第二十六話:マサヤ二号店~科学者の意地とドキドキのリリルリーリ~
昼食を終えたリリルリーリが希望を胸にマサヤ二号店舗へと舞い戻れば、まだ改装作業は続いていたものの、午前中と比べて慌ただしさが無くなっていた。職人たちに指示を出していた少女と目が合う。
「戻ってきた。面接は奥のスペースでやるからついて来てね」
言われるがままに少女のあとについて行くリリルリーリ。売り場になるであろう装飾が施された奥のスペースには、たくさんの椅子が並べられ、すでに二十人を超える応募者たちが座っていた。
「適当な椅子に座って待っててね。午後一の鐘が鳴ったら順番に面接をはじめるから」
そう言ってフロントフロアに戻った少女を横目に、リリルリーリが空いている椅子に腰を下ろす。募集されたのが販売員とあって、集まった応募者はほとんどが若い女性であるが、男性も何人か見受けられた。
リリルリーリは思い出す。募集されていたのは十人だった。はたして合格できるだろうか。午前中のウキウキドキドキした気分が嘘であったかのように、リリルリーリは不安になっていった。途端にほかの応募者たちがみんな美人で優秀に見えてくる。
今日の朝までは、とりあえず応募してみようと気楽に構えていたリリルリーリであったが、店内の雰囲気を知ってからは、この店で働きたいという想いが強くなっていた。
そうなると、途端に不安な気持ちが顔を覗かせるのである。もうすぐ午後一の鐘が鳴るはずだ。ドキドキと高鳴る胸の鼓動がリリルリーリの中で大きくなっていく。
そんな時間を過ごしていた彼女の耳に、とうとう午後一を告げる鐘の音が響いてきた。そして数秒ののち、リリルリーリをこのスペースまで案内した少女が応募者たちの前に現れたのである。
「今から、マサヤ二号店の販売員面接をはじめるよ。はじめに言っておくけど、マサヤ二号店は魔道具と日用品を取り扱うお店です。お客さまはほとんどが中流以上の人たちで、販売員には礼節のある接客が求められるから、そのことを良く考えて面接に臨んでくださいね。それから、わたしの名前はラキ。これでも一応、マサヤ二号店の店長さんです。それでは前列の左端の人から面接をはじめましょう。この奥の部屋に一人ずつ入室してくださいね」
そう言ってスペースの奥にある部屋へと入っていったラキと名乗った少女。彼女の正体はIALAの一体なのであるが、昌憲の指示を受けたアトロによってマサヤ二号店の店長に任命されている。
リリルリーリは、まさかあの少女が店長だとは露とも思っていなかった。それが彼女の嘘偽りない気持ちであるが、その驚きが彼女の緊張を若干やわらげる結果になったことは、これから面接を受ける当人にとっての幸いであろう。
そして、結果からいうとリリルリーリは面接に合格していた。それは、店長であるラキが彼女を一目見た瞬間に採用を決めていたことにある。
なぜラキが一目見て採用を決めたのかといえば、彼女の物腰の柔らかさと、何よりその美貌にあった。小売店で物を売る仕事において、接客時の態度と美貌は絶大なる効果を発揮することが確実だからである。面接では彼女の人格に問題がないかどうかを確かめただけだったのだ。
二十名を超える応募者の中からラキが採用した人数は八名だった。内わけは男性二名女性六名である。本来は十名の販売員を採用したかったのであるが、ラキの眼鏡に適ったのが八名しかいなかっただけのことだ。
そしてその十日の後、昌憲がエルト共和国に入ってからは約二陽後、未だ建造中の一号店より先にマサヤ二号店が首都エルティアスの繁華街にオープンした。
無事にマサヤ二号店の販売員に採用されたリリルリーリは、同時に採用された七名と共に、店長ラキによって徹底的に販売員としての仕事を叩き込まれていた。
さらに、ラキの希望によって販売員たちをフロアスタッフと呼ぶことになった。今までの学生生活とはかけ離れた環境に置かれたリリルリーリではあったが、研修では持ち前のポジティブ思考と頑張りを発揮して、若いながらも八名を束ねるチーフに任命されたのである。
