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ソシャゲに転生しても俺はなんとかやっています  作者: 山崎ジャスティス
殷賑の祝祭防衛編
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第2章35部:劇団の三人組

 メリエルは少し微笑みを浮かべて腰を掴んでいる俺に向かって語りかける。

 風を切り野を駆ける振動が全身に伝わってきた。


「乗馬は楽しいですわ。風になるような感覚には何事にも代えられませんの。このまま大地の果てまで行けそうな気がしますわ。マサキもそう思いません?」

「ああ、こんな緊急事態じゃなきゃ俺も楽しんでるかもな」


 俺が皮肉っぽく答える。


「でしたらあなたも練習してみてわいかかですの?」

「検討しておく。確かに乗れたことに越したことはない」

「それに危ないときほど焦ってはいけないのですわ。こういう時こそ楽しめる心の余裕を持つことが肝要ですわ」

「お前らしい考え方だな」


 メリエルの言葉に余裕と自信が満ちたように聞こえ、今回の困難な依頼も達成できるかもしれないという妙な安心感があった。

 エリザベートは俺達を乗せて適度な休憩を与えながら劇団を乗せた馬車に向かう。

 しかしながら長距離を走る持久力や速度は素人目から見てもエリザベートが優れた名馬であることは明らかであった。

 そしてその名馬の手綱を握るメリエルの後姿はとても凛々しく、貴族としての風格を感じる。


 日は頂点まで登った後に次第に暮れはじめ隣に見える山に日が落ちかけていた。

 時間は刻一刻と迫っており、当初胸を撫で下ろしていた俺にも焦りを感じ始める。


「頼んどいてあれなんだが。まだ、なのか?」

「もうすぐですわ。きっともうすぐ……」


 メリエルの言葉にも焦りが出ていた。

 湿地を迂回する今回のルートであるならば一日では到着しないだろうから、どこかで宿泊を考えているのかもしれない。

 そうでなければ仮に詩人からサインをいただいても本日中に戻るのは厳しいというものだ。

 そして俺はある大きな馬車が入口に止められている村を見つける。


「メリエル、あそこの村に立ち寄ってくれないか」

「承知しましたわ。確かに怪しそうな匂いがプンプンしますもの」


 直感的ではあるがここにいるでのではないかという期待を込めて賭けにでたのだ。

 俺は馬から下ろしてもらい村の中へ入って賑やかな酒場を見つけた。

 メリエルはエリザベートを見守る目的で村の傍で待機する。


「わたくしもお話がしたいですけど、ここはそうも言っている場合じゃありませんわね。手短に済ませてくださいまし」

「ああ、用が終わったらすぐ戻る」


 不満げな表情を垣間見せたが渋々納得してもらった。

 内からギターの音が漏れているのが聞こえ、歓声が沸いている酒場の中へ勢いよく入る。


 扉が勢いよく開かれて大きな音を立てて閉じられたので、中で余興を楽しんでいると思われる人々が俺の方を訝しげに見た。


 俺の方へ振り向いている客の奥では白いフードを被った男性がギターを弾いている。

 その両脇には先ほどジュリアスを演じたクリスという女優と、ジュリアスを導いた優男の男優が酒を飲んでいた。


「興を削いでしまって申し訳ない。折入ってあなたに頼みがあるんだ」


 詩人はフードを被って俯いており顔がよく見えないが、俺の声に反応して顔を上げた。

 鼻筋が整っており目の方は神秘的な雰囲気を纏ったように細い。

 白とも取れそうなほど透き通った金髪の長い前髪で片目を隠していた。


 男優とは勝るとも劣らずの美形で目元にある泣きボクロが特徴的で、その顔はどこかで見たことあるような気がしたのだ。

 ゲーム内にいた人物ではないが、確かにどこかで記憶に引っかかる。

 気になってしまうが今はそのようなことを詮索している場合ではない。


