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第十五話:狩猟祭一日目~ほくそ笑む科学者~


 顔を出したばかりの朝陽に照らされたカシール大平原に、大勢のハンターたちが荷車を引いて散らばっていく様子を矢倉台の上から眺めていたサルガッソ国王は、その数分後に信じ難い光景を目の当たりにしていた。


「のうヘリウェッツェよ、我の眼はおかしくなったのであろうか」

「私の眼にも信じられぬものが映っておりますぞ。陛下」

「あれはどう見ても黒狼。しかも大きい。そしてそれに騎乗する黒づくめの男……」


 サルガッソも若かりし頃、ヘリウェッツェと共に赤魔牛を狩りにカシール大平原の中ほどまで遠征した際に、黒狼を見かけたことが幾度かは有った。いずれも距離があったために事なきを得ているが、黒狼のその圧倒的な風格に恐怖した事は今でも鮮明に覚えている。


 そんな経験もあり、黒狼ハティと、それに騎乗している昌憲を目撃したサルガッソ国王と側近のヘリウェッツェ公爵が眼を丸くしていた。黒狼を初めて見たシルフィーネ第二王女でさえ、声も出せずに腰を抜かしたように椅子にへたり込んでいる。本来、黒狼とはそれほどに人に恐怖を与える存在である。


「あれが噂に聞いた討竜の英雄マーサか?」

「恐らくそうでございましょうな。確かに噂では黒狼を従えていると聞き及んでおりましたが、あまりにも眉唾に思えたゆえ、誇張された戯言と考えておりましたが、まさか真実だったとは」

「お、お父様。あんなものに乗って参加してもよいのでしょうか」

「うむ、規則上はどんな騎獣に乗ろうが問題はない。現にマーガッソやシーリュッテは二角馬に騎乗しておるしのう」


 二角馬とは頭部に二本の鋭い角を持つ巨大な馬型の魔獣である。昌憲が小型探査機を使って観測した二角馬の戦闘能力値は二千ほどで、戦闘能力値一万二千の黒狼ハティには遥かに及ばないが、二角馬は足が速く力も強いのでハンターならば誰もが従えたい騎獣だった。


「あのマーサという男、わざわざ石壁の向こうで黒狼を召喚したのは皆を気遣ってのことであろうか」

「間違いありますまい。あんなものを観衆の眼前で召喚された暁には、どんな事態に陥ることやら……それを考えますれば、竜討の英雄殿は良識ある男なのでございましょう」

「にしても、つくづく規格外よのう。いったいあれに乗って何を狩ってくることやら。楽しみが増えたわい」


 この時サルガッソ国王は、昌憲が狩猟祭に参加し、黒狼にまで騎乗したことによって、これから何が起こるのか、彼は何をやってくれるのかという今までにない期待感を抱いていた。


 一方。


 黒竜を倒し、巨大な黒狼を駆る。そんな男が狩猟祭に参加していると知ったシルフィーネは、父王の期待感とは裏腹に、昌憲を兄の優勝を脅かす存在であると認識したのだった。




 ◇◇◇



 ハティに騎乗し、カシール大平原を南東に向けてゆっくりと走っていた俺の視界に、魔羊の大群が飛び込んできた。


「マーサ、プラン通りに行くぞ」

「OK! 任された」


 通常の馬に騎乗して追走しているリーガハルたちに合わせていたハティを駆る速度を急加速する。そして、一気に魔羊の群れに飛び込んだ俺は、そこで反転して魔羊の分断にかかった。


 ハティが飛び込んできたことで、一気に南東に逃げ去る大群から分断された魔羊は十頭強。群れから分断された魔羊はその逆の北西に逃げ去ろうとするが、今度はハティでその周りをぐるぐると周って魔羊を動けないように円の中央へと押しとどめていく。


 リーガハルと相談して立てた一日の目標は魔羊二十頭強。


 しかし、群れから分断した魔羊は数えてみれば十一頭。目標には足らないがこれには理由があった。少数の魔羊はあまり手ごわくは無いと言っても、その一頭で若手ハンター並の強さだ。


 いくら武器を持つハンターが有利だといえ、一度に相手に出来る数には限りがあったのだ。しかも、狩猟祭は五日間の長丁場だ。一回の狩りで負傷したり疲弊したりしていては、優勝など遥か彼方である。体力を温存しながらこの五日間をチーム全員が乗り切るためには、一回の狩りで十頭程度が限界だった。


 ただ優勝だけを追い求めるのであれば、ハティに騎乗した俺が魔羊の群れを追い続け、手当たり次第にしとめていけばことは済む。それどころか、魔羊など狙わずに竜種を一頭仕留めてくれば容易に優勝できるだろう。


 しかし、それでは隊員の士気に関わるし、人心を掴むことは難しい。これは、圧倒的な力を見せつけるだけでは人は付いてこないという、十代前半のころの苦い経験によるものだ。


「ナイスだマーサ。あとは任せろ!」


 それはさておき、俺の後を追っていたリーガハルとサッハディーリッツェが追いつき、騎乗したまま槍を掲げ、分断された魔羊の脇を走り抜ける。そして魔羊に接近した瞬間、二人は槍をそれぞれ狙いを定めた魔羊の頭部に突き刺した。


