第2章12部:ゴスアの奇妙な噂
「ジークからもらった前金で宿を探そう。こんだけあればとりあえず今日一日泊まるくらい問題ないだろう」
「今日一日なんてとんでもないぜ。あのでっかい建物があるだろ。あそこに1か月は泊まれるぞ」
キッドが右手を指しながら言う。満月亭と書かれた巨大な建物がその先にあった。
「そうなのか? 満月亭なんて初めて聞いたが……」
ゲーム内では一切聞いたことのない単語に俺は首をかしげる。
「あたしも知らなければ行ったことないわ」
「あなたたち本気ですの? なんて無知なこと……もう少し勉強した方がよくて?」
満月亭を知らない俺とアガタの言葉に、メリエルが信じられないといった風に口に手を当てて驚く。
「本当にかちんとくる言い方するわね。まぁいいわ。あんた知っているなら教えなさいよ」
「満月亭はベルーコに本部を置く、様々な商品を仕入れて販売している巨大な商会、チュウトイ商会が管轄している富裕層向けの宿ですわ。全国各地に展開しておりますの。上質なサービスやゆとりのある空間で非情に快適なのですわ。知らないあなたたちには無縁でしょうけど」
「ええ、そうよ行ったことないって言ってるでしょ。悪かったわね貧乏で」
「そこまで言っておりませんわ。ですがせっかくこんな大金があるなら、あそこで泊まるのもよいのではなくて」
メリエルが提案する。
その裏にはそこ以外は認めないというような意図すら感じる。
「できるだけ金を使いたくなったが、まぁ大仕事の前だからそこでゆっくりと休むことにするか」
俺がそう言うと満月亭へ向かう。距離はそれほど遠くなくほどなくして到着した。
エントランスで手短にチェックインをすます。
部屋はちょうど5人分あり、相部屋で困ることはなかった。
俺が下手に異性といると、警戒されかねないだろう。
「宿もとれたことですし、まだ時間もあるので観光でもしませんか。少しでも見分を広めたいのです」
ゆーりがこれからの時間の潰し方について提案するが、メリエルは首を横に振った。
「わたくしは一足早くに休ませていただきますわ。どうもこの国の空気はピリピリしていて、いるだけで少し滅入ってしまいますわ」
「メリエルとも観光したかったのですが、残念です。マサキはどうするのですか」
ゆーりが顔を俯かせて、俺に聞く。俺は頬をポリポリと掻いた。
「一件だけやりたいことがあるから、そのあとでいいならついていく」
「わわ、やった! アガタとミネルヴァは?」
「あたしは何でもいいわよ。どうせ暇だし。まぁ魔導に関することがあれば、それについていくだけ、だけど」
アガタが片手を腰に当てて、興味なさそうに返した。
「ゆーり、すまない。私は少しやりたいことがあるんだ。本当なら一緒に観光したいんだが……」
ミネルヴァが申し訳なさそうに頭を下げた。
ゆーりが慌てて手を振って否定する。
「いえいえそんな気にしなくていいですよ。次の機会お願いします。でしたら私とマサキとアガタでいきましょう」
「おいおい俺様も混ぜてくれよ」
キッドがゆーりとの間に割り込んだ。
「言われなくてもお前は監視用に連れていくつもりだ」
「暇だからついていくだけなんだが? まぁ何か面白そうなものがあればいいんだけどな」
こうして俺達はゴスア帝国の中を散策することになった。
メリエルは自室の鍵を受け取ると、階段を昇っていく。
宿を出てミネルヴァは俺達とは反対方向に歩き始めた。
盾と鎧は自室に置いてきており、黒いボタンシャツにグレーのズボンと動きやすい服装に着替え、普段使う剣を身に着けているのみであった。
「ところであんたのやりたいってことってなんなのよ。はっきり言ってこんなところ何もないじゃない」
「鍛冶屋に用があってな。ちょっと気になることが」
「あの折れた剣についてですか?」
ゆーりが俺の顔を覗き込むような姿勢で話に入る。
