第2章14部:アガタの魔導
「ねぇ! もしかしてあの剣ってさ、本当に魔導に関係があるのかしら? だったら大発見よ。そんな古代の代物なら、未知の魔導や凄まじい魔力に備えているに違いないわ。あー早く触りたいわ」
鍛冶屋から出るやいなや、アガタが軽快な足取りで、楽しそうに俺に話しかけた。
「ああ、本当にそうかもしれないな。でもどうしてそこまで気になるんだ」
俺が何気なく質問すると、さらに声を弾ませてアガタが答える。
「そりゃもちろん、更なる魔導を探求するためよ。特別な物質の武器や、加護を受けている道具には魔力が宿っているの。それに武器そのものに特殊な魔導や魔法が宿っている場合もあるのよ。あたしのは魔導書なんてのはその一例ね。魔導書があたし自身の魔力を増幅し、魔道として放出するの。簡単な魔導なら練習すれば魔導書なしでも放てるけど、少し難しい魔導を放つには魔導書の所持が必須ね。まぁ使うにしても、相応の魔力が備わってないと魔導を放つことすら難しいわ」
「へぇ、そうなのか。それじゃ魔力ってのは誰でも持っているのか」
「ええ持っているわよ。大体の人はほんの微量だけどね。もっとも訓練次第ではその容量を増やすこともできるわ。だけど初心者が強力な魔導書を持とうなんて考えないことね。魔力の増幅が体に大きな負担をかけてしまうの」
魔導について語るアガタはとても流暢で、その分野に関してはとても詳しいというのが伝わった。
「なるほどな。それでお前は元から魔力が相当備わっていたんじゃないか?」
「ま、まぁね。当たり前でしょ? あたしは天才なの。そんじょそこらの魔導士とは出来が違うのよ。なにせ未来の大魔導士様よ」
アガタが少しだけどもったが、腰に手を当ていつもの尊大な態度で答えた。
アガタの魔導に関する執着はとても強く、単純な興味に留まっていない。
口だけじゃなくておそらく本気で大魔導士とやらを目指しているのだろう。
「ま、そういうわけで珍しいものや、魔導に関するものがあれば教えなさい。それをあたしの魔導の糧にして、いずれは歴史に残るような大魔導士になるのよ」
大きな夢をその胸に抱き、青い瞳を凛凛と輝かせて俺を見つめる青髪の少女の姿に、並々ならぬ決意を感じるのであった。
「あ、ちょっと。あそこに寄っていいかしら」
アガタが指差したのは古ぼけた書店であった。
外装が痛み、都市全体に充満している噴煙に苛まれて黒ずんでいる。
「いいんだが、どうしてこんなところに足を運ぶんだ」
「掘り出し物に魔導書があるかもしれないわ。こういう場所の方が面白いものが眠ってるのよ。新品を買うなら専門店だけど、研究に使うものは専らこっちよ」
「ふーん。そういうものなのか」
「そういう珍しい魔導書を研究して、魔導に改良を加えることで、威力や密度が増すのはもちろん、行使の簡略化や省力化につながるの。流通されたつまらない魔導書じゃこうはいかないわ」
アガタが駆け足で書店の中へ入っていくので、俺達もついていった。
左右の本棚には様々な種類の古そうな本が並べられ、中は若干埃っぽく長い年月を感じさせる。
奥には店主と思しき、メガネの気だるげな目を持つ老け顔の男性が、マグカップを片手に本を静かに読んでいる。
こちらには気づいていないのか、あるいは気づいていないふりをしているのかわからないが、黙々と本を読んでいる。
アガタが本棚に並ぶ様々な本を手に取って、中身を確認する。
中身を見て時折深く頷いたり、考え込んだり、ページを遡ったりしている様子を見て、とても熱心に魔導の研究に取り組んでいるように感じられた。
「うーん。私にはどれも同じに見えますね。そもそもなんて書いてあるかわからなくて、全く読めません」
「中身は難しいものが多いわ。記述されている言語も特殊だからね。慣れないと読むだけでも体力がいるし、実際に使うとなるともっと疲れるわ」
ゆーりがアガタの読んでいる本を覗き込んで感心する。
アガタがページをめくりながら淡々と答えた。
「でもアガタは簡単そうに読みますね」
「当たり前でしょ。あたしは天才だからこれくらいスラスラ読めて当然なのよ」
「そんな簡単に読めるなんて、本当にすごいですね。私なんてちんぷんかんぷんですよ。こういうのを読んでたから、あんなすごいことができたんですね」
「そ、そう?まぁちんちくりんには無理だけど、このあたしならこんなもの読むくらい朝飯前よ」
俺も適当に魔導書を手に取り、適当にページを開いてみても何が書いてあるか全くわからない。
アルファベットに似た記号の羅列と何かの図が記載されているだけだった。
