第2章27部:家族
ギルドに到着して報告を手短に済ませるために中に入った。
ギルド内はどこも相変わらずといった具合で、賑やかな声やアルコールで充満している。
他の冒険者達は祭りが近いからか誰も依頼を受けようとはせずその場でだべって時間を潰しているようだ。
「ご苦労様でした。所定の場所の納品も確認しましたので依頼達成です。今回の報酬をお支払いいたします」
そう言って受付の女性が奥の部屋から金の詰まった袋を取り出しゆーりへと渡した。
「うっひょー! こりゃすげえ!」
「うわぁ……こんな大金を本当に受け取っていいんでしょうか……」
ゆーりとキッドの反応からその金額が大金であることが中身を見るまでもなくわかる。
現に袋の中をのぞくと前金とは比べものにならない数の金貨が詰まっていたのだ。
「ま、これくらいならあの激戦の金額と釣り合うってものよね」
「戦う必要があったかは置いといてだがな。これだけあれば装備も整うだろう」
腰元に携えている『真紅の滅鬼刀』の強化には至らなくても装飾品などの購入には問題はなさそうだ。
おそらく分配してもそれなりのものが手に入るはずであると俺は踏んだ。
「武具の調達もそうだが痛んだ装備品の修理も必要だな。私の鎧や鎧もあの戦いで傷ついてしまったのでな。すまないが次の依頼までこの鎧を修理してもいいだろうか」
ミネルヴァの体の切り傷などは癒えていたようだが鎧の方は痛んだままであった。
「次の依頼を受けるまで時間はまだある。しばらくはゆっくりしよう」
俺が提案するとミネルヴァが申し訳なさそうに頭を垂れた。
「すまない。皆に迷惑をかけてしまったな」
「気にするな。お前のおかげで誰一人犠牲になることはなかったんだ。むしろ誇っていいことだろ」
俺はミネルヴァに優しい言葉を投げかける。
実際問題ミネルヴァが防がなければ俺もどうなっていたかわからないどころか全滅していた可能性もあったのだ。
「それよりもお前の身に大怪我がなくてよかった。鎧は替えは効くが、ミネルヴァお前自身にもう一つなんてないんだ」
「マサキ……」
実際にミネルヴァが死んでしまった場合に蘇生ができなくはないができるだけ避けたいことであった。
コストの面でも高くつくし、そもそもそれがまかり通ってしまうならその命があまりにも軽いという認識になってしまうからだ。
そうなった時に俺は今後どうやっても彼女たちに真剣に向き合うことができなくなってしまう。
ノーミスを信条にゲームをしていた俺はインフィニットサモンサーガでも死者を出さないようにしていた。
他のゲームでもロストを出さないようにして、場合によってはリセットをしてでも全員生還を目指していた。
「そうよ! あんたがいなくなったら誰があたしを守るっていうのよ。あんたがいるからあたしは心置きなく詠唱して魔導を放てるんだから。ね、メリエル」
「ま、まぁそうですわね。犬に言わされるのは癪ですけど、ミネルヴァのことは頼りにしていますの。これからもよろしくてよ。それに休憩がてらにベルーコを散策したかったところだからちょうどよかったですわ」
アガタが素直に言い、それにつられる形でメリエルが少し照れくさそうに礼を述べる。
「そうですよ。皆さんミネルヴァのことを大事にしているんです。頼れる仲間としてですし、私達のお姉さんとして。ここにいる皆さんは血は繋がっていませんが家族みたいなものなんですよ」
ゆーりが屈託のない笑顔で言った。
家族という言葉が心地よく響き反芻していく。
「ふふ。姉、そして家族か……」
ミネルヴァがゆーりの言葉を噛みしめるように繰り返す。
「ふぅん、家族……ね。悪くはないんじゃない」
「家族……わたくしにはお兄様がいますけど、しばらくはあなた方を家族として接してあげますわ」
「だったらあたしはあんたの姉ね。年齢的にもあたしの方が年上そうだし」
