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第十七話:狩猟祭四日目~科学者とそれぞれの思惑~


 狩猟祭も四日目に入り、三日目終了時点の上位二十チームが発表されたことで、順位表に載ったチームも、載らなかったチームも、それぞれが何かを決意したような顔で狩りへと出撃していった。


 是が非でも優勝するために計画の変更を余儀なくされた俺とエーリッツェ隊は、一回の狩りで魔羊二十頭をしとめることを新たな目標として定め、荷車を引かずに騎獣に跨り駆け出していった。


 戦力を増やすために、今まで使っていた荷車は寝泊まりしているテント横に停車させたままであり、魔羊をしとめた後にあらためて、アトロに転送してもらったものと合わせて二台の荷車を召喚することになっている。


 いつものようにアトロからもたらされる情報で魔羊の群れの位置を把握した俺は、エーリッツェ隊を先導する形で黒狼ハティを駆る。そして群れを視認した俺は、ざっくりと魔羊の数を数えて二十頭強を群れから分断することに成功したのだった。


「あとは任せたぞリーガハル!」


 ただし、今度は今までの倍近い頭数の魔羊をハティが駆る円の中央へ押しとどめる必要があるため、俺は風の魔法を駆使して逃げ出そうとする魔羊に無用な傷を付けないように、二十頭を超える魔羊は囲いから逃げ出しても無視して対処していた。


 もちろんやる必要のない詠唱もきっちりと行っているのであるが、悲しいかなエーリッツェ隊の隊員たちには届いていないようだ。


「今だ! 俺に続けぇ!!」


 リーガハルの叫び声とともに、隊員たちは俺とハティが押しとどめる魔羊の一団へと突進していく。


 そして、最接近時に槍を魔羊の頭部へ放って一撃離脱していった。この一撃離脱戦法が最も安全で確実に魔羊をしとめられる方法なのだが、それは俺とハティが魔羊の一団を円の中央へと押しとどめているからであって、普通の群れに同じ戦法は通用しない。


 初回の一撃離脱で立っている魔羊の数は三分の二になり、二回目の一撃離脱でその数は当初の三分の一になった。そして、三回目の一撃離脱で全ての魔羊をしとめたのである。


 昨日までは各自槍を二本しか持参していなかったのであるが、この作戦を考案した俺が、とある計画のために作り置いていた槍を、アトロに屋敷から転送してもらいエーリッツェ隊の面々に各自一本ずつ渡してあった。なにも作り置いていた武器は槍だけではないが、狩りにはやはり槍が有用だと実感していた。


 実はこの槍、俺特製のオリハルコンの槍ほどの性能は持っていないが、この世界には存在しなかった合金を使った特製の槍である。


 しかも、製作者は俺だ。性能もさることながら意匠にもこだわった造りになっていた。このためだろうか、この槍を隊員に貸したのではなく景気よく譲渡したことに対して、隊員たちの士気の向上と絆を深めることに役立っていた。


 余談はさておき、万が一ほど可能性が低いわけではないが、三回の一撃離脱で魔羊をしとめきれなかった場合のことも考えてあった。それは、最後に俺が単独で突っ込み、狩りつくすことだ。


 乱暴な方法のように思えるが、俺としては自分でも魔羊をしとめたかったために、本心ではその展開を望んでいたのである。しかしながら残念なことに、俺が飛び出す展開にはならなかった。


 ともあれ、予定通り魔羊二十頭をしとめることに、俺たちエーリッツェ隊は成功した。が、景気よく勝鬨を上げるエーリッツェ隊の面々を横目に、俺は渋い表情をしていた。 それは、しとめた魔羊のうち数頭が、腹や背中に槍を受けて傷付いてしまっていたからだ。


「これでは落札価格が下がるな。まだ余裕が少し有るみたいだし、次は二頭ほど余分にしとめるか……それにしても現実は思い通りにいかないな」


 この結果俺たちは、今後の狩猟計画をさらに上方修正したのだった。



 ◇◇◇



 一方、エーリッツェ隊に僅差に迫られている事実を知ったマーガッソ騎士隊の面々は、赤魔牛をしとめるためにカシール大平原の北東中央部まで遠征していた。


 赤魔牛の狩猟方法は、隠遁魔法で群れに近づき、標的とする一頭に狙いを定めた後、攻撃と同時に隠遁魔法を解き、標的を一斉攻撃でしとめると同時に、その他の赤魔牛を音と光の魔法で驚かせて退散させる。


