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第二十九話:マサヤ二号店~科学者の切り札~


 ファンヴァストとアトロがマサヤ一号店で大貴族二人の相手をしていたころ、俺は一日早く送られてきたとっておきの衣装を持ってマサヤ二号店へと赴いていた。その衣装とは、アトロに依頼していた「萌えとカワイイ」を意識した、一部の男共が喜びそうなものである。


 俺には萌えという感情がまったく分からないのであるが、地球と同様にこの世界でもきっと通用するはずだとの確信があった。そして当然ではあるが、俺のイメージ通りの意匠になっている。


「この中から好きな衣装を選んで着替えてきてくれ」


 ラキは俺から無造作に渡された何着もの衣装を受け取ると、リリルリーリを引き連れてスタッフルームへと、まさに駆け込んだ。



 ◇◇◇


 そして今、リリルリーリはラキに捕獲されるように入室したスタッフルームで、山盛りの変わった衣装を目前に悩んでいる。ラキは昌憲に渡された衣装を長机の上に並べてご満悦だ。


「どれにしようかな。これが可愛いかなぁ。あっ、リリィはこっちから選んでね。サイズはぴったりのはずだから」

「は、はぃ……」


 既に自分が着るべき衣装を嬉しそうに物色しているラキに対して、リリルリーリは見たことも無いキラキラとした衣装に戸惑いを覚えていた。


 どの衣装もドレスと呼べる造りではないが、かつて貴族だった頃に見た貴婦人達が着る絢爛なドレスを、遥かに凌ぐ完成度だ。さらに色彩も独特で様々な色があり、ひらひらとしたレースがついたキュートなものだった。普段からあまり着飾らない彼女にとって、どの衣装も自分には不相応に思えたのである。


 ラキは既にお気に入りを決めて、黒を基調としたピンク白のフリルと大きなリボンがアクセントの衣装に着替え終えていた。


 それはいわゆるゴスロリと呼ばれるスタイルに、先の折れた黒いとんがり帽子と商品のローブを軽く羽織った姿だった。いわゆる魔女娘スタイルだ。しかし、リリルリーリは今だに戸惑うばかりで、衣装を選ぶことが出来ないでいる。


「リリィ、選べないの?」

「私に似合うでしょうか」

「大丈夫だよ。リリィは可愛いんだから、どれを着てもよく似合うよ」

「でも……」

「選べないならわたしが選んであげるね」


 そう言ってラキがリリルリーリのために選んだ衣装は、白地にピンクを基調とした魔法少女スタイルだった。リリルリーリは、嬉しそうに楽しそうに自分の衣装を選んでくれているラキの姿を眺めながら、チーフとしての責任感と、恥ずかしさとの間で葛藤を繰り返した。


 しかし最後は責任感のほうが勝り、もうどうにでなれと覚悟を決めたのである。そしてリリルリーリも昌憲の要望どおり、フードは下ろしてあるがローブはしっかりと羽織っていた。



 ◇◇◇



「じゃじゃ~ん!」


 勢いよくスタッフルームから飛び出してきて、クルリと一回りしてポーズを決めたラキと、そのあとをオドオドしながらついて来たリリルリーリ。


 リリルリーリはすごく恥ずかしそうにしていて、緊張も抜けていないようだ。しかし、俺は着替えた二人を見て、腕組み状態で満足そうに頷いたのだった。初々しくていいじゃないか。


 デモンストレーション用の衣装に着替えた二人の様子に、他のフロアスタッフや、居合わせた客達から歓声が上がった。ラキは得意満面の笑顔であり、リリルリーリは顔を真っ赤に染めて恥らっている。


 その手の趣味がある男共がこの様子を見れば、雄たけびを上げて狂喜するか、拳を握りしめて感涙にむせび泣くこと間違い無しである。


「よし、手はず通りに頼むぞ」

「まっかせてね、ぬしさま」


 これから何がはじまるのかという客達の視線と、俺の期待がこもった視線が降り注ぐ中、ラキが可愛らしい仕草で軽く踊ってその指をパチリと鳴らす。決めポーズもばっちりだ。すると、展示してある魔導ランプがゆらゆらと灯り、客からはいつも以上の歓声が上がった。


