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第二十七話:マサヤ一号店併設工房~魔工職人の憂い~


 ラキの快諾を得ることができた俺は、完成間近のマサヤ一号店へと足を運んでいた。というか、一号店はエルト共和国首都富裕地区の自宅敷地内にあるので、足を運ぶと言うよりは帰宅したと言ったほうがいいかもしれない。


 用事があったのは、まもなく完成する店舗ではなく併設の工房である。この世界の見た目を俺好みのファンタジー世界に改変していくことも大事であるが、もう一つの野望もおろそかにはできないのだ。そして、その野望のためには莫大な資金を調達する必要があるのである。


 この工房はその資金を生み出すための足がかりの一つでしかないが、この世界で俺が作ったはじめての工房だけに、思い入れは大きいものがあった。


 工房では、既に若い魔工職人達が腕を振るう光景が広がっており、工房として既に稼働中でフル生産状態になっていた。この工房で制作している製品は、主にジーニャ商会に卸す重力低減魔道具である。


 本来はマサヤ一号店で販売する高級魔道具のみを生産する予定であったのだが、ファンヴァストから予測を超える数量の重力低減魔道具が発注されて、急遽一号店併設工房での製作対応を余儀なくされているのだ。


 ちなみに、魔力回路を構成する素子類はこの世界の生産技術では製造できないので、本拠地である屋敷の地下でIALAに大量生産させたものを持ち込んでいた。


「クロト、重力低減魔道具の生産状況を教えてくれ」


 現在、工房の責任者はクロトが屋敷の管理と一号店の建設監督と兼務で行っている。


「明日には三ロット目の百セット計四百台が出荷できます」

「そうか、順調そうで何よりだ。今朝もファンヴァストから催促が入ったからな」

「そう順調でもありませんよ、主殿。職人たちの働きはまだまだ理想には程遠いです」


 魔工職人たちの働き振りを観察していた俺は、優雅に顔をしかめてみせるクロトに、まんざらでもない顔で頷いて見せたが、数日前の話を思い出して表情を若干曇らせた。


「そう焦ることもないさ。今でも一応ファンヴァストの要望には応えることが出来てるからな。だが、もう少しすれば今の倍以上に注文を増やしたいと言っていたから、職人たちには早いとこ慣れてもらわんとマズイ事になる。そう考えるとうかうかしておれんか」

「そうですね、今のままですと重力低減魔道具の生産担当職人を増やすしか……」

「今は何人で生産している?」

「現在十二名で生産に当たっておりますが」

「ということは、一号店で販売する予定の高級魔道具は八人で作っているのか。開店までに間に合いそうか?」


 もともとこの工房は、一号店で販売する予定の魔道具を製作するために作られたものであり、一号店用の魔道具製作が遅れてしまえば本末転倒なのである。


「はい、一号店用の魔道具は量も少ないし何とかなります。一号店用魔道具の製作担当は七名です、一名は工房長として管理職に就いてもらう予定ですから。今はそのための研修中で」

「それもそうだな、いくらお前でも屋敷の管理と一号店の店長をしながら工房長の仕事までは出来んだろうからな」

「丁度そこにいますから紹介しておきましょう。ケスト副工房長」


 クロトは、煌びやかな装飾を施された超高級大型馬車の組み立てを指揮している男に声をかけた。


「どうしました? 工房長」

「この方がマーサ様。私の主であり、マサヤのオーナーであるお方です」

「おお、貴方が……ずいぶんとお若い。ああ、失礼しました。私は副工房長をやらせてもらているケストと申します」

「そう言うあんたも若いじゃないか。平沢昌憲だ、オーナーかマーサとでも呼んでくれ」

「分かりましたオーナー。これでもこの中では私、一応一番の年寄りなんですよ」


 そう言ってケストは苦笑を浮かべた。本人は年寄りと言っているが、ケストはまだ二十八歳らしい。大きな工房ならば、まだ管理職でもない班長や主任レベルの下っ端職人である。


「若い魔工職人を集めろと仰ったのは主殿ですよ」

「そう言えばそうだった。で、あの馬車はいつ完成する?」

「そうですね。既に仕上げに入っていますから明後日には。しかし、このような高級品を組み立てるのははじめての事ですから、重要な工程では工房長のチェックを受けながらかなり慎重に作業していますよ」


 この馬車の組み立てはケストで無くとも慎重にならざるを得ないだろう。何せ、超高価な魔道具――重力低減、魔力ベアリング、魔力サスペンション――と、貴重で豪華絢爛な装飾を施した超高級馬車である。


