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第二話:魔法と伝説の金属


 もともと俺が異世界での冒険に憧憬を抱いた発端は、アニメの主人公が使っていた華々しい魔法に惹かれたからである。その舞台となる異世界の分析も重要だが、魔法に関する研究もまた、重要であることは当然だろう。


「魔法の切っ掛けを掴んだときは興奮が収まらなかったな。そういえばこの世界を見つけたときもそんな感じだったか……」


 ひと昔前まで、この世界は四次元時空で構成されていると考えられていた。しかし、実際にはそれ以上の、空間に関する余剰次元が存在し、その余剰次元をコントロールすることで、異世界への扉が開かれることを突き止めた。


 それらの次元理論をもとに時空干渉装置を作り上げ、時空の壁をこじ開ける事に成功したのだ。その向こうにある幾つもの世界、すなわち別宇宙の時空次元を解析し、余剰次元が顕在化している宇宙を探し当てた。


 さらに、予測によればその余剰次元こそが、少年のころからの夢の一つ、すなわち魔法と呼ばれる異能をも現実のものとすることが分かったのだ。


 探し当てた宇宙空間に探査装置を送り込んだ。別宇宙に送り込まれた探査装置は、俺の組んだプログラムに基づき、送り込まれた次元の壁をすり抜けながらあらゆる空間に出現しては膨大な数の恒星を探査し、その周りを周回する惑星を調べていった。


 そして一年の月日が流れ、数万に及ぶ惑星を調査し終えたころ、ついに科学が発達していない程よい文明が存在し、余剰次元に干渉している形跡が認められる惑星、すなわち剣と魔法の世界を発見したのだ。


「このころだっけ、アトロが完成したのは」


 探査にあてた一年の間も時間を無駄にはしなかった。多数の特許により得られた潤沢な資金を使い、異世界へ移転するための準備を進めていった。拠点となる堅牢な屋敷を作り、様々な物資、様々な装置や設備、それらを準備し運び入れてある。


 それは屋敷というよりは西洋の城、それも巨城と表現した方がしっくりする建築物であり、地上十階地下五階で、建屋面積だけでも千坪はあろうかという巨大さだった。外壁は核シェルター並みの強度を誇り、内部には最新の科学技術が惜しみなく使われている俺の城だ。


 それらを準備する間も、異世界へ渡った後の事を考えて格闘技や剣技を磨き、魔法を使うことを想定して余剰次元に己の意思で干渉する技術を開発し、自分の体に手を加えてまで魔法を訓練した。


「何度も死にそうになったっけ。そのたびにアトロに心配されて、次第にお小言が増えていったんだよな」


 そしてとうとう異世界の惑星へ転移する準備を終えた俺は、惑星の軌道上を周回する探査装置から得られる情報をもとに移転場所を定め、今この世界にいるのだ。


 まだ名前も分からない世界だが、今俺が存在するこの世界では魔法の根幹となる余剰次元が、視認はできないが大きく顕在化している。


 余剰次元は何もしなければ視認することは出来ない。けれども、それに干渉できることは地球で過ごした最後の一年間で確認している。


 もちろん、地球人である俺の体内には余剰次元に干渉できる器官などは存在しなかった。しかしである、存在しないのならば作ればいい。


 そう考えて超小型の干渉装置とエネルギー供給装置を開発し、それを魔法を放つための神経線維と共に自身の体内に埋め込んでいる。


 これについてはアトロにも同様の装置を搭載済みだが、今彼女は情報収集と分析に専念している。だから彼女は管制室に籠りきりだ。


 俺は今、管制室の下の下、地下三階にある訓練用の一室の中央、板張りの上であぐらをかいている。


「何から試そうか……」


 そう一人ごち、まずは火の魔法を試そうと、かねてから訓練していた通りの手順でイメージを体内に埋め込んだ干渉装置へと送り込んだ。


「我意を汲み、炎となりて顕現せよ。スモールファイヤ!」


 その詠唱をきっかけに、前方に突き出した指の先にロウソク程度の炎が灯った。ように、傍からは見えるだろう。しかし実際は、俺が唱えた言葉にほとんど意味は無い。そう、魔法はイメージして脳内で干渉装置に指令を出すだけで発動するのだ。


