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第二十話:狩猟祭閉幕~商人たちの動向~


 陽が落ちたカシール大平原には夜風がそよぎ、空には動かぬ二つの月と星たちが瞬き始めた。その大地に悠然と立つ黒づくめの男と桃髪の少女、そして巨大な黒狼。


 昌憲と黒狼ハティ、最後に飛び入りしてきたアトロが見せた圧倒的な戦い。その結末に国王サルガッソをはじめとした目撃者たちは、一様に驚きを通り越して絶句していた。


 しかし、一拍の間を置いて石壁の上に並ぶハンターや騎士たちから、絶叫と紛うばかりの歓声が上がる。閉じられていた南の大門が開けられ、石壁の上にいた何人かが平原側へと飛び降りた。


 茶毛竜の首を飛ばした昌憲が、血濡れになった覇者の剣を払って背に収める。そして、倒れた茶毛竜に突き立つ自称オリハルコンの槍を引き抜いた。ハティも喰らいついていた一頭から既にその牙を離している。


 ◇◇◇


「ありがとうアトロ、助かったよ」

「どういたしましてマーサ」


 寄ってきたハティの首筋を撫でてその労をねぎらいながら、俺はアトロに礼を言った。アトロは微笑を浮かべている。そんな彼女に飛び込む影がいた。同時にべちゃりという音と、絶叫が響く。


「ぐをぉっ! さすがはお嬢。俺の目に狂いはなかったぜ」


 その影とはもちろんサッハディーリッツェだった。


 抱きつくように飛び込んできたところを、遠慮なくアトロに殴り倒されたのだ。久しぶりの再会を果たしたサッハディーリッツェにとって絶望的な台詞を、視線だけを見下ろす形でアトロが冷たく言い放つ。


「私の所有者はマーサですの。勝手に触れないでいただけますか」

「会いたかったんだ。俺と付き合ってくれ」

「お断りしますの。目障りですから今すぐ消えなさい」


 ようやく待ち焦がれた再開を果たし、喜び勇んでアトロに抱きつこうとし、殴り飛ばされたサハディーリッツェはそのまま告白するという暴挙に出たが、冷たく断られてしまった。


 そして、この台詞は決定的だったようだ。仰向けに倒れたままの情けない姿でアトロを見上げる形のサッハディーリッツェは、あわあわと口を動かすだけで、次に言おうと思っていた想いを口にすることが出来ないでいる。


 そしてサッハディーリッツェは、よろよろと力なく立ち上がると、肩を落として大門へと歩き始めたのだった。


「そこまで冷たくしなくてもいいと思うぞ」

「いえ、ああいった輩にははっきり言って差し上げないとダメですの」

「そんなもんかねぇ」


 そんなことをアトロと話していた俺たちの周りには、いつのまにか大勢のハンターたちが集まって来ていた。リーガハルやエーリッツェ隊の面々は当然として、その他は知った顔もいるが知らない顔も多い。


 その中に、手を差し伸べて握手を求める者がいた。その顔には見覚えがある。俺は訝しむ様子も見せず、顔つきを涼しくクールに装いながらもその手を取った。


「初めてお会いする。アルガスト王国第二王子マーガッソ・ル・ディッシ・アルガストとして礼を言う。助かった。俺のことはマーガッソでもマージでも好きに呼んでくれ」

「了解したマージ、平沢昌憲だ。俺のことはマーサと呼んでくれていい」


 アルガスト王国でハンター活動を始め、早々と言っても過言ではない時期に王族に顔を覚えられたことは、俺の野望を達成する上では上出来の部類に入るだろう。


 しかし、いくら愛称で呼ぶことを許されたとはいえ、相手は王族である。下手な対応ははばかられるところなのであるが、俺はアトロに頼んでマーガッソの性格を調べ上げていた。


 このマーガッソという男、国内では飛び抜けた武力を誇り、その気性は豪快極まりない。その上、王族としての節度まで持ち合わせている。


 気に入った者には、プライベートでは気安く愛称か呼び捨てを許し、堅苦しい呼ばれ方を嫌うのである。だから遠慮することなく愛称で呼ぶことにしたのだ。


「それにしてもとんでもない強さだなマーサ、恐れ入ったよ。もし良ければその剣を見せてくれないか」


 マーガッソの言葉に俺は喜色を浮かべる。そして背にした自称覇者の剣を抜いて、彼に手渡した。その名前を告げながら。


「気を付けろ、重いからな。覇者の剣だ」


 月明かりに輝く自称覇者の剣を受け取ったマーガッソは、その光沢をまじまじと見つめると、俺にとっては嬉しく、その他の者にとっては恐らく残念な反応を見せた。


「覇者の剣、良い名だ。神々しくすらある」


 そう言い放ったマーガッソの言葉が、決してお世辞ではないということは彼の真剣な顔からも裏付けられていた。。俺はその反応を見て、気分よく、うんうんと頷いた。だってそうだろう? はじめて同じ価値観を持つ男に出会えたのだから。


