第二十三話:魔工業ギルド~蔑まれた科学者の反撃~
ファンヴァストに促される形で次の製品説明をはじめることにした。ここからが俺の願望を叶えるための正念場だ。それは分かっていた。
分かっていたのだが、これから説明する物が普及して行くかも知れないと思うと、ついつい自然に顔が綻んでしまう。それを止める事ができなかった。
「ふふん、ではコレから説明しよう」
はやる気持ちを抑えきれず、得意げに鼻を鳴らして手に取ったのは、一見何の変哲もないランプだった。そのランプをテーブルの中央に置き、そして右手を突きだし、おもむろに指をパチリと鳴らす。
いわゆるフィンガースナップ、またの名を指ぱっちんというが、その音と共にランプが灯った。俺は期待を込めてファンヴァストの反応を待っている。
「おおぉ、これは……また何とも……いや、何と申しましょうか……微妙でございますなぁ」
なんだその微妙な反応は。俺が期待していたのはそんな反応じゃないんだ。なにかもっとこうあるだろ?
二人の間に沈黙の時間が流れる。
しかしここで焦ったり諦めたりしてはいけない。重力軽減魔道具の交渉で掴みには成功したんだ。あとはプレゼンの腕次第だ。そう考え、身振り手振りを交えて説明を続ける。
「この魔導ランプは、手が離せないときに離れた所からでも点けることが出来る優れものだ。点けるときには魔力を使うが、平民でも楽に使うことが出来る。しかも点け方がスマートで恰好いいだろ――」
懸命な説明にもかかわらず、ファンヴァストの表情が晴れることは無かった。しかし、ファンヴァストは考えこんでいる。
「分かりました。この、指ぱっちんランプですか、当商会で取り扱いましょう」
「魔導ランプだ」
魔導ランプの商談はなんとか成立した。しかしその反応はお世辞にも良いとは言えなかった。ファンヴァストの反応を見るに、この世界の人々の感性と俺の理想はかけ離れていることが確認できたといえるだろう。
となると、アルガスト王国の国王親子は俺に感性が近い分貴重な存在だと言える。もう少しお近づきになっておいたほうがよかったか……。いや、覇王の剣を献上できて顔を覚えられただけでも僥倖だったとみるべきか。
最後の一品であるフードつきローブの商談に入ったが、こちはもファンヴァストの反応は芳しくなかった。
「このフードにはなにか秘密でも?」
「そのほうが雰囲気出るだろ?」
確認のためにと、あえて俺の感性をさらけ出してみたが、彼はうなだれて脱力しただけだった。これではっきりした。これでもファンヴァストは大商会の会長を務めるほどの男だ。売れる商品を見きわめる目は確かなはずだ。
やり取りの末に商品として取り扱ってもらえることにはなったが、彼の眼力を信用するならば何か対策を講じておく必要があるだろう。
ファンバストとの商談を終えた翌日。朝のうちに契約書を取り交わした。そのままの勢いで意気揚々と入会試験を受けるために通商ギルドへと赴く。
通商ギルドはギルド立国のエルト共和国において最大の組織であり、その本部は一つの街と言えるほど巨大なものだった。あらかじめ試験場所を調べておいたから良かったものの、何も知らなければ幾つもある建物の中から目的の建物を探すだけでも苦労を強いられるだろう。
通商ギルドの入会試験は随時行われており、紙が貴重なこの世界では、試験官が口頭で出題して受験者はその問いに口頭で回答する形式をとる。問題は主要国の税法や商法から出題された。当然ながら、それらの法律を既に頭に叩き込んでいる。余裕で合格することが出来た。
その後会員カードを受け取った俺は、通商ギルドに屋号を登録し、その足で昼食もとらずに魔工業ギルドへと赴いた。
屋号を登録した理由は、製品直売や流通も手がけるメーカーを創設するためである。ちなみに、カードを受け取るのも屋号を登録するのも別の建物であり、登録した屋号は「マサヤ」だった。
「次が問題なんだよな」
陰鬱な気持ちで魔工業ギルドに到着した俺は、その雰囲気と光景に思わず絶句する。建物の外見は一般的な赤レンガ造りの見慣れたものだった。見慣れたといっても通商ギルド同様恐ろしく巨大な建物群である。
その中の試験棟と呼ばれる建物が試験会場であり、魔工技術の登録所だった。
魔工技術職が強い試験棟は、その役割から魔工ギルド本部――紛らわしいが、ギルド長などが仕事をする本部は別にある――と別称されており、その内装は今までこの世界で見てきたどの部屋よりも現代的であって、俺のイメージを壊すものだったのである。
しかも、中で働いている職員たちの恰好がいけ好かなかった。どう見ても地球のツナギ姿であったり、この世界の襟なしスーツであったり、白衣のようものを羽織っている者さえいる。
「最悪だ」
