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ソシャゲに転生しても俺はなんとかやっています  作者: 山崎ジャスティス
殷賑の祝祭防衛編
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第2章36部:エリザベート、飛翔

 エリザベートは手綱を握るメリエルとそれに捕まる俺を乗せて黒い野を駆けていく。

 太陽は完全に山の向こうに消え、満月が代わりに天へと昇っていた。


 約束の時は刻一刻と迫っていたが、確実にネルトゥスが待つ城の巨大な影に近づいていく。

 もはやしばしの休憩をする猶予もなく、エリザベートの体力は少しずつ削られているのか時折激しい呼吸音が聞こえた。

 メリエルがエリザベートの疲労している姿を労わるような不安な顔をする。


「少し休憩するか? さっきからあんな長距離を休みなしで走り続けているんだ。いつ限界がきてもおかしくない」

「いいえ、まだいけますわ。何よりも時間がありませんのよ。こんなところで……」

「いや、いいんだ。元はお前が出してくれた馬なんだ。急いでいるとはいえ多少の休憩も必要だ」


 俺は強引にエリザベートを止めるように指示をして、俺達は近くの石に腰を掛けた。


「このままだとエリザベートがいつ倒れるかわかったものじゃない。そうなった時一番悲しくなるのはメリエル、お前じゃないのか。それにお前」


 俺はメリエルの手を掴んでその掌を見た。

 そこには手綱を強く握った痕がはっきりと赤く刻まれていた。


「無理をするな。お前も相当疲れているはずだ。何もしていない俺ができるのはこんな気遣いくらいしかないからな」

「……礼を言わせてもらいますわ」


 メリエルが俺から顔を背けて小さく呟いた。

 何を言っているか聞こえていたが、俺は聞こえないふりをして聞き直した。


「なんだって、よく聞こえなかったが?」

「なんでもありませんわ! 休憩が終わったらさっさと行きますわよ」


 メリエルがこちらに振り返り顔を赤くしながら答えた。


「親しき仲にも礼儀ありっていうんだがな」


 どうやら素直に礼を言うのはまだまだ先のようだと俺は軽く笑った。


「それにしても本当に大丈夫ですの? ここから進むのには橋を通るために遠回りする必要がありますし、魔物の群れだって遭遇する可能性がありますわ」

「ああ、確かにそう聞くと間に合うかどうかはわからないな。だが今回は無理と思われたことを実現できたんだ。今回だってうまくいくかもしれないだろ」


 メリエルは俺の言葉を聞いて呆れたように深いため息を吐いた。


「もしかしてなにも考えておりませんの。なのにわたくしの我侭を聞いたということですの。それではまるであなたとゆーりの命だけでなく、わたくしの名誉まで落としてしまいますわ」


 俺はメリエルの非難の声に対して鼻で笑い自分の頭を指しながら言う。


「なにも考えてないなんて、ゆーりじゃあるまいしそんなことはしない。ちゃんと間に合う計画はできている。それができるかどうかはメリエルの勇気とエリザベートの気合いだけだな」

「……こっちとしても責任をもってやり遂げる覚悟はありますわ。あんな大仰なことを言ったのですもの。家名に懸けて果たしますわ」

「ああ、その心意気だ。その勇ましさが何よりも必要なんだ。あの演劇だって言っていただろ。願いを叶えるのはいつだって自分の勇気だってな」


 メリエルは俺の言葉を聞いてはっとした顔をして、少し微笑みを浮かべていつもより余裕に満ちた顔をする。


「ふふ。演劇を流用してあなたからそんな言葉を口にするなんて思いもしませんでしたわ。ちょっと嬉しいですわ」


 周りには行商の馬車はなく稀に連絡用と思しき早馬が通るくらいで俺達以外に人気はない。

 ただ夜行性の好戦的な魔物が茂みや夜の闇に紛れて移動しているのであろう。

 遠くで迂闊に近づいたであろう他の魔物や動物が狩られて、捕食される寸前の叫び声が響き、山から一斉に鳥たちが羽ばたいた。


「休憩をしたとはいえ、これ以上のんびりはしていられないな。もう大丈夫か」

「わたくしの方は大丈夫ですわ。エリザベートも水を飲んで元気な顔をしておりますわ」


 エリザベートが鼻息を荒くし俺にやる気を見せつけてくれるので、俺はにやりと笑った。


「体力万全、元気良好ってところか。頼もしいな。これなら期待できそうだ。それじゃ行こう」


 メリエルと俺を乗せたエリザベートは元気を取り戻したのか、勢いよく飛び出していった。

 最後のスパートということでエリザベートのやる気も十分で、手綱を握るメリエルの手からギュッという音が聞こえ暗い闇の中を見つめる眼差しも凛としている。


 心地よい風を受けながら草原を駆けるのはとても爽やかで、こんな状況でなかったのであればこの心地よさが続けばいいのにとすら考えた。


「何をぼーっとしておりますの。これから橋を迂回しないと進めませんわ。それに、ほら目の前には魔物の群れがうろついておりますわ」


 メリエルがそう片手で指さすとそこには川の近くで無数の影が、目を光らせて獲物を求めながら蠢いていた。

 大きな川の向こうにはまさにベルーコ王国が目の前にあり、その川が天然の要害となり迂回を余儀なくさせる。


「なんだそんなことか」

「そんなことではありませんわ。今こんな危険を冒す必要なんてありません。迂回しますわ」

「おいおい。ちょっと待ってくれよ。俺の計画ってのミソはここなんだ。今この位置、このタイミングなんだ」


 俺は慌てて進路を変えようとするメリエルを引き留める。


「どういうことですの。もしかして、あなた」


 メリエルがはっとした顔をして俺に向かって目を猫のように見開く。


「やっとわかったか。そうだよ突っ込むんだ。あの群れ、あの川にな」


 俺はにやりと笑って眼前の群れに向かって言い放つ。


「あなた正気ですの!? あんな群れに突っ込んだら魔物が一斉に飛びかかって身動きがとれなくなってしまいますわ。万が一切り抜けても今度は川がありますのよ。それこそ前にも進んだら全員仲良く川の中で溺れて死ぬだけですわ。どうあがいたって行く意味なんてありませんわ」


