第1章4部:依頼人――アルベルト氏との会話
なんとか日が暮れる頃にやっと貴族の屋敷へ到着した。
そこそこの距離を歩いたため、ゆーりとアガタはへとへとだった。
鍛えられてるミネルヴァや馬に乗っているメリエルは涼しげである。
「何とか到着しましたね」
「ああ、そうだな。だがこれから依頼人の貴族さんから詳細を聞かないとな」
「ふふん。どうせ簡単なものよ。あたしがいれば楽勝ね」
「お前なんも覚えてないんだな」
アガタの謎の自信満々な発言に俺はため息をつきながら小言を漏らした。
「とりあえず入ってみようぜ。ギルドからの連絡もあるだろうし、スムーズに話は通るだろ」
俺が提案するとゆーりは頷いて、パーティメンバー全員で屋敷の中に入っていく。
屋敷はさすが貴族といったもので、庭のいたるところで手入れされ、世話をしているメイドや庭師がこちらに気づくとしっかり一礼をしていた。
番兵も数名で構えてはいたが、戦闘経験は少なそうで、欠伸をするなど、間抜けな面を隠そうともせず、俺達に向かってだるそうな敬礼をする。
入口に入ると執事の様な男性が俺達を出迎えられ、広い応接室のような場所を案内される。
壁には歴代の代表者の肖像画かけられており、周りには高そうなオブジェクトが並べられていた。
俺たちはソファに座り、依頼人の貴族の登場を待つ。メリエルを除く俺たちはこの屋敷の雰囲気に圧倒されていた。
ゆーりは言わずもがな、ミネルヴァは目をつむっている。いつもは落ち着かないアガタですら委縮している。
メリエルは平常というかお嬢様というか普段と変わらぬ様子であった。
「ようこそ、お越しくださいました。私はここの主であります、アルベルト=ショウイゼと申します。あなたたちが今回の受諾者ですね」
「はい。そ、そうです。私はゆーりと言います」
「ゆーりさんですね。今回の依頼内容についてはご存知でしょうか」
「それが、アルベルト様より直接お聞きになれとのことでして。で、ですが大変手ごわいとだけはお聞きしております」
ゆーりがたどたどしく依頼人のアルベルト氏の質問に回答しており、俺はそれをヒヤヒヤしながら聞いていた。
いざとなったら俺が代わりに話をするように身構えていた。
「ゆーり様も含めまして見たところお若い方々ばかりですが、それで今回この依頼を受けたというわけですね」
アルベルト氏の視線が冷ややかなものになった。
そして俺たち一人一人の顔を見ていく。
「はははは。なるほどあそこのギルドもついに人材が足りないということですね。了解しました。縁を切るのにも丁度よさそうですね。まぁせいぜい健闘を祈ります」
「ちょっと、あんたね!」
俺は身を乗り出そうとしているアガタを手で制止した。
メリエルもプルプルと手が震えていた。ゆーりが涙目になっている。
俺は意を決してアルベルト氏を睨みつけて、話に割り込む。
「ああ、そうですよ。俺たちはゆーりも含めて新米ばかりです。ですが今回依頼を受けたからには全力で取り組み、依頼を達成させると約束しますよ」
「大した自身ですね。何か根拠がおありですか」
「証明するものはありません。だが依頼を受けたからには達成するのが俺達の使命であると思います」
「なるほど根拠はないと」
「ええそうです。残念ながら今回のご依頼が俺達の初めての仕事になるのですから」
「ふふふ。面白いことを言う。でしたら成功を心からお祈りでもしておきましょう」
自分の出した依頼なのに他人事のように言うその態度に俺は無性に腹が立った。
こうなったら何が何でも達成してやるという意地が胸にこみ上げてくる。
ゆーりに目を合わせると、ゆーりは頷いた。話しの流れを戻したことで多少安心できたようだ。
「そ、それでは今回の依頼内容についてなのですが」
ゆーりが引き締まった様子でアルベルト氏に質問する。
するとアルベルト氏が依頼の内容について語り始める。
「依頼の内容はショウイゼ家に代々伝わる宝である、永劫の鏡の奪還です。これは代々当主が持つものなのですが、ある時輸送中に下賤な盗賊連中に襲われ奪われてしまったのです。それが当主の証になり、次の世代に渡すこともできなくなります。まぁ、この継承という制度自体も古臭いと思うので私はいらないとは思うのですが、形式上なければないで困ることがありますので」