 しかし、そんな無粋なことは俺の矜持が許さなかった。魔法と言えば詠唱。しかも、その詠唱は強力な魔法ほど長く、かつ、中二的でなくてはならない。これだけは譲れない。誰が何と言おうともそれが俺の信念なのだ。


 指先に灯る小さな炎は本物の炎ではない。大気中の分子を激しく振動させ発熱発光させているだけだ。俺は今、その炎を見て万感の思いに浸っている。


 憧れた剣と魔法の世界で冒険をしたい。魔法を使って戦ってみたいと決心してから十余年、その思いがついに現実のものとなった。


 しかし、いつまでも感慨に浸っている訳にはいかないだろう。そう考え、寝る間も惜しんで考えていた詠唱を行い、一通りの魔法をテストしてみた。


 テストの結果は概ね良好だった。発現できた魔法は火、水、氷、土、雷、光、闇、重力、空間、そして身体神経強化。出来なかったのは精霊や幻獣の召喚術。


「そもそも精霊や幻獣が存在するかどうかすら分からないし、存在したとしてもどこに居るのかすら分からないからな。錬金術も魅力的だが危なすぎる」


 余談だが、原子構造を変化させる錬金術、つまるところの核融合や核分裂なのであるが、魔法で行うにはあまりにも危険すぎるし、また、そもそもエネルギーが圧倒的に足りなかった。


 話は戻って、可能性はきわめて低いが、もし精霊や幻獣が存在したら、空間魔法で転移させれば召喚魔法は成立するだろう。しかし成功したとしても、その相手が友好的だとはとても思えなかった。


 ともあれ、考え付く全ての魔法を発現できたわけではなかったが、それでも俺は十分に満足している。


 俺の研究によれば、魔法とは幾つかの余剰次元に干渉して生物が認識している時空、つまり四次元時空上に特定の事象を引き起こすことだ。


 特定の事象とは、物に動きを与えたり、空間に固定したり、空間を飛び越えさせたりと、様々な事が可能なのであるが、ぶっちゃけて言うと物質の余剰次元部分を掴んで動かしているようなものだ。


 したがって魔法には、火や水といった属性は存在しない。例えば火を顕現させる場合、標的の構成分子に強烈な振動を与えて発熱発光させればいいし、どこかにあるガスを転移して発火させてもいい。


「でも、炎系の魔法って狩りでは獲物を台無しにするから役に立たないんだよな。敵を殺すには役立つんだけど」


 まぁそんなことは置いておこうか。


 話を戻すと水もしかりだ。大気中の水分を凝縮してもいいし、川や泉から転移させてもいい。雷ならばそこらじゅうに溢れる大気がもつ電子を移動させてやるだけでいい。


 つまるところ、魔法とは物質を動かしたり、転移させたりすることだけなので、魔法に属性などは存在しないのだ。


 しかしである、それでも俺は魔法の属性にこだわっている。いや、こだわらなければならない。


 ファンタジー世界の魔法といえば属性である。平凡な魔法使いは少ない属性しか扱えなくて、大魔導師は沢山の属性を使えなければならないし、光や闇属性持ちは稀有な存在でなければならないのだ。


 さらに、俺の願望は魔法だけではない。ファンタジー世界にはエルフやドワーフ、獣人や竜人、そして、ドラゴンが存在すれば尚良しだった。


「もちろんそれだけじゃ足りないよな」


 そう、主人公は強く理知的であらねばならない。当然、その主人公は俺自身の事だ。だから幼少のころから鍛練を怠ることは無かったし、勉学にも励んできた。


 地球での実績を見れば俺は生粋の科学者であると他人様は思っていただろう。しかしその本質はファンタジー世界に憧れる少年そのものであり、科学は夢を実現するための手段にしか過ぎない。