 続いて駆けてきた若手たちもその例に倣おうとするが、なかなか上手くはいかないようで、若手四人が槍を放って倒れた魔羊は二頭だけだった。しかし、持参した槍は各人二本づつ。


 折り返し魔羊に殺到したリーガハルとサッハディーリッツェ、それに残りの若手たちの攻撃で、今なお立っている魔羊は二頭。ここまでくれば後は接近戦でしとめるだけである。


 しかし、ただしとめればいいという訳ではない。腹や背を切り裂いてしまっては獲物としての価値が下がるのだ。よって頭部を一突きにしてしとめる必要があった。


 最後は「俺にも狩らせろ」と、ハティから飛び降りた俺がまだ立っている魔羊へと飛び込むように駆け寄って、残る二頭を自慢のオリハルコンの槍と覇者の剣でしとめたのである。


 一撃のもとに絶命し横たわった魔羊の頭部から剣と槍を抜き取ると、それぞれを交互に袈裟切りに素振りして血を払い、そのまま流れるように背中へとクロスさせる形で収めた。その様子は、ひいき目抜きに見ても様になっている絵姿のはずだった。


「いつ見ても良い槍捌きだな。それに、その覇者の剣といったか、名前はともかく良い剣だ」

「何てことを言うんだリーガハル。覇者の剣、最高に格好いい名前だろう?」

「なぁマーサさんよう。俺も覇者の剣は無いと思うぞ。ダセェ」


 覇者の剣という命名に、リーガハルに続きサッハディーリッツェにまで否定的な意見を言われた俺は、槍捌きを賞賛されたことも忘れてプルプルと怒りに打ち震えていた。


 おっ、おのれサッハディーリッツェめ。この命名の素晴らしさが理解できないどころか、よりにもよってダサいだとぉ。どうしてくれようか……。


 憧れ続けたファンタジー世界の住人に、ダサいとまで言わしめた命名、覇者の剣。しかし、その程度のことで俺の信念は小揺るぎもしない。俺特製の重力制御機能付き荷車に、しとめられた魔羊をせっせと搭載している若手ハンターの一人を捕まえて、思いのたけを鬼の形相でぶちまける。


「なぁ、格好いいよな。覇者の剣。なっ、なっ」


 おもいきり表情筋をひきつらせ、コクコクと頷く若手ハンターのその姿は、どう見ても脅されているようにしか見えない。しかし形だけではあるが、ようやく同意を得ることが出来た俺の怒りは少しだけおさまったのだった。その横ではリーガハルとサッハディーリッツェがあからさまに呆れていたが、気にしないことにした。


 人には人の考え方があるというが、こいつのカッコよさが分からない奴らにはきっと天罰が下ることだろう。


 ともあれ、十一頭の魔羊をしとめたエーリッツェ隊は順調な滑り出しを迎えることが出来たのだった。とは言っても時刻はまだ朝と言っていい時間帯である。


 このまま次の獲物を求めて移動したいところなのであるが、そう簡単に事が運ぶはずが無かった。引いてきた荷車はすでに魔羊で一杯であり、一度会場に戻って獲物を下ろしてこなければならないし、後々のことを考えてしっかりと昼食と休憩を取り、体力を温存しなければならない。


 そのためには、今から会場まで帰って狩猟祭の主催者側に一旦獲物を引渡し、エーリッツェ隊の獲物であると登録する必要がある。


 登録が済んだ獲物はそのまま競りにかけられ、その金額の合計が狩猟祭の成績になるのであるが、とにかくそういう理由で一度会場に戻る必要があった。


 そして、会場に戻る頃には昼前になっている。したがって、会場で一旦昼食休憩をとり、その後に午後の狩りへと出向く。これは当初から予定していた戦略である。


 行きよりも遅い速度で会場に戻った俺とエーリッツェ隊の面々は、石壁の前でハティを一旦送還し、荷車の御者台に乗り換えて大門を潜った。


 そして、商人たちが待ち受けるテント会場で魔羊を係員に引き渡して登録を済ませると、露店でにぎわう人ごみの中へまぎれたのだった。



 ◇◇◇



 ジーニャ商会の専任バイヤー、サンスヮールはファンヴァスト会長の命で魔獣買い付けのために狩猟祭へと出向いていた。


 サンスヮールは本来オークションなどの値が張る物件が専門なのであるが、黒竜をしとめた俺が狩猟祭に参加しているという情報を仕入れたファンヴァストにより、貴重で珍しい魔獣が持ち込まれる可能性を期待して送り込まれたのである。


 当然、ジーニャ商会は毎年の狩猟祭には専門の競り人を送り込んで、かなり大量の買い付けを行っているのであるが、今回は前述の理由によってベテランの競り人にサンスヮールが同行する形をとっている。


 ファンヴァストに大きな金を動かすことを許されているサンスヮールは、たとえ昌憲が竜種のような貴重で珍しい魔獣を持ち込まなくても、例えばマーガッソ隊が狩ってくるであろう赤魔牛や、シーリュッツェ隊が持ち込むであろう魔サイを競り合う際に、素早い決断を下すことが出来る。


