第1章7部:村の情報収集とごろつき
村に到着して、辺りを見渡してみたが、村を闊歩する人々には活気が感じられず、店などを物色しても品物が極端に少なかったりしていた。
おそらくは盗賊に恒常的に荒らされているのだろう。
自警団も特に機能している風ではなく、顔が妙に赤らんで、酒臭そうであった。
「ひどいありさまですね……」
ゆーりが開口一番に呟いた。
確かにゲームでもこのような退廃的な村の様子が描写されていたが、肌で空気を感じると、それがひしひしと伝わってくる。
「ああ、だったら依頼人のことだけじゃなくて、この村も救ってやらねえとな」
「マサキの言う通りだ。私達の手でこの村に活気を取り戻そうじゃないか」
「なんてひどい有様ですわ。ここを管轄している貴族の手腕が疑われますわ。貴族の風上にもおけませんこと」
あのアルベルト氏の自分ことしか考えないような者が貴族だからこのような有様になったのであろう。
同じ貴族であるメリエルが憤慨するのも無理はない。
「本当よ。この依頼を解決したらあのむかつく貴族にもぎゃふんと言わなきゃ、収まらないわ」
パーティメンバーの士気が高まったところで、俺達は情報収集のため、寂れた酒場に入る。
強いアルコールが充満した空間の中には、中では自暴自棄になったようなが数名と、暗い雰囲気を出しているマスターがいるくらいであった。
「あの、私達、今回盗賊から奪還する依頼を受けてきたなのですが、何かわかることがありますか」
ゆーりが単刀直入にマスターに聞いた。マスターはため息を吐く。
まるでこのようなことが何度もあったかと言わんばかりに。
「お嬢ちゃん。小さいね。ついに俺達の村にはこんな子を派遣するようになったのか」
ゲームではここがおっさんのアバターだと、少し期待する描写が生まれるのだが、すぐに経歴を聞かれ落胆するという小ネタがある。
「まぁ、おっさん気を落とさないでくれ。頼りなさそうに見えるけど、案外俺達強いんだぜ。依頼を受けたからには責任をもって果たすつもりだ」
「そうよ! なんたって未来の大魔導士のアガタ様がいるんだからね」
「はぁ。そうかい。全然信じられんが、我々が金を払うわけでもない。期待はしとらんが、情報提供くらいはするよ」
ひどくやる気がなく、手持無沙汰でグラスを磨きながら俺達に言った。
「盗賊が現れたのはここ数か月前だ。それで俺達の蓄えなどが今も奪われている。このままじゃ冬を越すのも難しい」
「ここ数か月前ですか?」
「そうだ。半年前に今のアルベルト氏がショウイゼ家の家主になって、弟のロジャー氏が家を出ていった、それからしばらくの後だよ」
「弟のロジャー氏……」
「ロジャー氏は立派な男性だったよ。俺達の村に定期的に訪れては、様子を確認したり、畑を荒らす獣を討伐していた。俺達思いのいい貴族だったよ。だが長兄のアルベルト氏は、人に取り入れられるのが上手との噂を耳にする。先代からの指名で、長兄とのこともあってアルベルト氏が引き継いだというわけさ」
「ロジャー氏は今どこにいるのですか?」
「さぁな。俺達も見当がつかないよ。村の人間は昔みたいにロジャー氏が村にやってきて、今度は盗賊をやっつけてくれるなんて考えているそうだ。だが来ないってことはきっと野垂れ死にしてるんだろうさ」
マスターは淡々と語る。希望などどこにもなく、ただ語るだけの様子に、ひどい悲壮感があった。
「今でも盗賊が紛れてごろつきのように、俺達から奪っていく。もうこの村に何もないのに。ははは……」
そのロジャーが今回のクエストのボスである。
レイピアを使い、剣の技術はごろつきとは雲泥の差である。そこら辺の冒険者が歯が立たないのも仕方がない。
「それでその盗賊達のアジトについて知っていますか」
「いいや。拠点を転々とするからこっちでもお手上げさ」
ゆーりが残念そうに俯くと、俺はポンと肩を叩いた。
「そう簡単に上手くいくもんじゃないさ。とりあえずは他の人から情報収集しようぜ。
「マサキ……そうですね。マスターさんありがとうございました」
「いい結果を期待しとるよ」
マスターは投げやりな態度を取って、カウンターの奥へと入っていく。
ここにいる酒臭い客は特に情報を持っていなさそうなので、外で活動を行うことにした。
「とりあえずここからは村人に聞き取りが必要だな。少しでも有益な情報を手に入れないと」
俺がそう言うと、メリエルはスタスタと俺達の元から離れていく。
「おい、どうしたんだよ。急に」
「こんな村の惨状を見て、非常に腹が立ちますわ! いてもたってもいられませんの」
「かといって、単独行動は危険だ」
ミネルヴァがメリエルを止めようと手を伸ばすが、跳ね除けられた。