 夢の一部、恐らく最難関であろう異世界転移を実現した俺にとって、これからやるべきは異世界を堪能し、冒険すること。しかし、そのためにはまだまだ準備が必要だった。


 短絡的な考えの持ち主ならばそんなことは考えずに飛び出していくだろう。しかし、俺にも科学者の端くれであるという自負はある。短絡的な思考回路は有していないのだ。自分で言うのもなんだが、病的なまでに理論的であり、思考を重ねる性格だ。


「魔法は大丈夫だ。外に出て思い切りぶっ放してみたいと思うよな。だがしかぁし! 今は時期じゃない。となると……」


 次にすべきことは何か? そう考えた俺は武器の創作に取り掛かることにした。ファンタジー世界の代表的な金属、オリハルコンやミスリルの研究である。もしもの時のために銃火器は持ってきているが、出来ればそんな野暮なものは使いたくない。


 戦うならばやはり剣は外せないし、鎧も欲しいところだ。当然であるがオリハルコンやミスリルのような金属は、今までいた宇宙には存在していない。


 しかしである、ここは異世界なのだ。余剰次元が顕在化していれば物理法則が違っているかもしれないし、未知の金属が存在する可能性だってある。そう考えた俺の行動は素早かった。


「スペクトル分析でもするか」


 アトロがこもっている管制室に駆け上がり、部屋の隅にある端末で太陽光のスペクトルを分析する。そうすれば太陽に含まれる元素が分かるのだ。


 太陽に未知の金属があれば、それは必ず地上にも存在するはずである。はやる気持ちを抑えてカメラを太陽に向け、光を取り込む。そして分光されたスペクトルを既知の金属と照らし合わせた。


「うむむむむむ……」


 ひとしきり唸って、がっくりと肩を落とした俺の姿を見れば、結果は言わずもがな。 太陽に未知の元素は存在していなかった。


 それでもオリハルコンやミスリルを諦めることはできない。ならばどうすべきか……。こういうことは地球にいた時に既に可能性として予測していたのだ。そしてその時のために対策もすでに考えてあった。


「まずはミスリルだな。やっぱりミスリルは強靭で、それでいて魔力伝導性が抜群で魔力抵抗値もゼロだよな」


 ここで言う魔力とは魔法を顕現させるための力なのであるが、その力の元になるものは余剰次元干渉装置の出力の事である。そして魔力神経線維の開発は完了しており、既に俺の体に埋め込んでいる。


 魔力神経線維は化合物で作った線径ナノメートル幅の極細繊維で、それをより合わせて強靭にしたものだ。この繊維で極薄の布を織り、そこに銀を蒸着したものを幾重にも重ね合わせて一体化する。なにも蒸着する金属は銀でなくてもいいが、ミスリルといえば銀を連想するし、そのほうが格好いいじゃないか。


 強度的側面からいえば柔らかく硫化しやすい銀を使うことは止めた方がいい。内部に強靭な布が幾重にも積み重なることで強度は既に確保できている。鋼製の剣と比べれば硬度は遥かに落ちるが、魔法を使うことに重点を置いたものなので、さほど問題にはならない。硫化の問題が残るが、上から白金をコーティングすればその問題も解消できるだろう。


 魔力神経線維の布は既に大量とまではいかないが、かなりの量を地球にいた時に準備してある。あとはそれに銀を蒸着し、武器防具を作るだけだ。


 そう考えた俺はすぐさま地下四階の工作室へと籠った。そして、三日間にわたる蒸着装置とプレス機との格闘の末、ステッキ状のミスリルの杖、ミスリルの短剣、ミスリルの手甲、ミスリルの胸当てを作り上げた。