 赤魔牛の戦闘能力値は二千五百と高い値なのであるが、臆病な性格をしているのでこのような戦法がとれるのである。しかし、もし赤魔牛を驚かせることが出来なければ、逆襲されて、たとえマーガッソ騎士隊のような屈強ぞろいのチームであっても、全滅させられる可能性が高い。


 そういった意味では、赤魔牛を狩るという事は魔羊を狩るほどの危険性は無いが、エリートチームのみに許される危険度の極めて高いものだ。


「ふう、これで二頭目だ。残りあと二頭、何とか時間内にいけそうだな」

「そうでございますな、殿下。しかし、まさかこのようなものを狩り場に持ち込まれるとは」

「なに、気にする必要はないさ。俺たちの成績とこれのどっちが大事なんだと詰め寄ったら、あっさり折れやがった。まぁ、渋い顔はされたがな」


 マーガッソが狩場に持ち込んだ秘密兵器の情報は、彼らを監視していた小型探査機からアトロに送られ、昌憲へと転送されているので、それは既に秘密でも何でもないのであるが、彼のライバルであるシーリュッテにしてみれば、それは予想だにしえない物であることは確かだった。


 一方、当のシーリュッテも、マーガッソに負けじとエーリッツェ隊への対策は講じているのであるが、それは秘密兵器といった類のもを持ち込んでの狩りではない。


 それはいわゆる力押しとか、根性とかいった類の精神論的なものであるので、小型探査機では知り得ることが出来ない。科学的チートを駆使している昌憲にとってはかえって厄介な戦法だった。



 ◇◇◇



 皆が寝静まった深夜、俺は一人石壁を飛び越えてカシール大平原に佇んでいた。何をしているかといえば、アトロからもたらされた情報を一人静かな場所で整理し、狩猟祭最終日である明日の行動計画を練り直しているところだ。


 目下のライバルであるマーガッソ騎士隊とシーリュッテ隊が収めた四日目の成績は、俺が予測していた通りになっていた。しかも、それは俺たちエーリッツェ隊にとって悪い方へと振れている。


 四日目の競りが終わった現在の順位は三日目終了時と変わらないが、シーリュッテ隊がその差を一気に詰めてきており、完全な三つ巴になっていた。


 原因は分かっている。マーガッソ騎士隊もシーリュッテ隊も、高く売れそうな固体を選別して狩っているのだ。


 そして気になる情報がもう一つ。リーガハルに要注意人物として挙げられていたテルミッツェが、何やら不穏な動きを見せているらしい。テルミッツェ隊は四日目を終わって六位に甘んじているが、四日目の成績が特に芳しくなく、五位との差を広げられていた。


 恐らく、その差を埋めるために暗躍し始めたといったところであろうが、しかし、エーリッツェ隊との差は絶望的なまでに開いており、たとえ何をして来ようが逆転の目は残っていないと考えられたため、監視だけにとどめておくことにしたのである。


 そんな事よりも今は明日のことを考えねばならない。このままいけば、最後までマーガッソ騎士隊やシーリュッテ隊と競り合う事になってしまう。何としてもそれは避けたい。そのためにはどうすればいいか。


 俺は爽やかな夜風に身をさらし、動かない二つの小さな月と数多の星たちの放つ淡い光に照らされる中で思考を巡らせていった。



 ◇◇◇



 狩猟祭会場の周りには、参加しているハンターたちのテントがひしめいている一角があった。四日目が終わった深夜、テントが集まる一角から少し外れた岩陰で一組の男女が小声で言い争っている。


「――なんてことを! そんなことが許されると思っているの」

「この程度のことが理解できないとは、お前が当主ではディノス家の再興など程遠いですねぇ。よぉ~く聞いてくださいよ。その詰まっていないお前の頭でも分かるようにもう一度言って差し上げますからねぇ。いいですか、明日の成果を僕に引き渡しやがれ。そうすればお前の家が抱える借金を無かったことにしてやろうじゃないですか。ついでにあの話も一緒に」


 つい一年ほど前まで貴族の娘として暮らしていたサヴィーネは、嫌らしく笑うテルミッツェの前で窮地に立たされていた。


 サヴィーネの父親は下級貴族ではあったが人望もあって部下への金払いもよく、そのかわりに決して裕福な暮らしをしているとは言い難かった。彼女の父親は男爵だったのだが、一年ほど前に急病に倒れ、特効薬と言われている高価な薬を飲んだ甲斐なく帰らぬ人となってしまったのだ。