思わず声に出してしまったが、いくら工業という名が付こうと、ここは魔法に関しての技術、言わば魔法学の専門家たちが集う場所だ。、ローブやマントを羽織った者や、つばの広いとんがり帽子姿の者たちが居なくてはいけない。イメージを完全に壊された俺のテンションは駄々下がりだった。
さらに、職員たちの目つきがよろしくない。明らかに人を馬鹿にしたような見下す目つきだった。俺のイカしたハンタースタイルが原因だろうが、小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべている者さえいる。
職員達のこの行為が、イメージを壊された腹立たしさを増幅させたのだが、ここはグッとこらえて入会試験を受けることにした。
もともと、魔工業ギルドに関わる者たちの間には、ハンターや傭兵に対しての差別意識があるとファンヴァストからの忠告があった。学の無い者が多く粗暴であるという、ハンターや傭兵たちに対する偏見と、自分たちには教養があり、社会的上位者であるという選民意識から来るだろうと彼は分析していた。
「こうも雰囲気が悪いとさすがに帰りたくなってきた」
なんとも居心地の悪い雰囲気であるが、魔工業ギルドに登録して技術や製品を売りさばかねば、俺の野望も願望も達成できない。どんなに居心地が悪かろうと、馬鹿にされようと、見下されようと、試験を受けて技術を登録しなければならなかった。
魔工業ギルドと敵対しても、まだ人脈が狭い俺には良いことが何もない。敵対するギルド組織を創設し、俺の持つ知識をある程度使えば、時間は掛かるだろうが今の魔工業ギルドを潰すことは可能かもしれない。
しかし、俺はこの世界の人々にケンカを売りに来たわけではない。確かに今はケンカを売られている状況に近いが、それはギルド職員たちが俺の能力を知らないからだと思うことにした。
全てではないだろうが、たとえ魔工業ギルド職員が人間的に腐っていたとしても、圧倒的な知識を知らしめてやれば、自身を恥じる者も出てくるかもしれない。それにだ、俺の能力を知って屈辱に打ち震える愉快な姿が見れるかもしれないと思えば、自然と口の端は上がっていいく感覚を覚えた。
蔑みの視線が集まる中、入会受付カウンターに持参した重力低減魔道具をおもむろに置き、職員に対して口を開いた。入会試験を受けるためには、所持している技術を記した書面か、試作サンプルを提示して、試験を受けるだけの能力があると示さねばならないのだ。
「入会試験を受けたいんだが。これが製品サンプルだ」
受付に座る丸眼鏡をかけた銀髪の若い男性職員が、いぶかしむ視線を重力低減魔道具に投げかける。その表情は、場違いな場所にずうずうしく現れた愚か者が、得体の知れない紛い物を持ち出したと蔑んでいるように感じられた。
被害妄想かもしれないが、こんな大人は地球で嫌というほど見てきたのだ。俺が子供だと思って嘗めた対応を取ってきた大人たちを思い出し、どこにでも自惚れた勘違い野郎はいるもんだと憐身さえ感じていた。
「これは何でございましょうか?」
「重力低減魔道具だ」
職員は俺が提示したサンプルを見て小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。そして、学の無い愚か者に接するような態度で口を開いた。
「ご冗談を、この小ささで重力低減が出来るはずがありません。いいですか、ここは大陸でも有数の術者や技術者が集まる場所ですよ。こんな玩具は他所に持って行ってください」
「おいおい、確かめもしないでその台詞は無いだろう? いいか、もう一度言うがこれは正真正銘の重力低減魔道具だ」
俺はそう言いながらも、馬鹿にされたことには憤りを覚えているが、反面、面白い展開になってきたと、その内心でほくそ笑んでいた。
しかし、俺がそんな不埒なことを考えていることなど知る由も無い職員は、素直にあきらめて帰ろうとしない不届き者対して、不機嫌そうな表情を隠そうとしない。
「そこまで仰るのならば、確かめさせていただきましょう。その代り、これがまがい物だった場合は出入り禁止にさせていただきます」
「ククククッ、いいだろう。実際に確かめて驚け、そして俺を馬鹿にしたことを悔いるがいい」
俺は職員のあまりにもあからさまな態度と物言いに、こらえていた感情を噴出させていた。そして、苛立ち引きつった怒り顔で、サンプルを確かめるために奥へと持っていこうとした職員をその手で制した。注目を集めている今こそが、最大のデモンストレーション機会だと判断したからである。
「まあ待て、大勢が見ているこの場で確かめさせてやろう」
大声でわざとそう言った昌憲がおむろに右手を突きだすと、サンプルが乗るカウンターに大きな金のインゴットが三本無詠唱で召喚された。