「おやおや。いきなりのご訪問で頼みごとですか。それに私にとは、何か事情があるようですね。私ができることであるならご協力しましょう」


 詩人はギターを鳴らすのをやめて穏やかな声で答える。

 そして俺の顔をまじまじと見つめ、口元ににやりと笑みを浮かべた。


「突然で申し訳ない。あなたのサインが欲しいんだ」

「ふふふ。本当に何かのっぴきならない事情があるようですね。いいでしょうそれくらいでしたらご協力しましょう」


 詩人は俺より色紙を受け取ってさらさらとサインをかき上げた。

 文字が読めないのでなんて書いてあるかわからないが、おそらく詩人の名前なのだろう。


「それにしてもわざわざこの村を訪ねたのですね。ここにいることは秘密ではあるのですが、まさかここを訪れるような熱心な方がいるとは劇団冥利に尽きます」

「ん、まぁ。事情があってだな……」

「詮索するつもりはありません。あなたのその必死な顔を見てとても重大なことというのは察しがつきますので」


 詩人の隣で控えている男女も俺を興味深げに見つめていた。


「え~どうしたんですか団長さん。そんな優しい対応をするなんて、いつもだったらそういうのは断っているのに」

「ええ、私も普段であればお断りしているのですが、今回は特別ですよ。クリス」

「そうなんですねー。私もそれにサイン書きたいなー」

「と、言っていますがどうですか。今の彼女は駆け出しの女優です。少しでも知名度を上げたいんですよ」


 クリスが詩人にねだり、詩人は俺の方に微笑みを崩さずに依頼をする。

 俺としてはせっかくなので快諾した。


「私のことを知っていますか」


 クリスがサインを書きながら俺に尋ねる。

 真剣に書いている横顔を間近で見るととてもゆーりに似ていた。


「ああ、さっきの演劇を拝見してな」

「そうなんですね! よかったー嬉しいです。あのお芝居私もお気に入りなんですよ。続きも公演されるんでぜひ見てくださいね。はい、サイン」


 クリスが邪気のない笑顔で俺に色紙を元気よく渡そうとするが、寸前になって思いとどまった。


「いや、ちょっと待って。えーと。あ、ジュンも書いてあげなよ」


 クリスはそう言ってジュンという詩人の脇の優男に色紙を渡す。

 一方でジュンは眠そうな目をしてそれを受け取るのを拒む。


「なんで僕がそんなことしないといけないんだ。別に僕だって好きでこんなことをやっているんじゃないのに」


 ジュンという優男はひどく不満げに素っ気ない返事をする。


「なんですか。その返事は!? せっかく渡したのファンが来たんですよ、少しは嬉しそうにしましょうよ」

「かったりーだけだよ。僕達はたまたま団長に拾われただけなのに……その命じられた通り演技するだけで十分だろ」

「もう! 本当にわかってない! こういう熱心な方がいるから私達もやる気が出るってものなのに」


 感情的に説得しようとするクリスとそれを慣れたようにいなすように返事をするジュンの二人はまるで対照的であった。


 そもそもこの二人はゲーム内にも出てきた双子の男女だ。

 特定のイベントに登場するだけでメインにかかわることのないちょい役ともいえるキャラクターで、ゲーム内でも召喚士たちと絡むことはほとんどなかった。

 そのため性格や明確なセリフが描写されることはなく、こういう形で触れ合うことになるのは貴重な経験である。


 先ほどの演劇のようにクリスの片腕が異形なものであったり、ジュンの片目がないなんてことはなくジュンはしっかり両目を開いている。


「はいはい。わかったわかった。書けばいいんだろ。ったくめんどくせー」

「そうよ。最初からそうしたほうがよかったのです」


 ジュンはついに折れて色紙の隙間に乱雑であるがサインををし、クリスはそれを見届けてなぜか勝ち誇った顔をしている。


「はいよ。あんたこれが欲しかったんだろ。受け取ったらさっさと出て行ってくれよ。あんたは急いでいるし、僕は静かに過ごしたい。どっちにとってもいいじゃないか」