 そして最悪な事に、父親の治療に使った薬のために大きな借金を抱える羽目に陥ったのである。


 サヴィーネが、女の身でありながら父親の元部下たちを引き連れて狩猟祭に参加しているのは、その借金を少しでも返済するためなのだった。貴族への復権を狙っているわけでは決してない。


 そこへ借金の相手であるテルミッツェから、脅しとも取れる交渉を持ちかけられたのだ。それがしとめた獲物の譲渡である。何故黒い噂が絶えないというテルミッツェに借金をしたのかといえば、それはその噂がサヴィーネの耳には届いていなかったというのが、第一の理由だった。


 サヴィーネにしても男爵家の娘としての誇りがある。 交渉が獲物の譲渡だけであるならば、突っぱねていた所だ。が、テルミッツェが言ったもう一つの話が問題だった。


 数陽前にテルミッツェに借金返済を迫られた折に、すぐに返せなかったサヴィーネに出されたもう一つの要求。それは、妹であるサリーネをテルミッツェに嫁がせるというものだった。


 サヴィーネは、その条件をのむつもりはなかったが、交渉の席に同席していたサリーネがその条件を受け入れてしまったのだ。サリーネは脅しに屈し、まったく好いてもいないテルミッツェの家に嫁ぐという返事をしてしまったのであるが、その日以来気落ちして表情は曇ったままだ。


 そういった理由があって、サヴィーネはテルミッツェの要求を断ることが出来なかったのである。


 サヴィーネは睨み殺さんばかりの眼光を放ちながらも、テルミッツェが出した要求を受け入れてしまう。狩猟祭のルールでは二つ以上のチームが共同で狩りをしてもいいことになっている。 しかしその場合は、成果を均等に分配しなくてはならない。


 ところが、狩猟祭の係員が狩りの現場を直接監視することなど不可能であることから、共同で狩りをしてその成果を一チームが独占するという不正が、多くは無いが横行している事もまた事実だった。


 名誉を重んずる上位の常連チームが共同戦線を張ることはないが、実力の乏しい下位チームが共同で狩りをすることは、死者数の低減に繋がるのである。


 そういった理由で認められているルールなのであるが、上位五チームまでしか表彰されないとはいえ、狩猟祭の順位がそのチームのステータスとなることが、今でも不正が無くならない一番の理由である。


 テルミッツェの要求をのんでしまったサヴィーネは、じくじたる思いを封じ込めるようにテントに戻って眠りについた。しかし、最終日にテルミッツェ隊と行動を共にすることになったがために、命の危機に瀕するとんでもない事態に巻き込まれ、その後に彼女の人生を決定づける運命的な出会いをすることになるなど、この時彼女は知る由も無かった。



 ◇◇◇



 ついに狩猟祭最終日を迎えることになった。


 狩猟祭は五日目の陽が沈むまでがその期間であり、陽が沈み、終了の銅鑼が鳴らされるまでに南の大門を通り抜けた獲物のみが、狩りの成果として認められる。


 四日目を終わって上位三チームの成績は、四位以下を大差で引き離して三つ巴の僅差。俺が所属するエーリッツェ隊、マーガッソ騎士隊、そしてシーリュッテ隊。


 この上位三チームの何れかが優勝することはほぼ間違いないが、四位以下のチームも少しでもいい成績を収めようと、気合を入れてくるのが狩猟祭の最終日である。


 最終日開始の銅鑼の音を待つハンターたちが南の大門前に集結している。そしてその先頭にはマーガッソ騎士隊とシーリュッテ隊がその覇を争うように闘志をむき出しにしていた。俺たちエーリッツェ隊は、焦ってもいいことは無いと集団の後方で開始の合図を待っている。


「いよいよ最終日だ、今日の成果で全てが決まる。気合を入れていくぞ」


 エーリッツェ隊の臨時隊長を務めるリーガハルが隊員たちに気合を入れる。隊員たちは、もう完全に優勝を意識しているようだ。それはまるで体の奥底から湧き上がってくる興奮を闘志に変えるように、その士気は極限にまで上がっていることがありありと彼らの顔にはにじみ出ていた。


 そしてついに銅鑼が鳴らされ、狩猟祭最終日の火蓋が切って落とされたのである。

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