第2章46部:阿修羅の眼光
全身にこれまで感じたことのない悪寒が走る。
殺気が禍々しい空気と同化し、俺達の体の内部へと流れ込み、恐れの様な感情を呼び起こす。
原因はアシュラと同化したジークから放たれた禍々しい魔力の奔流だ。
背後の四本の腕が拳を握りながらこちらを向けており、不気味な額の目がこちらを威嚇するようにこちらを見ている。
一方でジークの表情は力を持て余しているのか、愉悦に似た奇妙な笑みを浮かべている。
「どうなされたのですか。あなた方の憎き、卑怯な、許されざる敵がこちらにいるのですよ。どうしてそのような怯えた顔をするのですか。もっと勇敢に、もっと死力を振り絞って、存分に戦いたくありませんか? アーッハッハッハッハ!!」
ジークが挑発しても俺達は誰一人、ジークに立ち向かうことができなかった。
その狂気と溢れ出る力の差に立ち向かう勇気すら失せていたのだ。
あの腕がなにをしてくるかは俺は大体知っているため、迂闊に動いて相手の攻撃を受ける前に何とか手を打ちたかった。
左腕が弱体化、右腕が自身強化、そして額の目は……
「それではこちらから行きます。このアシュラの力を試させてもらいますよ」
俺がそうこう考えていると、ジークはまず右腕を掲げて背後の腕がその腕へと集約していき、右腕が分厚い籠手の様な形となっていく。
籠手は何かが胎動しているように蠢いているのが不気味だ。
するとジークの足元よりすさまじいオーラが湧き出し、禍々しい形へと変貌して体の中へと入っていく。
オーラを取り込んだのかジークの周りに邪悪な妖気の様なものを纏っていた。
「うぉおおおおおおおおっ! 素晴らしい! まだここまで伸びしろがあるとは!! クックック。さすが覇統鬼。次はこっちです」
右腕を下ろし左腕を俺達に向ける。
その掌の先から黒い風の様なものを放って吸い寄せていく。
すると全身から必殺の一撃を繰り出す時に出る勇ましさに似た、心から湧き出る闘気が吸い取られていくのを感じる。
「ち、力が……」
「なんなのよぉ……こいつ……せっかく、魔導をぶっ放そうと……」
「お、おやめなさい……」
「ち、畜生……クライマックスアーツを、放てないってのは、こういうことかよ……」
俺達はジークの力に為す術ないままその場に跪いてしまう。
恐怖で凍てついた心に加えて、それでも立ち向かおうとする気力すらも吸い取られているような感覚に陥る。
「ハッハッハッハ! 無様ですね! 結局、鬼の力の前では、どうしようもできないのですよ。さぁ、更なる絶望を与えて見せましょう。真の恐ろしさの前に、か弱き人間がどうなるかをね!」
ジークの額にある金色の目の瞳孔が拡大する。
俺はこの時ハッとした。
これがアシュラの力の真骨頂であり、これまで数多くのプレイヤーを苦しめたスキルの前兆であることに気づいた。
「まずい! みんな、あれに目を合わせるな!」
俺は叫んで咄嗟に目を伏せた。
眩い閃光が辺りを包み込み、その光が閉じた目をこじ開けようとするが、俺は必死に知覚しないように強く目を瞑った。
光が止むと俺は顔を上げて辺りを確認する。
「あなたはなぜかわかっていたようですね。このアシュラが放つ狂眼を。ですが、もう遅いです。『阿修羅の眼光』の術中にかかっているのですよ」
アガタとメリエルはその場で硬直して、声も出せずに驚いた顔をしたままになっている。
そしてミネルヴァはゆっくりと立ち上がり、ジークの元へ歩み寄ったかと思うと、俺達の方向へ向きなおした。
籠手を装備したジークの右腕の掌の上に何かもやもやした魂のような物が浮かんでおり、まるで助けを求めるように淡い光を放っている。
ミネルヴァは俺に対峙する形で立っており渋く苦しそうな顔をしていた。
「ハッハッハッハ! あなたの大事な騎士は、もう私の術の中ですよ。アシュラの記憶が私の元へ流れ込んでいきます。この女はもとは依代の候補だったようですね。まさかこのような形で傀儡になるとは、なんと気の毒な」
「や、めろ……私は貴様の、言うことは、効かん……」
