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ソシャゲに転生しても俺はなんとかやっています  作者: 山崎ジャスティス
殷賑の祝祭防衛編
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第2章15部:ミネルヴァと盾

 人混みを掻き分け俺はミネルヴァを見失わないよう、こっそりとついていった。


 ミネルヴァは色とりどりの花を胸に抱えており、どこかへ急いでいるようである。

 人通りの絶えない大通りを抜け、野良猫が巣食うような日の当たらない路地裏を通り、段々人気がなくなっていく。

 そして街から外れた墓地へと出た。


「そこでずっとつけていたのだろう。でてくるがいい」


 ミネルヴァが柄に手をかけ振り返ることなく、強い口調で言い放つ。


「やれやれ。ばれていたか」


 俺が隠れていた木の陰から出てくる。


「なんだ、マサキか。こっそりついていって。秘密を探ろうって考えたいたのか?」

「返す言葉もないな」


 ミネルヴァが振り返り、微笑みを浮かべながら尋ねられると、俺は肩をすくめた。


「もしかして私の美しさに魅入られてこんなところに来たのか?」

「アガタみたいなことを言わないでくれ。頭が痛くなる」


 ミネルヴァの言葉の裏にアガタの顔が浮かび、俺は頭を抱えた。

 ミネルヴァの笑い声が聞こえる。


「ふふっ。冗談さ。ところでゆーり達はどうしたんだ。みんなと出掛けたんじゃないのか?」

「いや、それが。はぐれちまってな。それでたまたまミネルヴァを見つけて」

「それでこっそり尾行したというわけか。メリエルが聞いたら軽蔑するんじゃないか」

「ああ、そうかもしれないな。悪かった。こんなことをして」


 俺が頭を下げて謝る。

 ミネルヴァが墓の方へ向き、墓標の前に花をそっと置いた。


 ミネルヴァが跪き、静かに祈る姿を俺はじっと見つめていた。

 ミネルヴァが祈り終えると、俺の視線に気づいたのか、墓に視線を落としたまま呟く。


「誰に向かって祈っているのか気になるのかい」

「まぁな。これ以上詮索するのは悪いと思うけど」


 聞きたいという好奇心と聞いてはいけないという倫理観に挟まれ、俺は頭を掻きながら答える。


 沈黙が俺とミネルヴァを包む。

 無造作に生えた雑草が静かに揺れる、遠くから巨鳥のけたたましい声がこだました。

 雲が裂けてどんよりとした墓地が柔らかい日の光で明るくなる。


「まずはここから話そう。薄々感づいてはいると思うが、私はゴスアの人間だ」

「それはなんとなくわかっていた」

「それでだ、私は古代より今まで永らえてきたんだ」


 その生い立ちもゲームをやっていたので知っていた。

 俺はその事実を聞いて、何も答えない。


「今まで老いることなく、そして肉体が衰えることなく、今に至る。夢のような加護さ。これを秘術なんて人は言うが、とんでもない勘違いだ。呪いなのさ、これは」


 ミネルヴァが自身のきれいな手を見ながら自嘲した。


「ここの墓に眠る人々の中には私のことを知っている人が多い。そして私とともに戦場を駆け、散っていった者ばかりだ」


 墓標に刻まれた年代を見ていくと、それぞれ大きくかい離している。

 墓によっては百年以上離れているものまであった。


「ゴスアの影の騎士団長。歴史に残らぬ女傑。かつての私を知る者はそう私を評した。尤もすでに彼らもこの墓場の一部だ」


「それが花を手向けているその墓の人物なのか」

「いいや、違う。この墓に眠る男は、ゴスア帝国の礎を築き、初代ゴスアの騎士団長。懇篤なる大盾のフリッツだ。私は彼の相棒だった。私が剣で切り込めば、彼は盾で私を守った。おっちょこちょいでどこか抜けていたけど、誰よりも一所懸命で優しかった。そんな彼に惹かれて、いつしか私とフリッツとは恋仲にもなっていた……」


 ミネルヴァがその墓をじっと見つめて何も言わなくなった。


「ふふっ。懐かしいな。あの日々が」


 ミネルヴァが顔を上げて上空を見つめる。

 その視線は、遠くに行ってしまいまだ彷徨っているものに向けているように感じられた。


「汗と血にまみれた日常。厳しさと甘さに囲まれた日々。懐かしいな。全てが素晴らしいものさ」


 ミネルヴァの頬から一筋の涙が浮かぶ。

 涙が陽光に照らされ、煌めきながら頬を伝い落ちていった。


「だけど今まで様々な人との出会いと別れを経験した。手を振って別れたことが最後の時もあれば、目の前で突然何も言わずに旅立つこともあった。すると思い出だけが降り積もる。この体に刻まれた傷が疼いて苦しめるんだ。まるで溶けない雪、春の来ない呪いさ」


 ミネルヴァの乾いた笑いが空に溶けていく。


「……今こうやってここにいるのも何かの縁じゃないのか? 確かに別れもあるかもしれない。だけどそれを、呪いなんて悲しい言葉、やめてくれ」

「優しいなマサキは。あなたのような優しい言葉を告げる男はこれまでにもたくさんいたさ。だけどその心に甘えると、いずれ来る別れが怖いんだ。だがだからこそ私は盾になれるんだ」

「やれやれ。盾、ね」


 ミネルヴァが立ち上がり俺の方に顔を向けて、髪を掻きあげる。

 その鋭い目には無数の哀しさが詰まっているように見えた。


「そういや最初にお前が言ってくれたんだぜ。ミネルヴァが盾で、俺が剣だってな。あの言葉が嬉しかった。会って間もない俺を信用してくれたんだ。それなのに自分のことをただの盾なんて。だからいつだってあんなに身を呈して守れたんだろう」

「すまない……自分でも無謀だとは思っている。だが私にはこうするしかないんだ」


「お前の今までの勇敢な行動には本当に助かっていた。献身的で優しくてな……だが俺は少なくともミネルヴァを、そんなただの盾――道具扱いはしていない。いいか。お前は自分のことを盾と思っているようだが、それは違う。ミネルヴァ、お前は人間だ。癖のある仲間たちの一員なんだ」

「マサキ……」


 ミネルヴァがじっと俺の目を見つめる。

 俺はそれにかまわず話を続けた。


「今ではミネルヴァの防御を全員が頼りにしているんだ。ただの優秀な盾じゃなくて、俺達の背中を預けられる頼もしい女性としてな」


 ミネルヴァは目元を拭い、乾いた肌に濡れた跡を払い、口元を緩めた。


「ふふっ。そう言ってもらえるなんて光栄だ。今までそこまで言われたことなんてなかったんだ」

「お世辞じゃないんだ。素直に受け取ってもらえると助かる。だから少しは自分のことも労わってやれよ」

「だったらありがたく受け取っておくよ。ありがとう。マサキ……」


 ミネルヴァが小さい声で礼を言った。

 近くじゃないと聞こえないほどか細い声だが深みがあって重く聞こえる。

 ミネルヴァは歩き出して、他の墓にも一つずつ丁寧に花を飾り、そして心を込めて祈っていった。

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