「悠長なことを言っている場合ではありませんわ。わたくし一人でも解決させていただきますわ。それにあの卑怯者が仕切っているのが非常に不愉快ですわ。一緒にいると何を言われるかわかったものではありませんわ」
そう言ってメリエルが走っていった。
あまり足が速くないはずなのに、俺達が呆気に取られているうちに見失ってしまう。
(卑怯者とは俺のことか。よほど昨日のことがメリエルのプライドを傷つけたらしい)
怒りに燃えているのか、メリエルがかつての余裕を失っている様子だった。
「もういいわ。あんなやつ放っておきましょ! あたしたちはあたしたちでやりましょ」
アガタがメリエルの態度に頬を膨らませながら言う。
「メリエル!」
俺はメリエルが心配になったのか、謝りたくなったのか複雑な感情が入り乱れ、メリエルが言った方向へ駆け出して行った。
角を何度か曲がり、ゴミなどが散乱している人気のない道にメリエルがいた。
しかしそこにはごろつき数人で囲んでいたのだ。
「へっへっへ。俺達ついてるぜ」
「そうだなこんな何もないちんけな村に、珍しく金になりそうなものを持ってそうな女がいるなんてな」
「とりあえず金目の物を奪ったら、どこかで売り飛ばすか?」
「汚らわしいですわ。離れなさい!」
メリエルが杖を振りかぶるが、ごろつきに難なく止められる。
「へっへっへ。乱暴なお嬢ちゃんだぜ。こいつは矯正が必要かな?」
「お黙りなさい。あなたたちみたいな下賤な者に渡すものなんて一つもありませんわ。立ち去りなさい」
そう言ってメリエルは、ごろつきの一人の足元を魔法の輪で縛り、その隙に逃げようとしたが、他のごろつきに腕を掴まれる。
「ぐっ。てめえ」
「おとなしく従っておけばいいのに。生意気な小娘だ」
「多少乱暴でもいい連れて帰るぞ」
「くっ……離しなさい!」
腕を掴まれたまま、殴られそうになっているメリエルを見て、俺は全速で駆け出した。
「やめろ! お前たち! メリエルに、俺達の仲間に手を出すな」
俺は抜刀しながら、一人のごろつきを切りつけた。
他のごろつきは俺の登場に驚いたが、すぐに懐から短剣を取り出し、構えをとる。
「てめぇ。こいつの仲間か」
「小娘はあとだ。まずはこのガキから仕留めるぞ」
「小娘と違って、こいつの命は構わねえ。痛い目見させてやろうぜ」
「それはこっちのセリフだ!」
俺はごろつきのナイフをかわしながら、的確に攻撃を当てていく。空凪の腕輪の効果がはっきりと感じられる。
ナイフの軌跡が見え、どこでかわせばいいかはっきりとわかるのだ。交わした硬直に剣で切り付けていくと、ごろつき達はたじろいだ。
「こいつ手ごわいぜ」
「動くな! お前この娘がどうなってもいいのか」
一人のごろつきが、メリエルの首元にナイフを突き付けて叫んだ。
「くそ、お前たち。卑怯だぞ」
「へっ、なんて言おうが、俺達は金さえ手に入ればいいんだ。さぁ剣を捨てな」
俺は剣をその場で捨てた。
そして余裕で笑っているごろつき達が油断している隙に、メリエルを掴んでいるごろつきに向かってタックルを仕掛けた。
「こ、こいつ」
「メリエルを離せ! そんなきたねえ手で触るんじゃねえ!」
「こんなことして、どうなるかわかってるんだろうな!」
俺はタックルの拍子で倒れたままで、怒り心頭な口調のごろつき達が俺を囲んで踏みつけていった。
「けっ。てめえらの攻撃なんて痛かねえよ。そのデブみたいな体は飾りか?」
俺は踏まれながら振り向き、一人のごろつきに言った。何か一言言わなきゃ気が済まなかったのだ。
「こ、こいつ。殺すぞ。徹底的にやっちまえ」
ごろつきが短刀を俺に突き立てようとする時に、遠くから火球がごろつきを燃やした。
「な、なんだ」
「あっはっはっはー。アガタ様の登場よ」
「こいつら、まだ仲間がいたのか」
「ちょっとあんたたちがむかつく顔してたから、つい、魔導で攻撃しちゃったわ。でも光栄に思いなさいね」
自信満々な口調でアガタがやってきたようだ。
「この男もあとだ。あの生意気な小娘を先にやるぞ」
ごろつき達が短刀を持ちながら、アガタへ向かって走っていく。
しかしそこを遮るようにミネルヴァが割り込んで、ごろつきを一人ずついなしていく。
攻撃を受け流したり受け止めては、以前酒場でみたように腹向かってに拳をぶつけていた。
「殺すつもりはない。とりあえずは眠っていてもらうぞ」
気づけばあっという間にごろつき達は皆倒れており、俺はミネルヴァの手を借りて立ち上がった。背中がギスギス痛む。
「大丈夫か、メリエル」
俺はミネルヴァに肩を担がられながら言った。メリエルは少し怒ってるような顔をしている。