 俺の提案を聞いたメリエルは俺に非難の声とともに、その計画がそもそも無理であることをまくしたてるように話す。


「アガタなら案外すんなり受け入れて俺に身を委ねてくれそうな話だったのにな」

「あんな短絡思考の自分本位な犬と一緒にしないでくださいませ。とにかくそんな無茶なことはできませんわ」


 メリエルは必死に首を横に振って突っ込むことを拒んだ。

 彼女があまり無理なことをしない性分であるのはあらかじめ察しが付いていたので、俺はこの状況がそうせざるを得ないことを説明する。


「いいか。もし迂回したとして間に合う方策があるなら俺が知りたいくらいだ。今回のこのルートは突っ込むことでのみ到着の時間を大幅に短縮できる。だからお前とエリザベートの休憩を挟んだ。それにメリエル、お前は覚悟なら決めているって言ったよな」

「う……言いましたわ」

「今こそがその覚悟を決める時だ。俺に任せてくれ。川がどうしたって? 飛び越えるべきものは困難な方が面白い。今こそ勇気で叶えてやる」


 メリエルは無言になった後覚悟を決めたのか、強気でいつもの見下したような余裕を含んだ声に戻る。


「わかりましたわ。今はあなたに任せてあげますわ。ですが失敗した時はどうなるかわかっておりますわね」

「全員仲良く溺死だな。安心しろ。だがそんな不運なことは起きない。絶対にだ」

「その言葉お忘れなきように。さぁ行きますわよ、エリザベート! 歯を食いしばるわよ!」


 メリエルがエリザベートに鞭を入れて全速力で魔物の群れに突っ込む。

 興奮状態なのかエリザベートの鼻息は荒く、目が赤く光って軌跡を描きながら闇を切り裂いていた。

 その速さに反応できなかったのか何体がエリザベートの剛脚に蹴り飛ばされるが、後続の魔物が操縦している俺達に向かって飛びかかってくる。


「きゃぁあ! 私に向かって魔物が!」

「メリエルを狙う判断自体は悪くない。エリザベートを狙ったところで弾き返されるだけだからな。だがな」


 俺は真紅ヴォーパル)滅鬼刀(エッジ)を引き抜いて襲い掛かる魔物を振り払った。

 一刀のもとで数体の魔物をまとめて切断し滅鬼刀がその血を啜るように赤く染まっていく。


「狙いが定まっている分切り伏せるのも簡単だな」


 右腕に変な違和感とともに強烈な力がみなぎってくるので、片手で巨大な刀を振り回して魔物を迎撃していく。

 群れを掻き分けて強烈な速度とともに眼前に川が広がってくる。

 山側から流れる川の水面が月の光に照らされてその広大さと勢いを俺達に見せつけ、底は夜の闇で奥まで見ることが見えず沈んだら最後のように思えた。


 対岸までの距離は正確には測れないが、対岸に灯された松明が小さく揺らめいていることから決して近い距離ではないことがわかった。

 前に進むにつれて川のせせらぎが大きくなり、メリエルの手が小刻みに震えている


「今だメリエル! 今こそあの川を越える! 恐れるんじゃない! 今が振り絞る時だ!」


 俺がどっちつかずになっていたメリエルの背中を強く叩いて激励する。


「……やってやりますわ! しっかり捕まってくださいませ!」


 エリザベート川の間際まで走り抜け、しっかりと助走をつけて飛び上がる。

 だがこのままでは飛び越えることができず落下するのは必至だ。


「きゃあああああああ!! やっぱり落ちてしまいますわ! お兄様!!」

「やればできるじゃねえか。お前のその勇気の見返りを出してやる。とっておきの秘策をな」


 前方のメリエルの絶叫が響く中俺は懐から緑色の石を取り出す。

 そして腕を上げて天へとかざすと眩く発光し、俺達の周りを淡い緑色のオーラを纏い始めた。

 俺達を乗せたエリザベートが急加速し、翼の生えたようなエフェクトが発生してそのまま上空を飛翔し川を越えていく。

 そして対岸へと危なげなく着地しメリエルは緊張の糸がほどけたように深く息を吐いた。


「はぁ。なんとかなりましたわね。それにしてもあなたもしかして使い方がわかっていましたの!?」

「まぁ、多分こんな感じだろうってのはわかっていた」


 メリエルは後ろを振り返って驚く声を上げる。

 アイテムの使い方はゲーム内で自分の分身である召喚士の動きで大体察しが付いていたのだ。

 掲げるという行為が必要かどうかはわからないが、アイテムを強く握ると力を発揮するのであろうというのは今回のことではっきりとわかった。


「何はともあれ。これで大きく近道ができたってわけだな。街までもうすぐだが急いでほしい」

「承知しましたわ。これで終わったわけではありませんものね」


 メリエルは興奮冷めやらぬエリザベートに再び鞭を打って再開する。

 王都までは目と鼻の先であるが、物を届けるまでが依頼なのだ。

 一安心してゆっくり心地よい風を受けながら歩きながら帰りたいという気持ちを抑えて、ベルーコの入り口まで一陣の風となって俺達は駆けていく。

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