必死に抵抗しているミネルヴァに向かってジークが耳元へ囁いている。
「ですが、体は正直なようですね。まさか長い時を経て再びアシュラの元へと帰ってくるとは。アシュラの与えた不死の祝福が、巡り巡ってこうなるとは。やはりあなたはこちらへ戻ってくるべきだったのですよ」
「なにが、祝福だ……こんなのは、呪いだ……終わることのない……苦しみと、悲しみを、経て、心を失わせる……人殺しの、悪魔にするための……」
「そうはおっしゃいますが、昔のあなたは、そういうところが魅力的だったんですよ。命令に忠実に人の命を躊躇なく奪い、さらなる自分の強さへの糧になる。その貪欲な心が、アシュラがあなたを依代に選んだのです。命を捨てたような魔剣を振るう死をも恐れぬ女傑。それが、あんなふぬけた男といてから、あなたは変わりました。心は虚として体に血を受ける。それがよかったのに。何が人を守るですか。そんな盾では人を殺すことはできないというのに! 大剣を振り回すあなたの方が素敵だったというのに!」
「う、うるさい……フリッツ、のことを、悪く言うな……」
「あれからあなたは変わりました。人との喜びを分かち合い、別れを悲しむようになりました。まるで傀儡が人間の真似事のようにですね。そんな心は不要なのです。さぁ、今こそ決別の時です。あなたの大事なお仲間を自ら手を下して、その心に永遠の凍てつきを与えてやりましょう。そしてもう一度還るのです。アシュラの一部として!」
「や……めろ……うわぁあああああっ!! ああああっ!! うっっうああああっ!!!」
ジークはその淡い光握り潰して宣言すると、ミネルヴァは蹲り頭を抱えて苦しそうに叫びだした。
「お前、その目で、操ったってことか。ミネルヴァの体を、そして心を」
『阿修羅の眼光』というスキルは目で見たもの一人の意識を洗脳し、他の者は硬直して動けなくさせるものだ。
とっさに目を伏せたから俺は回避できたものの、直接見てしまったミネルヴァとアガタとメリエルはその技にかかってしまったようである。
「いいではありませんか。せっかくなら、ミネルヴァさんの手であなたを始末した方が、いろいろ都合がいいのですよ。あなたからはミネルヴァさんを変えた男と、どこかしら似ているのです。忌々しいことにね。そうなればもう、殺すしかありません。ミネルヴァさんをあるべき形へ変えるのです。私のさらなる力のために、より強い覚醒のために!」
「やっぱりお前は許せねえ。鬼となったお前は、俺が直々に裁きを下す」
「クックックック。口だけは勇ましいようですね。そろそろお目覚めですよ。傀儡へと戻るミネルヴァさんがね! ヒーッヒッヒッヒッヒ」
ジークがまるで舞台に立っている主役のように腕を掲げて指を鳴らすと、その音に呼応したのかミネルヴァがゆらゆらと立ち上がって俺と向き合う。
そのミネルヴァの目を見て俺はえも言えぬ恐ろしさを感じたのだ。
瞳は虚ろで光を失い鈍い輝きを放ちながらも真っすぐ俺を、というか俺の心臓を見つめていた。
ジークの言う通りの、まるで心を失った傀儡の様な不気味さを感じる。
「ミネルヴァ! 目を覚ましてくれ! そんなやつの言いなりになんかなるな!」
「ハハハハッ! 無駄ですよ。額の眼光を受けて意識を操られたものは、逆らえないのです。もうあなたの知っている、ミネルヴァと言う騎士はいません。今はアシュラの依代であった、命令のまま平等に命を刈り取るミネルヴァなのです!」
俺の必死の呼びかけをジークは嘲笑う。
洗脳という状態異常を受けて、俺の声で正気に戻ってくれたらこれほど助かることはなかった。
ゲーム内でもこれを解除する方法は、アシュラの力を一時的に遮断するか、それとも洗脳された者を倒すしかない。
ただミネルヴァを倒すことが俺にはできない。
「さぁ、行きなさい。あなたは悲喜という先の見えない苦しみから解放されているのです。ありのままに従うだけの今を、感情の波を一切立てなくていい今を生きるのです」
ミネルヴァは頷きもせずに腰の剣を引き抜き大盾を構える。
どうやら戦いは避けられぬという嫌な予感がよぎった。