 仕上げとして白金を十マイクロメートルほど蒸着して硫化防止を行い、持ち手などを取りつけて二つの武器と一組の防具を作り上げたのだった。


「うん、完璧だ」


 俺は作り上げたミスリルの杖を掲げて悦に浸っている。自画自賛もいいところだが、実際に作り上げたその杖は性能的に申し分のないものだった。


「我意を汲み、炎となりて顕現せよ。スモールファイヤ!」


 掲げた杖の先に小さな炎が灯った。俺はその炎を見て感慨のあまりうんうんと頷いていた。


 しかし俺が作り上げたミスリルの杖は、魔法を使うということでいえばほとんど意味のない代物だった。効果は杖の先から魔法が顕現するだけだ。


 魔法を使うのに杖などは必要ないし、詠唱も必要ない。本来指先から出るはずの炎が杖の先から出る。ただそれだけのことである。殆どの者はこう言うはずだ。そんなギミックを作っても何の役にも立たないじゃないかと。


「そんなけしからんことを言うやつはこの俺様が成敗してくれる」


 極限まで高めた効率により魔力が減衰することは無いが、ただ魔法を放つことだけを考えれば、その杖はまったく意味のない物だった。しかしそれでも、俺は魔法の杖が欲しかったんだ。


 雷や炎を纏って攻撃できる短剣や、魔力バリアを表面に展開できる胸当てや手甲ならば意味はある。しかしそれでも魔術師には魔法の杖が必要だ。そう考えてしまう俺は、何事もまずは形から入らねば気が済まない性格なのだ。


「ミスリルは出来た。次はオリハルコンだ」


 俺が考えるオリハルコンは何よりも硬く、強靭でなければならない。しかし、物理的に最も硬い物質はダイヤモンドであり、靱性は非常に小さく、熱に弱い。


 オリハルコンの剣を作りたい俺にとって、ダイヤモンドの硬さは非常に魅力的だが、脆いことと熱に弱いことは致命的だった。


 そこで考えたのは、玉鋼やダマスカス鋼などの炭素鋼よりはるかに硬い、金属加工などに用いる粉末ハイス鋼とダイス鋼だ。超硬工具鋼などの、ハイス鋼やダイス鋼よりもさらに硬い金属もあるが、靱性が低く衝撃に弱い。だから超硬工具工は見送ることにした。


「工具鋼ってスゴイよな。まさに人類の英知って感じで」


 粉末ハイス鋼にダイス鋼を重ね、芯金にじん性に優れる低炭素鋼を組み合わせた。これでどんな炭素鋼製の剣よりも硬く折れにくいものになる。両刃の長剣と片刃の短剣、槍を五日かけて作り上げた。長剣と短剣、槍の芯金には魔力神経線維も通してあるので魔法剣も使用可能だ。


 強度と切れ味を追究し、比重の大きい合金を使用したために非常に重い仕上がりになった。しかし、身体強化前提の剣なので気にしてはいないし、重いという事は振り回したときの運動エネルギーが大きく、与えるダメージも大きくなる。


 俺は身体強化をかけ、自ら作り上げたオリハルコン製の長剣を「覇者の剣」と命名し、それを掲げた。その正面、作業台の万力には炭素鋼製の片手剣が刃を上にして横に挟み込まれ、固定されている。


「はぁあああああっ!」


 渾身の力を込めて覇者の剣を振りぬいた俺の耳に、キンッと高い金属音が響き、剣を持つ両手には衝撃が走った。衝撃といっても手がしびれている感覚は無く、硬球をバットの芯で捕えたような心地い感触だ。


 炭素鋼の長剣はといえば、真っ二つに分断されており、その切り口は鋭利なものだった。覇者の剣に刃こぼれは起こっていない。


 俺は右手に持った剣を高々と掲げ、鋭利な光沢を放つその剣先を見て悦に浸っている。


「クックックッ、完璧だ。覇者の剣よ、これからも頼んだぞ」

「マーサがその剣に何を頼んだのかは言及しませんが、少年のように瞳を輝かせるほどに出来がいいことは理解しましたの」

「お、おう」

「ですがこれだけは言わせてもらいますの。ちゃんと睡眠を取らないとダメです。そしてマーサ、臭いですの。さっさと風呂にでも入ってお眠りあそばせやがりませ」


 そう言ってアトロは鼻をつまみ、手をシッシと振って俺を部屋から追い出したのだった。

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