 そして次はリリルリーリの番だ。彼女の役目はラキがつけた魔導ランプを、指を鳴らして消すことである。決めのポーズも忘れてはいけない。


 しかし、緊張で一杯一杯になったのか、リリルリーリが指を鳴らして魔導ランプを消そうとしたときに事件が起こったのである。


「あれ? おかしいな」


 リリルリーリは懸命に指を鳴らそうとしているが、緊張のあまり指が振るえて乾いた摩擦音しか聞こえてこない。恥ずかしさで紅潮していた彼女の顔が、上手くいかない焦りから次第に蒼白になっていった。


「おかしいな、昨日までは出来たのに……」


 その後も、何度も何度も指を鳴らそうと頑張ったリリルリーリだったが、鳴らない指の音に、とうとう目に涙を浮かべて動きを止めてしまった。そんな彼女を見かねたのか、ラキは庇うように彼女を連れてスタッフルームに戻ってしまい、俺はその様子を呆然自失で眺めていたのである。


 会心の秘策だと確信していた萌え萌え魔女娘作戦が、指が鳴らないという思いもよらなかったファクターによって失敗してしまった。


 指が鳴らないということは、計画そのものが破たんしていると言っても過言ではない。しかし、考え方や発想の根幹が科学的プロセスに染まりきっている俺にとって、失敗や計画の破たんが露見することは歓迎すべき事柄だった。もちろん計画が破たんしたことは悔しいし無念であるが。


「思い通りにはいかないもんだな……」


 けれども、破たんしているのならば修正すれば済むことだし、中止する必要は無いのである。淡い光を放つ魔導ランプを見つめながら、腕を組んで考える。


 しかし、戻ってこないラキやリリルリーリの事が気になって、スタッフルームに顔を出すことにした。スタッフルームでは、涙が止まらないリリルリーリをラキが懸命に慰めている。


「ぬしさま、どうしよう。リリィが泣きやまない」


 この状況は俺にとって修羅場だった。

 泣いてしまったリリルリーリのことはラキに任せて、彼女の後を追うんじゃなかったと心から後悔した。しかし、来てしまった以上は後戻り出来ない。


 俺にとって、科学的議論ならば相手が誰であろうと臆したりすることはない。いや、臆するどころか積極的に関わっていこうとするのであるが、涙を流している若い女性を前にすると、どう対応していいのかが全く分からなかった。


 しかもその原因が自分の作戦にあるのだから始末が悪いし、このまま流すことなど出来ようはずがない。どうしたらいいか分からない俺は、意を決して自分の考えを正直に彼女に伝えることにした。


「頼むから泣かないでくれ、作戦が失敗した原因は俺の見積もりの甘さにある。リリィと言ったか、リリィはよくやってくれたよ。おかげで計画の粗が浮き彫りになった。俺はリリィに感謝しているんだ。よくぞ製品の不具合を見出してくれたと。これは大手柄なんだ。だから泣き止んでくれないか。なっ」


 床にペタンと座り込んで無き伏していたリリルリーリを懸命に慰める言葉に、彼女は顔を上げて俺を見つめると、次第にその表情には輝きが戻っていった。


 しかし、彼女の瞳からは今まで以上に涙があふれ、嗚咽は一層ひどくなっていったのである。状況が理解できない俺は、どうしたらいいか分からなくなって周囲に視線を泳がせるしかなかった。


「ぬしさまは、たらしだね。あとはわたしが面倒みるからもういいよ」


 何が「たらし」なのか理解できず考え込んでいた俺は、ラキにスタッフルームから追い出されてしまった。しかし、追い出されはしたが悪く思われている訳ではないのは、ラキの嬉しそうな表情から分かる。そうとなればリリルリーリは今度こそラキに任せて、自分は計画の修正を考えるべきだと、俺は富裕街の自宅へと帰宅したのだった。


 自宅へ戻った俺は、欠陥品であることが判明した魔導ランプを今後どう扱っていこうかと考えていた。拡販をあきらめるつもりはサラサラない。そのためには不具合を是正する必要がある。そう考えて魔導ランプを前に、思いつく限りの欠点を実際に指を鳴らしながら、メモに書き出し洗い出していった。