 販売価格は大金貨二百枚――五千万円弱――を予定しており、通常の王族専用馬車が大金貨百五十枚程度だと言うことを考えれば、この馬車がいかに高級であるかが分かるだろう。


 余談ではあるが、アルガスト王国の第二王子はそれほど高価な王族専用馬車を、獲物運搬用の荷車に改造していたのであり、国王が渋い顔をしていたというのも頷ける話だ。


「そういうことなら開店には間に合いそうだな。なにせこの馬車が一番の目玉商品だからな。今まで通り慎重に作業を進めてくれ。余裕が出来たら好奇心を優先させてもいいしな」

「ははは、そうおっしゃて頂けるのは有り難いですが、当分余裕など出来そうにありませんよ」


 そう言って苦笑いするケストに、気になっていたことを尋ねる。


「そう言えば大事な事を聞き忘れていた。来陽から重力低減魔道具の生産を倍に増やしたいんだが、出来そうか? 遠慮なく意見してくれ」

「そうですね、職人たちの慣れを考えても、倍の量を生産するには……あと四名ほど人員を増やして頂きませんと厳しいです」


 少し考えて人員増を要求してきたケストに、俺は注文をつけた。


「職人を増やすことに不都合はない。しかし、今働いてる職人たちの技量向上が大前提だ。その努力を怠らない限り要望には応えよう」

「クロト、頼まれてくれるか?」

「分かりました。募集をかけることにしましょう」

「俺はこれからファンバストの所に行く。後は任せたぞ二人とも」

「ええ、私もこれから一号店の販売員たちの研修に付き合うので後は任せましたよ。ケスト副工房長」



 ◇◇◇



 昌憲とクロトが去った後、ケストは人員増が認められてホッと一安心だったのであるが、同時に不安も覚えていた。今はクロトが工房長として工房全体の管理をしてくれているが、あと数日でその業務を自分が引き継ぐことになっている。


 果たして経験が無い自分に工房長が務まるだろうか、職人達は自分についてきてくれるだろうか、魔工職人としての腕が振るえなくなるのではなかろうか、そう考えると不安が増すばかりである。ケストにも出世欲がないことはないのであるが、それにしても急ぎ過ぎだというのが彼の思いであった。


 ふとケストは思い返す。


 マサヤ一号店併設工房に採用になり、それまで働いていた工房を退職した時点では、これから魔工職人として多くのことを学び、最新の魔道具開発や制作に携われる喜びと興奮に満ちていた。


 それは、今まで働いていた工房では下働きもいいところで、ろくな魔道具を作らせてもらう事が出来なかったからで。仕方なく独学で研究を行い、腕に磨きをかけていたケストとしては、相当に不満がくすぶっていたのである。ようやく魔工職人として腕を振るうことが出来ると思えば、興奮するなという方が無茶であった。


 そしてマサヤ入社初日に見せられた魔道具の図面を見た時には衝撃を覚えた。この図面を書いた人物が噂の魔工技術者だということはすぐに分かった。


 噂ではその魔工技術者は黒狼を使役する竜討の英雄と呼ばれるほどの凄腕ハンターで、竜種の大群を一人で瞬滅し、さらに魔羊の大群まで相手にして何百という魔羊を一人で狩ったそうである。


 そんな英雄然とした化け物のような人物が設計した魔道具が、どれほどの物なのかと最初は眉唾感が否めなかったが、図面を見た瞬間んにそんなことは吹き飛んでしまった。


 今まで見てきた魔道具とは恐ろしく完成度が高く、使われている技術も最新どころか見たことも聞いたこともない高度なものだった。


 果たして自分はこの魔道具を図面通りに作ることが出来るのか? 図面に要求してある性能を出せるのか? という不安もあったが、それよりもこの図面に描かれた魔道具を作りたいという欲求の方がはるかに大きかった。


 そして研修を終えたのち、いよいよ魔道具の制作に取り掛かった。最初に渡された図面は最新式の重力低減魔道具の制作図面だった。魔力回路用の素子は既に用意されていたので、図面通りに回路を組んでから実際に魔力を流して出力を調子する。


 そして魔力波出力部分と、この工房で作った筐体の接続を行い、最後に実際に重りを乗せて出力を微調整すれば完成だ。魔力素子の見たことも無い小ささには驚いたが、最新の魔道具製作に携われる喜びは大きいものであった。