「確かにこれを読むのは大変そうだな。なんて書いてあるかわからん」
「ふふーん。ま、これでいかにあたしがすごいかバカなあんたにもよーくわかったでしょ? これからは少しくらいアガタ様を尊敬しなさい」
アガタが余裕たっぷりと鼻にかけたように言う。
「はいはいすごいな。さすがアガタ様だ」
「もう! 絶対思ってないでしょ」
すごいと思うが褒めるとすぐに調子に乗ってうざそうなので、とりあえずおだてた。
「ったく。うるさいガキどもだ……あんたら冷やかしか。だったら静かにしろ。読書の邪魔されるとかなわん」
店主が本から視線を逸らさずに苛立った口調で注意する。
マグカップと受け皿であるソーサーが互いに当たる金属音が響いた。
「今欲しいものを探してるの。冷やかしじゃないわ。ちょっとくらい待ちなさいよ」
「フン。なんでもいいが静かにしろ」
噛み付くアガタに目を合わさず、男性は言い放つ。
「なんか感じ悪いな。あのおっさん。こっちまで息苦しいぜ。俺様達以外に客なんていねえのによ」
キッドがゆーりの後ろから顔を出して呟いた。
ずっと本を読んで余暇を楽しむ気難しい店主なのだろう。
店主自身の時間を大切にし、ここもある意味ゴスア特有の張りつめた雰囲気がある。
だが外の喧騒とは隔絶されたような静けさが、一種の清涼剤のように感じられた。
アガタが数冊本を抱えて、店主の前に突き出した。
「言ったでしょ。冷やかしじゃないって。あたしは興味あるものを買うだけなの。それを探すのに時間かかっちゃうのはしょうがないでしょ」
店主が椅子に座ってもたれたまま、積まれた本の帯に視線を向ける。
そしてアガタの顔を見た。
「何よ。あたしの顔になんかついてる? もしかしてあたしの可愛さにさっきの言葉を撤回して、謝りたくなった?」
「いいや。そうじゃねえ。青臭いガキが本当にこんなものを買うとはな」
「文句ある?」
「いいや、ねえよ。だがここにあるのは日の目を見ることなく捨てられるのを待つだけの本ばかりだ。出来損ないの技術。没になった戯曲。そんなものの吹き溜まりだ。ガキが無理して買うことはねえ。そんなものよりまともなものの方が世の中に出回っているんだ」
店主がアガタの目をじっと見つめたまま言う。
アガタはそれに臆せず言い放つ。
「あたしはね。ダメなものにも使い方があるって考えてるの。本当に素晴らしい技術ってのは案外評価されないものじゃない? 偏見とかそういうので人知れず消えていくってもったいないって思うわ」
「ハッ。ガキが知ったように言いやがる。だがそういう考え自体は嫌いじゃねえ」
店主がアガタの言葉を聞き、愉快そうに乾いた声で笑う。
そして二人のやりとりを見つめる俺達を一通り見た後、アガタに向き直る。
「……あのお友達は何も気付いていないようだな。あんた、あまりさっきみたいな大言を吐くもんじゃねえぞ。やりすぎってのは自分の知らないところで取り返しがつかなくなって、重荷になるもんだ」
何か含みを持った言葉をアガタに投げかける。
「はぁ!? どういう意味よそれ? ねぇ!」
アガタが強く反発するが、店主は本を広げ目を活字に移し、口を閉ざす。
「ギャーギャーうるせえぞ。買う気があるなら勘定を置いてさっさと出ていきな。これ以上ガキと話す時間はねえんだ」
「言われるまでもないわよ。あんたと話してこっちこそ時間の無駄だったわ! あんた、本当にムカつく奴……」
アガタが勢いよくカウンターに金を置いて、本を袋に入れてさっさと出ていった。
去り際にアガタが振り向き口を大きく、いーっと広げ不愉快そうな様子を店主に見せる。
店主はこちらの方には目もくれず、読書を再開していた。
「なぁ、さっきの言葉、どういう意味なんだ」
「どういう意味もないわ! さっさと忘れなさい!」
俺の疑問に対しアガタが怒り狂ったように怒鳴った。
「あーもうむしゃくしゃする! ちんちくりん、何か食べるわよ。こう言う時は何か食べて忘れるに限るわ」
「……そうですね。食べて忘れるとしましょう!」
ゆーりが何か事情を察したように、空気を読んで場を明るくしようと努めた。
「よーしさっさと甘いものでも食べるわよ!」
「おい! そういうことなら俺様も連れていけ!」
駆けていくアガタと、それについていくゆーりとキッドの後姿を俺は見つめていた。
さっきの出来事や、ミネルヴの意味深な発言について考えているうちに、ゆーり達は人混みの中に消えていた。
そして辺りをきょろきょろと見ると、美しい銀髪で端正な顔つきの背の高い女性――ミネルヴァがどこかへ向かっているのを見つけるのだ。




