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第二十三話:首都エルティアス~科学者の豪快な買い物~


 エルト共和国で生活をはじめて十日が過ぎようとしていた。この間に俺は、ファンヴァストに紹介された数軒の工房やメーカーに、自分が持つ技術の使用権と引き換えで、魔道具の部品製造や組み立てを躍起になって依頼して回っている。


 そして、通商ギルドに登録した屋号『マサヤ』の看板を掲げた店舗第一号となる物件を物色し、その選定作業に入っていた。今日もファンヴァストと共に、店舗候補となる空き物件を見て回っている。


「これで五件目だが、工房と売り場を併せ持つ良い物件はないもんだな」

「そうでございましょうな。マーサ殿のご要望に沿える物件となりますれば……」


 なぜか俺に同行し、空店舗を紹介して回るファンヴァストが考え込む。そして、はたと思いついたように手を打った。


「あの物件ならば……」

「どうした? いい物件があるのか?」


 ファンヴァストは手を打ったまま固まり、再び考え込んでしまった。


「広さだけならマーサ殿のご要望にお応えできるのですが……」

「ですが?」

「立地条件がですなぁ」

「立地条件がどうしたんだ、はっきり言ってくれよ」

「この国に貴族はおりませんが、それに準じた裕福な人々が集まっている区画がありましてな、準貴族街とでも言いましょうか」

「もったいぶらないでくれ。その物件はそこにあるんだ?」

「ええ、近隣は金持ちばかりだとはいえ、人通りがとんとありませんでな、商売には向かんのですわ」

「考えるより見た方が早い。案内してくれるか?」

「マーサ殿がそこまで仰るならば、近いことですし参りましょうか」


 半時ほど歩いて到着したのは、ファンヴァストの言うとおり、まさに貴族街を連想させる一角で、無駄に広い石畳の道を挟んで豪邸が立ち並んでいた。


 その豪邸の中に数年は人が住んでいないであろう、手入れが滞っている物件が目についた。広さは一万平米ほどで、手前にだだっ広い庭があり、その奥に三階建ての豪邸が鎮座している。


 しばし考え込んだ後、この物件を購入することにした。今までさんざん渋りまくっていたというのに、やけにあっさりと決断しのにはそれなりの理由がある。


「この物件を買おう。いくらだ?」

「これまた、なんと! 本当によろしいので? まだ中も見ておりませんのに」


 呆れるほどに慎重だった俺が、まさかと思う物件で即決したことに、ファンヴァストが目を丸くした。


「ああ、気に入った。広さだけだがな」

「ですが、ここでは客足が望めませんぞ?」

「なに、構わんさ。予定を変更して一号店では超高級品を取り扱う事にする。客はそのうち付いてくるだろう。で、いくらだ?」

「そうでございますなぁ。屋敷や庭の手直しもだいぶ必要な事ですし、このままの状態でしたら大金貨千二百枚といったところですか」

「高い!」

「マーサ殿には便宜を図ってもらっておりますから……キリのいいところで大金貨千枚ではいかがですかな?」


 頭の中で即座に換算した金額は日本円で二億五千万弱だった。現在、俺のギルド口座には億円相当の金貨がプールされている。半分ほどを使ってしまうことになるが、これからのことを考えればこの程度の金額は、はした金だった。


 それでもネゴするのは、俺が簡単な男だと思わせないためである。後から分かった話であるが、このときファンヴァストはかなり無理をしていたらしい。この物件は手入れがされていない状態で、大金貨千五百枚ほどがの相場だった。


「よし、その金額で買わせてもらおう」


 魔道具を売りさばくために通商ギルドに登録した屋号で、ここエルト共和国の首都エルティアスに工房併設の「マサヤ」一号店を出店するつもりでいる。


 そして、マサヤ一号店では超高級品から普及品まで幅広く扱い、マサヤブランドのショールーム的役割を受け持たせる予定でいた。しかし、その目的に合致する空き物件が見つからない今、急きょ予定を変更してマサヤ一号店を金持ち相手の高級店にしようと決めたのである。


 金持ち相手の商売ならば人通りなど関係ないのだ。かえって金持ちが集まる区画に店を構えたほうが都合がいい。普及品はファンヴァストのジーニャ商会と、マサヤ二号店以降の店舗で販売すれば問題無いというのが俺の考えだった。


