第十四話:狩猟祭開幕~科学者の構想~
一陽と少しぶりに王都へ戻り、リーガハルらと共に狩猟祭への参加手続きを済ませた。そのまま仲間たちと一夜をすごし、翌日陽が昇る大分前の時間に狩猟祭のメイン会場となる王都中央南部に足を運んだ。
そしていざ会場に来てみて実感したことといえば、それは圧巻の一言に尽きた。
まだ陽が昇らない闇の中にもかかわらず。会場を埋め尽くす人、人、人。狩猟祭に参加するチームは二百強と聞いている。一チーム十名としても二千人を超える程度のはずだった。しかし、俺の視界には軽く見積もっても万を遥かに超える人間がうごめいている。
遠く暗闇の向こうにうっすらと見える高さ三メートルほどの、延々と続く石積みの壁。その中央には年に一度狩猟祭のときにのみ開け放たれる大門が、今は閉じられていた。門の近くには明らかにハンターの出で立ちをした幾つもの集団が、ひしめくように馬に引かれた荷車を並べている。
そこから続く幅十メートルほどの道らしき形跡の脇には、にわか作りの露店がかがり火の光と共に並び、その露店を無秩序に取り囲むように人が溢れていた。
人波が途切れる会場の右脇には大型の荷車と馬が数多く並び、その奥には急造のテントが広いスペースを囲むように並んでいる。
「リーガハル、あれはなんだ?」
「ああアレか。競り落とした獣や魔獣を運ぶために商人達が用意した荷車だ」
左方奥には階段状の座席が作られ、その中央奥に矢倉のように突き出た特別席のような座席が設けられている。一般の座席や矢倉の四隅にはかがり火が焚かれ、身なりの良い貴族や商人が既に陣取っていた。
突き出した矢倉の周囲は騎士たちが厳重に取り囲み、警備を行っていた。階段状の座席の前には多くのハンター達が集まっている。
「どうだマーサ、こうやって見ると壮観だろ?」
「ああ、想像していたよりずっと凄いな。ハンター以外にこれほど集まるとは思ってもいなかったよ」
「そうだろう、そうだろう。狩猟祭は王国随一の祭りだ。俺たちハンターにとってもそうだが、多くの国民や王侯貴族が楽しみにしている年に一度の祭典なんだ。最終日にはこの倍以上の人数になるぞ――」
驚いている俺を見て、リーガハルが得意げに狩猟祭がいかに凄いかを語っている。しかしだ。俺は驚いているだけではなかった。
クッククク、狩猟祭を最初のイベントに選んで正解だった。これだけの人数に俺たちの力を見せ付けることが出来れば……。
勿論俺が考えているのは狩猟大会の優勝であって、ここで大暴れして悪目立ちすることではない。無用な混乱を避けるため、ハティは石壁の向こうでしか召喚してくれるなと、エーリッツェやリーガハルにきつく言われている。
したがって、狩猟祭に参加しているハンターや商人、王侯貴族を含む見物客たちにハティをこの場でお披露目することは難しい。そうなると、野望を果たすためには、もう優勝するしかないのである。
そんなことを考えているうちに、エーリッツェ隊もハンター達の集まりへと加わったのだった。
◇◇◇
アルガスト王国国王サルガッソ・ル・ディッシェン・アルガストは、狩猟祭のメイン会場へと向かう国王専用馬車の中にいた。
「のうヘリウェッツェよ、あ奴、名を何といったか……あの黒竜を持ち込んだという」
「マスァノッリ・ヒラサーワでございます。愛称は確か……そうそう、マーサと呼ばれておりましたか」
「珍しい名だのう。他国の貴族か?」
「上がっております報告によれば、外側の大陸、それも南の大陸だそうでございます」
「そうだったか。で、此度の狩猟祭には出てくるのか?」
「出場すると聞いておりますが、何か?」
「いやな。黒竜をしとめるほどの者、一度会っておきたいと思ってのう」
「あら、お父様ったらマーガッソ兄様よりも、そのマーサとかいう御仁のことがお気に遊ばしますの?」
「シルフィーネ、お前は兄思いだものな」
艶のあるサラサラとした栗色の前髪の奥に、青い瞳を覗かせているシルフィーネ・ティロル・アルガスト第三王女は、腹違いの兄であるマーガッソの優勝を疑ってはいなかった。
国王と王女を乗せた馬車が会場に到着し、集まっていた人々に熱狂が広がってゆく。大歓声の中馬車を降りたサルガッソ国王とシルフィーネ王女が、騎士に守られて観客席中央の矢倉台に姿を現した。
観客席に灯された揺ら揺らと燃えるかがり火の灯りが、整列したハンターたちを照らしている。東の空は今にも日が昇らんと輝きを増してきた。
「サルガッソ様そろそろ」
側近のヘリウェッツェ公爵に促されたサルガッソ国王が席から立ち上がり、矢倉台の前へと出た。サルガッソが右手を上げると、熱狂が収まり静寂が訪れる。