アガタが胸を張りにんまりした顔でメリエルに言い放つ。
それに対しメリエルは本当に嫌そうな顔をして断った。
「何言ってますの。 あなたが姉なんて嫌ですわ! こんなわがままでダメな姉を持ってたら喧嘩が絶えないですわ。せめてあなたが妹、いえペットでないと」
「はー!? なにがペットよ。あたしが姉って言ったら姉なの! この高飛車妹」
アガタとメリエルの二人がまたくだらないことで喧嘩を始めたので、俺は仲裁することもなく肩をすくめた。
「おいおい。もしかして俺様もその家族の一員かよ」
「そうですよ。キッド。あなたも頼りにしているんですから」
ゆーりがキッドの顔を覗き込んで言うと、キッドは少し顔を赤らめて照れた表情をする。
「ケッ。何言ってやがる。俺様は信じるものが金と甘いお菓子だけの孤高無頼の男だぜ。家族ごっこくらいな付き合ってやるが、その分値は高くつくぜ」
「はいはい。わかりました。これからもよろしくお願いしますね」
「調子が狂うぜ……」
キッドが顔を背けて小さく呟き、手持無沙汰になったのか小さな銃をくるくる回す。
「さっさとあんたも俺様のこの髪飾りの呪いを解きやがれ。ずっと家族ごっこされたらたまんねえ」
「ああ、考えといてやるよ。だがまだまだ働きが足りないな。もっと俺の想像を超える活躍をしてくれよ。そうしたら考えてやる」
俺がにやりと笑う。
キッドは俺から目を反らして呟いた。
「……本当に人遣いが荒いぜ。俺様が女ならこんな男と付き合いたくねえな」
「おい、なんか言ったか?」
「いーや。何も言ってないぜ」
キッドの小言を咎めようとしたらキッドは何もなかったように口笛を吹き始めた。
「それでは皆さん、ミネルヴァの鎧を預けたら祝賀会ですよ! エルダーグリフォンをやっつけたんで大きな焼き鳥を食べましょう」
エルダーグリフォンという言葉に反応してギルドの中がどよめき始める。
「エルダーグリフォンだって!? あんた達、あいつを倒したってのか」
「ええそうですよ。ここにいる皆さんは私の仲間なんです」
ゆーりが自慢げに俺達の方へ手を伸ばして紹介する。
「おい、マジかよ……エルダーグリフォンって何人もの冒険者を葬ったっていうあいつだろ」
「もしかして湿地を越えてきたのかよ。あんた達すげえな。命知らずにも程がある」
「俺もあいつには手を出せないってのに。命がいくつあっても足りねえよ。それなのに倒すなんてあんた達一体何者なんだ」
「あの鉤爪に切り裂かれ、雷光のブレスで焼き殺された死体を見たが、あれは凄惨だった……」
それぞれの冒険者はエルダーグリフォンの恐ろしさを語っていた。
ジークはここまで畏怖される魔物を相手にする道を通れと指示していたらしい。
このような危険を負わせてまであの道を通る意味が理解できなかった。
(時間的にもまだ余裕はあったはずだ。いくら急いでいるとはいえ請負う側が死んだらどうするつもりだったんだ……)
強敵ではあるのは依頼前から認識していたが、ここまで噂されるものとは知らないのだ。
「そうよ! あたしがあの怪物エルダーグリフォンをやっつけたのよ! アガタと言う名前を覚えておきなさい。いずれ大魔導士になる者の名よ」
アガタが空いている椅子に立ち高らかに言い放った。
すると周りの冒険者が大きな歓声を上げ口々に称賛していく。
「あーっはっはっは! こういう感覚よ。あたしの魔導が役に立つってのは……」
アガタを褒め称える言葉を聞いてアガタは喜びで震え嬉しそうに笑い声を上げる。
「……さっさと行きますわよ。まずはその耳障りな口を閉じなさい。カームサイレンス」
メリエルが呆れた顔をしてエーデルハルモニーを振りかざしてアガタを沈黙させる。
アガタが何か言いたげな顔をして怒り始めるが、俺は意にも介さずアガタを引っ張ってギルドを後にするのであった。




