第2章13部:折れた剣と古代の遺物
行く途中で見つけた鍛冶屋へ到着し、鉄を叩く高い音が響く、工房の中へ入る。
俺はそこで近くの見習いと思しき若者に声をかけた。
「すみません。ちょっとお聞きしたいんだが、ここの一番の熟練者に会わせてくれないか」
若者が作業を中断して額の汗を拭い、いぶかしげに俺の顔を見る。
「一番の熟練者? 親方のことか。だったらこの奥にいるおっさんが親方なんだが、お前ら約束とかはあんのか?」
「ないんだな。これが」
「だったら帰りな。俺も忙しいが、親方はもっと忙しいんだ。お前に会う時間なんて作れねえぞ」
「いや、そこをなんとか」
「こら! 若造! 何を悠長に立ち話なんかしてるんだ! 仕事はどうした!!」
俺が粘ると、後ろから野太い怒号がした。
声の方を見ると、少し背の低めだが、立派な髭を蓄え、親方と言う貫禄にふさわしい老人が顔を出す。
「すみません! 親方! すぐに再開します!」
若者は俺との話を切り上げて、すぐに鉄を打つ作業を再開する。
親方と言われる老人は、全体的に太い体躯を揺らしながらこちらへ向かってきた。
「あんた達なにもんじゃ? 初めて見る顔じゃな。あいにくわし達は仕事中じゃ。邪魔をするならさっさと帰ってくれ」
「ちょっと見ていただきたいものがありましてね。ほんの少しで終わると思いますので」
「あんたみたいな依頼をするのはよく見る。だがどれもガラクタじゃった。今回もどうせそうじゃろ」
親方が目を細めて俺を見つめる。
その顔つきから適当にあしらっているのがよくわかった。
だが俺はダメもとで折れた剣を取り出し、それを見せることにする。
「これなんだが、一体どういう代物かわかりますか」
何一つ期待していない親方がその折れた剣を見て、大きい目をガラス玉のように丸くした。
「なんじゃそれは……ん、ちょっと待ってくれ。よく見せてくれないか」
親方が俺から折れた剣を受け取ると、机の上に置き、布で丁寧に拭いた後、虫メガネを駆使して様々な角度から見た。
「なんと。こんなもの見たことない。これは……普通の鉄ではないようじゃ。かといって珍しい鉱物でもない。どういう物質なんじゃ。そしてこの中央の穴と、はめ込み口にあるいくつかの空洞……一体どうしてこれを……」
「うちの召喚士が見つけてくれましてね」
「そ、そ、そんなすごいことは……して、いません……」
俺はゆーりに目配せをする。
ゆーりはそれを言われて少し照れて、頭をフードで隠した。
「ならば多少は合点がいく。こんなもの適当な場所で拾えるようなものじゃない」
「そんなすごい代物なんですか」
「少なくともそこら辺の剣じゃないな。ここまでボロボロになっているんじゃ。おそらく古代の遺物で間違いない。それも元の姿はとんでもない業物であろう。見た目や手触りからこんな鉱物触ったことがない。そして謎の技術。こんなもの詰め込んだ剣を生きているうちにお目にかかれるとはな」
「そんなすごい剣なのですか……親方さんの力で、何とかなりそうですか」
親方は俺からの頼みを、目を瞑り腕を組んでじっくり考え込んだ後に答えた。
「面白い剣ゆえ、全力を尽くしてみるが、わし達だけじゃ不可能じゃ。他の鍛冶やわしの伝手でいろいろ聞いてみるとしよう。じゃが二つ問題点がある」
「もしかして刃の物質とその穴ですか」
「そうじゃ。刃の方はそこら辺の鉄や鉱物じゃない。じゃがわしの知り合いなら何か知っているやもしれん。そしてその穴。おそらくかつては何かをはめ込んでいたのじゃろう。それが一体何かは見当もつかぬ。この穴の側面にある空洞。これが手掛かりかもしれん」
親方が折れた剣をまじまじと見た後に、それぞれの部位をさしながら言った。
「それじゃ預けてもよろしいですか」
「ああ、全力を尽くそう。こちらから何かわかれば、手紙を使って連絡をさせていただく。今回の依頼は鍛冶組合全体で共有する。暇があれば立ち寄るがよい」
俺達は名前や所属ギルドを連絡先として教えた。
「ありがとうございます。ところで武器の強化などもこちらでできるのですか」
「ああ、むしろそっちの方が本業じゃ。もちろん金がかかるがな」
俺は帯刀している真紅の滅鬼刀を見せた。
「ふむ。なかなか珍しい代物だな。これの強化の素材料金は、ざっとこんなもんだな」
親方が真紅の滅鬼刀をじっくり見て、慣れた手つきで書いた見積書を見て俺達は驚愕した。
要求される金貨の数や銀貨の数そのどれも桁外れで、ジークからもらった前金だけではとても賄えるものではない。
「ちょ、ちょっと何よこれ。こんな額とてもじゃないけど今持ってないわ」
アガタが驚いた声を上げる。
「だったらしょうがないわい。あくまでこの武器の強化にかかる目安として、これくらいは見積もった方がいい。端数位ならまけることはできるが、それでも大金なのは変わらないからの」
「了解しました。強化できるのであれば、今すぐしたかったのですが、金銭面で厳しいので武器の剣は改めて依頼します。その折れた剣についてはよろしくお願いします」
「ガッハッハッハ。おう、任せてくれ。こっちとしてもやりがいのありそうな仕事じゃからな」
親方が髭を震わせて、豪快に笑い、丸太のように太い腕を叩く。
自分の仕事や顔の広さに自信があるのだろう。
「それじゃ仕事の邪魔をしてすみませんでした。失礼します」
俺達はそう言って、鉄を叩く音や加工する音が響き、熱気がこもった工房を後にした。