「今日のよき日に集いし精鋭たちよ。日ごろ鍛えしその技を存分に発揮せよ。己が力を示せ。優勝の栄誉を勝ち得し隊には金百枚を送ろう。皆の奮戦を期待する」
狩猟祭開始前の挨拶を終えたサルガッソの耳には再び怒号のような大歓声が響き、集まったハンター達は目前に迫った狩猟祭への興奮を抑えることができない。
優勝チームには大金貨百枚が賞金として出されることになっており、二位で五十枚、三位で三十枚、四位で二十枚、五位で十枚と五位までが表彰の対象だ。昌憲にとっては大したことない金額であるが、一般のハンターにとっては大金だろう。
狩猟祭は日の出の時刻を以って開始されることになっている。当然それを知る参加者達は今にも太陽が顔を出しそうな東の空に、その意識を向け始めた。そんな中、席に戻ったサルガッソ国王が、側近のヘリウェッツェ公爵に話しかける。
「今年はどの隊が勝つと思うか?」
「マーガッソ殿下の騎士隊と申し上げたい所でございますが、ヒース家のシーリュッテ隊も例年に無く充実しておると聞き及んでおります。さらに、平民からはキーリッツェ隊が有力でございましょう」
「黒竜討伐のマーサはどの隊に?」
「たしか……平民のエーリッツェ隊といいましたか」
「聞かん隊名だな。どこかの貴族に加わったのではなかったのか」
「接触を試みようとした貴族はいたと聞き及んでおりますが、王都に滞在していたのは黒竜を持ち込んだときのみで、すぐに王都から姿をくらましたとか。交渉するにも、会うことすらできなかったようでございます」
「そうだったか。ならば今年もマーガッソ、シーリュッテ、キーリッツェの三つ巴か……」
「そうでございますな。いか討竜の英雄マーサでも、チーム戦ではどうしようもありますまい」
「そうよな。竜種はカシール大平原の奥地にしか居らんからな」
「む、そろそろでございますぞ」
サルガッソとヘリウェッツェが東の地平線を見やると、ようやく太陽が顔を出し始めた。そして、ついに狩猟祭開始の合図である大銅鑼が盛大に打ち鳴らされる。
その音を合図に、固唾を飲んでで開始の時を待ちわびていたハンター達が、馬達の待つ南の大門めがけ、雄たけびを上げて走り出したのだった。
◇◇◇
大銅鑼の音が鳴り響いたメイン会場の最後列に陣取っていたエーリッツェ隊は、他の隊が南の大門へと急ぐ中、リーガハルを先頭にゆっくりと歩いて大門へと向かっていた。
「なぁ、リーガハル臨時隊長。再確認したいんだが、例年の優勝ラインは小銀貨一万枚程度と聞いた。今年参加しているチームでそこに届きそうな優勝候補はマーガッソ騎士隊とシーリュッテ隊、それにキーリッツェ隊だったよな。その他に注意すべきチームはあるのか?」
俺がライバルチームをことさら気にしているのは、優勝を狙うと言い出した本人とては理解できることなのであるが、その目的は狩猟祭のためにカシール大平原上空に待機させてある小型探査機の割り振り、つまりどのチームを追尾監視させるかを決めるためだった。
「そうだな。整理するとマーガッソ騎士隊は騎士隊長である第二王子が指揮するチームで、毎年赤魔牛をメインで狩っている。シーリュッテ隊はヒース侯爵家の長男が指揮するチームで魔サイを狩ることを至上命題としたチームだ。毎年この二チームが優勝を争っているが、ここ数年はそこに平民のキーリッツェが指揮するチームが食い込んでいる。キーリッツェ隊はまだ優勝経験こそないが、去年は僅差の二位に食い込んだほどだ。それ以外に警戒すべきはマルクーシ・ソーレという北部出身の男が指揮するチームと、テルミッツェという男が指揮するチームぐらいか。付け加えるとテルミッツェは黒い噂が絶えないから、そういう意味でも要注意だ」
「黒い噂?」
「ああ、テルミッツェは目的のためになら手段を選ばんことで有名でな、表立って法に触れるような悪事はしていないが、裏ではどうだか……」
リーガハルから注意すべきチームの情報を聞いていた俺の脳内に、念話という名の通信が入った。この通信は電波なので、いくら魔力感知に優れた者でも絶対に気付かれることはない。もしものときのために、脳内で呟いたことを送受信できる、ピアス式の超小型電波通信機を左耳につけているのだ。
『マーサ、リーガハル殿の話に出てきた五チームの監視を始めますが、ほかに注文はありますの?』
『聞いていたと思うが、テルミッツェの監視を強めてくれ、できれば音声まで拾ってもらいたい』
『了解ですの』
「ん? どうした。何かあったのか?」
