドのメンバーズカードですの。埋め込んである鉱石に情報が入力してあるそうです」

「ギルドはあと三つあったよな?」


 記録媒体としての鉱石への興味よりも、カードが一枚しかないことが俺にとっては重要だった。今手にしているカードさえあれば、埋め込んである鉱石の調査はいつでも出来るのだ。そんなことは気が向いた時にやればいい。


「魔工業ギルドと傭兵ギルド、それに通商ギルドは試験を受ける必要があるそうなので今回はパスしましたの」

「そういうことか、それなら試験の内容を調査しておいてくれ」

「受けるおつもりですの?」


 呆れ顔でそう言ったアトロに、俺は得意げに答える。


「当然だろう。何のためにここに来たと思っている。郷に入っては郷に従え、虎穴に入らずんば虎児を得ずだ」


 ことわざの引用が少しズレている気がすると口にしてから気づいたが、アトロは突っ込んでこなかった。せっかく探し当てたファンタジー世界だ。体験できるものは体験してみる。たとえそれが後の面倒事になろうとも気にしない。


 慎重な性格とは相反する思考のように思うかもしれないが、興味があることに対する執着を捨ててしまったらそれは俺ではなくなってしまう。


 もし、はじめから面倒事になると分かっているならば、綿密な対策を立てておけばいいじゃないか。魔工業ギルドや傭兵ギルド、通商ギルドに加入することが面倒事に繋がるかどうかは分からないが、それも調べればある程度分かるはずだ。


 調査の結果、仮に面倒事があると判明したとしても――例えばギルドに縛られて身動きが取れなくなるとか――それが予測できたのならば、縛られない方法を考えればいい。


 そのための慎重さは決して捨てない。例え面倒事があると分かっていても、興味があることには十分な対策を立てて首を突っ込む。俺はそういう男なのだ。


「これがこの世界の通貨か、どこで手に入れた?」

「大陸の南に位置する大国、アルガスト王国ですの。そこのハンターギルドで仕留めた魔獣を一匹換金しました」


 俺の手には直径三〇ミリほどの金銀銅貨と二〇ミリほどの金銀銅貨が握られている。使い古され、すり減った貨幣は、ズシリと伝わるその重さと共に異世界へと来たことを実感させてくれた。


「価値は日本円でどれくらいだ?」

「現在のレートでは大金貨が二五万円弱、小金貨が六万円強、大銀貨が五千円弱、小銀貨が千円弱、大銅貨が百円弱、小銅貨が二十円弱ですの」

「換金レートは?」

「それくらいご自分で計算しやがれ。と言いたいところですが、大金貨一枚が小金貨四枚、小金貨一枚が大銀貨十二枚と小銀貨二枚小銅貨五枚、大銀貨一枚が小銀貨五枚、小銀貨一枚が大銅貨十枚、大銅貨一枚が小銅貨五枚です。銀貨と銅貨の交換レートは固定で金貨と銀銅貨の交換が変動しているみたいですの」

「となると金貨は一般的には使われていないということだな」

「そうですの。一般市民は殆どが金貨を持っていません。それから、ギルドで流通しているこの貨幣は、この大陸全土の基軸通貨になっていますの。どこででも使えるそうですよ」

「ありがとう、だいたい分かったよ。ところで、魔獣を一匹換金したと言っていたけど、どんな魔獣だ?」

「山脈の向こう側の森を出たところに群れていた恐竜型の魔獣で、ハンターギルドでは地竜種の茶毛竜と呼ばれていましたの。亜竜に分類されているそうで、なかなか仕留められない貴重な魔獣だそうですよ」

「そんなものを持ち込んで騒ぎにならなかったか?」

「ええ、ずいぶん騒がれましたの。でも、これで良かったんでしょ? マーサ」


 そう言ったアトロの表情は、貴方の魂胆くらい分かっていますよ。と言わんばかりだった。彼女のその表情を見て、分かってるじゃないかと俺は満足したのだった。


「OK、OK。そうとも、それでいいんだ。せっかく異世界に来て名を売らずに何をする? 手始めとしては上出来だ」


 そう、俺はこの世界で行動を自重する気は全くない。力を、知識を、行動力を知らしめて名をあげ、発言力をつけてこの世界で成り上がる。


 それこそがファンタジー世界の英雄が辿るべき道である。力を隠し、知識を独占し、陰に隠れて人知れず正義を行う。それも一つの在り方だろう。


 しかし俺は、派手に魔法をぶっ放して悪党をこらしめ、人々の危機を救い、アニメや小説のヒーローや英雄のように称賛を浴びたいのだ。そのためには、目立つことによって降りかかる困難などたたき伏せてでも前進するつもりだ。



 そんなことがあって二か月が過ぎた。


 この間にこの世界の情勢、文化、文明、宗教、常識、魔獣やギルドの情報などを頭に叩き込み、幾つもの武器や防具、それに衣類や道具を作った。


 魔獣とも戦ってみた。戦う魔獣を選択し、観察を重ねて弱点や習性を調査した。目安にしかならないが、漏れ出る魔力から相手の強さを計測し、数値化して視覚野の一部に信号を送る小型装置まで開発し、体内に埋め込んだ。


 その上で武器や防具、そして万が一の場合の逃走手段などの準備を万全に整え、一対一の状況を作り出して戦いに挑んだのである。


 慎重に慎重を重ね、何重もの安全策を取り、負けようのない状況を作り出して戦いに挑む。やり過ぎの感はあるが、緒戦はこれくらい徹底して挑んだ方がいい。


 そこまでして挑んだ魔獣との戦いは、当然であるが、準備の甲斐あって圧勝に終わった。それからも、何度か戦う相手を変えて魔獣に挑んでは勝利を収め、戦いに慣れていったのである。


 そんなこんなで知識を身につけ、魔獣と戦って経験を積んで自信を得た俺は、とうとう山を越える決心をする。


「アトロ、急で申し訳ないが明日出発するから旅の準備の最終確認を頼む。それから、換金用の素材も用意しておいてくれ」

「はいはい、分かりましたの。今まで四か月もよーく我慢できました」

「そうからかわないでくれよ。子供じゃないんだし。でも慎重に行動することは大事な事なんだぞ」

「ええ、ええ、もちろん分かってますの。これでもマーサが誘惑に負けなかったことに感心してるんです」


 当面の行動計画を立て、万全の準備を整えた。そして明日、山脈の向こうへと旅立つ。


 実は、俺自身は昨日の時点で既に旅の準備を粗方終えていたのであるが、持っていく物や知識の確認と山を越える決心をするのに一日半を要した。


 決心がつき、ようやくアトロにそのことを告げて早めの就寝をした。


 そして翌日、日の出と共に屋敷を後にしたのである。俺は単独で行動し、アトロは屋敷でフォローに徹することになっている。


 それは、万が一動けなくなったときに、アトロが俺を召喚することによって危機から脱出することを目的としているからだ。いずれはアトロも冒険に引っ張り出そうと考えているが、当面は安全策をとったほうがいいだろうと判断した。


 黒の皮製パンツに黒のロングコートを纏い、腰には覇者の剣、背にはオリハルコンの槍と皮製のザックを背負い屋敷を出た俺は、朝日が届かない鬱蒼とした森の中で北に向かって手をかざし、大きな十字を切る。


「我が望むは道、亜空を開き、彼の地へと繋げ。亜空回廊!」


 そう唱えた俺の前方空間に十字状の亀裂が現れた。俺はその空間の亀裂へと躊躇なく歩を進めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