第2章31部:小さな体の大きな勇気
二階に上がり指定された席へ座り、そこから見える壮観な姿に圧倒された。
下ではざわついた観客で埋め尽くされており、カーテンで隠れているがステージの方は役者の表情まではっきりと見えそうである。
隣ではゆーりがわくわくした表情でステージを見つめていた。
「ゆーり、結構楽しそうだな。そんなに興味があったか?」
「せっかくの特等席ですよ。楽しまなければ損ですよ。損」
さっきまで座席代に驚いていたとは思えない。
だがこの底抜けな能天気さというか純粋さがゆーりのいいところであると認識するのである。
「ねぇ。あたしここ初めてなんだけど。あそこってなんなのよ。なんか灯りついているけど」
アガタが頬杖を突きながら通路を挟んで設営されている中の見えない大きな部屋を指さして質問する。
「本当に自分の興味のないこと以外の知識には疎いですわね。いいですわ。教えて差し上げますわ。あそこは特権階級のみが許された席ですわ。例えば王族ですわね」
「ふぅん。偉い人用の席ってわけね」
「今回ですと、誰がいるんですか。もしかしてネルトゥスを宿している王女様だったりすれば」
ゆーりが期待を込めたような口調で質問を重ねる。
「誰がいるかはわかりませんわ。ただ年頃の王女だと聞きますのでこういった演劇に興味がある可能性はありますわ。ですが私達と面会する機会なんてほとんどないのではないと思いますわ」
「やっぱり難しいですかね? なんとしても王女様とそしてネルトゥスとお話がしたいのですが」
「仮に会えても護衛がいますのでさっさと離されるのがオチですわ。そんなこと考えないでお芝居を見ますわよ」
残念そうなゆーりに対してメリエルは厳しい言葉を言う。
だがメリエルの言うことは妥当なのだ。
盛大なファンファーレとともに灯りが落ちステージ中央に光が当たり始めた。
どうやら演劇が始まるようだ。
盛大な拍手とともにカーテンが開かれていき、ステージの中央に立つ白いローブの男性に灯りが照らされる。
顔が影になって隠れており二階という高さからははっきりと確認できない。
手にはアコースティックギターを持っており、軽い音色を響かせ高らかに語りだす。
「これから語るはある少女の大いなる勇気の物語。小さな身に宿るは異形な腕と大いなる勇気。運命すら切り拓く勇気をしかと見届けよ。おお、今こそ我に物語を語り継がせる力を与え給え!」
詩人が語り終えるとを照らす灯りは消え、しばらくするとゆーりほどの背丈の小さな少女がステージの前でめそめそと泣いている。
全身を覆うような服装で隠しているが、右腕が棘のようなものが隆起しており人外の形をしていた。
少女はその腕を見ながら泣いておりその腕を憎んでいるかのように強く叩いている。
そこに奥から片目の潰れた端正の顔つきの青年が近づき優しく声をかけ始めた。
「どうしんだい。可愛らしい君にそんな顔は似合わない」
「それが、私は村のみんなと仲良くなりたいんだけど、みんなこの腕が怖いっていうんで……でも生まれついてのものなんで私では」
「大丈夫だよ。僕の顔を見て蔑まされたことがある。そうさ誰だって人に隠したいものはある。怖がられる腕があるからって君が優しくないわけがないんだ。そうだこのやり方をやってみなよ。腕を隠してこの立札を掲げるんだ」
少女は笑顔の青年より渡された立札を受け取り少女はその立札をまじまじと見た。
「私は優しい人間です。この腕は何も危険ではありません。私とおしゃべりしませんか。こんなの効果があるんですか」
「やってみないとわからないよ」
「ところであなたは……」
青年は何も言わずに少女を残して舞台の奥へと消えていき、少女はそれを見送ると不審そうにその立札を地面に刺して試してみる。
しかし村の人々は少女に近づこうとせずむしろその立札に唾を吐いたり、少女に石を投げかけたりする始末だ。
「鬼の子が何かやっている」
そして人々は傍に立っていた片目のない男性に近づいて話しかけ談笑を始めた。
村人の心ない言葉に少女はますます傷つき、悔しさと辛さを噛みしめながらその場を後にする。
少女は夜に村はずれの丘に座り込みすすり泣いた。
そこにまた片目のない青年が近づき話しかけ状況を聞くのだが、少女は失敗した旨を強い口調で伝えた。
「やれやれ。うまくいかないものか」
「あなたはいいです。片目がなくても強くて優しくてみんなから慕われて。私にはそんなものがありません。鬼の子ですもの。誰だって怖いに決まっています」
「そんなことはない。鬼の子と言われようともそれは君の個性じゃないか。堂々としていればいい。その嫌いな力が必要になる時が来るし、その時に君の良さに気づく人はいるはずさ」
青年はそう言って微笑むと再び舞台の奥へと消えていく、少女は意味がわからないという様子でその青年そのものを訝しげに見た。