「ファンヴァスト会長、いくつか頼みがある。首都の人通りが多い区画に土地だけでいいから出来るだけ広い場所を確保してくれないか、それから、それまでのしのぎとして中規模の空き店舗を紹介してくれ」

「承りましょう」


 こうして、ファンバストに注文を出した俺は、一旦自らの屋敷へと帰還してマサヤ一号店の設計図面と、販売する魔道具や生活用品の選定作業を二日ほどで終わらせた。


 そして、とある計画のために既に起動させているIARA――前半部分のIALAは俺の造語でIntelligent artificial life form android(知的人工生命アンドロイド)の略であり、後半部分のRWは二世代目の改良品という意味である。これは、アトロの量産バージョンという位置づけだった――のうち数体を、エルト共和国の首都エルティアスで買い入れた屋敷の内装を改装するために投入したのである。


 その理由は、あの豪邸をエルト共和国での生活拠点にしようという考えからだった。


 俺は、マサヤ一号店店舗と併設工房の図面をファンヴァストに託すと、自らは再び屋敷に戻って、選定した魔道具のサンプル制作に没頭していった。一号店の店舗と工房は無駄に広い庭に建設し、店舗の前面には金持ちが使うであろう豪華な馬車でも、十台以上駐車できるスペースを設ける予定だ。


 二十日ほどで販売予定の魔道具サンプルをあらかた作り終え、アトロに当面の間店頭に並べる品の製作を依頼してから、豪邸改装の進捗状況を確認するためにエルティアスに舞い戻っていた。


「もうほとんど終わったようだな」

「ええ、本日中に完了できます。今日からここで生活できますよ」

「そのつもりだよ。クロト」


 クロトはIARAの一体であり、豪邸改装の指揮を任せている。その外見は、アトロに負けず劣らずの美少女だった。彼女の外見は純和風の黒髪美少女であり、アトロ同様の戦闘能力を保有している。


「改装が終わったら、お前以外はアトロの元に戻して引き続き計画を進めてくれ」

「了解しました」


 生活の拠点をエルティアスの豪邸に移した俺は、出店準備が進行する中、魔道具や日用品の製造計画と販売計画の細部を詰めたり、リサーチと称して観光がてらにエルト共和国に暮らす人々の生活様式などの調査を行っていた。


 その間に嬉しいニュースも飛び込んできた。魔工業ギルドに登録した重力低減魔道具の引き合い状況が、恐ろしいことになっているそうなのである。


 どう恐ろしいかは想像に難くないだろうが、とにかく引っ切り無しに問い合わせが入っているそうだ。さすがは魔工業ギルドの技術販売網と言いたいところであるが、これでマサヤ開店資金にもかなりの余裕が出来ることは、俺にとって幸運だった。嫌な思いをしてまで技術登録した甲斐があったというものだ。


 ファンヴァストに出店準備を託してからすでに一陽弱の時間が経過していた。二号店舗はその間に契約を済ませ、内装を改装中だ。俺は今、ファンヴァストに進捗状況を聞こうとジーニャ商会本店の会長室に来ている。


「進捗状況を聞きたいんだが」

「まぁまぁ、そう焦らずにお茶でもいかがですかな」

「そうだな、貰おうか」


 ファンヴァストは自ら茶の準備をし、テーブルに置かれた白磁のカップに薄い赤茶色の茶を注いだ。俺は茶が注がれ、湯気が立つ白いカップに口をつける。


「うん、美味い茶だ」

「そうでございましょう。サンタニア産の最高級発酵茶ですからな」

「で、進捗の方はどうなんだ?」

「そうでございますな。一号店舗は工程の四割、併設の工房はほぼ出来上がっておりますぞ。それからですな、二号店舗に関しましては、もうまもなく改装が完了いたしましょう」

「なるほど、一号店は内装と外装にこだわったからな。時間が掛かるのはしょうがないか。先に工房が出来るのなら魔工技師の募集をそろそろはじめてくれ。人数は二十名程度で出来るだけ若い者を頼む」

「承りましょう」


 マサヤ一号店併設の工房では、店舗に並べる製品を製造するのは勿論のこと、金持ちの特注要請や改造依頼があった場合にも、即座に対応できるように腕のいい魔工技師を雇う予定である。