そもそもミネルヴァを倒せるかどうかが困難であり、今は襲い掛かるミネルヴァをなんとかするしかない。
ミネルヴァが剣を上段に振り上げて襲い掛かってくる。
「くっ! 重いっ!」
なんとかミネルヴァの剣を『真紅の滅鬼刀』で受け止めるて、鍛錬の差かレアリティの差かわからないが、殺意のこもった力強さに俺はたじろいでしまう。
だがミネルヴァはそんなことお構いなしにと、剣を振りかぶっては大きく薙いで、さらに続けざまに斬撃をしかけてくる。
これ以上受け止めているようですは身が持たないと悟り回避に専念するが、ミネルヴァの攻撃は想像以上に鋭いためいくつかかすり傷を負ってしまう。
「悪い、ミネルヴァ。……少しだけ眠ってくれ!」
大きく振り下ろされた剣を俺は飛び退いて交わして、そこに生じた隙に反撃を叩きこもうとする。
その刹那俺が転生してからミネルヴァと出会った時からの思い出が蘇る。
俺に的確なアドバイスをしてくれたこと。
俺達を守るためにまさに命を捨てるようにかばったこと。
自分の弱さと向き合うように謝ったこと。
俺にだけ悩みや自らの秘密を話したこと。
そしてお前は人間だと、幸福を求めろと諭したこと。
巡り巡る思考が駆け巡り、ミネルヴァへの攻撃をほんの一瞬だけ躊躇してしまい、その判断の遅れのため刃はミネルヴァの大盾に阻まれてしまった。
そして反撃の反撃と言わんばかりに、弾き返され硬直している俺に向かって盾が大きく振り回され俺の肩へと直撃して吹っ飛ばされる。
「うわぁああああっ!!」
「マ、マサキ!?」
通常のダメージを割り増しで受けてしまう無属性故か、全身に激痛が走り倒れたままとなってしまう。
ゆーりが必死に遠くから呼びかける声を聞いて、さっさとこの場から逃げろと叫びたくなったが、ゆーりに届くような大声を出すことはできなかった。
「この程度で終わりですか? 威勢の割にはあっけないものですね。ですが、これで邪魔者は消えてなくなるというわけです。さぁ、ミネルヴァよ、彼にとどめを。終止符を打つのです」
ジークの声とともにミネルヴァがゆっくりとこちらに向かってくる足音と鎧が擦れる音が聞こえる。
「畜生……ここまで、かよ……」」
「いやああああ!! やめてぇぇ!!」
ゆーりの絶叫が神殿の中にこだまする。
「はぁ……はぁ……やっぱ倒すなんて、できねえよ……そもそも倒せるかもわからねえのに……お前と過ごした時間は俺も楽しかったんだ」
俺は俯けから仰向けへと態勢を変え、最後に近寄ってくるミネルヴァの顔を見た。
そして洗脳されているミネルヴァの表情を見て驚く。
その虚無的で寂しさすら感じるような黒い瞳から涙が浮かんでいたのだ。
言葉を何も発さず俺に向かって剣を突き立てる手前で体が硬直していた。
「はは……なんだよ、お前……わかってるんじゃねえか…どうしたんだよ……早くその剣で殺せよ……」
ミネルヴァは依然として制止したままだ。
「……まだ、何か俺に、言い残したことがあるのか? 俺は、あるんだがな」
ミネルヴァの剣を握っている手が少しだけ緩んでいるように見えた。
死ぬ間際になって俺はなぜか様々な感情が入り混じった悔しさを感じる。
「……お前を、幸せに、できなかった……」
「……がう……」
一瞬だけミネルヴァの口元が動き、掠れた声が俺の耳に届いた。
「違う! 貴方は私に、生きてもいいと、道具じゃないと言ってくれた。それだけで私は救われたんだ」
「……だが、お前は、まだ幸せ、ってのを知らないだろう」
「ああ、だから!」
ミネルヴァは突き立てようとした剣を放り捨て、ジークの方向へと向きなおす。
振り返る間際に見えたミネルヴァは、元の誇りと強い意志に満ちた輝きが瞳に戻り、いつもの強くてたくましい横顔を垣間見せた。
「ジーク、貴様の思うようにはさせん。早く、アガタとメリエルを解放しろ」
「……なぜ、止めを刺さないのです。命令には忠実に従うのが以前のあなたでしたが」
「そのような過去は捨てた。私はこの仲間達、家族と未来を歩む! 例えどんな困難が待ち受けても、心を苦しめられ用途も、幸福のためにともに進み続ける」
