第2章41部:和解と決意
厳しい状況になってしまい少しばかりの時間が経過していた。
足元にはゴブリンが数体倒れており、服は痛んで無数の切り傷から血が流れている。
だが休憩をする間もなく次のゴブリンが襲い掛かり、なんとか対処するも体力は消耗する一方であった。
他の仲間も同様にすでに満身創痍でかろうじて追い払っているというのが現状である。
「きりがないわね。こんなのこっちの体力が尽きるのが先じゃない。いくらあたしでも魔力にも限度があるっていうのに」
アガタが火炎を放って迫りくるゴブリンを払いながら文句を言う。
その火炎から普段のような強さを感じることはできなかった。
「だが前進できぬ以上、ここで追い払うしかない」
ミネルヴァがゴブリンの攻撃を受け流し一体ずつ気絶させているが、どうも疲労の色は隠せておらず顔には大量の汗と時折深い呼吸をついていた。
そしてミネルヴァがゴブリンを叩き伏せて目を拭おうとした時に、こん棒がミネルヴァめがけて飛んでくる。
「くっ! 油断した……!」
ゴブリンがミネルヴァが怯み足を止めた隙を狙って飛び込んできた。
掴みかかってマウントを取られる前に何とかしないといけない。
「汚い手で掴みかかろうとするんじゃねえ。」
俺はすぐにミネルヴァの援護に向かい、飛びかかるゴブリンを剣で叩き落した。
「今度やったらその醜い性根を矯正してやる。少しばかり眠ってろ」
「すまない。マサキ。またあなたに助けられたな」
「なぁに、当然のことをしたまでだ。さっき俺も助けられた分をさっさと返さなくてはと思っていたところだしな」
軽口を叩いてみたが状況は一向に改善されず、どこに隠れていたのかと疑いたくなるほどゴブリンの数は多い。
疲労もついにピークに達し立つのも辛くなってきたころに、ゆーりが前方を指さして大きな声を上げる。
「あ、あれって!」
するとゴブリンが背後を振り返り、同胞が倒れていく姿を見てどよめく声が響き始め、慌てて俺達から離れて退却を開始した。
「皆さん! 騎士の方が、騎士の方がやってきてくれました」
俺達はゆーりの言葉を聞いて力が抜けたようにへたり込み、助けに来てくれた騎士に頭を下げる。
「助かった。絶体絶命の状況で、俺はもう戦う力も残されていなかったんだ。最高のタイミングで来てくれてありがとう」
「礼を言うのはこちら側だ。貴様達がここの指揮官を倒し、戦力を削いでくれたおかげで街がこれ以上被害を及ぼすこともなかった。おかげで討伐もやりやすくなった」
騎士の一人が兜を脱いで俺に礼を言うと、今度はミネルヴァの方に向きなおした。
「ちょっと何よあんた。またミネルヴァにケチをつけるっていうの?」
「そうではない。まさか貴様が自分の身を犠牲にして、敵国の街を守ってくれるとはな。その心意気と精神に感服したのだ」
騎士が深く頭を下げると他の騎士達も一斉に頭を深々と垂れて、ミネルヴァに対し非礼に対する詫びと今回の件に感謝を申し上げる。
「人として当然のことをしたまでだ。お世話になった人々への恩を返すのが当然さ。それに私もこの惨状を目の当たりにした時、なんとしても止めないとと思っていた。それがもし相手がゴスア人でも変わらない」
ミネルヴァの発言を聞いて騎士が驚いた声を上げる。
「何!? 自国の人間も敵に回すというのか!?」
「ああ、その覚悟さ。どのような目的であれ手段が間違っているのであればそれはもはや悪だ。正義という言葉で迷彩した邪悪なのさ」
ミネルヴァは壁にもたれてながら毅然として騎士達に向かって言うと、一拍置いてから俯き暗い表情をして言葉を紡いでいく。
「往々にしてそのような正義は悲劇と災厄をまき散らす。幾度となく目にしてきて、過ちと知らずに執行したものだ。だがもう心なく剣を振りかざすのはこちらから願い下げさ……」
地面を見つめて自嘲気味に言ったミネルヴァの言葉は、俺達だけではない他の誰かにも向けられているような重みがあった。
ミネルヴァのこれまでの度重なる経験は決して華やかなものではなく、過ちという名の流血で自らの手が汚れていたのであろう。
無数の別れと度重なる過ちにミネルヴァの心は既に憔悴しきっていたのだと俺は確信した。
「これからは私の思う正しさを胸に戦うのだから、相手が誰であろうと関係ないのさ」
「……ゴスアの騎士も一枚岩ではないということだな。ジークが貴様のようなものであればこのような悲劇は起きなかったのだが」