 その他の者は視線を泳がせている。さすがにこの場で王子に「それは可笑しい」とは言えなのだろう。


「そうだろう、そうだろう。この命名の素晴らしさが分かるとは、さすが王族だ。センスが良い」


 自分が付けた名前を初めて賞賛されて嬉しくて仕方なかった。この男とはいい友達付き合いができるのかもしれない。



 ◇◇◇



 臣下に無理言って避難することも無く、矢倉台の上で事の経過を見守っていたサルガッソ国王は、無事に茶毛竜四頭が倒されたことに安堵していた。同時に、遠目でもはっきりと分かる圧倒的な戦いを目の当たりにして、初めて味わう強烈な感動に打ち震えていた。


「あのような者が存在したとはのう。ヘリウェッツェよあのマーサとかいう男、何とかして城に呼べんか。話をしてみたい」

「これはこれは陛下らしくありませんな。あの者は狩猟祭にて間違いなく五位以内に入っておりますぞ。下手な誘いなどせずとも表彰の折に会えましょうぞ」

「そうであった、そうであった。ワシとしたことが、あまりのことに動転しておるようだ。それはそうとヘリウェッツェよ、逃げ出した係員と商人どもを早急に呼び戻せ。きっちりと祭りを終わらせて早いとこ表彰式を執り行うぞ。それから、ハンターギルドに地竜が四頭上がったと連絡だ」


 こうしてサルガッソ国王の名のもとに、逃げ出した狩猟祭係員や商人たちが翌日日の出前には呼び戻されていた。当然、茶毛竜が四頭しとめられたという情報も、魔法通信で大陸全土にもたらされた。


 昌憲が茶毛竜をしとめた事で、狩猟祭は活気を取り戻すどころか過去最大の賑わいを見せ、会場は再び人で溢れたのである。


 ちなみに、茶毛竜を会場内に運び込む折に、テルミッツェ隊全員の死亡が確認された。彼は落馬の折に首を骨折し、死亡していたのだ。まさに自業自得である。



 ◇◇◇



 翌日、狩猟祭の最終順位を決める最後の競りが、ハンターたちが固唾を飲んで見守るなか、日の出と共に開始された。俺をはじめエーリッツェ隊の面々も、他のハンターたちと同様に競りの様子を見守っている。


 アトロは既に屋敷へと帰還しており、会場には居ない。そして特筆すべきは、競りの会場で恐るべき光景を目撃したのだ。


 さぞ、サッハディーリッツェが落ち込んでいるだろうと思っていたが、なんとそのサッハディーリッツェがデレ顔で年若い女と腕を組み、競りの様子を見ているではないか。これには俺はじめエーリッツェ隊の面々も顎を外さんばかりに驚いてた。


 後で聞いた話によれば、アトロに完膚なきまでにフラれたサッハディーリッツェが大門をとぼとぼと歩いていた所、その様子を見かねたサヴィーネという女に声を掛けられて、それから現在の状況に至るそうなのである。


 サヴィーネ側から見れば、茶毛竜からかろうじて逃げ延びたあと、サッハディーリッツェによってロープで石壁の上に救い上げられていた。


 その後、怯えるサヴィーネを、あのサッハディーリッツェが不器用ながらも優しく介抱していたことが、今の状況に繋がっているらしい。


 それはさておき、競りの状況はといえば、当初からは予想だにしなかった展開を見せていた。その要因は、もちろん俺たちが倒した四頭の茶毛竜にある。


 茶毛竜は陽が沈んでから会場に持ち込まれているので、エーリッツェ隊の成績には加味されないと言われてしまった。そもそも、チームとして狩った訳ではないので、四頭の茶毛竜は端から狩猟祭の対象外らしい。


「残念だったな。マーサ」

「たしかに残念だが、俺たちが優勝することに変わりはないんだ。どっちでもいいよ。俺は」

「その自信がどこから来るのか教えてほしいよ」

「いいかリーガハル。俺たちは優勝するという信念のもとに戦ってきたんだ。自信を持たなくてどうする」


 と、少し強がって見せたが内心はヒヤヒヤだし、残念で仕方がなかった。茶毛竜の売り上げが成績に加味されれば、俺たちの優勝は確定的なのだから。


 しかし、商人たちにとっては狩猟祭の成績などどうでもいいことだろう。そのことが、狩猟祭の順位を決める上で公平性を保つ一要因になっているようだが、要は商人たちにとって、茶毛竜という極上の商材が目前にあるこの状況下では、その他の魔獣や獣など二の次のようだった。


 本来であれば茶毛竜などの貴重な魔獣は、ハンターギルドのオークション会場で捌かれるが、狩猟祭最終日の今、魔獣を扱うほとんどの商人がこの会場に押し寄せている現実を鑑みれば、専用会場でギルドオークションを開くよりは、ギルド職員が会場に出向いてオークションを行った方が効率的なのだろう。


