第2章28部:装備と魂
俺とゆーりとミネルヴァはギルドから少し離れた場所にある鍛冶屋に立ち寄り、痛んだ鎧を代金と一緒に預けた。
親方はゴスアの時と似たように髭を蓄え豪快に笑う人物であった。
「相当痛んでいるな。さぞかし凄まじい戦闘を切り抜けてきたのだろう」
「ええ、そうなんですよ。先ほど……」
「ガーッハッハッハ。詳しい話はいらん。あんた達が魔物を倒して生還してきたことだけで十分じゃ。しばらくあんた達は休みなされ。魔物と戦う武具を精錬、修理するのがわしらの仕事じゃからの。戦いの様子もこの鎧を見るだけでわかるわい。この鎧の魂もご主人を守って誇らしいじゃろう」
ゆーりがエルダーグリフォンのことを話そうとすると親方は大声で一蹴した。
「鎧にも心があるのだろうか。そんなことは初耳だが」
ミネルヴァが信じられないという顔で尋ねる。
「ガーッハッハッハ。そんなわけなかろう。あくまで例え話じゃ。じゃが優れた使い手は己の装備を理解し最大限の効果を発揮するよう努める。その者が持つ装備の目的を果たしきったものを、わし達は装備に魂が宿ると言っておるのじゃ。道具とみなして完全に壊してしまうものは三流じゃ。そんなことではいずれ大きな失敗を犯すじゃろう。じゃがこの鎧を見てみい」
親方はそう言って鎧の痛んだ部分や欠けた部分を指さし始める。
「痛むことはあってもその部位が砕けていることはない。鎧が砕けるような使い方じゃいずれ自分自身も滅びるじゃろう。そうなってしまってはもう元には戻れんのじゃ」
「魂が宿る……」
「そう真に受けるものじゃないわい。じゃがあんたはお仲間を助けたいってだけじゃなく自分の身も案じているってことじゃな。一度きりじゃなく何度も攻撃を防いでこそ優れた防具じゃ。おっと、その盾も痛んできておるな。特別じゃ一緒に修理してやろう。なーに修理自体は二日ほどあれば十分じゃ」
親方はミネルヴァのゴスアンシールドを受け取る。
親方はその太い腕で鎧を持ち、盾を弟子二人がかりで持ち上げて奥へと去っていった。
「あの剣について聞くのを忘れた……まぁいいか」
親方達が入っていった工房の方向をミネルヴァはじっと見つめていた。
「ミネルヴァ、何か考え事ですか。大丈夫ですよ。鎧と盾なら二日で元通りになるっていいますし。私達もすぐに出発するわけじゃありませんから」
「ああ、特に何でもないんだ。心配してくれてありがとう」
心配そうに尋ねるゆーりにミネルヴァは柔和な表情に変えて返事をする。
ミネルヴァの心配事はそういうことではないことを俺は知っていた。
おそらくあの装備に魂が宿るという例え話について考えているのであろう。
「心配することなんてない。おっさんがああ言っても道具にも魂は宿る。それはお前が一番知っているんじゃないか」
俺はミネルヴァの肩を優しく叩き諭すように言う。
「……そうだな」
「ま、おっさんの言うこともわかるがな。無茶なことをするようじゃまだまだ三流って。耳が痛いけどな」
俺が苦笑いをするとミネルヴァはおかしそうに笑った。
「ああ、本当だ。あなたは無茶ばかりする。だがそういう人が近くにいると守りたくなってくるのさ。ずっとな……」
ミネルヴァが俺の瞳を覗き込むように見つめている。
「そこまで見られるとなんか恥ずかしいな。まぁ用も済んだしさっさと出よう」
鍛冶屋の外ではアガタとメリエルが待っている。
メリエルは椅子に座って頬杖をついて辺りを見ており、アガタはというと苛立った様子でブーツを鳴らしながら立っていた。
「遅いわよ。あんた達。どんだけ待たせるつもり」
「遅いって言っても数分だろ。そんな待たせたつもりはないんだが、まぁ少し長引いたことは謝る」
アガタが文句を言ってくるのは予想通りで、適当に謝った方がいいことを俺は知っていたので頭を下げた。
「いや、私のせいなんだ。アガタすまなかったな」
「え、いや、あんたに向かって言ったんじゃ……あーもう!」
ミネルヴァが代わりに申し訳なさそうに言うと、アガタは少し困惑した後プイと俺達から顔を背けた。