「……失望しましたよ。あなたには。ならば、私が直々にその男を葬り去ってあげましょう」
ジークは籠手から先ほど取り込んだ腕を倒れた俺に向かって勢いよく発射した。
しかしミネルヴァが素早く駆け付けその大盾を振るって、そのオーラの塊のような腕を弾き飛ばす。
その後大盾を構えたままジークに突進し、衝撃でよろめいたジークに追撃として一瞬屈んだ後、今度は盾を上部に構えて懐をえぐるように密着しながら飛翔した。
ジークはミネルヴァの渾身の一撃で吹っ飛んだが、すぐさま立ち上がり怪訝そうな顔をして首を鳴らす。
「マサキは絶対に死なせない! 何があっても、私が盾となると決めたのだから」
「なるほどまだまだ衰えていないと。ですがまったく感心しませんね。反抗とは、ただただ不愉快です。もう一度飼い慣らす必要があるようですね」
そうジークが低い声色で言い放つと、ミネルヴァに向かって飛び蹴りを放ちミネルヴァを吹っ飛ばす。
「ぐぅ……っ!」
「今度は、そんな感情が芽生えなくなるほど、徹底的に打ちのめしてあげましょう」
再びジークの籠手からオーラの塊の腕が放たれた。
態勢を立て直したミネルヴァは同様に盾で弾き返そうとするが、その腕は跳ね返される前に掌を開いてその盾を掴んだ。
「なっ!?」
「そのようなものは、いらないと言っているのですよ!!」
ジークの放った腕がミネルヴァの盾を剥がして、ミネルヴァの手元より離れると、続けざまに放ったもう一発の腕がミネルヴァの首元を掴んだ。
そしてその腕は呻き声を漏らすミネルヴァを掴んだままジークの元に引き寄せられていく。
「……がはっ……! ……かっ!」
「さて。命令を守らない傀儡なんてものは、傀儡ではありません。糸の切れた操り人形は、誰も操ることができませんよね。まだまだ私の支配が甘いということを痛感しました。今度はたっぷりその痛みを以て操るとしましょう。簡単なことです。恐怖なんてものは、時に判断を狂わせますが、感情を押し殺すことに関しては一級品なのです。もっともこれからあなたへ刻み込まれる恐怖が、最後になります。痛いけど我慢してください。これからはそんなことを考える必要もなくなるんですから!」
「やめろっ!!」
肩を押さえながら立ち上がった俺の叫びも空しく、ジークはミネルヴァを地面に強く叩きつけた後、倒れた体に向かって何度も強く踏みつけていく。
鎧を踏みつける金属音のような高い音が何度も響き、ついには鎧の破片が飛び散り、今度は肉体を踏みつける鈍い音がする。
「がはっ! うぐぅっ! うわぁああっ!!」
「精々今のうちに悲鳴でもなんでも吐き出しておきなさい! それがあなたの最後の自分の声となるのですから!」
ジークは激痛に耐え悲鳴を上げるミネルヴァを踏みつけることをやめない。
ミネルヴァが口から血を吐き出す。
「ジークゥゥゥッ! いい加減にしやがれ!!」
俺は体が勝手に反応したように咆哮とともにジークの元へ剣を構えて飛び出す。
まだ肩の方が痛むが今はそんなことを気にしている場合ではない。
『真紅の滅鬼刀』をジークに向かって振り下ろすが、ジークはミネルヴァの腹を踏みにじりながら片手で受け止める。
「今は取り込み中なのです。邪魔をしないでください」
「悪いが、素直に聞いてやれるほど融通は利かないんでな!」
「ほう、アシュラの力に対抗しますか。面白い。感情の高ぶりでここまで力を発揮するのですね」
ジークに握られた『真紅の滅鬼刀』へさらに力を込めて押し込もうとするが、ジークもそれに呼応するように強く握って対抗する。
『真紅の滅鬼刀』の覇統鬼に対してダメージが増加する特殊効果のおかげか、心なしかジークは余裕な表情には見えなかった。
「やめてください! それ以上手出ししないでください!」
「なっ……ゆーり、お前」
ゆーりが最後方から俺とジークの立会の場まで駆け寄ってきた。
「弱者必滅……あなたも殺してあげますよ。そう急かさないでください。まずはマサキさん。その次にあの固まっているお二人、その後にネルトゥスとあなたです。物事には順番というものがあるのですかあら」