そんな次の日に村に騒ぎが起こる。
仮面をかぶった凄まじい強さの男が暴れているというのだ。
少女が駆けつけると顔をヘルムで覆い隠し甲冑を身にまとった男性が禍々しい剣を振り回し、村の人々や村を守る衛兵をなぎ倒していた。
人々は倒れ急に現れた侵略者に恐怖し逃げまどい石を投げたりして対抗するも、甲冑の男はびくともせず家屋を破壊していく。
少女も怖くなり逃げ出したくなって踵を返そうとするが、このままだと村は壊滅してさらに人を悲しくさせて傷つかせてしまうという思いが去来し、きりっとした顔でその甲冑の男と向き合う。
「そこの化け物! 私が相手です。今すぐ破壊をやめなさい」
甲冑の男は聞く耳持たず暴れ続けるので、少女は駆け出し体を張って止めようとする。
近づこうとするが凄まじい剣圧で吹き飛ばされ、また近づこうとする一蹴して少女を吹き飛ばした。
何度近づこうと試しても甲冑の男に近づくことは叶わず、全身が打ち付けられ傷つき口から血を吐いてこのまま倒れてしまう。
もはや立ち上がる力の残されていない少女が意識を失う刹那、周りから少女の名を呼ぶ声がする。
「がんばれジュリアス!」
「ジュリアス、お前しかあいつを止められないんだ」
初めて自分の名前を呼ばれてジュリアスと呼ばれる少女は立ち上がり、最後の力を振り絞って甲冑の男に飛びかかりそのヘルムめがけて忌まわしかった右腕で殴りかかった。
甲冑の男性は吹き飛び地面に倒れ、殴って砕けたヘルムに隠された顔を見てジュアリスは驚く。
「そんな、どうして……」
その端正な顔つきはよく知った片目のない男性であった。
呆然としているジュリアスをよそに村人はその青年たちに近づき、怒りや憎しみを込めて罵声とともに踏みつけていく。
「この片目男め!」
「やはりその目に邪な一面を隠し持っていたか!」
ジュリアスは止めようと近づこうとするが意識を失い倒れてしまい、そのままざわめきを残したまま舞台は暗転していく。
目が覚めると今まで食べたことのないような食事を提供され、村人からは恩人として丁重に扱われかつての非礼を謝られた。
それからジュリアスは何不自由ない生活が与えられ、念願だった人とのおしゃべりもでき、その嫌いだった自分の右腕は今や頼りになるものとして扱われることになる。
しかしあの青年のことがどうしても忘れられなかった。
どうしてあんな真似をしたのか、強く殴ってしまったことへの謝罪をしたいという思いが強くなり、かつて出会ったあの丘へと向かい待ち続けた。
だがいくら待っても男性は姿を見せることはなく遠い夜空を見上げる。
すると空の彼方から一通の手紙が飛んでき、ジュリアスは読み上げていく。
「君がこの手紙を読むときは僕はこの場にいないでしょう。
なぜ僕がこんなことをしたかについては深くは語りません。
ただ片目から溢れる邪悪によりいずれ暴れだす僕の体を誰かに止めてほしかったのです。
利用したことは謝ります。
そして今の君はおそらく念願だった生活を送っているのではないでしょうか。
それは君が自分自身に向き合ったことと勇気を絞り出した対価ではないかと思います。
いつまでもお元気で。
そして僕のことは忘れてください。
ですがこれだけは覚えておいてください。
願いをかなえるのはいつだって自分の勇気だということ」
ジュリアスはその手紙を何度も読みそして大きく泣き叫んだ。
「私の方からは何も謝っていないのに! あなたのことを何も知らないのに、一方的に忘れろなんて……そんなことできません! このジュリアスは絶対あなたのことを忘れません!」
強い決意を含んだ口調でジュリアスが空に向かって吠える。
照明がジュリアスから外れそのわきの木の上に移り、そこには男性が片目を抑えながら器用に寝転がっていた。
「忘れろって言ったんだけどな。だがジュリアス、君がその気なら僕は止めはしない。今度は君が僕を見つける番だ。その勇気があればきっと叶えられる」
「この声は!?」
木の上から男性は飛び去り夜空の彼方へと消え去った。
ジュリアスが見上げてもそこにあるのは月明かりに照らされた遠い影である。
ジュリアスはあの男性の声が幻聴でないことを確信し、せっかく居場所を手に入れた村に別れを告げ旅立つ準備をした。
「いつかもう一度あなたにあえると信じて」
ジュリアスが足を一歩踏み出したところで、舞台が暗転し喝采を浴びながら幕が閉じていく。
隣ではゆーりとキッドは感動しておんおんと泣き、アガタはこらえている様子だったが鼻をすすりどうも隠しきれていない。
誘った本人のメリエルは伝う涙を布で拭い、ミネルヴァは目を瞑り感傷に浸っているようであった。
そして最後の演者の挨拶で締められて、盛大な拍手とともに舞台の終わりを告げられる。