 この重力低減魔道具を一日で八台組み立てて調整することが、工房長から要求された仕事であったが、ケストは余裕でそのノルマをこなし、遅れている職人たちにアドバイスまで行っていた。が、その様子を見ていたクロト工房長にとんでもないことを命じられたのだった。


『私の片腕として副工房長をやってみませんか?』


 やってみませんか? と聞く形を取っているが、工房長の目は絶対に獲物は逃さないという猛獣のごときものだった。恐ろしすぎて絶対に拒否など出来るはずがない。


 入社前に集団で面接を受けた時は、小娘が工房長を務めるような工房が、はたしてまともな魔道具を作れるのか? こんな小娘に何ができる、といった不安とあざけりがあった。


 確かにクロト工房長は美しくて可愛い。それも、飛び切りの上玉だ。この娘が補助作業員や事務職員であったなら、どれほど華やかな職場になることかと思った職人も多いはずだ。


 現にケストもそうであったし、そうだと思い込んで食事に誘おうかとも思った。しかし、その願いは無残にも打ち砕かれたのである。いや、今となってはあの時誘わなくてよかったと心から思っている。


 鉄の丸棒を素手で折り曲げる腕力。いやらしい目つきで執拗にデートに誘おうとした不埒者を、一瞬で伸した恐ろしいまでの戦闘能力。


 そして、制作サンプルと称して目の前で重力低減魔道具を瞬く間に組み上げた魔工職人としての腕前。魔工職人としても男としても、すべての面において圧倒されてしまった。再度言うが、そんな彼女の命令にケストは逆らえるはずがなかったのである。


 マサヤとは創業者然り、その直属部隊然り、色々な意味において別次元の人間が要職に就く、まさに魔窟であったとは、後にマサヤの取締役技術部長にまで上り詰め、大陸屈指の魔工技術者と言われるまでになったケストの言である。



 ◇◇◇



 俺はマサヤ一号店併設工房からジーニャ商会本店へと出向き、会長室にいるはずのファンヴァストをまさに急襲した。


「邪魔するぞ」


 とだけ叫んでノックもせずに勢いよく会長室のドアを開け放つ。会長室で午後一のティータイムを満喫していたファンヴァストも肝が座っているようで、突然の襲撃にたじろぐこともなく、ゆるりとした動作でカップを口に運んだ。


「何用ですかな? マーサ殿も一服しなされ、美味いですぞ」


 そう言ってお茶を進めてくるファンヴァストに、勢いをそがれ、俺は何事もなかったように戸棚からカップを取り出して、ソファに腰を下ろす。


 もはやジーニャ商会の会長室は、俺にとって勝手知ったる憩いの場となっているのだ。ジーニャ商会本店の幹部には既に知れていることだが、こんなことを他の社員が知れば卒倒すること間違い無しである。元来、ファンヴァストは自社の社員には恐れられている存在なのだ。


 ファンヴァストが手慣れた手つきで、俺が差し出すカップにお茶を注いだ。


「注文の魔道具だが」

「重力低減魔道具ですかな」

「明日には出荷できそうだ」

「それは僥倖ですな。もう数日かかると思うておりましたゆえ」

「ケッ、あれだけ煽っておいてその台詞か」

「なになに、急いでおったのは事実ですぞ。注文は今でも入り続けておりますしなぁ」

「…………」

「いかがなされましたかな?」


 俺は「この狸ジジイめが」と言いそうになったが、この世界に狸に相当する獣がいないことに気づいて喉元まで出かかった言葉を止めたのだった。


「それはそうとマーサ殿。あの指ぱっちんランプの事ですがの」

「魔導ランプだ。それがどうした?」


 クールに聞き返しているつもりではあるが、最も気にしている魔道具の話が出て、俺の内心はドキドキである。しかも、ファンヴァストが言い難そうにしていることから、話の内容が喜ばしいことではないことが容易に想像できた。


「まったく売れていないわけではございませんが、そろそろ中央の棚から奥の棚へと移動させたいと要望が来ておりましてな」

「あと十日だけ待ってくれ。秘策を考えてあるんだ」

「困りましたなぁ」

「な、あと十日だけだ。なっ」


 執拗に拝み倒す俺を見て、ファンヴァストは渋々ではあるが不思議そうな顔でその要求をのんだ。

 

 明後日にマサヤ一号店が開店を迎え、その翌日にはアトロに注文した衣装が届く手はずになっている。俺はこの時、萌え萌え魔女娘作戦で魔導ランプの売り上げを伸ばすことに、いちるの望みをかけていたのだった。

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