とても自分がその家の当主と言う自覚はなさそうでいちいち癇に障る話し方であった。
「それでその盗賊達は?」
「それが拠点を転々としており、手掛かりがないのです。受注者の中で逃げ延びる者から場所を聞き出しても、次の日にはもぬけの殻というのもよくあるようです」
「ということは私達は、彼らの拠点探しからになると」
「その通りでございます。しかし見つけたとしても彼ら盗賊は何分手ごわいようです。特に頭目が頭抜けた実力とのことです。ですのであなたたちが仮に見つけても、取り返せるかどうかは別問題かと」
いちいち見下されたような言い方をするため、俺は平静を装いながら裏では毒を吐いてしまう。
(ゲーム内でもむかつく依頼人だったが、いざ目の前にして声を聴くとなると、その醜く丸い顔を潰したくなるな)
「ではまずは盗賊達の情報が必要になりますね。その頭目の情報を教えていただけませんか」
「教えたいところですが、過去の受注者が口を閉ざしており、私にも一体何者なのか、なぜ鏡を奪ったのかの目的もわからないのです。ただ」
「ただ?」
「陰でその頭目の戦う様子を見てなんとか逃げ延びた者が、頭目はレイピアを武器として用いており、とても素人に見えないとのことです。その後その生き延びた者は屋敷の外れで亡くなったようですが」
(なるほどストーリーもゲームの序盤に忠実だな)
「と、ということは……」
アルベルト氏と対話をしていたゆーりが言葉に詰まった。
次に何をするべきかあまりわかっていない様子である。俺はゆーりに近づき、耳打ちをした。
「あ、はい。それでは盗賊というからには彼らが盗みを行う場所などはあるのですか」
「この近辺の村で食料品などの盗みを働いているようです。住人の不満もあり、自警団を配置していますがいまいち効果を発揮しているとは言えません。私の騎士団を使うのも考えましたが、この屋敷の守りを手薄にはしたくないので」
「と、なると私たちが村に入った盗賊を捕まえた方がよさそうですね」
「意外に頭が回るようですね。その通りです。今までの依頼者もそうやって盗賊の拠点を見つけているようですからね。ただどれだけの時間を費やすかはあなた方の技量にかかっていますが」
アルベルト氏が嫌味っぽく笑う。俺は机を叩き、アルベルト氏に言い放つ。
「随分舐めたように言ってくれるな。俺達がそんなに信用ならないか」
「先ほども申し上げましたが、あなた方が達成できるとはとても信じられませんので」
「だったらもし達成できたら?」
俺が少し含みを込めながら言うと、アルベルト氏は笑いながら返した。
「はっはっはっは。面白いことを豪語するのですね。もし達成したらあなたの望みをかなえて差し上げましょう」
「その言葉忘れるんじゃねえぞ」
そんなことが起こるはずないと笑い飛ばすアルベルト氏に向かって、俺は低い声で睨みながら言った。
「さて、もう日が暮れております故、探索は明日にする方がよいでしょう。夜は魔物が活発ですので。無理に出掛けてせっかく依頼したのに道中で襲われて、その傷で中断するとなると私の管理責任も問われますので。この部屋を出て突き当りを左の二階に客室用の空き家が二つあります。そこをご自由にお使いください。節度を持った行動……と言うまでもありませんか。失敬失敬」
「ありがとうございます。しっかりと休養をしたうえで、明日に臨み、依頼の達成に向けてがんばります」
依頼についての話が終わると、ゆーりが深々と頭を下げて礼を言う。
俺達は応接室を出て、その空き部屋に向かい始める。
アルベルト氏は形式ばった礼をすると、俺達と反対方向に歩き出した。どうやら客室用の部屋とアルベルト氏の部屋は反対方向にあるようだ。
「それで部屋についてだが、どのようにしてわける?」
空き部屋の前に着くと、俺は皆に尋ねてみた。
「あたしがこの部屋を使うから、残りはみんな残った方でいいわよ」
「却下」