「リリィチーフ、今日は店のオーナーであるわたしのぬしさまが来店します。くれぐれも粗相がないようにフロアスタッフのみんなに徹底させてね。でも、お客さま第一なのは忘れちゃダメだよ」
リリィとはラキによってつけられたリリルリーリの愛称であるが、ラキが「ぬしさま」と呼ぶ男の噂は、リリルリーリも同期のフロアスタッフたちから聞き及んでいた。
なんでも、その男は竜討の英雄と呼ばれ、一人で何頭もの竜種を瞬殺した化け物だとか。リリルリーリはそんな恐ろしい男がこの店のオーナーで、しかもオープン初日の今日、視察に訪れるということをラキに言われてその身を震わせたのである。
「わっ、分かりました。ラキ店長」
「そんなに怖がるとぬしさまが悲しむから普通にしていてね」
「頑張りますっ!」
開店準備を終えたフロアスタッフたちがリリルリーリを中央に整列し、店長ラキが訓示を述べる。
「もうすぐマサヤ二号店は開店を迎えます。マサヤには一号店もあるけど、二号店が一番最初に開店するからフロアスタッフのみんな、頑張って行こー」
元気よく拳を突き上げたラキの訓示を合図に、フロアスタッフたちは売り場に散っていったのだった。
オーナーが来店するという緊張と、はじめての接客に対する緊張とで、ドキドキしながら開店を迎えたリリルリーリだったが、開店と同時に並んでいた客が入店してきたことで、彼女の緊張は吹き飛んでしまった。
無我夢中で教えられたとおりの接客をリリルリーリはこなしている。あっという間に時間が流れ、もうすぐお昼という時間帯になって今までの客とは雰囲気が違う男が入店してきた。
その男はフロントフロアの中央まで歩くと、腕を組んで周囲を見渡している。リリルリーリは意を決してその男に話しかけた。
「何をお探しでしょうかお客様」
声を掛けられた男は、苦笑いを浮かべながら頭をかいている。リリルリーリは何か失敗してしまったかと少し焦ったが、彼女の横からラキが現れ口を挟んだ。
「ぬしさま」
「ああ、ラキか。調子の方はどういう塩梅だ?」
「ぼちぼち、かな。今のところ魔道具はあんまり売れてないけど、日用品は売れてるよ」
「やっぱりそうか……商売とは甘くないもんだなぁ」
リリルリーリが噂から予想していたオーナー像は、厳つい大男であったのだが、目の前の男は背は普通より少し高いが、とても厳ついとは言えないスマートな男だった。
しかも、異国情緒漂う結構いい男である。普段からあまり男に興味を持たないリリルリーリでさえ、つい見とれてしまっていた。
「ぬしさまの相手はわたしがするから、リリィチーフは見惚れてないで接客に戻ってね」
ラキに指摘されて我に返ったリリルリーリは、恥ずかしそうにそそくさと接客に戻ったのである。
◇◇◇
時は流れ、マサヤ二号店の開店からは一陽弱、魔導ランプとフードつきローブの販売を開始してからは二陽が過ぎ去ろうとしていた。
しかしそれらの売れ行きは、まったく売れていないことはないのであるが、ジーニャ商会もマサヤ二号店も、ファンヴァストが予想していた通り芳しくない。
ファンヴァストの「当然でしょうな」という台詞が脳裏に浮かび、悔しくてしょうがないのであるが、売れていないのは事実だった。日用品は予想以上に売れて生産が追い付かないほどなのであるが、大本命が売れないのでは話にならないのだ。
資金的には日用品の売り上げと、重力低減魔道具の技術料とで、計画を上回るペースで増加し続けているので問題ない。しかし、件の魔道具が売れていないことが、俺の負けず嫌いを大いに掻き立てていた。
思い悩んだあげく、販売形式の変更を決意しする。ただし、形式の変更と言っても、魔導ランプやフードつきローブの拡販をあきらめた訳ではない。いや、あきらめられる筈がなかった。
あきらめてしまえばわざわざこの世界に転移してきた意義の、大部分が消失してしまうのであるが、もはやそんなことよりも、意地でもヒットさせてやるという気持ちになっていた。
それはさておき、販売形式のどこを変更するのか?それは、客へのアピール方法を変更するのである。