「いや、なんでもない」
そうこうしている内にほとんどのハンターが南大門から空の荷車を引いてカシール大平原へと散らばって行った。それを確認した俺が大門を過ぎたところで南の空に向かって指笛を吹く。
すると、俺の前方に漆黒の円が出現し、そこから黒狼ハティが飛び出してきた。その光景を見慣れているエーリッツェ隊と違い、まだ出発していなかったハンターたちがパニックに陥りかけるも、俺に撫でられて大人しくしているハティを見てほとんどの者が呆気にとられている。
石壁があるせいでほとんどの王侯貴族や商人、平民の観客たちには気付かれていないが、それでも百名を超えるハンターたちが、俺に懐いているハティを目撃することになった。
そういう意味では目立ちたい俺の望み通りの展開なのであるが、彼の本心を言えばハンターたちが散っていく前に、大勢の観客や商人、それに王侯貴族の眼前でハティを召喚したかったのである。当然それはリーガハルやエーリッツェから「驚かせるどころでは済まなくなる」と、止めるように言われていたための措置だった。
ハンターたちの喧騒をよそに、俺は召喚したハティに騎乗し、エーリッツェ隊の隊員たちはそれぞれ自分の愛馬に騎乗して、当初の予定通り狩猟祭一日目の狩りへと出立していった。
俺らエーリッツェ隊の標的は、カシール大平原全般に広く分布している魔羊と呼ばれる羊に似た魔獣である。魔羊をメインターゲットにしているチームは少ない。というかまず居ない。
なぜならば、魔羊は取引価格が安い割には恐ろしく手ごわく、一般のハンターではほとんど手に負えない魔獣だからである。その理由は、魔羊は肉質や羊毛の質が普通の羊と大差なく、さらに、大きな群れを作ることで厳しい生存競争を勝ち抜いているからだった。
もともと魔羊は草食の大人しい性格なのであるが、一旦危害を加えられると、敵と認識した者に集団でしつこく襲いかかってくる。
魔羊の大群に襲われれば一般のハンターでは絶対に太刀打ちできない。そしてそれは、優勝を狙えるようなチームであっても変わることはない。魔羊の群れとはそれほどに危険な存在なのである。
魔羊一頭一頭の戦闘能力値は五百と高くはないが、それでも新人ハンター程度の数値を誇っている。まれに群れからはぐれた魔羊がしとめられることはあるが、その取引価格は普通の羊と変わらないのである。
ではなぜ俺たちエーリッツェ隊は魔羊を狙うのか?
それは、魔羊がカシール大平原全般に広く、しかも多く分布しているからだ。そしてもう一つの理由は、俺がハティに騎乗しているからだった。
魔羊の天敵は黒狼や竜種だ。いかな魔羊の大群といえど、黒狼ハティで簡単に分断することが可能なのだ。圧倒的戦闘能力値を誇る黒狼や竜種に襲われると、いかな魔羊の大群であっても逃げまどう。
魔羊は広く、しかも多く分布していることから発見が容易い。そういった理由でエーリッツェ隊は魔羊をターゲットに据えたのだった。
魔羊の相場は小銀貨百枚前後。優勝の目安は小銀貨一万枚。となれば、優勝するためには五日間で百頭を超える魔羊をしとめなければならない。
狩猟祭の期間は五日間なので一日あたり平均二十頭だ。出来れば二十頭といわず、それ以上の成果を得たい。これは、俺とハティを擁するエーリッツェ隊だからこそ達成可能な数字なのである。
俺は狩猟祭に備えて多数の小型探査機をカシール大平原に展開している。もちろんそれはライバルチームの監視と、標的に定めた魔羊の位置を特定するためだった。
しばらくカシール大草原の南に向けて、仲間の隊員たちを先導する形で走った俺は、騎乗しているハティを停止させる。そして、アトロとの通信を再開した。
『魔羊の群れで一番近いのはどの方角だ?』
『現在マーサがいる位置からは南東の方角ですの。距離は二十キロメートル弱』
『ありがとうアトロ。引き続き監視を頼む』
『了解ですの。マーサ』
アトロとの通信を終えた俺が動き出す。
「リーガハル、標的は向こうだ。いつものように距離を開けて付いて来てくれ」
そう言って、標的を定めた俺がハティを南東に向けてゆっくりと、しかし通常の騎馬の速度に換算すれば早足程度の速度で走り出した。
リーガハルは、荷車を引く馬を任せたヒュッツェとエリーネや若手たちに「引き離されないように付いて来い」と指示を飛ばして、サッハディーリッツェと若手三人を引き連れて俺を追ったのだった。
こうして狩猟祭は幕を開けたのである。同時に、俺がこのファンタジー世界で成り上がっていく、壮大な計画の第一幕が上がったのだった。




