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第二十四話:魔工業ギルド~科学者はかく語りき~


「私は試験官を務めるミラヴァスト、彼は助手のランサードだ」


 既に重力低減魔道具と無詠唱召喚魔法の情報が伝わっているからだろうが、ミラヴァストとランサードの俺を見る目に蔑みの色は見えなかった。それでもこの二人からは、どこか自尊心の高そうな雰囲気がにじみ出ている。


「俺は平沢昌憲だ。何をすればいい?」


 ぶっきらぼうにそう言った理由は言うまでもないだろう。受付の際にひと悶着あったことを思えば、魔工業ギルドの人間に笑顔を見せる気になれかった。


 しかしその内心を吐露すれば、受付やその他職員の度肝を抜くことに成功したこともあって、それほど不機嫌ではない。ここの人間が気に食わないことに変わりは無いが。


「ずいぶんと気が早い御仁のようだ。当ギルドに加入したいのならばその実力を示せば良い。試験は持って来たサンプルの原理を我々に説明するだけだ」

「なるほど、それならば簡単なことだ。性能は既に聞き及んでいるだろうから説明をはじめる」


 受付のときに散々馬鹿にされたことが気に食わない俺の台詞には、大人気ないことではあるが、暗に「お前達が理解できるならばな」という嫌味が込められていた。


 さらに、一応これからどうすればいいか聞いてみたが、試験の方法はすでに調べてあった。そしてその準備は万全である。


 コートのポケットからやおらスパナとドライバーを取り出し、テーブルの上に乗せた重力低減魔道具を手際よく分解していった。


 いくらこの世界が中世ヨーロッパに近い文明を持ったファンタジー世界であろうと、ねじやそれを締め外す工具くらいは存在している。現に、分解の様子を眺めている二人もスパナとドライバー、外されたねじを見て特に驚いた様子は見せなかった。


 それどころか、二人とも中身が気になって仕方がないようである。その証拠に、分解している手の動きをかいくぐるように顔の位置を動かしては、魔道具の中を覗き込んでいた。


 外枠などのカバーが取り外され、あらわになった重力低減魔道具の内部が試験官二人にいよいよお披露目される。


「これは……なんと精密な魔力回路だ。それに、この素子の小ささはなんだ」

「そうあせるな。今から説明しよう。いや、その前に一つ聞いておきたい。今から話す内容は機密扱いだよな?」

「当然だ。それがどんなレベルの発明だったとしても、試験で説明された内容が外に漏れることはない。外部に漏らしたりすれば、私たちはギルドから追放されて指名手配になってしまう。そんなことより早く説明ししたまえ」


 試験官二人の視線は、魔道具の魔力回路に釘づけだ。


 ここで魔力回路について少しばかり説明しておくと、魔力回路とは地球でいう所の電気回路に非常に近いものである。違いは導線が金属ではなく魔力導体であること、ハンダに相当する魔力伝導性の良い接合剤が使われていること、電気ではなく魔力で動作することである。


 素子類については、例えば電気回路ではコンデンサに相当する魔力を一時的に貯めて放出することが出来る素子や、ダイオードやトランジスタに相当する魔力のスイッチング素子、魔力波形の位相を遅らせたり出来るコイルに相当するもの、魔力を電力に置き換えた電池に相当するものまで存在していた。


 これらの魔力素子や魔力導線はこの世界に既に登場している技術であり、こと魔力回路技術に関しては、地球で言えば二十世紀後半に存在した電気回路相当の構成技術をこの世界は有していた。


 魔道具に使われている導線や素子類は、この世界のものよりも遥かに小さくて高効率であるが、この世界の技術水準にある程度迎合したものとなっている。その理由は、出来るだけファンタジーな世界観を壊したくないからに他ならなかった。


 なんでそんなことを思ったかだって? それはこの世界で魔導回路と呼ばれるものが魔方陣そのものだったからだ。この世界で数少ない俺の理想にあった様式だ。本来なら無機質な電子回路、要するに電子基盤のように魔導素子を配置すれば効率が上がるのだが、そんな無粋なことは俺の矜持が許さなかったのだ。


 これを改悪などと言ってバカにするやつがいたら俺の前に出てきやがれ。そんなやつは渾身のパンチをお見舞いしてゴミ捨て場にポイだ。


 そんなことを頭の片隅で考えながら、説明をはじめたのだった。


「分かった。ならば説明をはじめよう。まずこの回路だが、この出力部から放出される魔力波形を利用して――」


 こうして重力低減魔道具の魔力回路の動作原理を説明していったが、その原理が試験官二人にさらなる驚愕と興味を抱かせる結果となったようだ。いけすかない奴らだが気分は上々である。


「すばらしい! なんとエレガントな魔力回路だ。しかもこのような重力操作原理があったとは驚きだ。しかし、いまいちイメージが掴みづらい。もう少しかみ砕いて説明してくれないか」


 説明された重力低減魔法は、この世界で常識とされている魔法とは原理そのものが違っていたのである。もともと俺は、重力物理学の権威と言っていいほどの科学者であり、当然ではあるが、この世界に住む誰よりも重力に関しての造詣が深かった。


 この世界で使われる重力魔法は、言うならば魔力で余剰次元部分を掴んで持ち上げたり、押し上げたりしているだけなので、どちらかといえば念動に近い原理を基にしている。


 対して、俺が使用している重力魔法は、質量同士に働く重力相互作用に干渉するものであり、重力相互作用を媒介する重力子を余剰次元から直接制御する仕組みだった。理由はそのほうが格段に効率がいいからである。