ジークは興が削がれたと言わんばかりに剣を振り払うように弾いて、俺との間合いを取りミネルヴァから離れる。
ミネルヴァは口元を血で朱色に染めて何度もせき込みながら呼吸を整えようとしていた。
このままでは呼吸を取りれることすら困難なため、ミネルヴァの体を倒れたままではなく上半身だけを起こす。
非常に辛そうな顔をしていたが、俺の方向を見上げてそっと精一杯強がるように微笑んだ。
「ゆーり……マサキ……すまない……」
「ミネルヴァ! 大丈夫ですか!」
「それ以上声をかける必要はない。あいつは、絶対止めてやる。ゆーりはミネルヴァを連れて逃げろ」
「いいえ! 私も戦います。私だってみんなの役に立ちたいんです」
「それはだめだ。お前なら死んだ俺達を再召喚できる。お前は生き延びるべきなんだ」
「それこそダメです。再召喚された皆さんは、本当に私の家族になるんですか!? 優しくて頼もしい、マサキは帰ってくるんですか。マサキ達の皮を被った、別人になるんじゃないんですか!?」
俺はゆーりの強い言葉にハッとした。
もし俺達が死んで蘇った時に、この意識で元に戻ることはあるのだろうか。
それとも全く別の人格として蘇るのか、この意識は別の生物になるのではないだろうか。
「そこまで言うなら仕方ねえ。どうせ何言ってもお前は断るんだ。一人よりも二人だ。しっかりついて来いよ」
「マサキ……ありがとうございます」
「と、まぁ、元気よく参加してくれるのはいいが、何か秘策があるのか」
「うっ……それは……」
「はぁ……そこはいつもと変わらねえな。いいか、よく聞けよ。俺達の目標はジークの額の目ん玉を潰して、覇統鬼の力である『阿修羅の眼光』を止めなくちゃいけない。そうしないとアガタとメリエルがずっとあの調子だ」
「はい」
「だが俺一人じゃ、あいつにダメージを負わすことはできても、額に届くのは極めて確率が低い。加えて俺はあいつの一撃をもらうと、それだけで戦闘の維持は困難になってしまうんだ。だから、俺があいつの隙を作ることが大事だ。だがあいつのことだから二段構えくらいは用意しているはず。だからその後に何とかしてあいつの動きを止めて、その間に瞳を破壊してほしい」
「はい。わかりました。やってみます」
「まぁ、お前だけじゃまだまだ不安だから、あのクソ生意気なキッドもこき使ってくれ。今日は定休日とかほざいていたが、緊急事態だ。報酬ならいくらでもだすっていえば……」
俺がうっかり口を滑らすとゆーりのカバンからキッドがにやついた顔を出してきた。
緊急事態故にこいつから出てくるのは逆に好都合だ。
「その言葉、ちゃーんと耳に入ったぜ」
「出てきやがったか。地獄耳め」
「今まではお前らが仲良く犬死して、その隙に脱出を試みるために寝たふりをしていたが、そんなこと言っている場合じゃねえな。報酬だ。でかそうな案件だ。多少のリスクを払ってでも報酬はいただくぜ。ちゃんと払えよ。まだまだ借金はあるんだからな」
「報酬、報酬って、俺達の命はただの焼き菓子より安いのかよ。まぁ、単純な分わかりやすいがな」
「キッド……それで私達は……」
「さっきから話は十分聞こえたぜ。隙を作らせたあとの、あいつの動きを止める役割なら任せてくれ。ダークネスケルベロスが唸る時がきたようだ」
「だったら最後に私が、このナイフで……」
ゆーりが親方のおっさんからもらった、漆黒のナイフを強く握りしめる。
だが大仕事を果たすという緊張のあまりか、ナイフを足元に落としてしまい、祭壇内に乾いた音が響いた。
「なっ……!」
ゆーりが慌てて屈んで拾ったが、俺は絶句したままジークの方を見た。
じっくりその様子を観察しており、俺達の考えを見透かされたのかと鼓動が早くなる。
ジークの微笑んだ表情もせず、眉一つ動かさずにその光景を見ていたことがひどく気がかりになった。
だが俺達の戦略を看破されたとしても、一か八かやってみるしかない。
残された方法はそれしかないのだから。