 そういった意味ではサンスヮールが毎回参加してもおかしくないのであるが、規模の大きいジーニャ商会では餅屋は餅屋の建前があるため、専任のベテラン競り人を参加させていた。


「アリストさん、大物が持ち込まれた時はどこまで競って良いか私が値段を耳打ちしますので、アリストさんのタイミングで競り落としてください。それ以外はアリストさんに判断を任せます」

「ああ、分かっているさ。しかしお前も貧乏くじを引いたな。休暇の予定だったんだろう? サンスヮール」

「ええ、でも会長の頼みには逆らえませんからね」


 陽が昇ってからゆっくりと会場に足を運んだサンスヮールは、競りが行われる広場の前でアリストに出会い、方針を伝えていたのであるが、そんな折にも広場には仕留められた獲物が運び込まれはじめていた。


 近場で狩りをしているチームが、その成果を持ち込み始めたのである。大方の予想通り、持ち込まれる獲物はほとんどが近場で狩れる兎や大ネズミ、鹿や猪などの通常の獣であるが、そんな中、極めて珍しい魔獣が運び込まれてきた。


 それを見て、会場からは一瞬どよめきが上がったが、その魔獣は珍しいというだけで、さしたる大物ではなかった。


「これはまた……魔羊ですか。しかも十頭以上ありますね。わざわざ危険を冒して魔羊を狩るとは、奇特なハンターがいるものです」


 サンスヮールは運び込まれた魔羊を一瞥すると「これは珍しいけど無理して競り落とす価値は無いですね」とだけ言って、競りが始まる正午までの時間を活用すべく、アリストと共に昼食に出かけたのだった。



 ◇◇◇



 昼食を済ませて一心地着いた俺とエーリッツェ隊の面々は、十分な休憩をとって正午過ぎに狩りへと復帰した。朝と同じように石壁の向こう側でハティを召喚し、カシール大平原へと駆けて出していく。


 小型探査機という、この世界の住人からすれば明らかなチート機能を備えた最先端機器の威力は凄まじく、アトロによってもたらされる情報をもとに、すぐさま魔羊の群れに向かった俺とエーリッツェ隊は、その情報の通りに魔羊を視認していた。


 そして、さしたるトラブルに見舞われることなく十頭の魔羊をしとめた俺とエーリッツェ隊は、陽が傾き始める前には会場へと戻ってきていた。怪我を負っているものは一人もおらず、また、どの隊員も疲労の色など微塵も見せてはいない。


 狩猟祭初日の成果は、魔羊を都合二十一頭と、午後の帰りに先頭を駆っていた俺がたまたま正面に出くわし、一頭だけしとめた小型の猪であり、予定通りの順調な滑り出しだった。


「お疲れさん。今日は獲物を登録したら後は食って寝るだけだ。だが、間違っても明日に残るような飲み方はするなよ。それから若手はいつもの場所でテント設営だ。それが終わったら自由にしていいからな」


 臨時隊長であるリーガハルが、隊員たちの労をねぎらうかのようにそう言って若手をテント設営に向かわせると、残った俺とサッハディーリッツェ、それにヒュッツェとエリーネを連れて獲物を引き渡し登録するために、競りが行われている会場へと出向いた。


 仕事の後は酒を飲むものと決め込んでいるハンターたちに俺自身はうんざりしているが、一陽以上も彼らと付き合っていれば、俺が酒を飲めないことは既に仲間たちの知るところとなっているようだった。多少からかわれはするが、さしたる問題ではなくなっている。


 若手たちと別れた俺とベテラン組は十頭の魔羊と一頭の猪を係員に引渡した。そして、そのときの係員と周囲の反応を見て俺悔しかったが笑みをたたえた。彼の反応はとても分かりやすいものだったからだ。


「また魔羊ですか。これだけ大量の魔羊を狩れる力がおありでしたら、赤魔牛とかもっと貴重で高価な魔獣を狩れるでしょうに」


 これは係員の偽らざる本音だろう。俺は彼のことをズケズケ言うやつだなとも思っていた。周りの商人たちの反応も言葉には出してこないが、あからさまに呆れた表情をしている者も多く、似たようなものだった。


 商人たちは、目の前の魔羊などより、今はマーガッソ騎士隊が持ち込んできた赤魔牛だと言わんばかりに、この場から流れていった。


「クックククッ、普通はそう思うよな。しかし、これが一番効率良いんだよ。魔羊を狩り続けて優勝したら、それだけで伝説になるかもしれないぞ。なっ、そう思うよな」

「まぁなんだ。悔しいのは分かるがもう少し声を小さくしたほうがいいぞ」


 リーガハルに指摘されて周りを見てみれば、気の毒そうな目で俺を見て通り過ぎる商人たちの姿があった。しかし冷静に判断してみれば、これはまたとない理想の状況にも思えてきた。俺たちが優勝した時の商人たちの顔が見ものだなと。


 ギャップは大きければ大きいほどいいのだ。

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