 効率がよければ消費するエネルギーも少なくて済み、魔道具もコンパクトに作ることができるし、パワーも格段に上がるのだ。


 しかし、いくら重力子を媒介した重力相互作用に魔力で干渉するなどと説明したところで、そんな概念そのものが存在しないこの世界の住人には、俺の説明をイメージすることすら難しかったようだ。


 俺にとって重力理論は最も得意とする専門分野だけに、得意になって饒舌な説明を続けていたのだが。


「さっぱりイメージできんのだが、もっと分かりやすく説明できんのかね」


 もともと重力とは空間をゆがませる性質を持っているが、それをイメージ的に説明することは非常に難しい。そう考えて出てきた結論は、イメージしやすい三次元モデルに置きかえての説明だった。


「いいか、よく伸びるとても広くて薄い布をピンと張った様子を思い浮かべてくれ。その中心を下から摘まんで引っ張るとどうなる――」


 黒板にチョークのようなもので白線を引きながら説明すると、二人の試験官はウンウンと無言で頷いている。

 薄いゴムの膜を例えに使えばもう少し分かりやすいと考えたが、あいにくこの世界でゴムが発明されていなかったことを思い出し、よく伸びる布と言い換えていた。そして、その説明はさらにヒートアップして行く。


「布の上に小さな軽い玉を置くとどうなる? 小さな玉はどんどん速度を増しながら地上である中心に近づいていくよな――」


 こうして、重力による空間のゆがみと、その歪みに作用する魔力の関係について説明がなされたのであるが、この難解な説明に試験官二人は頷いていた。いや、表情から察すると、あまりよく理解してはいないがプライドが邪魔をして、理解したふりをしているのかもしれない。


 しかし、そんなことはどうでもいいことなのだった。要は、この重力低減魔法と魔力回路がいかに有用で優れているかを二人に認めさせればいいのである。試験はそれで合格できるだろうし、登録した技術にも箔がつくだろう。


「すばらしい技術だ。試験は合格とする。魔工業ギルドへの加入を認めようではないか」

「ならば、この技術を早速登録したいんだが」

「大歓迎だとも。加入手続きが済み次第登録させてもらおう。ついでに、この魔道具に使われている魔力素子の製造方法も登録していってもらえないだろうか」

「いや、素子の製造に関しては既に大量生産のめどが立っている。登録しても今のところ旨みがない。もし生産が追いつかなくなったら考える」


 ミラヴァストは、小型魔力素子の生産技術を登録してくれないと聞い落ち込んでいるようだが、それを斟酌する必要性を見いだせなかった。相手が高圧的に来るならこっちにも考えはある。ギルドの体質が改善されない限り深くかかわろうとは思わなかった。


 従来の重力低減魔道具がもつ低減効果はせいぜい四分の一程度。今回もたらされた技術を使えば、それが二十分の一にもなる。板バネ式のサスペンションと組み合わせれば馬車の振動は格段に減り、馬の消耗も少なくなるだろうし、高速化も図れる。


 荷車に組み込めば物資の輸送にも革命が起こるだろう。それらを考えれば、多少高かろうが王侯貴族や大商人からの注文が殺到するはずでだ。そして、その技術を採用したミラヴァスト自身の株も上がるはずだ。それで十分すぎるだろう。


 ミラヴァストにせかされるようにして加入手続きを済ませ、既に用意していた重力低減魔道具の原理図と設計図面を提出し、登録を済ませた。彼は助手のランサードを引き連れ、その原理図と設計図面を持ってそそくさと奥の部屋に閉じこもってしまった。


 結局そのあとに、あらためて俺が最も売り込みたい魔導ランプと、フードつきローブの登録申請をしたのであるが、登録審査担当の職員は、その技術が珍しくはあるがあまり役に立たないと言って、申請を却下してしまったのである。


「おのれ審査官め……最初からいけ好かない野郎だとは思っていたが、あっさりと却下しやがって。魔導ランプのすばらしさが理解できないとは、まったくもってセンスがない。この怒り、どうしてくれようか……」


 魔導ランプとフードつきローブの登録申請を却下され、怒りに震えながら魔工業ギルドを後にした。その夜はジーニャ商会会長のファンヴァストに紹介された高級ホテルに宿泊し、屋敷で作業中のアトロに愚痴をたれまくって溜まった鬱憤を晴らし、翌日から観光など後回しにして精力的に動き回ったのである。


 何をやっていたかといえば、魔導ランプとフードつきローブを拡販するために、ジーニャ商会が営業するいくつもの小売店舗に赴き、それらのディスプレイ方法や使い方などを店員に指導していたのである。


 誰になんと言われようとも、俺が拡販したい大本命は魔導ランプとフードつきローブなのだ。ファンタジー世界を想う俺の信念がブレることは決してないのである。


 さらに、魔工業ギルドの職員に馬鹿にされ、幾つかの魔道具、それも気に入っているものに限って不採用にされたこともあり、新たな目標ができた。それは、不採用になった魔道具を拡販して魔工業ギルドに後悔させることである。


 大人気ないと言われるかもしれないが、俺は聖人君子などでは決して無く、割と俗物的感情を持った普通の人間なのだ。


 こうして新たな目標を得、エルト共和国での生活がはじまったのだった。

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