 ジュンは面倒くさそうに俺に向かって色紙を渡し、すぐに椅子にもたれかかって俺から視線をそらした。


「もう! ジュンはお客さんに対する態度が本当になってないです! ごめんなさい。私の方からきつくいっておきますので」

「い、いや。そこまでしなくてもいいんだが」


 クリスがジュンに代わって精一杯俺に向かって頭を下げられるので俺は苦笑いで返す。


「ほぅら、クリス。そこのお兄さんもお困りなようだ。あの顔は面倒なことはごめんだって感じだな」

「……むぅ! そうやっていつもいつも!」


 今度はジュンがクリスに対して優越感に浸ったような言い方をするので、クリスはテーブルを何度もたたき悔しそうにする。

 間に挟まれた詩人が和やかな表情のまま割って入った。


「こらこら。二人とも。お客さんが困っているじゃないか。すみませんね。急いでいるのに巻き込んでしまって」

「いや、大丈夫だ。こっちとしても少し休憩出来て助かった。今回のこれはありがたく使わせてもらう」

「ふふふ。お役に立てて何よりです」


 詩人が口元を少し歪めて意味深な言葉を発する。


「まだ若いのですから困難に直面しても諦めないでください。そうやって人とは成長し目覚めるものなのですから。物語の舞台に立つのはいつも若者です。観客は課せられた苦労と乗り越える姿に共感するのです」

「うーん。それにしてもその顔どこかで見たことあるような」


 俺がつい言葉を漏らしてしまい、まじまじと詩人の顔を再度眺めるもどうしても思い出せない。

 詩人は俺に見つめられても表情を崩すことはなかったが、一瞬だけ見せた細い目を少し開けて覗かせる瞳から圧を感じるのであった。


「さぁ、お急ぎなさい。私を見たことあるという問いは、この劇団を率いる団長であるとしか答えられません。それ以上でも以下でもなくですね。名乗るのでのあればリグジフと言っておきましょうか」


 俺はリグジフと言う名前を胸に刻み込み、それを決して忘れまいと反芻した。


「そうか。ありがとうリグジフ。また演劇を見るのを楽しみにさせてもらう」

「ふふふ。あなたに鬼神の加護があらんことを」

「あらんことをー!」


 俺はリグジフの声を背に受けて急いで酒場から出ていき、待機しているメリエルの元へと向かった。

 メリエルは待ちくたびれたというようなため息を吐く。


「すまん。遅れてしまった」

「急いでいるというのに呑気ですこと。わたくしもぜひお会いしてお話ししたかったというのに」


 メリエルが嫌味交じりに言うが俺は言い返すことができずただ笑ってごまかした。


「ところで目的のものは手に入りましたの?」

「ああ、ばっちりだ」

「なら早速戻りますわよ。もうすぐ日が完全に落ちて視界が悪くなり、魔物も積極的に活動を始めるころですわ」


 メリエルが馬に跨りその後ろに座るよう手で支持するので、俺はすぐにその場所に跨りメリエルの腰を掴んだ。


「変なところを触ったら承知しませんわよ」

「わかってる。俺だってそんなばからしいことをするつもりはない」

「わかっているのならいいのですわ。それでは参りますわよ。エリザベート。もうひと頑張りしてもらいますわ」


 メリエルは勇ましくそう言うとエリザベートに鞭を叩き、ベルーコ王国の方角へ向けて走り出した。

 太陽が沈みこんどは月明かりだけが薄暗い野原を照らし始める。

 野犬の遠吠えが遠くから聞こえ視界も悪いため、いつ襲撃が起きるかわからないが気にしている場合ではなく、ただ前へと進みのであった。


 月光に照らされたメリエルの後ろ髪は美しく輝いており、まるで先の見えない漆黒の闇を切り裂く一筋の光明のような希望に映る。

 不安と希望が入り混じる中俺達は吹き抜ける夜風のようにベルーコへ戻り始めた。

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