第1章5部:インターバル
天井を眺めていると、廊下のどたどたした音のあと、ドアが勢いよく開いた。
「ちょっと! バカキ! ちんちくりん! 助けなさいよ!!」
誰かと思えばゆーりではなく、アガタが焦った様子で俺に助けを求めてきた。
「一体何事なんだよ。騒々しい。貴族のお偉いさんに騒ぐなって言われたばかりだろ」
「それどころじゃないのよ! 私の寝床がかかっているんだから。それでちんちくりんは?」
「またどうでもいいことで……ゆーりなら今風呂を探しに行ったよ」
「ふーんわかったわ。あんでもいいわ。とにかく来なさいよ」
アガタは部屋でゆっくりしたくて嫌がる俺を部屋から引きずり出すと、アガタ達の部屋へと入った。
中ではミネルヴァとメリエルが部屋に座って何かをしている。傍にはカードの束が置いているため、何かで遊んでいるようだ。
「ふっふっふっふ。今回は助っ人としてバカキを連れてきたわ。ちんちくりんはちょっといないから、しょうがないからバカキがあたしの代わりよ」
「おお、マサキか。せっかくだしちょっと遊んでいかないか」
「あら召使。今度はあなたがやるのかしら。せいぜい楽しませることね」
「ああ、なんでもいいが……なんで俺が代わりにやるんだよ」
「それは私の寝床のためって言ったでしょ。そんなこともすぐ忘れたの?」
アガタが何か言っているがギャーギャーうるさくて頭が痛くなる。
「アガタがこのベッドを独り占めしたいと言い出してな。メリエルがそれに反対してな」
「わたくし疲れましたの。地べたでねるなんてごめんですわ」
「ベッドをどっちのものにするかで、ゲームをして決めるところなんだ」
おそらくアガタがわがままなことを言わなければ、三人でギリギリ寝ることができると思うのだが、なんともトラブルが好きなようだ。
「それでうるさい野犬が、あまりにも弱すぎるので、助っ人として召使を呼んだというわけですわ」
俺はあまりに呆れてため息がもれた。アガタが自信満々な顔をしている。
「それで勝ったら、俺に何かあるのか」
「わたくしの召使にしてあげますわ」
「却下」
「あたしのことアガタ様って呼んでもいいわよ」
「却下」
「じゃなきゃ俺がやる意味はないな」
「まぁまぁ、マサキせっかくだし、私達の親睦を深めることを兼ねてやっていかないか」
「うーん。まぁそうだが」
ミネルヴァの申し出に対して考えあぐねていると、メリエルのそばにある箱が目に入った。
「メリエルそれは?」
「ああ、これはお父様から送られてきたものですわ。中身はまだみておりませんわ」
(もう仕送りスキルが発動したのか。なら都合がいい)
それを聞いて俺は思わず笑みがこぼれた。
中身はランダムだが優秀なアイテムや換金アイテムが入っているのは間違いない。
使い方を知らない、興味のないメリエルに持たすより俺に持たせた方が有効だ。
「わかった代わりにやってやろう。その代り俺が勝ったらその箱をいただいてもいいか」
「ええよくってよ。何か賭けるものがあった方が面白いですわ。それでわたくしが勝ったら、あなたはわたくしの召使になるでよくってよ」
「了解。交渉成立だな」
ミネルヴァが簡単にルールの説明を行う。
1から12まで書かれたカードを二組とジョーカーの計25枚。カードを参加者へ順番になるように配り、順番に相手の手札のカードを引いていき、その後ダブった数字を場に捨てる。
ジョーカーを最後まで持っていた方が負けるとのことらしい。
要はババ抜きだ。確かに感情をはっきり出すアガタが弱いのもうなずける。
ミネルヴァは慣れた手つきでカードを切り、その後俺達にカードを配り始めた。カードを精査すると、俺の手札にジョーカーはないようだ。
つまりミネルヴァかメリエルが持っているということになる。
そして二人の顔色を伺ったが、特に変化がない。
(とりあえず引くしかないようだな)
順番は俺から右回りらしく、メリエルのカードを引くことになる。
カードを引いたら「7」を引いたため、俺は手札の「7」を見せて、場に捨てた。
