第2章19部:真夜中の祭壇へ
目が覚めた時、窓には朝日が昇っておらず漆黒に包まれた夜中だった。
建物にはどこにも灯りがなく、真っ暗である。
ある一つの建物を除いて。
「ん、あれは……」
俺が目を凝らしたのは、ジークと打ち合わせをした騎士団の厩舎のような場所で、荘厳な建物に淡い光りが灯っている。
そしてある奇妙な噂を思い出した。
アシュラの祭壇があるというあの場所で、いったい何が行われているのか俺は気になってしまう。
あまり寝付けないこともあって、とりあえず少し様子を確認をしに、何も持たずに散歩がてら出歩くことにした。
部屋の鍵を懐にしまい静かな満月亭から出ると、後ろから駆けてくる足音がした。
「はぁはぁ。やっぱりマサキだったんですね」
その声の主はゆーりだった。暗くて顔がよく見えないが、息を切らしている声ははっきりと聞こえる。
「ゆーりの方こそ、どうしてこんな時間に」
「マサキも気になるんですよね、あの噂話に!」
ゆーりの声がとても弾んでいる。
「いや、俺は寝付けなくて、ちょっと散歩に……」
「えー!? せっかくアシュラの祭壇に入れるチャンスなんですよ! 今行かないでいつ行くんですか。もしかしたらアシュラに会えるかもしれないんですよ」
俺を非難するようなまくしたてる物言いが、静かなゴスアの街に響く。
その声に呼応して遠くで犬の遠吠えが聞こえた。
「お前、あの中を確認する気か? やめておけ。ドジ踏んで面倒なことになるのがおちだ」
「でもこれは大チャンスですよ。今行けばもしかするとアシュラに会えるかもしれないんですよ」
「やれやれ。こう言ったら何が何でも行きそうだな。わかった。ゆーりだけだとどうも心配だ。散歩がてらについていくよ」
俺が折れたような物言いで同意する。
暗闇の中だが、ゆーりの満面な笑みが想像できた。
ゆーり一人で祭壇へ行かせたら何をやらかすかわからないため、放っておけないという感じで同行することにする。
俺は剣に千変万化を付与し、ぼんやりとしたオーラを剣に纏って夜の闇を照らす灯りとした。
「ゆーりは灯りもないのにどうするつもりだったんだ」
「他に誰かが出てくるのを待っていました」
「誰も出てこなかったら?」
ゆーりがうーんと唸った後、明るい声で返答する。
「一人でも行っていました」
「灯りもないのに、迷子になるぞ?」
「その時はその時ですよ。辿った道を帰れば元に戻ると思いますので……多分」
「なら仮に満月亭に戻っても鍵はあるのか?」
「……あ!! 忘れました……」
ゆーりの驚いた声を聞いて、俺は深くため息を吐く。やはり俺がいないといけないようだ、と肩をすくめた。
正門には深夜で警備が薄いとは言え門番が目を光らせて構えている。真正面から侵入するのは難しそうだ。
「マサキ、どうしますか」
俺達は物陰に隠れて門番に気づかれないようにした。
このまま帰ることも考えたが、俺も俺であの中で何があるのか若干ながら気になる。
俺がしばらく思案して、ある案を思いついた。
「裏口を使おう。そこなら入れるかもしれない」
打ち合わせの時に発したジークの言葉を思い出す。
裏口ということなので、神殿の周りに高くそびえる壁のどこかに細い道があるのであろう。
とりあえず外周を回って探すことにした。
裏口に辿りつくまでに誰一人してすれ違うことはなく、ひどく静かな通りを歩いた。
見回りの衛兵などがいてもおかしくないのだろうが一切遭遇することはなく、不自然に警備の薄い裏口の門をくぐった。
中庭に入り淡い光を頼りにして慎重に灯りについている建物へ近づいた。
「何とか入れましたね」
「ああ、だがここで見つかったら何をされるかわからない。危ないと思ったらすぐ逃げよう」
幸い中庭にも巡回している衛兵などがおらず、警備をしているのは正門だけのようである。
入口に近づきいよいよ中を確認しようとしたその時、祭壇があるといわれている建物から担架に人を乗せ人が出ていく。俺達は慌てて茂みに隠れてその様子を観察した。
「うぅぅ……いてぇ……殺されちまう……」
担架に乗せられうめき声を上げる男性は、ひどく苦しそうな顔をしていた。
服のあちこちに切り裂かれたような跡があり、そこから出血している。
血生臭い不快感が建物より漂ってきた。
「何が起きているんでしょうか……」
ゆーりが不安そうな声で俺に尋ねる。
「わからないが、ただ事じゃないんだろう。少し怖いがもう少し様子を見てみよう」
俺達は再び建物に近づき、中から見つからないように柱に隠れた。
扉が開けられっぱなしなので、これは運がいいと思いながら中を覗き見る。