俺は地球にいたころに片腕であった男のことを思い出していた。その男とは、アトロやIALAの骨格と外装を設計した男なのであるが、この男、こと萌えとか美少女とかに一家言持つほどの、のめり込みようだった。
というか、語りはじめたら止まらなくなるので、萌えについての話がはじまると、はじめのうちは聞いているが必ず逃げ出したのは今となってはいい思い出だ。
その男曰く「萌えとは全世界共通の感情であり、言語である。したがって、萌えに越えられぬ障壁など存在しないのだ」だそうである。
そんな男が外装を設計したアトロやIALAは、萌えとか美少女とかに全く興味が持てない俺が見ても、確かにカワイイ。
現にこの世界の住人であるサッハディーリッツェなどは、アトロの強さに心ひかれたこともあるだろうが、こっ酷くフラれるまでは彼女に夢中だった。
であるならば、アトロやIALAを宣伝に利用しない手はない。奴の言うことが確かならば、この世界にも萌えは通じるだろうと考えたのだ。
アトロはIALA全体に指示を飛ばしているので動けないだろうが、IALAの中から特にカワイイ個体を選りすぐってデモンストレーションをしよう。そう考え、すぐさまアトロに指示を出したのである。
『アトロ聞こえるか、IALA中から四体ほど特にカワイイ個体を選抜してくれ』
『は?』
『基準はお前に任せるからとにかくカワイイ個体だ。調べたところ、魔道具の購買は男に偏っている。日用品はどちらにもよく売れているが、魔道具を買うのはほとんどが男だ。これは俺が作った魔道具以外でも傾向が同じだとファンヴァストに聞いた。だからIALAにデモをやてもらう。分かったな』
『はぁ』
アトロからは恐ろしく投げやりな返事しか返ってこない。しかし俺は遠慮なく依頼を続けた。
『それからもう一つ頼まれてくれ。地球から持ってきたデータベースで構わないから、男どもが好きそうなローブが似合う女物の衣装、タイプは魔女娘限定だ。それを至急調べて数パターン制作してくれ。IALAに着せたい』
『マーサ、貴方の要求はよーく分かりましたの。ですが、計画に追加された日用品の制作にただでさえ手数を取られている今の状態で、そこからさらに四体ですか。当初の計画からかなりの遅延が発生しますが宜しいので?』
『止むを得まい』
ここはひとつ、奴の言う萌えの力とやらを信じてやろうじゃないか。最終目的の達成は時間が掛かってもかまわない。
アトロに指示を出してからマサヤ二号店に赴くと、鼻息を荒くして店長室へとラキを連れ込んだ。 もちろんラキを押し倒したりすることが目的ではなく、魔道具売るためのアピール方法変更をお願いするためである。相手がたとえIALAであろうと、女を押し倒すほどの度胸はない。
「ぬ、ぬしさまご乱心。外はまだ明るいよ」
ラキもなにやら勘違いしているが、俺の望むファンタジー世界を実現するためには打開策が必要なのだ。
「ラキに頼みがある。数日後にはアトロから衣装が送られてくる。お前ともう一人販売員からカワイイ娘を選んで、その衣装を着て魔導ランプとローブのデモをやってくれ」
突拍子も無い話をいきなり聞かされてキョトンとしているラキに、俺はごくごく真剣な面持ちで話を続けた。
「お前も気付いているだろうが、魔道具の売れ行きが芳しくない。ここはひとつ手を打つ必要があるんだ。カワイイ衣装も着れるから協力してくれ。お願いだ」
ラキはカワイイ衣装と聞いてとたんに瞳を輝かせはじめた。彼女は確かにIALAであるが、好き嫌いは存在するし、話し方や性格なども各個体によって異なっている。
その理由は、内蔵されたAIの学習過程で、情報を取り込む順序の違いなどによって生じる個体差、つまり、個性なのである。
「もちろん喜んで協力するよ、ぬしさま。どんなお洋服が来るのか楽しみ」
ラキが快諾してくれたことに安堵し、息つく暇も無くその足で完成間近のマサヤ一号店へと向かうのだった。こんなことに時間を取られていては、冒険に出るという本来の目的が遠のくばかりだ。望む世界を構築することに手間暇を惜しむつもりはないが、時間を無駄にするような愚は犯さないのである。