順調にゲームは進んでいたが、残りのカードが全員3枚になったとことで事件が起きた。
一番右のカードを引いたのだが、それがジョーカーだったのだ。
持っている素振りや仕草が見えなかったため、俺は少し顔が強張ってしまう。
メリエルの見せる余裕が俺の判断を鈍らせた。
「あらどうしましたの。急に驚いた顔をしまして。何か引きたくないものを引いた、そんな顔ですわね」
メリエルがくすくすと笑う。
俺にジョーカーを引かせたのだから自分の負けはもうありえないという感じだ。
「ちょっとバカキ。大丈夫なの? せっかくあたしの代わりにやるのにすぐ負けるなんて承知しないんだから」
アガタが苛立ったような口調で言う。一方で少し不安そうな表情も伺えた。
(俺だってあの箱が欲しいんだ。装備を整えたり、強化に充てたり使う用途はたくさんある)
「落ち着け。もう逆転できないって決まったわけじゃないんだ」
焦るアガタに冷静を装って言ったものの、現状運以外では手の打ちようがない。
相手の手札を見て中身が見れたり、相手に引くカードを選ばせる特殊能力があれば楽なのだが、もちろんそんな都合のいいものはない。
ミネルヴァがジョーカーを引くのを祈るしかなかった。
「さぁ、どんどんいきますわよ」
メリエルがミネルヴァのカードを引こうとし、手を伸ばす。
どのカードかを選ぶ様子はさながら買い物を楽しんでいかのようだった。
しかしカード引いたカードは重ならず、手札にそのまま入る。
次にミネルヴァが俺のカードを引く順番になった。
ミネルヴァは俺の顔をじっと見つめながらカードを引こうとする。
「さて私の番だな。どれを引こうかな」
ジョーカーの方にミネルヴァの手が移ると、俺の手札を握る手が緩んだ。
しかしミネルヴァが引いたカードはジョーカーではない。
「6」を引いて自分の手札を順調に減らし、残り一枚となった。
(まずいな。このままいくと俺の手札にジョーカーが残っていき、負けてしまう)
上がりが確定するミネルヴァに、少しでも後れを取りたくないと、メリエルのカードを引く。だが手にしたのは「3」。
俺の手札にはないもので、俺は難しい顔をしてしまった。
「本当に大丈夫なの? あたしの寝床がかかってるんだけど。ねー聞いてんの」
アガタがベッドで座りながら不満そうな声で俺に話しかけるが、俺は返事をしなかった。
残り一枚となったミネルヴァのカードをメリエルが引き、ミネルヴァの手札がなくなる。
「悪いな、メリエル。また私の勝ちのようだな」
「あら。本当にお強いのですわね。ふぅむ。どうやれば勝てるのかしら」
メリエルは少し頭をかしげて、らしくない悔しがり方をしていた。
普段なら我関せずな表情をしそうなものなのに、思ったより負けず嫌いなのかもしれない。
だが勝負は終わったわけではなく、メリエルの箱を賭けた戦いは続いている。
あとアガタのベッドの権利もあったか。ここで負けましたと言おうものならアガタに何を言われるかわからない。
(さて、ここからどうするかだな。現状、「2」、「4」、「3」とジョーカーの4枚を持っている。このまま順番通りいくとメリエルが一回カードを引くときに、俺のジョーカーを抜いてもらうしかない。だがこれでは確率が三分の一。せめて五分の賭けにしないと」
俺は顎に手を当てながら考える。
そして場におかれているカードに目が入った。
これを何かに使えないかと思案する。
その時後ろのドアからコンコンとノックがした。
「マサキ。ここにいたんですね。お風呂の場所がわかりましたよ。あれ? ところで何をしているんですか」
俺を含め全員がゆーりの来訪に視線が動く。
その隙に手札を精査する時に捨てた、場にある「8」のカードを回収した。
「ゆーりか。わざわざありがとう。これが終わったら入るよ」
「なぁに。ちんちくりんまで来たの? あんたには任せられないわね」
「任せられないって何をですか?」
