第2章21部:不安の道中
あいにくの曇天と昨晩の一件で体がだるく満足に疲れがとれていないので、寝起きは最悪だった。
だがあれから雨が降った様子はなく、雨が降りそうなことに変わりはないが、依頼をこなすために湿地を抜けるのは今が都合がいい。
俺は寝間着のまま下に降り、朝食を手短にとる。どうやらゆーり達はまだか、すでに終えているようだ。
一人で食べる食事はとても久しぶりのような気がし、賑やかな方もいいが、たまにはこういうのも悪くないような気がした。
そして部屋へと戻り一服の後いつものジャージへ着替え、剣などの持ち物を持って階段を下りた。
動きやすい服装ではあるが、そろそろこの服装も変えないと痛んできて着れなくなるだろう。
エントランスではアガタを除いた全員が待っていた。
ミネルヴァは白銀の鎧に身を包んでいる。
メリエルは淡いピンクのワンピースドレスを着ていた。
ゆーりは黒いローブを纏い、キッドはシンプルなシャツと短パンに外れない髪飾りを身に着けていた。
「あれ、アガタは?」
「知りませんわ? まだ寝ているんじゃないんですの。朝食も一緒じゃなかったですわ」
メリエルが興味なさげと言った口調で答える。
昨日にメリエルとアガタで何か話をしてから、何か進展があったかと考えた。
しかしそわそわした様子はなく、特に変化もなく平常通りということだろう。
「噂をすると、だな」
ミネルヴァは階段の方に顔を向けると、寝間着のシャツをはだけさせだらしない格好で欠伸をしたままアガタが降りてくる。
髪は寝癖でボサボサでひどく眠そうな感じが伝わる。
「あんた達、早いじゃない。あたしはどっかの誰かさんのおかげで眠れなかったわ」
「まぁ、なんて口の利き方ですの。朝から不愉快ですわ」
「大事な話があると思ったら、わたくしは貴族でどうたらだの、だからあなたに対する態度がどうだの、どうでもいい話を聞かされる身にもなってなさいよ。そんな高圧的な態度されたら寛容なあたしだって気が滅入るわ」
どうやらメリエルはあの時に、アガタに対してまだ謝罪やお礼を言っていないようだ。
誰も見ていないだろうにどこまでプライドが高いのだろうか。
「高圧的なのはあなたの方ですわ。あと、あの時はまだ夜更けではなかったはずですわ。それなのにわたくしのせいみたいな話し方なんて。寝坊するのはあなたの普段の怠惰で堕落した生活のせいではありませんこと」
「怠惰とかよく言ってくれるわね。まぁあたしにも色々あるのよ」
アガタが欠伸をしながらメリエルの言葉を受け流す。
「それにその髪の毛、その恰好。せめて人様に見せる身なりをしてから降りてくるべきですわ。はぁ……だからあなたは犬なのですわ」
「はいはい。わかったわ。とりあえずあんた達は待ってなさい。ご飯食べてから着替えてくるから」
アガタがそのままだるそうな足取りのまま、レストランへと入っていく。
その姿が消えると、メリエルはさっきのアガタの態度に憤慨する。
「なんなんですの。あの態度にあの格好。あれがわたくし達と同じパーティということに腹が立ってきますわ。レディならせめてもう少し気品のある雰囲気や優雅なふるまいをすべきですわ。それなのにあの野蛮人みたいな振る舞い、教育がなっていませんわ。調教の必要あり、ですわ」
「あははは。そうですね」
ゆーりの目が泳いでいた。
頭をフードで隠し、最低限の身だしなみはしているので、メリエルの監査の目には入らなかったようだ。
「……ちょっとはいいところもあるかと思いましたのに」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもありませんわ!」
メリエルの呟きにミネルヴァが反応するが、メリエルが慌てて声を大きくして話を流した。
メリエルなりにもいつか言いたいのかもしれないが決心がつかないのだろう。
何かきっかけが必要なのかもしれない。
それからアガタが支度を整えるまで、とりとめもないことを考えたり、行きかう人々を眺めるなどして時間を潰した。
ゆーりがミネルヴァやメリエル、キッドと会話をしている。あまり重要そうなことを話しているわけではなく、世間話程度であった。
「待たせたわね。さぁ行くわよ」
アガタが青い髪と黒いマントをなびかせて、赤いサスペンダースカートを揺らしながら降りてきた。
身だしなみには気を付けたのか、髪の毛が丁寧に梳かれている。
「ずっとお前を待っていたんだがな」
「それは悪かったわね、それじゃエルダーグリフォンっていう大物を倒しに行くわよ」
アガタは全く悪びれた様子もなく、また俺達の様子も確認せずに満月亭を出た。
もうアガタにはエルダーグリフォンを倒すという目的しか眼中にないようだ。
俺としてはできるだけ遭遇したくないのだが、敢えて口には出さないことにした。
「アガタ、なんか機嫌がいいですね。そんなにエルダーグリフォンの丸焼きを食べたいのですか」
「いーや、食べたいとかじゃないけどね。なにせ天才のあたしの魔力を試す絶好の機会だし、あたしの実力と名声を轟かせるチャンスなのよ」
ゆーりの質問にアガタは鼻歌交じりに返答する。よほど機嫌がいいのであろう。