 欠点を洗い出す時に重要なことは、どんなに些細な事でも先入観を排除して列挙していくことにある。したがって、過去に見た客の反応なども、思い出せる範囲で声に出しながらメモに書き出していった。


「指を鳴らせない者が一定割合で存在する。鳴らせる者でも、そのときの調子によって鳴らないことがある。湿度が鳴る鳴らないに関係する場合もあるだろう。鳴ったとしても周囲の環境音が大きかったり、鳴らした音が小さければランプが灯らないこともある」


 そして、認めたくはないし欠陥と呼べるほどの事ではないが、指を鳴らしてランプを灯すという行為を恥ずかしがる者が存在する。


 恥ずかしがるものについては取り敢えず置いておくとして、指が鳴らないとランプが灯らないというのは明らかに宜しくない。


 これらの不具合を是正するためにはどうすればよいか。俺は思いつくままに口を動かし、アイディアを書き出していった。


「音を魔力信号に変換しているセンサーの感度を上げる。変換した魔力信号を魔力増幅器で大きくする。指を鳴らした音ではなく、声に反応するようにする。専用の詠唱でランプが灯るようにする。暗くなれば自動でランプが灯るようにする。押しボタンスイッチをつける」


 俺はこれらのアイディアを一つづつ考察してふるいにかけた。そして残ったアイディアが次の二つである。


 専用の詠唱でランプが灯るようにする。

 押しボタンスイッチをつける。


 まず一つ目、専用の詠唱でランプを灯す。


 この場合、音を感知して魔力信号に変換する必要が無くなり、ほぼ確実にランプを灯すことができる。しかし、魔力が弱い者の場合、何も対策を取らなければランプが灯らない可能性がある。


 ならば、魔力増幅器を内蔵すればその問題は解決できるだろう。この世界の人間は多かれ少なかれ魔力を扱うことが出来るのだ。欠点はコストが上がることだろう。


 次に二つ目、押しボタンスイッチをつける。


 この場合、ランプが灯らないといったトラブルは、ほぼ起こりえない。そして、音を魔力信号に変換するセンサーが必要なくなるが、押しボタンスイッチが必要になる。


 しかし、それらの原価を比較した場合、圧倒的に押しボタンスイッチの方が安くなる。 欠点は魔導ランプからファンタジーなイメージが減少することである。


 俺は冷静にこれら二つのアイディアを比較してみた。


 コスト面で考えれば、押しボタンスイッチを取り付ける方が圧倒的に安い。しかし、ファンタジー的要素は圧倒的に詠唱でランプを灯す方に分がある。これらはどちらも捨て難いことだった。


 コストが安いままで、ファンタジー要素を捨てずに済むにはどうすればいいか? 非常に難しい問題であるが、どうしてもこの二つを両立させたい。つまり、安くてファンタジー要素あふれる魔導ランプにしたいのだ。


 思考が行き詰った俺は、この世界の照明事情について考えてみることにした。この世界では、身分が無く所得が低い庶民の間には、油を燃やすランプが普及している。所得の高い者や貴族などは押しボタン式の魔導ランプを使用している。


 ただし、その魔導ランプは庶民では決して買えないほどに高価な魔道具だった。対して、俺が開発した魔導ランプは、今のところ欠陥はあれど、価格的には庶民にもなんとか手が出せるものだった。


 しかし冷静に考えれば、無理してまで購入するほどの魅力が無かったということになる。今までの油を燃やすランプで十分であるということだ。


「ならば」


 低コストな押しボタンスイッチ式の魔導ランプを開発すればいい。そして、ファンタジー感を薄れさせないために、指を鳴らしてランプを灯す機能は併用させよう。そう結論付けたのである。


 ここまでくれば、残る問題は魔導ランプのコストを下げるだけであるので、何とかなるだろうというのが俺の考えだった。それは、既にコスト削減策のアイディアが俺の頭には浮かんでいるからだった。うと決まれば、十分に吟味を重ねた今となっては、すぐにでも行動に移す。


 こうして方針が決まったことにより、俺はアトロのいる屋敷へと舞い戻り、工作室にこもって新生魔導ランプの開発に取り掛かったのである。

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