「今このカード遊びで、あの箱の中身を賭けているんだ。メリエルにマサキが勝てば箱の中身をもらえるんだ」
「メリエルが勝ったら?」
「メリエルの召使になるそうだ。まぁ、本人達が承諾済みだからな」
状況を知らないゆーりにミネルヴァが説明する。
俺はそれを聞きながら、「3」のカードを袖に入れて、代わりにもう一枚の「8」を手札に入れ替えた。
そして余ったもう一枚の「8」をゆーりを見るために首を高くしているメリエルの近くに置いた。
「早くしてくれませんこと? 長引いて夜更かしをしすぎるとお肌も荒れて大変ですのよ」
「悪ぃ、悪ぃ。すぐ引くよ」
メリエルが若干苛立ったような口調で俺を催促する。
そして俺はメリエルからカードを引く。「2」を引いたので、俺の手札は一枚減って、三枚となる。
メリエルが余裕たっぷりに俺の手札からカードを一枚引いた。
そのカードは「8」で、自分の手札にないものであったので、メリエルがいぶかしげに俺の顔を見た。
「ん、どうしたんだ?」
「あなたから引いたカードが、私の手札にないのですわ」
「おいおい。ジョーカーをそうやって処理するつもりか? いくらなんでも適当なことはやめようぜ」
「ジョーカーじゃありませんわ。数字のカードですわよ。二人きりでやる以上、片方にないカードを引くなんてありえませんわ」
「確かにそれもそうだな。だがこういう可能性もある。メリエルがカードを落として見落としていた。なんてのは考えられないか」
俺はそういうと、メリエルの近くのカードを指さす。
それを見てメリエルが少しだけ焦ったような表情を覗かせた。
「そんなことありまえませんわ。カードを落としたのなら、すぐに拾いなおすのではなくて?」
「確かにメリエルの言うこともわかる。ただメリエルの近くにある以上、カードを落としていた可能性もあるはずだ。それを認められないなら、ひとまずは仕切り直しにしようぜ
」
「仕切り直しですって!? また最初からやるってことですの?」
「まぁ、そんなところだな」
「そんなこと認められませんわ。わたくしが落としてないって言っているなら、落としていないのですわ」
ジョーカーは俺が握っている以上、メリエルの有利は変わらない。
また最初からやり直すなんてメリエルにとってはしたくないはずだ。
「いい加減観念なさいよ。あんたの目の前に座っているマサキが落としているって言っているのよ。見逃すわけないでしょ。ね、ミネルヴァ」
「申し訳ないな、メリエル。私もその時の状況までは覚えていないのだ。もしかしたら手札を最初に確認するときに見落としていたとかではないのだろか」
「そんなことありえないことですわ。ただこれ以上騒がれるとなりますとわたくしの誇りに関わりますの。いいですわ、続行としましょう。多少不利な方が面白いですわ」
メリエルは納得した様子ではないが、周りの声を受けてしぶしぶ続行を承諾した。
俺はそれを聞いてほくそ笑んだ。
順番をずらすことに成功したので、もう一回ジョーカーを引かせるチャンスあるのだ。
ただどうしてもパーティメンバーを騙すというのは罪悪感はあった。
俺は袖から「3」のカードを手札に戻し、メリエルのカードを引く。「3」を引いた俺は場に捨てる。
残りの手札が二枚になり、メリエルからすれば二分の一でジョーカーを引き、敗北に近づくことになる。
その事実がメリエルにプレッシャーとなり、判断やいつもの余裕を狂わせる。
「さぁ、このカードのどちらかが、ジョーカーだ。ここで引いたらもうメリエル、お前の勝利はない。なぜなら俺はどれがジョーカーかわかる目印を付けたんだ。いいか。ここでお前が引けなきゃ俺の勝ちだ。まぁ貴族様ならそれくらい余裕で切り抜けてくれると思うがな」
目印を付けたのはもちろんウソである。ただメリエルを挑発し、動揺させるのが目的だ。それを聞いたメリエルは顔を少し赤らめて早口になっていた。
「お黙りなさい! ここは真剣勝負の場ですわよ。そんな安い挑発でわたくしを出し抜けると思って? 少しは口を慎みなさい! 最後に勝ち残るのはわたくしなのですわ」