「はぁ、どんな強敵かもわからないのになんて能天気すぎますわ。いいですこと。あなたがまともに一撃でも食らえば、下手をすれば命にかかわるってこともありますのよ。もう少し緊張感というのを持つべきですわ」
メリエルがアガタに指をさしながら呆れた口調で釘を刺す。
「あーあ。あんたの言葉って本当に白けるわね。そう言う時はミネルヴァが守ってくれるのよ。ね、ミネルヴァ」
「あ、ああ、そうだな。獰猛な魔物とはいえ無傷では済まないだろうが、だがこの盾で被害を最小限に抑えてみせよう」
ミネルヴァが歯切れの悪い返事をする。
昨日の件がなければ自分の身を犠牲にしてでもという旨の発言をしていたのであろう。
しかし自分のことも考えていいとなると、少し躊躇するのも無理はない。
盾としていずれ命を落とすよりも、人として生きてほしいと言ったのだから、ミネルヴァの意志に従ってその力を振るってほしいのだ。
自分の命を捨てるつもりで守るよりも、誰かのために責任をもって守れることの方が良い働きをするのは間違いないのだ。
「あはは。皆さん、仲良くいきましょう。少しでも皆さんの和が崩れるとやられちゃうかもしれませんので」
アガタが苦笑い気味にその場をまとめようとする。
「あたしとしては、あんた達はあたしを引き立ててくれればいいだけよ。そんであんたは適当に足止めでもしてくれればいいわ。そこをあたしが天才の魔力をぶつけるの」
「まぁ、まずはその無神経な口を閉じさせてあげますわよ。今のわたくしにはこれがありますの」
そう言ってメリエルはエーデルハルモニーというステッキを振りながら、ステッキの先端の軌跡をキラキラ輝かせながら口元に笑みを浮かべる。
「もう! なんであいつだけあんないい物持ってるのよ! あたしだって欲しいわ。絶対目立つじゃない」
アガタが子供みたいに駄々をこねる。
そしてゆーりを顔をじっと見つめ、何かを欲しそうにする。
ゆーりは愛想笑いをしながら言いにくそうだったので、俺がため息を吐いた後代わりに答えることになる。
「残念だが蒼創石がないと、ああいう武器を召喚できないんだ。しかも狙って手に入るものでもない。お前だっていいもの持ってるんだから、しばらくはそれで我慢しておけ」
「あんただって上等なもの持ってるじゃない。いいわね。持っている人はそういう余裕を持てて」
アガタが真紅の滅鬼刀を指さして吐き捨てるように言った。
「まぁ、お前の言いたいこともわかる。だがまずは依頼をこなして召喚に使う蒼創石を集めることを考えた方が先決だろ。今更何を言ってもしょうがない」
「だから言ってるでしょ。さっさと大物をやっつけて、その報酬であたしにとっての最強の魔導書を手に入れるって」
アガタがたしなめようとする俺に怒鳴る。
「さっさと、そう言っている割に遅れてきたのはあなたですわ。どうしてそうあたかも自分は悪くないってことを言えるのか考えられませんわ。その根拠のない自信の立派さだけは天才級ですわね」
「はぁ!? あんたに言われたくないわよ。ずっと思ってたけど、その余裕綽々な態度、見下したような発言、全てがイラつかせるのよ。だから偉そうな貴族って嫌いなのよ。そんなあんたを育てた家族の面でも見てみたいわ」
家族を貶された発言にメリエルの口調は強い憤りを込めたものへ変わる。
「お黙りなさい! お兄様の侮辱は許しませんわ。こうですわ! カームサイレンス」
メリエルがとっさに杖を振り、アガタに向ける。
アガタが一瞬硬直し、何か話したそうだがしゃべれなくなっていた。
エーデルハルモニーに付与されている魔法によって、どうやら沈黙状態となりしゃべれなくなっているらしい。
それからしばらくして魔法が解けたのか、アガタが呼吸を整える。
そういうことで依頼開始前からパーティの空気はひどくぎくしゃくしていた。
「おいおい、大丈夫なのかよ。こんな状態でよ。このままだと真っ先にアガタが狙われるんじゃないか」
キッドが肩をすくめながら俺の前へ回り込んで聞く。
「まぁな。あいつは元から狙われやすい体質だから、うまくフォローできないと致命傷だろう。今まではなんとか補えていたが、正直不安だ」
だったらなおさら俺への負担が重くなると思うと、足取りもまた重くなるのであった。
「まだまともそうなあんたか、ミネルヴァがやるしかないんじゃねえか。あの小さいご主人様は戦闘要員でもねえ」
「そういうことになるな。だがそのうちお前も前線に来てくれなくても戦闘には参加してもらう」
「ええ!? 俺様もかよ!」
キッドがひどく嫌そうな顔をして驚く。
「当り前だろ。その銃が本当にいたずら目的のおもちゃなんて悪い冗談はやめてくれよ」
「いいや違うね。危なくなったらすたこらさっさと逃げるようだぜ」
俺は深くため息をついて、キッドの髪飾りを起動しようとしたら、キッドが慌ててに止めに来た。
「冗談だぜ。冗談。いざとなったら俺様の百発百中の腕前であんた達のピンチを切り抜けるって算段なんだ。信じてくれよ。まぁ、その分報酬は上がるがな」
「はいはい。わかった。お菓子なら困ることはないだろうよ」
「その言葉を待っていたぜ。俺様に任せてくれ」
キッドがその言葉を聞きたかったとばかりに、笑ってぐっと親指を立てる。
まだまだ信用ならないが、一定の報酬を与えるだけでゆーりのお守りをしてくらいなら、何とかなるんじゃないかと考えるのであった。