「ひ、卑怯者なんかに助けられてもちっとも嬉しくありませんわ。武器を捨てて相手が油断したところを狙うなんて、ずる賢いにもほどがありますわ」
「はは。言われたい放題だな。まぁ、あの時は悪かったな。俺もやりすぎたよ。お前のことなんてなにも考えずにさ」
俺はそっぽを向いた後に、改めてメリエルに振り向き申し訳なさそうに頭を下げた。
「で、でも助けてあげたことは認めてあげますわ。感謝しますわ」
メリエルがプイと俺に顔そむけながら言った。
「また、召使になれるよう精進してよくってよ」
「いや、まぁ考えておくわ」
俺は少し笑いながら返答した。メリエルもいつもの調子を取り戻したように笑った。
「でも、勝負のこととは別ですわ。今度は正々堂々やりなさい」
「そっちも考えて…‥いいや、そうするよ」
メリエルだけじゃなく、ミネルヴァやアガタ、ゆーりの視線を感じて俺は言い直した。
「こ、これでなんとか一件落着です、かね」
「本当世話が焼ける、お嬢様とバカだわ。あたしがいなかったらどうするつもりだったのよ」
「マサキ、君は本当に無謀なことをする。命は限りがあるんだ。もっと大事に扱ったらどうだ」
アガタが呆れたように、ミネルヴァが真剣な眼差しを向けながら俺に言う。寛容なミネルヴァの口調が厳しくなっていた。
「すまん。メリエルを乱暴にしているあいつらを見ていると、ついカッとなってな」
俺は申し訳なさを隠すように頭を掻いた。
「そこがマサキのいいところではあると思うのだが……勇気と無謀は違うんだ」
「ああ、肝に銘じておくよ」
ミネルヴァが少し影を含みながら言う。彼女の過去の事情を鑑みれば仕方がない。
「でも浮かれている場合じゃないですよ!」
ゆーりが急に声を上げる。
見ると気を失っている盗賊の一人が立ち上がり、その場から慌てて逃げようとしていた。
「確かにあいつらをこのままにするわけにはいかないな。しっかりやるべきことはやってもらわないとな。メリエル!」
「言われなくてもわかっていますわ」
俺がメリエルに号令すると、メリエルはわかっていたように魔法を唱え、逃げる盗賊の足を光の輪で縛り付けた。
「おわああああ」
盗賊は盛大にこけてしまい、倒れたその場でじたばたもがき始めた。
「か、観念してください。おとなしくすればすぐ開放しますので」
「いいや、ゆーり。こういう奴は一度痛い目を見ないといけないかもしれないんだ」
俺が指を鳴らすと、盗賊は恐怖に驚いた声を上げ、喚き始める。
「ちょちょっと待ってくれ。助けてくれ。できることなら何でも話す。だから助けてくれ」
「それでは、今この村を襲っている盗賊について何か知っていることはありますか」
「ああ知っている。俺もその一員なんだ。もしかしてあんたら、うちのボスと戦うのか」
「ええ、そのつもりよ。あたしたちがコテンパンにしてやるんだから」
「そ、そうかい。だったらボスのアジトを知りたいだろ」
盗賊の言葉にゆーりは頷いた。すると盗賊は倒れながら小高い山を指さした。
「あそこの洞穴が今の俺達のアジトだ。最近ボスも人使いが荒いんだ。俺の代わりに懲らしめてやってくれ」
「それは本当なんだろうな」
ミネルヴァが低い口調で念を押した。その雰囲気に圧されたように盗賊は何度も首を縦に振る。
「これで今回の依頼の課題をこなしたな」
「ええ、ちょっとあっけなかったわね」
アガタが肩をすくめながら言う。これであとは直接拠点に乗り込み、アルベルト氏のお宝を手に入れるだけだ。
「そ、それじゃ俺をさっさと開放してくれ!」
「正直に話したようですし、そうしますわ」
メリエルが光の輪を解除する。しかし盗賊は立ち上がると、すぐさまゆーりの胸の青いペンダントめがけて腕を伸ばした。
「きゃあ!」
「これだからこういうやつらは簡単に信用できないんだ」
俺はペンダントを奪おうとする盗賊の腕を払いのけ、その顔に右ストレートをかます。盗賊は軽く吹っ飛びそのまま大の字で気絶した。
「まぁそんなことだろうと思っていた」
ミネルヴァが剣に手をかけながら言う。
「どこまでも性根が腐ったようなやつね。燃やしてやろうかしら」
「全くですわ。こんな下賤な者がわたくしに歯向かうなんて恥を知るといいですわ」
アガタとメリエルが盗賊の一連の動きに憤りながら、気絶した盗賊を見下していた。
「これで依頼達成に向け、本当に一つ前進だな」
「そうですね。それでは今回の依頼の解決に向かいましょう」
ゆーりが俺達に呼びかけると、俺達はそれぞれ同意した。
目指すは拠点の最奥にいる、アルベルト氏の弟であり、頭目のロジャー。
余裕でクリアーして報酬をもらうとしようと思うと、足取りは非情に軽かった。