「おいおい。俺の目印を見つける時間くらいは与えてやってもいいんだが」
「そんな気遣い必要ありませんわ! わたくしが決めることですわ!」
そう言って俺のカードから勢いよくジョーカーを引き、メリエルの顔がますます紅潮した。
「終わったな」
俺はそう言って静かに目をつむった。
「まだですわ! 勝負は終わってませんわ。どうせあなたには引けませんわ!」
「それはどうかな。悪いがこの流れでジョーカーは引くはずない。一発で仕留める」
そういって俺はメリエルから左のカードをめくる。それはジョーカーではなく「4」。
勝利を告げる、数字のカードである。
「まさか、そんなはずは。ありえませんわ。ありえませんわ! こんな召使に」
「やったわね! マサキ。さすがあたしが見込んだ男ね。さぁベッドはあたしのものよー」
狼狽えるメリエルと異様に高いテンションで喜ぶアガタの声がするが、俺は箱の方に視線が注いでいた。
「それじゃあの箱をいただくぜ」
俺が箱に近づこうとすると、メリエルが大きな声で止めた。
「いいえ。もう一勝負ですわ! あんな終わり方じゃ納得できませんわ」
「やれやれ。仕方がないな。それじゃまた今度俺が勝ったら、その時は本当にもらうぜ」
「望むところですわ」
「まだやるのですか? 私も混ぜてください」
ここからカードの枚数を増やして、計5人でやることになった。アガタやゆーりは置いといて、メリエルはそれまでの余裕を失ったせいか、恐ろしく弱くなっていた。
ことごとく俺の罠やブラフに引っかかる様は、狩られる獲物のようである。
しかしミネルヴァだけは鉄壁の強さを誇っており、それまでの戦いの中で彼女が負けることはなかった。
ババ抜きが一通り終わると、俺達は疲れを癒しに風呂へ向かった。
その時にミネルヴァにその勝利の秘訣を教えてもらう。
「ああ、そのことか。私は相手のカードではなく、目や腕など他の部分を見ているんだ。順調に行くときは、顔でなくても体のどこかに何かしらのサインがあるんだ。逆でも同じだ。特によくないことが起きているほど何かしら兆候がある。マサキの場合はカードを持つ手の強さの変化や、カードに視線を注ぐ点であろうか」
「ふぅむ。なるほどな。自分では気付かなかったな」
「ああ。そういうものさ。だがこれだけは覚えておいた方がいい。逆境の時ほど、目の前ではなく全体を見るんだ。そして相手の仕草や動きの意味を考える。それに回答を見つけ出したら、もう勝ったも同然だな。幸い君は堂々とイカサマをしたり、それをものにする強さがある」
「おいおい。気づいていたのかよ。それでメリエルをあんなことに」
「いや、あの時は気づいていなかったさ。ただそれからの流れがあまりにもうまく行き過ぎているからもしやと思ってね」
ミネルヴァが感心したように言った。
「さすがはうちのパーティの剣だな。これからも頼りにしてるぞ」
ミネルヴァに強く背中を叩かれて俺はびっくりする。
(目の前だけじゃなくて全体を見るか)
俺はさっきのミネルヴァの言葉を風呂の中で反芻していた。
確かにこれから戦う相手は俺より格上が多くなるのだろう。そうなると力でのごり押しとかは通用しないとなると、戦闘の際に何かしら工夫する必要がある。
ゲームでは特に苦戦しなかったこのクエストのボスも、もしかしたら一筋縄でいかないかもしれない。
(とりあえず明日に備えてゆっくり休むか。あまりにも色々なことが起こりすぎた)
俺は風呂から上がり、さっと着替えると、部屋へ向かい、ベッドの中に入った。
ゆーりは既に寝ており、小さな寝息を立てている。
「ありがとうな。ゆーり」
俺は聞こえるかどうかもわからないくらい小さな声でゆーりに言った。
「こちらこそ……マサキ……」
返事をしたかと思ってゆーりの顔を見たらすやすやと眠っている。
紛らわしいことにそれは寝言であった。
俺は明日に備えて、目を閉じて、深い眠りへと落ちていった。