騎士が拳を握りしめて、ゴスア帝国の方角を見つめる。
「周到で卑劣な作戦には私も腹を立てていたところだ。そしてリーベル王女すらも連れ去られた。あのジークという男の好き勝手にはさせない」
「そうです。こんなにめちゃくちゃにしたんです。絶対に許せません」
ゆーりが強い決意に満ちた顔で言う。
「だがジークはベルーコの騎士としてもとても腕の立つ男だった。その才能には皆が恐れていたんだ。勝算はあるのか」
「ああ、ないとは言わせない。あいつの力は身をもって感じた。殺されかけたものもいる。だが俺達が万全な状態で連携をすれば勝てない相手じゃない」
兵士の疑問に俺が即答して、アガタとメリエルの方を見る。
二人は臆することなく頷いてこっちに視線を合わせた。
「言うまでもないでしょ。あんなイカレた男、絶対懲らしめてやるわ。あたし達を利用したことを後悔させてやるわ。そして絶対に謝らせてやるのよ」
「ええ、あの男のやり方はいささか狡猾で非人道的ですわ。そしてあの男の企みがもっとひどい悲劇を起こすやもしれません。そんなこと阻止しないといけませんわ」
俺が二人の言葉を聞いた後、騎士の方に向き直って反応を求める。
「な? 今はこちらの士気も高まっている。やる気がみなぎっているこの時なら不可能なんてないだろうよ」
「大した意気込みだ。だがこの街を救ったのは貴様達だ。不思議と安心させられる。ならば再び貴様達に頼らせてもらう。何か必要なことがあれば言ってくれ」
騎士が俺の肩をポンと叩いて、頭を下げて「頼む」、とだけ付け足した。
「お前みたいな騎士が頭を下げて俺達に頼むとなれば、俄然なんとしてもジークを止めないとな」
「絶対にジークの言っていた計画というのを止めましょう。リーベルさんを使って何か良からぬことを考えているに違いありません。あの覇統鬼に対する執着、きっと恐ろしいことを考えているに違いありません
「だが今すぐ出発するにしても俺達の体はもう限界だ。明日の早朝には出発して、ゴスアに到着次第ジークを倒す」
俺が明日の予定を話している最中に、他の騎士が何かを見つけて話し込んでいるのを小耳にはさんだ。
「この薬、以前に見たものとそっくりだ。もしや例の武器商人か」
「あの司令官の槍も見てみろ。あのエンブレム、間違いない。グラッディオの仕業だ」
例の武器商人と言う言葉に俺ははっとした。
ゲーム内にて主人公たちと敵対し、世界を暗躍して災いをまき散らす悪魔の武器商人、グラッディオだ。
目的不明だが主人公の出くわす騒動に一枚かんでいる男で、まだその実態や目的が明らかになっていない。
大体の出来事に何かしら絡んでいる男であり主人公とは因縁が深い。
だが本来のゲームの進行とは大きく逸脱したゆーりにとっては縁のない存在である。
「グラッディオ? その人はいったい誰なのですか」
「貴様達が知らないのも無理はない。裏のルートで武器の売買を行っており、正規の登録が行われていない傭兵団や各地で略奪を繰り返す盗賊、最近は武器を扱う魔物にまで取引を伸ばしている商人だ。恐ろしい切れ味の武器や戦闘能力を向上させる薬を販売している」
「あまりいい人には聞こえませんね。そんな人を誰も捕まえることができていないのですか」
おそらくあのロジャーの鋭利なレイピアもグラッディオから手に入れたのだろう。
ゆーりが尋ねると騎士は首を横に振って残念そうに言う。
「我々も取引の現場を見つけ次第取り押さえたいのだが、どうもその尻尾を捕まえることができていないのだ。顔や背格好は判明しているのだが……」
「結局決定打には至っていないわけか。だがジークを追うことで何か有力な手がかりをつかめるかもしれない」
「そうですね。だったらなおさらジークに会わないといけませんね」
俺達はジークとの決戦に備えて休むことになる。
圧倒的な空腹や戦いの疲労を回復して万全な状態で戦いたいのだ。
勝てる見込みはわからないが、国を揺るがす大きな事変を止めるために、そして自分達の身を守るためにも勝たなくてはならない。
しかし結束の力がジークにはない強みなのだから、そこをうまくつくことが勝機となるのは間違いなかった。
俺の中に眠る可能性と名乗る白髪の男の力を借りたいと思ったが、本能的にそれだけは避けたいと拒絶する。
鬼神のような力を手に入れて意識を乗っ取られた時に、また元に戻るという保証はないのだ。