この世界の魔法に関する常識では、よほど高位の魔術師でもないかぎり、詠唱を省略できない。身体強化魔法を別にして、無詠唱魔法を行使出来るということは、それだけで術者が高位であることの証明になるのだ。
本心を言えば格好いい詠唱を職員たちに聞かせてやりたかったのだが、今は観衆を驚かせることを優先させるべきである。そして、金のインゴットを召喚したのは、財力を知らしめるためでもあった。
無詠唱で召喚された金のインゴットを見て、冷ややかな目で注目していた職員たちの表情が一変する。俺の対応をしていた職員に至っては、その場に尻餅をついて顎を外していた。
「おいおいどうした、この程度のことで驚くことは無いだろう?」
クールに薄笑みを浮かべて見せた俺の内心は、職員たちの反応が愉快で仕方がない。
「無詠唱召喚魔法……ハンターごときが何故……」
「驚いてないで、さっさと確認したらどうだ?」
職員についさっきまでの苛立ちは見受けられない。よろよろと立ち上がると、恐る恐る金のインゴットを持ち上げようとした。
召喚された金のインゴットは一本二十キロ、三本で六十キロだ。職員はその重さに顔をしかめたが、プルプルと震える手でなんとか持ち上げて重力低減魔道具の上に乗せていった。三本のインゴットが重力低減魔道具に乗ったところで指示を出す。
「魔道具ごと持ち上げてみろ」
その台詞に、もはや只の観衆と化した職員たちがゴクリと生唾を飲んだ。そして、職員が金のインゴットが三本乗った魔道具の脇を両手で掴み、持ち上げようと力を入れる。
「そっ! そんな馬鹿な……」
軽々と持ち上げられた魔道具に、それを持つ職員と観衆と化した職員たちは驚きを隠せない。一時の静寂を挟んで次第にざわめきが大きくなっていき、やがて隣にいる者同士で耳打ちをするようにささやき合う者や、ギルドの奥へと駆け込んでいく者、議論を始める者まで現れた。
銀髪職員は魔道具を持ったまま固まってしまい、心ここに在らずのようだ。
「なっ、言った通りだったろ」
魔道具を持ったままコクコクと無言で頷く職員。
「だったらさっさと試験を受けさせてくれ。それとも、まだ足りないか?」
プルプルと首を振った銀髪職員は、インゴットの乗った魔道具をカウンターに戻すと、完全に立場が逆転したかのように素直になって、試験の手続きを始めたのだった。
俺は、身分証明としてハンターギルドの会員カードを職員に差し出す。職員はカードを読み取り機のようなものに通してから返してきた。
「それでは試験を行う部屋にご案内いたしますがよろしいでしょうか?」
先ほどまでの人を見下した態度から、百八十度正反対の変わりようである。俺は拍子抜け気味に気を落ち着かせた。のだが、いかな俺でも聖人君子のような清らかな心は持ち合わせていない。
十分楽しませてもらったのは事実だが、あれだけの侮蔑を受けて気安くはいそうですかと、無かったことには出来なかった。
「見た目や先入観だけで人を判断しないことだ」
職員は、顔面蒼白で試験場所へと案内したのである。
そもそも、なぜ嫌な思いをしてまで試験を受けようと思っているかといえば、魔工業ギルドに加盟していなければ魔道具の製造販売を大きく制限されるからに他ならない。モグリの魔道具屋では俺の目的が果たせないのだ。
ただし、販売するすべての魔道具製法をギルドに登録しなければならないかと言えばそうでもなく、試験に合格し、かつ加盟料を支払ってギルドに加盟してさえおけば割と自由な製造販売が認められている。
そのなかで、魔道具に関する新技術がギルドに登録されると、ギルドはその技術に金を払った加盟者に開示し、売り上げに対する技術使用料を取るようになる。
その半分が技術登録者に還元される仕組みになっていた。ようするに特許料に似たようなシステムであるが、根本的に違うのはその技術はギルド加盟者でかつカネを払った者にしか開示されないということだ。
ギルド加盟者には二通りあって、片方はギルドに登録料を支払うだけでなれる一般会員と、もう一方は価値ある技術を開示してテストに合格した者だけがなれる特別会員だ。当然特別会員のほうに特権があり、俺がなろうとしているのも特別会員である。
話を戻そう。案内された小部屋には、五十代前半だろうか白髪頭にしては若く見える男と、三十代に見える黒髪の男が並んで昌憲を待っていた。二人ともスーツ姿である。しかも、そのスーツはいたく高級感を漂わせていた。恐らくこの二人は、ギルドの中でもかなりの大物であろう。
部屋を見渡せば、小さなテーブルと向かい合う椅子が四脚、そして黒板が壁に掛けてあって、窓は無いが、それにしては良く光るランプのおかげで明るかった。そして、白髪頭の男が案内役の職員を下がらせ、冷たい笑みを浮かべる。
「ようこそ魔工業ギルド本部へ」