「気にする必要はありませんわ。我慢できない性分であることは周知のことですわ」
メリエルが立ち上がりアガタに向かって憐れむような視線を送りながら、落ち着いた口調で話す。
「わたくしがいくら話しかけても興味すらないようでしたし、自分のこと以外はまるで眼中にないようですわ。わたくしより年上なんて信じられませんわ」
「なんか言った?」
「何も言っておりませんわ。さ、それでは日も暮れてきましたし宿へ向かいましょう。大きな街ですものここにも満月亭があるはずですわ」
アガタの不機嫌そうな声にメリエルはさっと受け流し、宿へ向かうことを提案する。
確かにベルーコに到着して移動や用事の時間を考えると、結構な時間が経過しているのも仕方がない。
空はまだ曇り空が残っているものの夕日が雲の隙間から照らしている。
隣を見るとゆーりが腹を空かせて死にそうな顔をしていた。
とりあえずはメリエルの提案通り、宿へと向かいそこで食事を済ませることで満場一致するのである。
満月亭は鍛冶屋より結構歩いた先にあった。
到着し中に入って笑顔のフロントの話かけ手続きを手短に済ませる。
大きな祭りが近いからか部屋が少しずつ埋まっているようで、なんとか五人分の部屋は確保できたが階層はバラバラだ。
どこの階層を誰に振り分けるか相談しようとした時、メリエルはひどくへとへとな顔をしている。
「とりあえずメリエルは二階だな」
「歩き疲れましたわ。こんな群衆の中エリザベートを呼ぶわけにはいきませんし仕方ないとは言え大変でしたわ」
他の仲間は特に疲れた様子を見せていないので、適当に決めても問題はなさそうと思った矢先アガタが口を開いた。
「あたしは静かなところがいいわ。例えば最上階とか空いているんじゃないの」
俺が受付の方に尋ねてみると最上階の部屋は空いているようである。
「空いているそうだ。お前はそっちに行くか」
「ええ、あたしはそこにするわ」
「アガタ、今日みたいにまた遅れないようにしてくださいね」
「ええ、その通りですわ。バカと煙は高いところが好きってのは本当のようですわね」
「あんた達、言ってくれるわね……」
ゆーりとメリエルに言われてアガタが少し参った顔をする。
「私はどこでもいい。ゆーり達の希望を優先しよう。そもそも部屋が空いているだけでも幸運のはずだ」
「うーん。私はどうしましょう。空いている部屋は……三階から五階までですね。あ、三階に売店がありますね。だったら私は三階にしますね」
ゆーりが一しきり悩んだ後地図を見て指をさして即決した。
「俺は……特に希望があるわけではないが五階にするか」
「えー!? あんたが下なの!? うるさくしないでよ」
「言われなくてもしねえよ。疲れたからぐっすり寝させてもらう」
アガタが嫌そうな顔をしたが適当にあしらう。
「ということは私は四階だな。それでは散会しようじゃないか。もうすぐ夕飯時だが、そのときにまた」
「夕飯、焼き鳥、ああ、そそります!」
「本当飯のことばかりで困るぜ。飯前にも売店でもたらふく買うんじゃねーぞ」
目を輝かせて期待するゆーりにキッドが諫める。
「わかってますよ。キッド」
「涎が出てるぜ……絶対わかってないだろ……」
キッドはため息を吐いてゆーりとともに階段を昇っていく。
俺達もゆーりの後についていきそれぞれの自室で束の間の休息をとる。
窓から見下ろすと日が暮れても灯りのついた建物が散見しており、広場で踊る人や楽器を持った一団の姿が見られた。
ベッドに倒れるが目を瞑り仮眠を取ろうとするが、本当に眠りに落ちそうになったのでぼーっと天井を眺めることにする。
そして依頼の積荷のことについて思案する。
あの荷物はここより向こうにある城まで運ばれるのであろう。
そして祭りが始まった時に点火される手筈であろうが、もしあの時に見せた強烈な爆弾が紛れていたら一大事ではないのだろうか。
誰かがジークを陥れるために紛れ込ませたものがたまたま爆発したのであろうか。
そうすれば幸運であるし、と言うかそうであってほしいと俺は切実に願うのであった。