「ああ、その通りだ。一体どういう物なのか専門家から聞きたくてな。他にもまぁ武器の強化についても可能な範囲でやっておきたいしな」
俺はそういって折れた剣を取り出した。
現状は武器として完全に使い物にならないが、何かしら化ける可能性があると思うと心が躍る。
「あー、そういうことね。もしそれが魔導に関するものなら渡しなさいよね。あんたの持ち物でも研究の余地があるわ」
「ああ、そんときはな」
アガタの申し出を聞き流すように返事をし、鍛冶屋へ向かう。
ここまで来る道のりでいくつか、数件見つけていたのでそこへ行く予定だ。
その道の途中でおばさんに話しかけられる。
「あんた達、さっきあの建物から出てきたけど、騎士か何かなのかい?」
おばさんは俺達がジークと依頼について打ち合わせをした建物を指さして言った。
建物はここから少し離れたところにあるのだが、巨大な門と屋根の高い荘厳な建物のおかげで周りの建物と違う雰囲気を出していた。
「いや、そうじゃないんです。ジークさんより依頼を受けておりまして、その打ち合わせです」
「ああ、そういうこと。いや、最近あの建物で奇妙なことが起きていてね」
「奇妙なこと、ですか?」
ゆーりが首をかしげる。
「毎晩になるとあの大きな建物があるでしょ。あそこに最近灯りが灯っているのよ。昔は灯っていなかったのに不思議ね。しかも通りがかると中から、何かがぼそぼと話す声が聞こえてくるのよね。ここ一帯は騎士が管轄している土地だから何にも言えないけど、不気味ったらありゃしない」
「あの大きな建物には何があるんですか?」
「アシュラ様の祭壇だよ。昼間はあの門番が構えている通り、一般人は立ち入り禁止で、内部の人間も滅多なことがない限り入ったりしないんだとさ。最近は騎士以外にもローブを着た人の出入りがあるらしくて、何かあるんじゃないかって最近噂になってるよ。熱狂的なアシュラ様の信者かしら」
あの厳かな建物にアシュラの祭壇があると聞いて、興味本位で一度見ておけばよかったと俺は後悔した。
「あの覇統鬼のアシュラですか?」
「あんた達はよそ者だから忠告するけど、アシュラ様には様をつけた方が賢明だよ。アシュラ様は私達を絶えず監視しているって話さ。いつ天罰が起きるか、考えただけで怖いもんだよ」
おばさんが周りに聞こえないように小声で話した。
「アシュラ様は元から力のある人を好むわ。覇統鬼は本来ならその国の王様の傍にいるものだけど、ゴスアを守るアシュラ様は騎士団の近くで祀られているわ。なぜなら権力者よりも武力のある人を好むからね。強い神様には強い人間という考え方を貫いてらっしゃるわ」
「アシュラ様が姿を顕すことがあったりするのですか?」
「私達がその姿を拝見するなんて今まで生きてきたけど、そんなことなかったね。せいぜい像くらいなものだよ。まぁ権力者と謁見する時も依代にアシュラ様の魂を宿すって話さ。まぁベルーコのように祝祭に姿を顕すのもいるようだけど、うちじゃそんなことはないね。何しろアシュラ様の強大な力を目当ての者もいるから」
「うーん。でしたらアシュラ様に会うにはどうしたらよいのでしょうか。ラインゴッドへ行くために覇統鬼の力を借りないといけないのに」
ゆーりが困った顔で俺に聞く。俺に話を振られても困るのだが、頭を掻きながら答えた。
「簡単には会わせてくれないだろうが、今回はジークっていう伝手があるから、依頼次第では俺達の頼み聞いて会わせてくれるかもな。おそらくその依代って方法だろうが」
俺は考え得る一つの案を提示した。
ゆーりがそれを聞いて頷く。
「まぁ話がそれちゃったけど、あんた達も気をつけなさいね。変なことに利用されないように」
「お心遣いありがとうございます」
俺達は手を振って別れるおばさんに礼を言って、再び歩き出した。