 普通であるならば何日も待たされるところを、ものの数時間で客の要望に応えることができれば、それは大きな武器になること間違い無しだろう。


 さらにその噂が広まれば、大陸各地から王侯貴族の使いが押し寄せる絵姿すら想像に難くない。さらにさらに、魔工技師達にはここで俺の知識を授け、腕を磨いてゆくゆくは独立してもらい、俺色に染まったファンタジー色の強い魔道具を、この世界に拡散させる役目を担ってもらうつもりでいるのだ。


「次に二号店だが、販売員を十名ほど募集したい。客層は中流から上流階層を想定しているから、それに合った人員だ。頼まれてくれるか」

「それでしたら街角の掲示板で募集をかければ直ぐにでも集まりましょう。募集条件を少し厳しめにすればいい人材が揃いますな」

「ならば募集要項は俺のほうで作ろう。最後に、空き地の確保はどうなっている?」

「これが難航しておりましてな。中規模店を建設できる程度の土地ならいくつか候補がございますが……」

「しかたない。気長に待つとしようか」


 本来商売敵にあたるマサヤの店舗開店準備を、ファンヴァストが手伝っていることには理由がある。その理由とは、マサヤ店舗の準備をすることが、マサヤ印の魔道具や生活用品を優先的に入荷できる権利と引き換えであるからだ。マサヤは直売店を営業する予定ではあるが、そもそも本業がメーカーなのである。

 


 ◇◇◇



 昌憲がエルト共和国で開店準備に追われているころ、首都エルティアス西部にある住宅街の掲示板に従業員募集の張り紙が掲示された。仕事の内容は魔道具や生活用品の販売員である。


 その張り紙を食い入るように見つめている、ひとりの若い女性がいた。彼女は幼少のころ、北方の帝国に属する小国の貴族の家で暮らしていたのだが、たび重なる農産物の不作による飢饉の影響で家が没落し、国を追われて自由の国エルト共和国に落ち延びていた。


 そんな彼女の名はリリルリーリ・クロムウェル。魔力の高い貴族出身らしく色白で、淡いモスグリーンのサラサラとしたショートボブがよく似合っている。


 落ち延びてきたころは食うや食わずの生活を強いられていたリリルリーリであるが、もともと真面目な父親の頑張りもあって、今では中流家庭の娘として普通の生活を送っていた。学校を卒業したばかりの今は、仕事を探している最中である。いい仕事はないかなと掲示板まで様子を見に来たところに、この張り紙を見つけたのだった。


「新しく開店するお店の販売員かぁ……難しそうだけど、お給料もいいことだし応募してみようかな」


 しばらく悩んだリリルリーリは、販売員募集に応募しようと決めたのだった。


 そして三日後の昼前、面接のために新調した真新しいうす桃色のタイトなスーツに身を包んだリリルリーリは、開店準備で慌ただしい「マサヤ」と書かれたお洒落な看板の店舗へと来店していた。入り口の大きなドアは開け放たれており、多くの人が慌ただしく動き回っている。


「あのぅ、このお店の販売員に応募したいんですが」


 リリルリーリが声をかけたのは、店内で内装の仕上げをする厳つい職人たちに、臆することなく矢継ぎ早に指示を飛ばしている若い女性だった。


 いや、若い女性というよりは、まだあどけなさが残る少女だった。その少女は、薄い水色のロングヘアをなびかせながら慌ただしく動き回っている。


「ん? 販売員に応募の方ですか、ちょっと待っててね」


 待つように言われたリリルリーリは、店内の様子をしばらく眺めていた。まだ商品は陳列されていないが、店内は非常に明るく清潔感があって、リリルリーリは一発でこの店のことが好きになってしまう。


 そして、待つように言ってきた少女が、店舗の入り口に立つリリルリーリのところに駆けよってきた。


「お待たせしちゃったね。先に言わなくてゴメンナサイ。面接は午後からだから先に昼食を済ませてくるといいよ。午後一の鐘が鳴るまでにまた来てね」

「そうですか、分かりました。午後一の鐘が鳴るまでですね」


 リリルリーリはそう言って、優しい笑みを浮かべた少女に安堵の笑顔を返すと、この店で働く自分の姿を想像しながら昼食に出かけたのだった。

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