 茶毛竜のオークションとその他魔獣や獣の競りは、狩猟祭の都合上競りの方を先に行い、後からオークションを実施することになっている。


「商人たちからはずいぶんと非難の声が上がったらしいがな」

「現金なもんだ」


 魔獣を買い付ける商人全員ではないが、ほとんどはそのどちらにも参加するので、同時開催は行えないらしい。


 狩猟祭の競りの後には高価な茶毛竜のオークションが控えているのである。資金節約のために買い控えが起こるのは至極当然のことであった。


 その結果、昌憲たちエーリッツェ隊がしとめた魔羊の単価も下がったが、それ以上に、もともと高価な赤魔牛や魔サイの価格が下がったのである。


 これには、魔羊は常時必要な一般的に消費される獣と同類と見なされていることと、高級品と見なされる赤魔牛や魔サイよりは、超高級品である茶毛竜を手に入れたいという、商人たちの心理も大きく関わっていた。


 午前中に競りが終わり、昼を挟んでいよいよ狩猟祭の最終順位が発表された。


 それは表彰される五位から順に口頭で発表する形式ではなく、掲示板に参加チーム全ての順位が一挙に張り出されるというものであった。


 これはアルガスト王国の国民性によるものなのであるが、一チームずつ発表して観衆をじらしながらも盛り上げることよりも、そんなじれったいことはせずに一気に発表することのほうが支持されているからである。


 狩猟祭に参加したほぼ全てのハンター達が観客席の脇に設けられた巨大な掲示板に群がっていた。順位が張り出された瞬間、あちこちから歓声や絶叫が上がったが、やがて大きなどよめきが広がっていった。


 肝心の順位は。


 一位 エーリッツェ隊   小銀貨一万四千二百七十四枚

 二位 マーガッソ騎士隊  小銀貨一万四千二百六十七枚

 三位 シーリュッテ隊   小銀貨一万四千二百五十八枚

 四位 キーリッツェ隊   小銀貨  九千三百五十 枚

 五位 マルクーシ隊    小銀貨  七千五百二十二枚

 六位 サーヴァッツェ隊  小銀貨  六千三百八十一枚

 七位 ……

 八位 ……


 ……


 と、なっており、俺たちエーリッツェ隊が小銀貨七枚差という超僅差で一位だった。四日目の早朝と同じく集団の後方で順位の確認をした俺は、一位という結果に安堵し、同時に、悔しさを覚えていた。


 今回の優勝は偶然が重なった結果であり、もし初日に、出会いがしらに猪をしとめていなければ二位だったし、茶毛竜の襲撃がなければ赤魔牛や魔サイの値崩れが起きておらず、明らかに三位だったことを理解していたからである。


 しかしながら、狩猟祭に優勝したこともまた事実である。いくら内心に悔しさを抱えていたとしても、周囲の反応は正直だった。


 リーガハルやサッハディーリッツェをはじめとしたエーリッツェ隊の面々は放心状態であり、順位表を見て固まっている。意気投合して共に順位表を見に来たマーガッソや、彼のライバル、シーリュッテは悔しさを隠そうとはしていなかった。


 しかし、マーガッソもシーリュッテも、あっさりとした気持ちいい性格のようで、ひとしきり悔しがった後は、互いの検討を称えあい、昌憲も終わったことと気持ちを切り替えてその輪に加わったのである。なにせ、三チームとも例年を遥かに上回る好成績を収めており、狩猟祭を終えた充実感は十分なものであった。


「それにしても考えたな。まさか魔羊を狩って優勝を狙うとは。確かにお前が言うとおり、安定して狩ることができればそれが一番効率がいい」

「でも、竜種の襲撃がなければ負けていた。まさか値崩れが起こるとは考えもしなかったよ」

「ああ、俺もシーリュッテもまさかああなるとは考えもしなかったさ。商人どもは金に正直だからな」

「にしても、国王専用馬車を荷車に改造するたぁ、思い切ったことをしたな。たとえ優勝しても赤字じゃねぇか」

「なに、気にすることはないさ。あれはもともと国王の私物であって俺の財布は痛まん」

「ハハハッ、違いねぇ。それよりマーサ、表彰式だ。みんなに応えてやれ」


 シーリュッテに押し出される形で観客席の前に設置された舞台へと連れて行かれた。リーガハルたちもその後に続き、サルガッソ国王から祝辞と共に賞金が手渡される。


「近年稀に見る好成績を収め、また、僅差ではあったが、なみいる強豪を抑えての見事な優勝である。その栄誉を称え、金百枚をここに送ろう」


 臨時隊長のリーガハルが、緊張のあまり強張った動きながらも、うやうやしくそれを受け取ったのである。最後に俺をはじめとした隊員全員が舞台に上がり、参加者や観客から盛大な拍手が送られた。


 そして、突如サルガッソ国王が俺の右腕を取り、高々と掲げたのだった。


「皆ももう知っておろう。地竜の襲撃を食い止め、我らを守った竜討の英雄マーサだ」


 すると、地鳴りのような歓声が起こり、どこからともなく「マーサ、マーサ」の大合唱が沸き起こったのであった。最終日に大きなハプニングに見舞われた狩猟祭は、竜討の英雄を称える大合唱の中でその幕を下ろしたのである。

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[一言] ここまで読んで思った事。 小さいツが多いね。
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