最初からアガタの意見などは聞いていない。
「わ、私はマサキと一緒がいいです」
ゆーりはそういうと俺のジャージの袖をぎゅっと握った。
「確かにマサキをどのようにして振り分けるかが一番の課題であったしな。ゆーりも一日召喚で苦労しただろうから、ゆっくりできる部屋を用意した方がいい」
ミネルヴァがゆーりの意見を尊重する。
「ないとは思うが万が一マサキがゆーりに手を出すのであれば、私を呼んでほしい。なんとか抑え込んで見せようじゃないか」
ミネルヴァは笑顔で言っていたが、目が笑っていない。
せっかく可愛らしい女の子と二人の部屋になって、何をしようか考えていたところに非常に危険なリスクが付きまとうようになった。
「わたくしはふかふかのベッドがあれば十分ですわ。あとは早き着替えたいですわ。この胸当てが邪魔で仕方ありませんの」
メリエルはあくびをしながら言った。
「よっしゃ決まりだな。俺とゆーりが左の部屋、ミネルヴァとアガタとメリエルが右の部屋だな」
俺が部屋決めをまとめると各自がそれぞれの部屋に入っていく。
部屋の中は客室用というだけあって、整然とされていた。ツインサイズのベッドが置いてある、これなら二人で取り合うことはないだろう。
部屋を入ってからしばらくすると、屋敷の召使が食事を持ってきた。
内容はスープとサラダと焼いた肉にパンと非常にシンプルである。貴族だから豪勢なディナーを考えていただけに残念だ。
だがあのアルベルト氏が、特に俺達のような客人に奮発するわけはないだろうと考えると妙に合点がいった。
「まぁそれにしても疲れたな今日は。召喚されて癖の強いメンバーと一緒で、おまけに初めての戦闘に初めての依頼だ。しばらくはゆっくりできそうにないな」
俺は固いパンをかじりながらゆーりに言った。
昼から何も食べてないからか、ゆーりは俺の言葉に耳を貸さず、むさぼるように食事をしている。
俺がパンを食いきる前に、ゆーりはあっという間に全て平らげていた。
そのあとゆーりは俺の残していた肉に視線を注いだ後、俺の顔を見る。よだれが抑えきれていない。
「やれやれ。そんなに腹が減っているのか。いいよ。俺は元からあまり食べる方じゃないしな」
「わーい。ありがとうマサキ」
肉を差し出すとゆーりはまたすさまじい勢いで食べ始める。
食べるのを単純に楽しんでいる様子は、ゆーりを小動物のような錯覚をさせた。
「それでマサキ何か言いましたか?」
俺の分の食事を平らげた後に、ゆーりは何も聞いていないという風に俺に尋ね返した。
「特に大事な話じゃないし改めて話すほどじゃない。忘れてくれ」
俺はベッドに寝ころび天井を眺めながら言った。
「今日一日大変でしたよね。皆さんと出会えましたし、記念すべき日ですね」
「ああそうだな」
「マサキ記念日でしょうか? それともミネルヴァさん記念日? アガタさん記念日でしょうか。いやメリエルさんの記念日かも……」
「いいや、ゆーりの召喚記念日だな。初めて召喚に成功したんだろ? そうじゃなきゃ俺達は巡り合えすらなかったしな、まぁこれから頼むぜ」
俺は召喚と口に出してほかのメンバーのことを思い始める。
周りが全員最高レアなのに、俺だけ最低レアなのは、たまたまゆーりの運がいいのかそれとも何か意図があるのか。
もしかしたら俺が最高レアになった暁には、とんでもなく強くなるとか。
「ふふふ。ありがとうございます。マサキは優しいんですね」
ゆーりが少し照れたように笑いながら礼を言う。
「そういや、宿は用意してもらったが、風呂とかはあるんかな」
俺は無意識にひとりごちた。ここまで来る中で多少汗もかいたし、久しぶりに結構歩いた気がするので疲れがどっと出てきた。
身体能力が上がってもスタミナはそこまで上がっていないようだ。
「私、聞いてきます。マサキはちょっと待ってください」
「お、おい」
ゆーりはそういうと俺の制止を聞かずに部屋を出ていった。
ばたんとドアが閉まると俺は再び天井を見上げる。
(やれやれ。あいつはちゃんと人に聞けるのか。まぁそれくらいはできるだろ)
俺はとりあえず体を休めるように椅子にもたれていた。




